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DAGGER 戦場の最前点 作者:BLACKGAMER

DAGGER -戦場の最前点-

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03章 鍛える少女-1

【ティスト視点】

隣の部屋のドアが閉まる音がして、着替えていた俺の手が止まる。
小さな足音が部屋の前を通り過ぎ、階段を下りていった。
「………」
カーテンを開けて窓から見下ろすと、アイシスが玄関から外へ出てくる。
辺りを見回してから、大きく伸びをして、身体を動かし始める。
その姿には、二日酔いの形跡はない。
「声をかける協調性を求めるのは野暮…か」
きっちり五分ずらし、俺も下へと降りていった。


「早いな」
「おはようございます」
一度挨拶すると、すぐにそっぽを向いて、身体をほぐし続ける。
やれやれ、気難しくて人を寄せ付けないのも、昔の俺と一緒…か。
「アイシスに一つ提案がある」
「なんですか?」
「俺がアイシスに教えるのは午前中、アイシスが『もういい』というか、昼飯まで。
 集中力もそうは続かないだろうし、長すぎれば、お互いの時間を潰すことになる。
 このぐらいの条件でどうだ?」
「分かりました。それで、お願いします」
少しの間もあけずに、アイシスが小さく頭を下げる。
提示された条件に対して意見するつもりはない…か。
「始められるか?」
「はい。先生は…」
「今日は、このままでいい」
「いいんですか?」
「ああ、いつも準備できるわけじゃないし…な」
偶然の対面、不意打ち、事故…突然戦闘が起こりうる状態なんて、数えればきりがない。
ならして動くことも大事だが、ならさなくて動けることも大事なことだ。
「さて、始めようか」
色々考えてみたが、やはり、俺の根源である師匠の教えを基にするほうがいいだろう。
アイシスに必要なものも、それで十分に補えるはずだ。
「最初の課題だ。五分間で、俺に触れてみろ」
「? さわればいいんですか?」
「べつに、気に入らなかったら殴ってもいいし、叩いてもいい」
「いえ、そんな…」
「もう初めていいぞ」
「………」
アイシスが駆け出し、俺への間合いを詰める。
半信半疑で伸ばした手を後退して避け、最初と同じ距離を開けて止まった。
「…っ!!」
さっきとは違い、俺に向かってアイシスが本気で疾走する。
「いい速さだ」
戦いの恐怖や緊張がないおかげか、昨日に比べるとずいぶん動きがいい。
敏捷性は悪くないが、動きが直線的な上に単純だから分かりやすいな。
角度をつけて徐々に円になるように動き、前進のアイシスと同じ速度で後退する。
「くっ!!」
踏み込みを飛び込みに変えて、俺の服の端を掴もうと手を伸ばす。
「ッ!!」
手が届く前に脚に力を込め、アイシスが飛ぼうとした距離と同じだけ後ろへ飛ぶ。
アイシスの前進が、俺の後退と同程度以下。
速度、飛び幅、歩方、まだ不十分なところがたくさんあるが…。
お世辞にも足場が良いとは言えないこの場所が、それを全て露呈させている。
「くっ…」
なんとか着地したアイシスが、足を止めて俺の方を見ている。
「そろそろ五分だ、体力は大丈夫か?」
「はい、なんとか」
呼吸はそれほど乱れていない…五分間の全力疾走じゃ、さすがに潰れないか。
「続けたら捕まえられそうか?」
「いえ」
「先生には敵わないことが、よく分かりました」
冷静な戦力分析の結果、と褒めるわけにはいかない。
残念だが、それじゃダメだ。
五分以内に捕まえられなければ、しょうがない…では済まされない。
捕まえる方法を考えなければいけないのに。
アイシスは、そこを履き違えている。
時間になれば、相手がやめれば、提示された課題を達成できなくてもいいという感覚が出来てしまっている。
問題を解決できなければ、何が起きても文句は言えない。
命を奪われる可能性もあるっていうのに。
平和ボケ。
命が天秤に載せられない、模擬戦しかないクリアデルなら、しかたないことか。
「俺を捕まえられないなら、どうすればいい?」
「え?」
「今のまま続けても無理なら、どうすればいいと思う?」
「………」
問われたアイシスは、口を閉ざして俯いてしまう。
そんなことは考えていなくて、たぶん、聞かれたことを責められていると感じてしまっているんだろう。
「答えられなくていいんだ」
「え?」
「知ってたら、アイシスは既にやってるだろ?
 だから、答えられなくていい」
「…はい」
少し落ち着いたのか、冷静な表情で俺の目を見ている。
どうやら、話を聞こうという意思と、聞くだけの余裕はあるみたいだな。
「先に断っておくが、これは俺の答えで正解という保証はない。
 だから、アイシスにとっての正解も考えてみてくれ」
「はい」
「俺が、戦いの中でも良く使う技でもあるが…波状攻撃という方法だ」
「はじょうこうげき…ですか?」
「簡単に言えば、二種類の同時攻撃のようなもんだ」
「? 両腕を使う…とかですか?」
「それも、ある意味では正解なんだが…実際に見たほうがいいか」
足元に落ちている拳ぐらいの石を一つだけ拾い上げる。
「これからこの石をアイシスに向けてゆっくり投げるから、避けてくれ。
 避けるだけで、他に何もしなくていい」
「はい」
「いくぞ」
下手投げで、ゆっくりと石を放る。
アイシスはじっとそれを見ながら、その石を避けた。
石が地面に着く前に、アイシスの横に回って触れるほどに間合いをつめる。
「!?」
足音に気がついたアイシスが、意識をこっちに向ける。
…が、その顔を向けるのが精一杯で、こちらに体が向ききっていない。
「今の状態から、俺が止まらないで攻撃すれば波状攻撃だ」
「これが…ですか?」
拍子抜けしたようで、アイシスが怪訝な顔で俺を見る。
「小細工だという奴も多いがな。
 人間は、一対一で戦うことに慣れすぎているんだ。
 視野が狭くて多方向からの攻撃に弱い上に、注意力が散漫になりやすい」
事実、精霊族の狙撃に気づかず、その矢で命を落としたものも多いと聞く。
目の前の敵に夢中で、それ以外がまったく見えていないということだ。
「でも…」
「!?」
突然に巻き起こる風に、アイシスは音のほうへと振り返る。
俺はその隙にアイシスの後ろへと回り、頭の上に手を置いた。
「きゃっ!!」
「悪い、驚かせるためにやったわけじゃないんだが…。
 音が鳴ると反射的にそちらに注意が向き、他の警戒がおろそかになるだろう?」
「今のは…」
「風の魔法だ。これで注意がれたアイシスを倒せたことになる」
「………」
納得がいかないのか、複雑な顔でアイシスが俯き加減になる。
「速度と場所を変えることで、幾重にも調整が出来るし、使い勝手は、そう悪くないと思うが…」
「…はぁ」
気のない返事…どうやら、あまりお気に召さなかったらしいな。
正攻法で強くなりたいと思っている人間には、邪法だから仕方ないか。
「これが、先生の教えたいこと…ですか?」
「戦いの本質っていうのは、相手に触れることから始まる。
 相手に届かなければ、どんなに威力の高い攻撃であろうと無意味だからな。
 相手だって、バカじゃない。
 向かい合っている奴が近づけば、それと同じだけ距離を取るだろう。
 振りかぶられたら、その分遠くに逃げればいいし、攻撃が終わってから反撃してもいい。
 警戒している相手に一方的に触れる…難しいが、それが攻撃なんだ」
「相手に一方的に触れる…」
「そのために、相手の攻撃を避けたり、剣をぶつけあって、相手の隙を作り出す」
「そういう行為と波状攻撃は同じことだと、俺は考えてる」
方法は問われない、相手より前に、自分が攻撃を当てればそれでいい。
当てる方法とそのときに力を注ぐ方法のために、今まで数え切れないほどの武術が生まれ、流派が生まれてきた。
「理論が分かったところで、試してみるか?」
「…はい」
あまり気乗りはしないみたいだが、アイシスが小さく頷く。
小石を握ったアイシスが駆け出して、訓練再開の合図となった。


慣れない波状攻撃に気を取られて、さっきよりも動きが悪くなっている。
石を掴み、投げるまでに隙がありすぎる…そして、軌道はいつも計ったように同じ。
教えられたことを忠実に再現する分には、何の問題もないが…。
概念のみを吸収し、自分の物にするのは苦手みたいだな。


避け続けていると、徐々に足を取られ始め、アイシスの動きが鈍くなっていく。
動けた時間だけを評価するなら、かなりのものだろう。
体力や筋力、そういう素材の面では決して悪くない。
「ッ!!」
アイシスの投げた石を、立ち止まって手で受け止める。
驚いたのか、アイシスもつられて足を止めていた。
「午前中の訓練は、これで終わりにしておこう」
「…はい」
アイシスが呼吸を整え終わるのを待ってから、一緒に家へと戻った。
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