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DAGGER 戦場の最前点 作者:BLACKGAMER

DAGGER -戦場の最前点-

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16章 戦場の少女-2

【アイシス視点】

最大まで収束して放ったお兄ちゃんの風の魔法が、開戦の合図になる。
混乱に乗じて、数え切れないほどの魔族の中へ、私たちは飛び込んだ。
決して足を止めずに、通りすがりに相手の足を切り裂きいて、ただ奥へと突き進む。
お兄ちゃんと私の仕事は、迂回して一番手薄になっているところから、ガイ・ブラスタと直接戦うこと。
魔族は、基本的に一対一を好み、連携を不得手とする。
そして、ガイ・ブラスタと共に戦える者は、今のブラスタにはいない。
巻き込まれないために周りは距離を取るはずだから、戦い始めれば、誰からも干渉されない。
だから、その場所まで、一気に駆け抜けろ…とラステナの王子は言っていた。
理屈は分かるけど…言葉でいうほど楽じゃない。
降り注ぐ怒号と殺意に、今にも押し潰されそうだ。
後ろにいる私でもこうなんだから、道を作るお兄ちゃんの負担は、相当だろう。
なのに、ダガーだけで攻撃を受け流し、迷いのない剣さばきで切り抜けていく。
やっぱり、お兄ちゃんはすごい。
「止めろおぉぉぉおっ!!」
「殺せえぇぇえぇぇっ!!」
命令に答えるように、そこら中から魔法が解き放たれた。
吸い寄せられるように、私たちの元へ集中する。
ようやく、私の出番だ。
「水よ」
収束していた魔法を全て使い、前だけを開けて、お兄ちゃんと私を包む水壁を作る。
ここ数日で徹底的に鍛え上げた強度は、クレア様だって認めてくださった。
私だって、お兄ちゃんの役に立つんだ。


「くっ…」
絶え間なく放たれる攻撃に、壁が削れていく。
数分で、水の量は半分以下にまで減らされていた。
一つ一つは、止められるのに…。
歯を食いしばり、魔法の維持に集中する。
抑え付けられたように身体を巡る血の流れが鈍り、全身を不快感が這い回る。
それが呼吸を乱し、足の動きまで鈍らせた。
想像以上に、消耗が激しい。
お兄ちゃんから離されないようについて行くのが、やっとだ。
「…はぁ…はぁ」
遅れたらいけない。
もっと、速く走らないと…。
「…っ…くっ…」
無理に深く吸い込み、そのせいで、余計に息が上がる。
こんなところで、足手まといになるわけに行かないのに…。
「止まるぞ」
前から声が聞こえた数秒後、本当にお兄ちゃんの足が止まる。
こんな敵のど真ん中で、何を…?
「一分で呼吸を整えろ、できるな?」
「させるか」
全方位から迫り来る攻撃を、お兄ちゃんがダガーで叩き落とした。
その異常なまでの剣速に、取り囲んでいる連中が萎縮する。
肌で感じた力の差に驚きを隠せず、攻めあぐねているみたいだ。
「………」
その光景に少しの優越感を覚え、そんな場合じゃないと反省して回復に努める。
残り時間は、数秒もない。
でも、今は戦う前よりも万全なぐらいだった。
「行けるか?」
「はい、大丈夫です」
駆け出すお兄ちゃんの後に、ぴったりとついていく。
二人だけの進軍は続く。
私たちが通った場所は、魔族たちが倒れた血の跡が続いていた。


人波が途切れたその先に、一人たたずむ影。
その姿を見るだけで、思わず平伏してしまいそうな存在感だ。
「ようやく来たか」
近づくたびに濃度を増す殺気は、今では肌が痛いぐらいになっている。
きっと、殺気が目で見えるものなら、このあたりは真っ黒に染まってるだろう。
「ラステナを助けるつもりはないが…悪いな」
「言い訳はいらねえ。これから殺しあう、それだけだ」
音を立てて指を閉じ、巨大な拳が出来上がる。
話をするつもりは、微塵もないみたいだ。
「そう…だな」
前に出ようとしたお兄ちゃんの前に、強引に割り込む。
ここまで来て、指をくわえて見ているつもりはない。
だって、私はこのために来たんだから。
「お兄ちゃん、五分…でいいですか?」
「! アイシス!?」
ゆっくり、うなずいて返す。
それだけで、お兄ちゃんは分かってくれた。
ここ数日で訓練はしたけど、お兄ちゃんとの連携はまるでやっていない。
二人で戦えば、絶対にお兄ちゃんに迷惑をかけることになる。
だから、最初から決めていた。
私がやることは、騎士団長のときと同じ。
お兄ちゃんのために、少しでも相手を疲れさせればいい。


歩きながら、じっくり相手を観察する。
鍛えぬかれた筋肉は盛り上がり、がっちりと身体を護っている。
腕も足も、その大きさは本当に桁が違う。
正面からぶつかりあえば、私なんて簡単に砕けるだろう。
右目は潰れているけど、それを弱点だと期待するのも無理がある。
足を使って、立ち回るしかない。
「…ふん」
つまらなそうに、指先を動かす。
それだけで、いくつもの火球が私に迫ってきた。
お兄ちゃんから聞いた言葉を、思い出す。
『普通の炎は、燃え移るまでに少しの間が必要になる。
 だが、ガイが使う炎には、そんな優しい隙がまるでない。
 揺らめく炎のムラに関係なく、触れたら終わりだ。
 その部分は、完全に焼失させられる』
「………」
下肢に力を込めて、その全てを避けながら、自分の間合いに合わせる。
クレア様から教わった歩法のおかげだ。
全てが、はっきりと目で追えるから、恐くない。
これだけの相手を前に、不思議なくらいに落ち着いていた。
「やぁぁぁっ!!」
気合一閃。
全体重をのせて、相手の太い腕にダガーを突き刺す。
「………」
受けようとも、避けようともしない。
ただ、私のダガーを冷めた目で見下ろしていた。
引き抜くと、そこには人差し指ほどの小さな傷。
わずかな間を置いて、一筋の血が流れ落ちた。
「満足したか?」
「………」
問いかけには答えず、攻撃を再開する。
全ての攻撃を、全力でやる。
それ以外にできることなんて、私にはない。
「はぁっ!!」
牽制なんて、無意味なことはしない。
全力攻撃でもあれなら、中途半端な攻撃なんて当たっても意味がない。
「チッ」
虫でも払うように、乱暴に腕が振られる。
慌てて離れた私の足元が、赤く染まった。
「…!」
私が息を飲むのに連動するように、轟音を撒き散らして、それが爆ぜた。
「…ッ!!」
とっさに前へと踏み出し、水の魔法で軽減した爆風を背負う。
その勢いを殺さぬように、ダガーで切りつけた。
「チッ」
刃が爪とぶつかり合い、硬質な音が響く。
その反応に満足して、私はためらいなく後ろへ下がった。
鍔迫り合いなんてしたら、一瞬で手首の骨が砕けるだろう。
「今度は、防御する価値があったみたいですね」
「へっ、やるじゃねえか。行くぜえええぇえぇえぇっ!!」
空を揺るがせるほどの咆哮。
声だけで知覚できるぐらいに空気が震え、びりびりと私の顔を叩いた。
砂塵を巻き上げて、巨体が疾走する。
次々に踏み出される足音が重なり、地鳴りのように響く。
「おらぁぁぁっ!!」
踏み出した足元が、その重さに耐えきれずに弾け飛んだ。
踏み込みで、足場が爆発する。
その意味を理解し、威力に改めて驚愕する。
凶器なんて言葉ですら、この人には足りない。
その一歩に込められた重量には、私ではとても太刀打ちできない。


拳から逃れ、飛び散った岩をダガーで叩き落す。
その余波だけでも、普通の人間が使う土の魔法ぐらいの威力があった。
逃げ回って、少しでも時間を稼ぐしかない。
あの人が動く度に、地形が変わっていく。
私がいたところには、全て大穴が穿たれていた。
駆け引きのない、愚直なまでに真っ直ぐな拳。
軌道を読んで防いでいるけど、いつまで続けられるか分からない。
どうにかして、あれを封じないと…。
「おおぉぉっ!!」
また同じ軌道と拍子だ。
私の身長が低いおかげで、ほとんどが上から振り下ろされる一撃。
そして…踏み出し、一拍遅れて拳が地面に到達するのも、変わらない。
「…!」
あの踏み込みの足を止められたら、もしかして、威力を半減させられるかもしれない。
でも、私の力じゃ、あの巨体を支えている太い足は、揺るがないだろう。
なら…。
「水よ」
隠すことなく、水の魔法を収束する。
どうせ、私のちっぽけな水なんて警戒しないだろう。
「らぁあぁあぁぁっ!!」
踏み出す瞬間を見極め、魔法を展開。
私が狙うのは、足じゃない。
力を伝えるために絶対に必要な、足場だ。
「あぁっ!?」
踏み砕かれるはずの地面を水でえぐり、泥へと変える。
これで、どんなにすごい力でも、全ては伝えられない。
軌道の狂った拳を、最小限の動きで避ける。
地面から巻き上げられた岩と砂が、私の頬や肩を切り裂いた。
それを全て無視して、ダガーを振り上げる。
私のできる、全力攻撃だ。
「やぁぁあぁぁっ!!」
全体重を乗せて、地面に刺さった腕へとダガーを突き立てる。
深々と筋肉を貫いて、血飛沫が宙を舞った。
最初の掠り傷の時とは、手応えがまるで違う。
やっぱり、最初のあれは力を込めて、受け止めてたんだ。
私の攻撃が、まるで通じないわけじゃない。
「ぐっ…がぁあぁあっ!!」
一瞬の痛みに耐える声が、雄叫びに上書きされる。
「!? ぁ…」
膝をつき、腕の力だけで放ったあの人の一撃で、私の身体が吹き飛ぶ。
あんな不安定な姿勢で、こんな力が出せるなんて…。
「…ッ!」
体勢を立て直して、どうにか足から落ちる。
とても着地なんて言えない、無様な格好だった。
「アイシスっ!!」
「…だい…じょうぶっ!!」
指を力任せに地面に突きたてて、歯を食いしばる。
以前の私が見たら、どれだけ驚くだろう。
早く倒れたくてしかたなくて、逃げ出したくてたまらなくて…。
そんなだった私が…今、こんなにも立ち上がりたいなんて。
「くぅっ…」
思い出したら、限りなんてない。
私がお兄ちゃんにしてもらったことなんて、もう数えられないくらいにある。
ここで私が立つことで、少しでもお兄ちゃんに返せるなら…。
「ふぅっ…ふぅぅっ…」
痛みなんて、いくらでも耐えられる。
無理だと叫ぶ自分の身体を、ふらつく両足で支える。
とっさに受け止めた両腕には、痛みがあるけど、ダガーは握れる。
足は着地のときの打撲だけ、まだ動く。
「まだ立つか」
「当然」
一撃を放つだけでも、確実に疲れは蓄積される。
だから、少しでも多く、私に攻撃をさせるんだ。
私は、お兄ちゃんのための布石なんだから。
これ以上の大役なんて、私にはないし…この役だけは、絶対に他の誰にもやらせない。
「続けるなら、名乗れ」
「?」
「俺は、ガイ・ブラスタだ。お前の名前は?」
魔族の王と一騎打ちして、名を問われる…か。
まるで、お兄ちゃんに読んでもらったお話みたいだ。
「アイシス・リンダント。ティスト・レイアの妹です」
「覚えとくぜ」
握っていた拳を開き、そこに焔が宿る。
「…!」
私の見る前で、呼応するように、いくつもの炎の波が生まれた。
その鮮烈な炎の色に、記憶がよみがえる。
あのときは、お兄ちゃんの足手まといになっただけで、何も出来なかった。
今となっては、消し去りたいくらいに悔しい過去だ。
たぶん、お兄ちゃんみたいに、あんな強大な魔法を無効化することはできない。
「でも、今の私なら…」
相殺は無理でも、軽減ぐらいできる。
だったら、後は足を使って避けるだけだ。
走り出す私を追うように、炎の波が迫る。
それを振り切るために、限界を超えて更に速度を上げた。


焼かれた大地は熱を逃がさず、辺りが灼熱の地獄と化す。
血と汗が混じって、滝のように流れ落ちた。
張り付いた前髪ごと額の汗を拭って、息をつく。
お湯のように熱い空気を我慢して吸い込み、時間をかけて吐き出す。
「…はぁ…はぁ」
満身創痍。
それでも…。
それでも、まだ私は戦えている。
「しぶてえ奴だ」
「お互い様です」
「言うじゃねえか」
数箇所は手傷を負わせたけど…。
そんなの比べ物にならないぐらい、こっちの被害が大きい。
装備品は、全てボロボロ。
胸当ては亀裂だらけだし、グローブなんてとっくに燃え尽きた。
両手は、度重なる衝撃で、あちこちから血を噴き出しているし…。
両足は、限界を超えた酷使のせいで、痙攣を繰り返していた。
「くっ…」
痛みを飲み込んで、足を引きずる。
残りわずかな力、少しも無駄にできない。
「一つ、聞かせろ。てめえが戦う理由はなんだ?」
「お兄ちゃんのためです」
迷いなく、即答する。
お兄ちゃんのためなら…。
どんな敵にだって、立ち向かってみせる。
「そうか。楽しかったぜ、お前との殺し合いは。
 あぁあぁあぁぁあぁぁあっ!!」
地面に拳を突きたてると、地面から次々と赤黒い光があふれ出す。
視界がその光で染まったときには、耳が痛くなるほどの轟音が辺りを揺らした。
扇形の炎が、私へと迫る。
今までの倍以上、避けるには範囲が広すぎる。
前方全て埋められているし、左右にも逃げ場はない。
なら、後ろに…。
「しまいだ」
もう一度、地面へと拳が突きたてられると、今度は私の後ろにも同じものが表れる。
扇の端は、前後で互いに触れ合っている。
いくら探しても、逃げ場はない。
「水よ」
ありったけの水弾を後ろの炎へとぶつける。
触れる先から消滅し、速さを落とすことさえできない。
飛び越えるには、高さがありすぎるし、他に逃げ道がない。
打つ手が…ない。
「動くなよ」
「はい」
音を立てて燃え盛る火炎を超えて、声が響く。
それに従って、私は立ち止まった。
信じている。
どんなことがあっても、どんな絶望的な状況でも…。
私は、この声を信じている。
「風よ、切り裂け」
命令に従った風が、目と鼻の先まで伸びていた黒炎を跡形もなく吹き散らす。
私のいた場所が台になるように、周囲の地面は溶かされ、えぐられていた。
「後は任せろ」
その声に全てを預け、その場に座り込む。
有色の魔族と呼ばれる程の強大な魔法を、お兄ちゃんは相殺してしまった。
やっぱり、お兄ちゃんはすごい。
+注意+
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