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DAGGER 戦場の最前点 作者:BLACKGAMER

DAGGER -戦場の最前点-

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15章 決意する少女-5

【ティスト視点】

豪奢なベッドに身を沈め、天蓋を見上げる。
これも、今日で見納め…か。
約束の期日は、明日。
十分とは言えないが、やるだけのことはしたし、身体の仕上がりは悪くない。
だが、それでも…。
生き残るのは、難しいだろう。
前大戦で死ななかったのは、運が良かったからだ。
「?」
ぎしっと小さな音がして、俺の身体が揺れる。
見れば、ユイがベッドの端に腰掛けていた。
俺がラステナの王子に話をされてから、ほとんど、まともに話した記憶がない。
いや、正直に言えば、俺のほうから避けていた。
前大戦では、死人同然の俺を、付きっきりで看護してくれた。
なのに、俺はまた同じことを繰り返そうとしている。
あそこまで尽くしてくれたユイに、会わせる顔がなかった。
「………」
ユイの身体が、ゆっくりと傾く。
俺の胸を枕にして、その身を預けてきた。
「ごめんね。明日まで、我慢するつもりだったけど…。
 前大戦のときと同じ顔してるティストを見てたら、我慢できなくなっちゃった」
時間をかけて、途切れ途切れにユイがつぶやく。
その弱弱しい声は、聞いているだけでも辛い。
「ティストの決めたことに、反対したくなかったけど…。
 それでも、あたしは、ティストに行かないでほしいの」
俺の服を掴み、涙で濡れた頬を、胸に押し当ててくる。
その肌の暖かさと圧迫感は、驚くほどに心地よかった。
「ありがとうな」
こうして、俺のために泣いてくれる人がいるから。
死を覚悟して、地獄のような戦場に立ってでも、護りたいんだ。
たとえ、俺がロアイスの民と認められなくても…。
ユイと一緒に生まれ育った故郷を、誰かに踏みにじらせたりはしない。
「前大戦のときのこと、ティストは覚えてる?」
前大戦のとき…なんて、思い出はいくらでもある。
だが、ユイが言っているのは、たぶん…。
「俺が…約束を破ったことか?」
「うん。あの後、ここで一日中泣いたんだから」
『どこにも行かない、ずっとここにいる』
俺を抱きしめ、『行かないで』と泣いてくれたユイにそう約束し、俺は深夜に城を出た。
今でも、そのときのことは、はっきり記憶に残っている。
どうしようもないと自分に言い訳しても、罪悪感で胸が痛かった。
「それから、ティストが言ってくれたんだよね。
 どんなことがあっても、あたしとの約束は破らない…って」
「ああ、ユイにそう誓ったな」
それ以来、ユイとの約束は、俺にとっての最優先事項になっている。
「なら、あたしと約束して。必ず帰ってくる…って」
ユイの優しさに、気遣いに、その心の温かさに、胸が熱くなる。
この約束は、俺にとっての救いだ。
「ああ、約束する」
「うん」
俺の上でユイが目を閉じるのを見て、俺も目を閉じる。
こうして、一緒に昼寝をするなんて…何年ぶりだろうな。
互いの体温を感じながら、安らかな眠りに落ちていった。


かつて、俺が使っていた中庭の訓練場所。
そこで、アイシスは一人、夢中でダガーを振り回していた。
ここ数日の努力は、まさに血が滲むほどのものだ。
クレア師匠の手解きのおかげもあり、数日前とは、ほとんど別人の域。
本当に、この短期間で成長したとは思えないほどの伸びだ。
それでも…連れていけない。
生き残れる保証はないし、そもそも行ったところで、アイシスには何一つ良いことがない。
今までずっと先延ばしにしていたが…。
いい加減に、決着をつけないといけないな。
「アイシス、話がある」
「はい」
刃を収めて、アイシスが駆け寄ってくる。
その満面の笑顔に、胸が痛んだ。
残していきたいなんて、思うわけがない。
ただ、もしものことを考えれば…絶対に連れてなんて行けない。
「アイシスは、ロアイスに残ってくれ」
単刀直入に、俺の希望だけを告げる。
俺の言葉を予想していたのか、アイシスは笑みを崩さなかった。
「お兄ちゃんが行かないと言ってくれるなら、私も行きません。
 でも、お兄ちゃんは行くんですよね?」
「ああ」
考えに考え抜いたが、どうしても答えは変わらなかった。
ここで俺が逃げたとしても、俺を含めて、誰も幸せになれない。
なら、行くしかない。
「どうして行くんですか? この国の人たちのためですか?」
「そんな、大層な話じゃない。世話になった人たちのため…だな」
見知らぬ人間のために命を投げ打てるほど、俺は善人じゃない。
俺が命を賭けるのは、俺のために命を賭けてくれた人に対してだ。
「恩のために、戦場に立つんですか?」
「駄目か?」
「いえ。私も同じですから」
「同じ?」
「お兄ちゃんに、たくさんのことをしてもらったから…。
 お兄ちゃんが命の恩人だから…。
 だから、お兄ちゃんのためなら、なんだってしたいと思う。
 お兄ちゃんの考え方は、私にとっては普通なんです」
やはり、アイシスの意志は、固い…か。
頭ごなしに言っても聞かないだろうし、説得も無理だろう。
黙っておいていく…か?
「お兄ちゃんが先生として、最初に教えてくれたこと、覚えてますか?」
「俺が、アイシスにか?」
「はい」
言われるままに、記憶を巡らせる。
たくさんの思い出がありすぎて、数年ぐらい前のことのように感じるな。
実際、一人で過ごした数年よりも、アイシスと過ごした数十日のほうが、はるかに濃密な時間だった。
「最初に、アイシスの実力を見るために組み手をして…その後だと…」
「『五分間で俺に触れてみろ』」
俺の口調を真似たアイシスが、照れ笑いを浮かべる。
まったく、真似した本人より、真似されたこっちのほうがよっぽど恥ずかしい。
「もう一回、しませんか?
 私が勝ったら、お兄ちゃんと一緒に行きます」
「負けたら、残ってくれるわけか」
「負けたら…は、ありません。絶対に、負けませんから」
自信、決意、闘志。
様々なものが瞳に宿り、強い意志を放っている。
綺麗な目をするようになったな。
「今回だけは、負けられないな」
上着を脱ぎ捨て、アイシスと距離を取る。
開始の合図なんていらないな、もう勝負は始まっている。


「…!」
真っ正面から、踏み込んでくる。
静止からの加速勝負。
俺の全速力にも、アイシスは引き離されずについてくる。
これだけの速さで動いているのに、重心はまったく揺れない。
見事な歩法だ。
「………」
臨戦態勢の両手は、自由なまま。
少しでも間合いが詰まれば、伸びてくるだろう。
「ッ!」
伸びてきた指先を見切り、捕まらないように回避していく。
残されている距離は、拳一つにも満たない。
あんなにも開いていた距離が、今はこれほどに狭まっている…か。
「…!」
石を拾い上げたアイシスが、水の魔法を収束させる。
魔法を発動するとそちらに気を取られがちなものだが、器用なものだ。
「やぁぁぁっ!!」
水の魔法を収束させている間に、石つぶてが飛ぶ。
それを回避すれば、その方向へと水の魔法が螺旋を描いて先回りしていた。
「まだまだぁっ!!」
途切れることのない、波状攻撃の連続。
俺が稼ごうとする距離を、アイシスが消していく。
一つずつ確かめるように、アイシスの技が広がっていく。
俺が教えたことの全てを駆使して、少しずつ、確実に近づいてくる。
「ふっ…」
自然に笑みがこぼれる。
全力の勝負がこんなにも楽しいなんて、知らなかった。
知っていれば、もっとこの時間を共有できたのに…な。


次々と繰り出される技を楽しみながら、必死で逃げ回る。
余裕なんて、もうわずかもない。
クレア師匠の歩法…か。
どうりで、追い詰められるわけだ。
「水よ」
俺とアイシスを取り囲むように、水の魔法が展開される。
いったい、何を?
「その姿を柱へと変えよっ!」
厚みのない輪が、一気に俺の身長を超えるほどの水柱へと変わる。
「なっ!?」
驚きを漏らした口を閉ざして、頭を冷やす。
まったく、いつの間にこんな芸当ができるようになったんだ?
思考を切り替えて、逃げ道を探す。
天井まで作ってある、上からは無理だ。
「チッ」
全力で後ろ蹴りを叩き込んでも、貫けない。
強度も申し分なし、まさに、水の牢獄だな。
おまけに、触れるのを待っていたように水が服へと染み込み、その重さを倍にする。
…やられたな。
「ッ!!」
残り一歩の距離。
一切の迷いなく踏み切り、両手を伸ばしてアイシスが飛んだ。
観念して、両手で抱きとめる。
残念なことに、五分までは、数十秒が残されていた。
「よく成長したな」
「はいっ!」
息を弾ませ、満面の笑みでアイシスが答える。
まったく、驚かされる。
まさか、真剣勝負で負けるなんて、思ってもいなかった。
「だから…お願いですから。
 もう二度と、家族を置いていくなんて…考えないでください」
「…ああ」
泣きじゃくるアイシスの髪をなで、ゆっくりと抱きしめてやる。
まいったな。
だが、素直に負けを認めるしかない。
俺の妹は、優秀すぎる。


【ティスト視点】

指定された時間にファーナの部屋を訪れ、ノックをして中へと入る。
中には、笑顔を貼り付けたリースが一人、椅子に腰掛けていた。
「………」
目が合っても、リースは悲しげな顔で笑っているだけ。
用意された時間は、ほんの数分しかない。
黙っていたら、何も話せないで終わる。
だけど、どちらも声が出せない。
別れの言葉になることが、分かっているから。
「これを…」
差し出された手のひらの上には、緑色の玉。
「これは?」
「本当は、闘技祭で優勝したときに渡すはずだったんだけど…。
 あんなことになっちゃったから、渡せなくて…」
歯切れ悪く、リースがつぶやく。
あのときに、ヴォルグと俺の戦いを止めておけば…と悔やんでいるに違いない。
「ありがたくいただくよ」
伸ばしかけた手が、違和感に止まる。
触れていないのに、力強い魔力の鼓動が伝わってきた。
「王家が渡す宝玉って…魔精石なのか?」
「ううん。本当は、普通の宝石に王家の証を刻んだもの。
 それは、お兄ちゃんに言って、すり替えてもらったんだ」
「すり替え?」
「そう、私がティストのために作ってた魔精石と…ね。
 毎日毎日、時間を見つけて、一生懸命作ったんだから」
誇らしげに笑うリースが、俺の手のひらに魔精石を置く。
「…!」
目が回りそうなほどの力が、俺の中を駆け抜ける。
気を抜けば、暴発してしまいそうなほどの、莫大な力だ。
リースと会えなかった年月の重さが、この魔精石に凝縮されている。
「優勝おめでとう。
 ティストが闘うところが見られて、すごく嬉しかったよ。
 すごいよね、ヴォルグにも勝っちゃうなんて。
 闘技祭なんて、私には義務でしかなかったけど。
 今回はね、ずっと、ずっと…最後まで、目を離さなかった」
途切れることがなく、口を挟む隙もない。
ただ、ひたすらに、何かを埋めるようにリースが話を続ける。
胸がざわつくのを抑えながら、黙って言葉に耳を傾けた。


扉が開き、残されていた時間が尽きる。
ファーナが戻ってきたなら、もうこの時間も終わりだ。
「申し訳ないけれど…」
その訴えるような視線で、先に部屋を出る約束だったことを思い出す。
後ろ髪を引かれる思いで、椅子から立ち上がった。
「………」
声が出ない。
どれだけ考えても、泣き出しそうなリースを笑顔に変えられる言葉なんて、思い浮かばなかった。
「ねえ、ティスト。私…まだ、全然足りないよ。
 もっと、話したいことがたくさんある。
 だから…だから、絶対に帰ってきて。
 私、ずっと待ってるからね」
「ああ」
なんとか、その一言を絞り出す。
それ以上、その場にいることができなかった。


部屋に帰る気にもならず、逃げ場を探しているうちに、中庭へと出ていた。
身を切るような冷たい夜風が、かえって心地よい。
「…ふぅ」
手のひらの上で魔精石を転がす。
そうするだけで、妙に心が落ち着いた。
決戦前夜、一眠りすれば、明日はもう戦場だ。
なのに、こんなに穏やかな気持ちでいられるなんて…。
「一人かい?」
「ああ、一人だ」
後ろから聞こえるくだけた口調に、同じように返す。
声の主は楽しそうに笑うと、俺の隣まで歩いてきた。
「なら、お邪魔するよ」
「王子が、出歩いていいのか?」
「自分の城を歩くのに、誰に許可を取ればいいんだい?」
「もっともだな」
俺と話しているのを見られたら、まずいだろうに…。
その危険を犯してまで会いに来てくれたのなら、これ以上言うのは、野暮だ。
「わざわざどうしたんだ? 激励でもしてくれるのか?」
「男にされたところで、嬉しくもないだろう。
 そういうことは、適役に任せたはずだけど?」
「ああ、十分にしてもらったよ」
本当に、身に余るほどに…な。
一国の王子と王女から、直々に言葉をかけてもらう。
騎士団長でも、そうは受けられないだろう、破格の栄誉だ。
「ファーナから聞かされた頼まれごと、手配しておいたよ。
「すまないな、憎まれ役をやらせて」
「まあ、憎まれるのには、慣れているからね。
 こんなことなら、お安い御用さ」
軽口を叩き、いつものように人に見せるための作り笑いをしてみせる。
今だけは、その強がりに素直に甘えさせてもらおう。
「すまないな、いつも苦労をかけてばかりで」
「そう思うなら、部下をしっかりしつけておいてくれ」
「これでも、努力はしているんだけどね。
 私の手に余る分は、悪いが手を貸してくれ」
俺の皮肉を、ライナスが笑顔でかわす。
昔と変わらないこのやり取りが、なんだか懐かしい。
「まったく、ラステナの使い走りに成り下がった男を頼るなよ」
「それは違うよ、ティスト。
 名実ともにロアイス最高の騎士であるティスト・レイアに私が頼み込み、ラステナへの援助を取り付けただけだ。
 私の親友を他所の国になど、やれるものか」
真顔でそんなことを言われると、どんな顔をすればいいか分からない。
そんな俺の反応を楽しむように、ライナスが笑う。
まったく、これだから性質が悪い。
こいつのためなら、戦ってもいいと思ってしまうから。
「話す時間があって、よかったよ。これで、見失わない」
どうして戦うのか? 誰のために戦うのか?
それが、はっきりと自分の中で、理解できた。
死への恐怖で、揺らいでいた決意。
それが、大事な人と話すことで、しっかりと縫いとめられていく。
俺のことを想い、声をかけてくれた人たち。
命を賭けてもいいと思うだけの相手が、確かにここで暮らしているから。
だから、俺は刃を握る。
生きて、帰ってくるために。
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