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DAGGER 戦場の最前点 作者:BLACKGAMER

DAGGER -戦場の最前点-

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15章 決意する少女-4

【アイシス視点】

「やぁぁぁっ!!」
誰もいなくなった城の中庭で、思うようにダガーを振るう。
お兄ちゃんの一挙手一投足を鮮明に思い出して、それをなぞるように身体を動かす。
集中力を高め、力、速度、形、出来る限りをお兄ちゃんに重ね合わせていく。
何度となく見たお兄ちゃんの動きは、私のまぶたの裏に焼きついている。
寸分の狂いもないように微調整を繰り返す。
私が、お兄ちゃんと一つになっていく。
「見事ですね」
「クレア様」
「ティストに習ってから、まだそれほど経たないでしょうに。
 もう、あなたは型を自分のものにしてしまっている」
「いえ、まだまだです」
始めた頃よりは良くなったと思うけど、お兄ちゃんには遠く及ばない。
少しでも近づこうとするほど、お兄ちゃんの真価が…その遠さが分かる。
「強くなりたいのですか?」
「はい。お兄ちゃんのために」
今は、時間がない。
数日でお兄ちゃんと並ぶなんて、そんな都合のいいことは不可能だ。
だけど、出来る限りのことはする。
少しでも、お兄ちゃんの手伝いができるようになるんだ。
「あの…訓練を続けてもいいでしょうか?」
「もし、貴女が望むのならば、私が相手をしましょうか?」
「クレア様が…?」
「ええ」
人のいい笑顔で、うなずいてくれる。
ロアイスでも屈指の使い手で、お兄ちゃんを育てた人。
私が一人でやるよりも、ずっと良いに決まっている。
「よろしくお願いします!」
「では、始めましょう」


「くっ…」
「力がないと自覚しているなら、効率を考えなさい。
 人体には、打たれてはいけない急所や、抵抗しにくい角度があります。
 だから、そこまで速さで回り込めばいい」
教えを実演してくれるクレア様に、手も足もでない。
速すぎて、予備動作どころか初動も分からない。
こんなの、反応できるわけない。
「っ!? くぅ…」
攻撃を受けた腕も、追いつこうと酷使した脚も、もう悲鳴を上げている。
まだ、訓練を始めて数分も経たないのに…。
これが、お兄ちゃんを育てた先生の力なんだ。
闘技祭の相手なんて、比べ物にならない。
騎士団長と向かい合っても、こんな絶望は感じなかった。
「私の講釈を休憩時間だと思うなら、命を落としますよ?」
耳元で聞こえた凍えるような声に足を動かせば、自分のいたところに穴が穿たれていた。
身構えるよりも前に、しなやかな指先が私へと伸びる。
「…!」
ほとんど恐怖心だけで、クレア様の手から逃げ回る。
どうすればいい?
何をしても通じそうにない。
「動きだけでなく、思考も緩やかですね」
肩に激痛が走り、身体が横に流れる。
踏み止まることもできずに、無様に倒れた。
「せめて、押し切られるまでに対処法を考えなさい」
そんなこと言われても、そんなの、簡単に見つかるわけ…。
「復帰するのに、どれだけの時間をかけているのです?」
起き上がろうとする私の足を、クレア様が払う。
地面が近づいてきて、思いっきり身体を打ちつけた。
「くっ…あっ…」
思わぬ衝撃に、息が止まる。
気を抜いていた分だけ、今の一撃はさっきよりも強烈だ。
「戦場で、痛みが消えるまで待たせるつもりですか?
 呼吸が整うまで、時間をもらうつもりですか?」
冷徹な声が、頭の芯に響く。
そのとおりだ。
私は、甘い。
お兄ちゃんについていくなら、こんな役立たずな私はいらない。
いるのは、お兄ちゃんの横にいられるだけの強さを持った私だ。
「水よ」
接近戦で勝ち目がないなら、距離を取って魔法で戦うしかない。
一点に集中させても、あの速さでは間違いなく避けられる。
狙うなら、広範囲だ。
「そういえば、あなたも水を使うのでしたね。
 私の得意な属性も水です。もっとも、使うことなど、そうはありませんが…」
収束したようには見えなかったのに、クレア様の周りに水が渦を巻く。
戯れるように止まらない激流は、私のちっぽけな水で太刀打ちできる相手じゃない。
「!?」
分裂した水が、私に向かって降り注ぐ。
自分に当たる数発だけをなんとか相殺させながら、必死に避ける。
数も速さも桁違いだ、凌ぎきれない。
「様子を見る…といえば、取り繕えるかもしれませんが…。
 打開できない状況を呆然と眺めているのは、褒められたものではありません」
話し声が、だんだんと近づいてくる。
気づけば、また私は地面に転がっていた。
魔法で視界を埋め尽くされて、接近されていたのに気づけなかった。
お兄ちゃんの得意な、波状攻撃だ。
「あなたの技では、戦場の熱と渇きを潤すのが精々でしょう
 せめて、量で勝負をするというのなら、この程度は用意なさい」
それは、私の身体など包み込んでしまうほどの大きさで…。
とても、数秒もかけずに収束したとは思えない。
「くっ…」
圧倒的な格の違い。
だから、なに?
私が弱いなんて、そんなの初めから分かっていた。
だから、強くなるんだ。
寝ている暇なんて、ない。
「ッ!!」
倒れた状態から、姿勢を低くしたままで駆け出す。
このままじゃ、絶対に終われない。
勝てる方法を探すしかないって、お兄ちゃんにも教わった。
相手が強すぎたからって、絶望しても意味がない。
こうなったら、死に物狂いだ。
何度だって、立ち上がってみせる。


気が付けば、もう、辺りが暗くなっていた。
びしゃっと情けない音を立てて、水が地べたに落ちる。
もう魔法の維持さえできない。
「あぁぁああぁああぁっ!!」
声を上げて、必死に足を動かす。
叫びは掠れて、うまく声にならなかった。
倒れて、起き上がり、挑む。
その繰り返しだけで、もう半日以上になる。
限界だと思っていた場所なんて、とっくの昔に通り越した。
今は、私にとって未知の領域だ。
「…左っ!」
腕を折りたたんで、衝撃に備える。
ほとんど見えなかったものが、数発に一度だけなら受け止められるようになった。
冗談みたいな速さに、少しずつ身体が順応してきている。
「水よ。埋め尽くせ」
クレア様の静かな命令に、空を舞う水が忠実に従う。
数え切れないほどの魔法がクレア様の周りを漂い、一拍おいて私の元へと殺到する。
直線でも、左右に飛んでも、円を描くようにしても、避け切れなかった。
「…なら、全部だ」
規則性を持たせず、歩幅や速さを変えながら、縦横無尽に駆け回る。
絶えず周りを見て、頭が痛くなるほどに集中して、水の配置と自分の場所を考える。
「………」
明らかに、自分の限界を超えている動きなのに、さっきまでのように辛くならない。
水の魔法を避け続けていると、だんだんと負荷が減っていく。
これって、もしかして…。
考え事を遮るように、水の魔法が苛烈に攻め立てる。
その攻撃を掻い潜ることだけに、全神経を集中した。


クレア様の周りに浮いている水が、ようやく全て使い果たされる。
そこで、二人同時に、ゆっくりと息をついた。
「それが、私の歩法です。
 ティストが使っているものより、こちらのほうがあなたに扱いやすいでしょう」
やっぱり、そうなんだ。
あれだけの魔法を使って、私に無駄のない動き方を教えてくれていたんだ。
「今日の訓練は終わりです、力を抜きなさい」
私の後ろに等身大の水が表れて、背中から優しく包んでくれる。
身体を支えてくれると、ゆっくりと浮き上がり、上等な椅子のように斜めになった。
背もたれに身体を預けると、背中から火照った身体が冷やされて、気持ちがいい。
「魔法というのは、本当に便利なものです。
 強度さえあれば、人の身体だって支えられるし、拳や刃でさえも防げるのですから」
穏やかな口調で話しながら、私へと手をかざす。
目の前に、見慣れた淡い輝きが広がった。
これだけ長時間の訓練した後に、水の魔法を展開したままで、癒しの魔法まで使えるなんて…。
諦めではないけど、本当に私なんかとは格が違うことを見せ付けられる。
「ティストの教えを素直に吸収できたから、今のあなたがいるのでしょう。
 ですが、指導を待つものが、指導者を超えることはありません」
私の目を見て、静かに、だけどはっきりと断言する。
ここから先に行きたいなら、自分一人で努力をしなければいけないんだ。
「だから、考えなさい。
 必要なものは、もう全てあなたの中に息づいているはずです」
考える。
それは、馬鹿な私にとっては一番難しいことだ。
「難しいですね」
「それは、教えるほうも同じですよ。
 良き師とは、無条件に甘やかすものでも、厳しく怒号を飛ばすものでもない。
 教え子が一番必要としていることを探し、教えることが出来る者のことですから」
「なら私は、最高の師にめぐり会えました」
どんなときでも、どんなことでも。
お兄ちゃんは、いつも私に必要なものを…私が欲しいものをくれるから。
「すみません。私の勝手な都合を、あなたに押し付けてしまって…。
 ティストのことを、お願いします」
怒りと悲しみを混ぜたような声は、聞いているだけで辛くなる。
深々と頭を下げられたのに、何も返事が出来なかった。
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