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DAGGER 戦場の最前点 作者:BLACKGAMER

DAGGER -戦場の最前点-

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11章 抗(あらが)う少女-5

【ティスト視点】

「ユイ? いるか?」
ユイの部屋をノックしても、返事はない。
調理場にもいなかったし、ここのはずなんだが…。
「ユイ、入るぞ?」
五秒だけ返事を待って、ドアノブをまわした。


ベッドの上では、普段着のままのユイが寝息を立てていた。
疲れてそのまま倒れこんだのが、目に浮かぶ。
「…!」
テーブルの上には、裁縫道具が広げられたままになっている。
その隣に、ボロボロになったはずの俺の上着が、丁寧に畳まれていた。
あれだけ汚れて、焦げて、どうしようもなかったのに…繕ってくれたのか。
ゆっくりと、確かめるように上着へ袖を通す。
いつもどおりの着心地だ。
少し肌蹴ていた毛布を、音を立てないようにかけなおす。
「ん…ぅ…」
暖かさが心地いいのか、気持ちよさそうな寝顔。
熟睡してるな。
起きるまでは、のんびり待つか。
「ありがとうな、ユイ」
起きたらまた伝える礼を言って、手近な椅子に腰掛けた。


「!?」
背中に不思議な感触がしたときには、身体が傾いている。
まずい、このままだとベッドに…。
「くっ…」
なんとか、シーツの上に手をついて、自分の身体を止める。
目と鼻の先にあるユイの唇から漏れた吐息が、頬をくすぐる。
「ん…」
揺れたのが気になるのか、ユイが寝返りを打つ。
それにあわせて、ゆっくりベッドから手を離して起き上がった。
呼吸を止めて音を消し、ユイの反応を確認する。
大丈夫だ、起きてない。
ため息をついて振り返ると、当然ながら悪戯な笑みがそこにいた。
「シアさん? 何するんですか!?」
しぃっと、口元に指を立てて、シアさんがにっこり微笑む。
まったく悪びれていない笑顔だ。
「で、何がしたかったんですか?」
「だって、ティストちゃんたら、ずっと何もしないのよ。
 見てるこっちは、つまらないじゃない?」
「ずっと…って、いつから見てたんですか?」
「ティストちゃんが部屋に入るところから」
一部始終、ずっと見られてたのか。
まったく、この人は…。
「で、ティストちゃんは寝ているユイの隣で、何してたのかしら?」
「起きるのを待ってるだけです。城へ一緒に行ってもらおうと思って」
「残念だけど、当分起きないんじゃないかしら?
 ティストちゃんが目を覚ますまでやめないって、昨日は一睡もしてないはずだし」
明け方に目を覚ましたときに目の前にあった、ユイの顔が思い浮かぶ。
目の端に涙を溜めて、本当に嬉しそうに笑ってくれた。
疲れなんて欠片も見せないで、俺のことを心配してくれた。
本当に、どんなに感謝しても足りないくらいだ。
「今回のことは、すみませんでした」
「謝る必要はないでしょう?」
「いえ、シアさんにも面倒をかけましたから。
 すみません。それと、ありがとうございました」
俺の身を案じて駆けつけてくれたというのは、本当に嬉しいし、ありがたいことだ。
だから、きちんと面と向かって、礼は言っておきたい。
「素直なティストちゃんには、ご褒美をあげなくちゃね」
シアさんの手のひらが俺の肩に触れ、まぶしいほど強烈な輝きを放つ。
「いいんですか? シアさんの治癒の魔法は…」
「そう。私の治癒の魔法は、ラインのためにあるわ。
 ユイがティストちゃんのためにしか使わないように…ね。
 だから、命の危険がない限り、私はライン以外に治癒の魔法を使うことは、ほとんどない」
ゆっくりと言葉を途切れさせ、肩口から二の腕に向けて手のひらが滑る。
傷の酷かったところに、的確に魔法が染み込んでいく。
「だからって、私の息子に一番近い男の子を傷だらけにしておけないでしょう?」
癒しの魔法とともに、シアさんの優しさが流れ込んでくる。
ユイと似ていて、でも、少し違う魔法の流れが、心地よい。
「もう大丈夫です。シアさん、城まで付き合ってもらえませんか?
 ユイが起きるまでに、帰ってきたいんです」
そして、帰ってきたら、ユイのためにワインを注ごう。
それぐらいしか、俺にできる御礼が思いつかない。
「あら、そんなこと言われたら、断れないわね。
 しかし、ユイも可哀想にね。
 せっかく、ティストちゃんからデートのお誘いなのに…ねえ?」
シアさんが寝ているユイの前髪をくすぐる。
それでも、ユイは静かな寝息を立てていた。


今ばかりは、王城の廊下が長さを恨めしく思うな。
シアさんの後ろを、覚束ない足取りでついていく。
歩くたびに塞いでもらった傷口が服と擦れて、うずいている。
「大丈夫?」
「はい」
「無理しちゃって」
やせ我慢なのは確かだが、痛いと言ったところでどうなるものでもない。
ユイも疲れ果てるまで治癒の魔法をかけてくれたんだから、これ以上の贅沢なんて、言えるわけない。
「え?」
不意に、背中に小さな衝撃が走る。
それで、自分の背後に気配があることに気づいた。
「まったく、そんな容態で出歩くなど、何を考えているのです?」
振り返れば、笑顔と呆れが混じったような顔のクレア師匠が立っていた。
その後ろには、レジ師匠、そしてファーナとライナスまでいる。
ライナスがいてくれたのは、むしろ都合がいいな。
「とにかく、私の部屋へ」
優しく背中を押されて、師匠たちの部屋へと向かった。


「そうですか。ガイ・ブラスタが、ついに動きましたか」
「しかし、ラステナを滅ぼす…とはのう」
俺の説明を聞き終えた師匠たちは深くため息をつき、黙り込んでしまう。
事態の深刻さを、改めて認識させられるな。
戦争なんてものは、戦っている国だけの問題に止まらない。
様々な利害から、多くの国が巻き込まれるし、首を突っ込む。
それは、前大戦のときに、嫌というほど見てきた話だ。
「いかが致しますか? ライナス様」
硬質な声音で、ファーナが問いかける。
それに答える前に、ライナスは小さく息を吐き、呼吸を整えた。
厄介ごとを前にしたときの仕草は、昔と変わっていない。
「ラステナに事の次第を告げれば、何かしらの要請されるのは明らかだ.
 我が忠臣たちに話せば、支援と放置で対立するだろう。
 この情報、内にも外にも広めるわけにはいかないね」
「では、ライナス様はここにいらっしゃらなかったとお考えください」
 今回の話は、私の独断で、根も葉もない噂として聞き流しました。よろしいですか?」
独断の部分を強調して、ファーナがライナスに確認を取る。
全ての責任を引き受けるつもりか。
「すまないね」
「いえ、これが私の役目ですから」
見ている者が安心できるような穏やかな笑みで、ファーナが答える。
たまに見せる優しい笑顔の中でも、ライナスに向けられるものは別格に見えた。
「では、こちらとしては何もしないと?」
「ええ。あくまで対外的には、ですが」
クレア師匠の返答に、すぐに表情を引き締め直す。
そこにいるのは、いつもの冷徹に物事を見通す軍師だった。
「ガイ・ブラスタの言を疑うことも、視野にいれなければなりません。
 ロアイスを攻める気はないと油断させておいて…ということも、十分に考えられます。
 もし、ラステナなどの他国へ支援に回れば、必然的にロアイスは手薄になるのですから」
「そのような小細工を弄する奴ではないがな」
「ガイ・ブラスタの人格が仰るとおりだとしても、他国が同時に動かない保証もありません。
 共謀や便乗も考えられますし、ここは、警戒すべきかと」
そこまでの思慮をもって、周囲を見渡せる…か。
口に出さないだけで、浅慮な俺には想像もできないような深い思考が、あの中に詰まっているのだろう。
「申し訳ないけど、この件に関してはファーナに一任させてもらう。
 協力が必要なら、何でも言ってくれ」
「ありがとうございます」
ライナスが全てを委ね、ファーナが責任を持って受け入れる。
部下に裁量を与えて、仕事を任せる…か。
たしかに、それが一番うまく回りそうだな。
「さて、一段落ついたところで、お茶の時間でいいかしら?」
会議の最中は一言も発言しなかったシアさんが、皆の前にカップを置く。
それぞれからは、きちんと湯気が立ち上っていた。
いつ終わるかも分からないはずなのに、見計らったような適温…さすがだな。
だが、俺にはこれを飲む前にやらなければいけないことが、もう一つ残っている。
「ライナス、茶を飲みながらでかまわないから、俺の頼みを聞いてもらえないか?」
椅子を降りてひざまずいた俺の態度を見て、ライナスがカップを置く。
緩やかな笑みのままで、俺の瞳を真っ直ぐ射抜いた。
「ティストがそうまで強く何かを願うなんて、初めてじゃないかな。
 なんだい?」
「俺がアイシスに魔法を教えることを、許可して欲しい」
ガイと対峙したあの時も、アイシスが魔法を使えれば、わずかでも身の危険を減らすことができたはずだ。
魔法に対して有効な対策は、完全な回避か、魔法による軽減。
だから、拮抗した実力同士では、体さばきに魔法も合わせての受け流しが、理想の対応になる。
これからを考えるなら、魔法は絶対に覚えておくべきだ。
「魔法を教えられるものは、貴族か、貴族が任じたものだけだ。
 それを忘れたわけではあるまいな?」
「重々承知しています」
レジ師匠の指摘に、はっきりと答える。
魔法は習得するのが難しく、誰にでも覚えられるものではない。
そこに目をつけ、魔法を有料で教えることで、財産を築いた貴族がいた。
真似をするように周囲の貴族たちも始め、財源を失わないために共謀し、ある法を作り上げた。
『魔法を教えるのは、貴族か、貴族が任命したものだけとする』
これで、誰かが魔法を覚えるには、必ず貴族に利益が入ることになる。
全て師匠たちに習った、魔法の生い立ちだ。
「ひとつ、よろしいでしょうか?」
「なにかな?」
「貴族でないものが、魔法を教えることに問題があるのでしたら…。
 ティスト・レイアが貴族になることで、解決できないでしょうか?
 それだけの資金は、あるのでしょう?」
ファーナの言葉に、部屋中の視線が俺へと集中する。
たしかに、師匠たちが贈ってくれた金を使えば、貴族として成り上がるには十分だ。
ギルドで懸命に稼げば、貴族としての地位を維持するぐらいは、できるかもしれない。
「………」
ライナスや師匠たちの表情の変化に気づいてしまう自分の目が、妄想から現実へと引き戻してくれる。
みんなの顔が『不可能だ』と無言のうちに教えてくれていた。
それに、己のしでかした事を忘れて、のうのうとロアイスで生きるつもりはない。
今の生き方が、俺には似合いだ。
「金で解決できるのなら、魔法の授業料をライナスに納めることで、なんとかならないか?」
「私にくれるのかい? それはありがたいな。
 使う機会がないからと、小銭さえ持たせてもらえないからね」
軽口とともに、さっきまでの空気がなかったことにされる。
話題を合わせようとするライナスの隣で、ファーナだけが表情を消していた。
「なぜ、そこまであの子に肩入れするのですか?」
クレア師匠の問いかけに、頭を切り替えて考えこむ。
どう言えば、正しく伝えられるのか、分からない。
感情はたしかにあるのに、どんな言葉にしても、少しずれてしまう気がする。
『あいつは、俺なんだ』
これが、たしかに一番近いけど、それでも全てを言い表せていない。
「師匠は、なぜ俺にあそこまでしてくれたのですか?」
きっと、師匠たちにならこれで伝わるはずだ。
俺のために心を砕いてくれた師匠たちと、気持ちは近いはずだから。
「許してください、愚劣な質問でしたね。
 同じ質問を私がされたらどういう感情を抱くか、よく分かりました」
俺の横に、クレア師匠が歩み寄る。
そして、俺と同じように、ライナスへと向かって頭を下げてくれた。
「ライナス様、どうかティストに魔法を教える許可をお願いいたします。
 いえ…。
 ティストに、魔法を教える資格を、私が与えることをお許しください」
「………」
何も言わず、レジ師匠も俺の隣で、地に膝を着けてくれる。
師匠たちの気遣いが嬉しくて、俺はより深く頭を下げた。
気の遠くなるような沈黙。
顔をあげずに、じっとライナスの返事を待つ。
ふぅ…と、ライナスの小さなため息が聞こえた。
「ティストが教えるのは、アイシスさんだけだ。
 そして、アイシスさんも、今後誰かに教えるのは無しにしてもらう。
 それでかまわないかな?」
「ありがとうございます」
「ありがとう、ライナス」
師匠たちの後に、俺自身も、できる限りの礼を尽くして、頭を下げる。
本当に、ライナスにも師匠たちにも、感謝してもしきれない。
「本当によろしいのですか?」
少し語調を強めて、ファーナがライナスの意思を確認する。
ここで許可を出せば、貴族たちから反感を買うのは間違いなくライナスや師匠たちだ。
それを危惧してのことだろう。
「無断で教えることもできたのに、ティストはしなかった。
 私たちの前で使わないように隠したり、もう覚えていたと言い張ることもできるのに…ね。
 そういう信頼関係を、私も大切にしておきたい」
「出過ぎた発言をお許しください」
「いや、いつもありがとう。
 私の身を案じて進言してくれるのは、ファーナくらいだからね」
「私は、ロアイス王家に永久の忠誠を誓っておりますから」
穏やかな笑みを交わす二人を見ていると、妙に納得する。
言外のやりとりを楽しめる深い思考、本音を決して見せない泰然とした態度。
これが、気高き者たち…か。
とてもじゃないが、俺には入り込めない世界だな。
「アイシスさんが、無事に習得できることを祈っているよ」
「身に付くまで、気長にやるさ」
覚える機会に恵まれている貴族たちでさえ、魔法を使いこなせるのは半数を超える程度だ。
教える側の傲慢な態度と、感覚という伝えにくいものを教わることに、大半が諦めていく。
原因は、努力なのか、それとも、才能や資質なんていう生まれ持ったものなのかは、誰にも分からない。
だが、どんなに時間をかけてでも、アイシスには教えておく。
覚えておけば、必ず役に立つものだから。


積もる話に花を咲かせるシアさんを残し、仕事へ戻るファーナについて私室へと移動する。
調べたいことがあると言ったら、快く許可してくれた。
「で、何を調べるつもりなの?」
数冊の蔵書を本棚から引き出して、机へと運びながらファーナが問いかける。
勝手に動こうと思ったが、ファーナにだけは伝えておくべきか。
「リンダント卿の居場所だ」
感情がこぼれ落ちるように、声が低くなる。
それに応えて、俺を観察するファーナの目が鋭さを増した。
「知っているなら、教えてくれ」
俺の問いに、ファーナはすぐに答えない。
ただ、じっと俺のことを確かめるように覗き込んでいる。
「知らないなら、自分で調べさせてもらう」
「そんな顔をしている人間には、教えられないわね。
 何があったのか、どうしてそんなことをしたいのか、情報を提示して。
 私はあなたの力になると約束したはずよ」
「分かった」
アイシスを連れ戻すために動いていた連中のこと。
それを依頼したのが、アイシスの父親であること。
知っている事実に俺の憶測を交えて、全てを伝える。
ファーナは、ただ無言で俺の話に耳を傾けていた。
「それで、リンダント卿に会って、どうするつもり?」
「意図を聞き出す」
なぜ、アイシスを連れ戻そうとしているのか。
連れ戻したアイシスをどうするつもりなのか。
それが分からなければ、俺も相手への対応が定まらない。
「対話だけで済むとは、到底思えないわね」
小さくため息をついたファーナが、視線の温度を下げる。
その冷ややかさの中に、怒りが混じっているように見えた。
「私個人の見解を言えば、会うべきではないわ」
「なぜだ?」
「アイシスさんを連れてきたときに、あなたが最低限のことさえしていないからよ。
 クリアデルの連中と口約束では、連れ去られたと騒がれても文句は言えない。
 そもそも、あなたが払ったという金が、相手に届いているという保証さえないわ。
 もし、返金するかわりに娘を返せ…なんて言われたら、どうするつもり?」
指摘されるごとに、いかに自分の考えが足りなかったかが分かる。
リンダント卿に会ったことで事態が悪化する可能性なんて、考えてもいなかった。
「あなたの力なら、雇われの傭兵を相手に不足を取ることはないでしょう。
 リンダント卿が従える私兵でも、負けはしないでしょうね。
 だけど、貴族に対して武力を行使するなら、今度は騎士団が動くこともありえるわ。
 あなたにとって最悪の事態を想定するなら、その場を収めに行かされるのはレジ様とクレア様…かしらね」
組み上げられていく想像を聞いているだけでも、気力が削がれていく。
皮肉にまみれているが、これほどに的確な警告もないだろう。
「貴族を敵に回すという行為を、ご理解いただけたかしら?」
「分かった。軽はずみな行動は、できるだけしない。
 …だが、どうするべきなんだ?」
視線をそらし、ファーナがため息をつく。
その反応だけで、返事としては十分だった。
「打つ手はない…か」
「逃げ隠れて待つ…くらいしか、私には考え付かないわね」
「何を待つんだ? 相手が諦めるのをか?」
「そのとおりよ。
 ロアイスは決して狭くないし、離れているあなたの家までは、きっと探し当てられないはず。
 見つけられない相手にどれだけの労力を割くかを見ても、相手の事情は推し量れるわ」
何もしていないアイシスが、なぜ、逃げ回らなければいけない?
その事実だけでも、苛立つには十分な理不尽だ。
それに、結局のところは濁しているだけで、解決の方法は見つかっていない。
奴らがアイシスを諦めなければ、衝突は必至だろう。
「たくさんの忠告は、ありがたくもらっておくが…。
 解決しないなら、俺は自分の思うとおりに動かせてもらう」
これだけ気にかけてもらっているのに、その信頼を壊すようで申し訳ないと思う。
だが、俺に出来ることといえば、このダガーを振るうことぐらいしかない。
それが分かっているからか、ファーナも溜め息をつくだけだ。
「私も出来る限りは手を回すわ」
「頼む」
出来る限り…か。
いい言葉だな。


城から戻り、ライズ&セットで、アイシスの身支度を待つ。
奴らを逃がしたのだから、ここにアイシスがいることもリンダント卿に知られているはずだ。
早く出て行かなければ、カルナス一家にまで迷惑が掛かる。
「お待たせしました」
「よし、行こうか」
椅子から立ち上がったのに、すぐに背もたれへ体重を預ける。
情けないな、まだ足がふらつく。
「ねえ、ティスト。せめて、一日くらい休んでから…」
「大丈夫…だ」
ここで俺のために時間を使っても、誰一人幸せになれない。
だったら、這いつくばってでも自分の家に帰るべきだ。
それで、少しでもマシになるかもしれないのだから。
「でも…」
「なら、ユイも一緒に行けばいいじゃない。
 どうせ、ティストちゃんのことが心配で、他のことなんて手につかないんだから」
「そ、そんなことっ…」
シアさんの指摘に、ユイが頬を赤くして抗議する。
心の底から楽しそうなシアさんが、その笑顔で俺を見る。
「傷口は塞がっても、痛みまで消えたわけじゃないでしょう?
 それじゃあ戦えないし、守れもしないわよ?」
何も言い返せない。
歩くのが精一杯なのに、強がりもいいところだ。
「あの…」
小さな声に、全員が視線をアイシスへと向ける。
「私だと、先生の手当てもできないですし、治療のこととかも聞きたいから…。
 ユイさん、来てもらえますか?」
つまづきながら、ゆっくりとアイシスが告げる。
驚いていたユイの表情は、輝くような笑顔へと変わっていた。
それだけでも答えになりそうな笑みで、アイシスの踏み出した一歩にユイが応える。
「うん、喜んで」
「決まりね」
「よろしく頼む、ユイ」
大きな袋を肩から提げて、ラインさんが店に入ってくる。
「おう、準備できたか?」
「それは?」
「三人分で一週間。足りなくなることはないはずだぜ」
三人…ね。
ユイも一緒に行くことは、二人の中で決定事項だったんだな。
「ありがとうございます」
受け取ろうと伸ばした俺の手は、ラインさんの大きな手のひらに止められる。
「家までは、運んでやるよ」
「たまには保護者付きも、悪くないでしょ?」
二着の上着を持ったシアさんが、大きな方をラインさんに手渡す。
全部、予定通り…なんだろうな。
「何から何まで、すみません」
「悪いと思ってるなら、さっさと治せ。さすがに、怪我人とは飲めないからよ」
「はい」
本当に、助けられてばかりだ。
何をすれば、この恩を返せるだろう?
二人の好きな銘柄の酒が思い浮かび、他のことが考え付かない自分が情けない。
でも…たぶん、間違ってはいないと思う。
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