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DAGGER 戦場の最前点 作者:BLACKGAMER

DAGGER -戦場の最前点-

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10章 安らぐ少女-2

【アイシス視点】

「…はぁ」
自分の部屋に入って、思わず息をつく。
私の部屋…か。
数日見ていないだけなのに、すごく久しぶりに感じる。
ドアを閉じると、身体の力が抜けていく。
家を見たときもそうだったけど、この部屋に入ったときほどじゃない。
この家を自分の家だと、この部屋を帰るべき場所だと、認めている自分に驚く。
帰ってきた安心感なんて、作り話だと思っていたのに。
「後は、シチューが美味しくなるのを待つだけ…か」
そう言い残した先生は、少し眠らせてほしいと自分の部屋に戻った。
一時間くらいすると、味が馴染むらしい。
少しだけ、料理を手伝った。
言われるままに動いただけで、あんまり役には立てなかったけど…。
何もしないよりは、少し気が楽かもしれない。
「ちょっと、暑いかな」
さっきまで火のそばにいたから、身体に熱が残っている。
ここに来たあの日以来、一度も開けていないカーテンと窓を開けて、外の空気を取り込んだ。
「ぁ…」
思わず、窓枠に手をついて、身体を乗り出す。
窓の外では、落ちていく太陽が、全てを赤く染め上げていた。
「綺麗」
夕日なんて、いつでも見られる、ありふれたもの。
でも、私は見ようとしなかったし、見ている余裕もなかった。
椅子を引き寄せ、窓辺に座る。
そういえば、この椅子を使ったのも初めてだ。
ベッドしか使わなかった私の生活が、ほんの少しだけ広がったような気がする。
「おおげさ…かな」
窓を開けて、椅子に座っているだけのこと。
でも、言い表せない不思議な感情が、胸の奥でうずく。
どんな気分なのか、自分でもよく分からない。
ただ、イヤな気持ちはしない。
「ふぅ…」
部屋に舞い込む風が前髪をゆらし、頬をなでる。
ここには、他人の音が何もない。
しんと静まり返っているこの場所が、私の心を落ち着けてくれる。
自覚しているよりも、この場所が気に入っていたみたい。
「………」
視線を太陽から外して、赤い世界を見渡す。
昼から夜へと変わりゆく窓の外は、まるで別世界のようで、目が離せない。
太陽と同じで、このあたりの景色も気にして見たことなんてない。
訓練は家の前でやるし、一人で出歩いたこともない。
私は、何も知らないんだ。
「歩いて、みようかな」
何かをしてみたいと思ったのなんて、初めてかもしれない。
その気持ちが消えないうちに、私は外へ出た。


何をするでもなく、ぼんやりと歩く。
風は冷たいけど、夕日はまだ暖かい。
家に沿うようにして、ぐるっと一周りする。
裏手はもちろん、家の横にだって、一度も行ったことはなかった。
私が通るのは、あのドアだけ…そう、無意識に決め付けていたから。
結局、一周しても変わったものは何もなくて、新しい発見も何もない。
何の役にも立たない、とても無駄なことをしている。
でも、それも悪くない気がした。
玄関のほうへと戻ってきて、今度は訓練場を越えて森に近づく。
いつも降りていく道を覗き込んで、今度は森に沿って歩き出す。
この時間から、森の中に入る気にはなれなかった。
「?」
頭上で響く鳥の鳴き声につられて、上を見る。
空を駆ける鳥たちが、木々の合間に降り立っていった。
みんな、帰るべき巣がある。
動物であれば、たぶん当たり前のこと。
でも、今までの私には、そんなものさえなかった。
「…!」
足音に振り返る。
上着のポケットに手を入れた先生が、こっちへ向かって歩いていた。
「訓練か?」
「いえ、散歩です」
「散歩…か。いい趣味だな」
私が見ていた空を見上げて、先生が笑う。
日が沈んでいくところを、二人並んで見つめる。
ただ見ているだけで十分なほど、綺麗な夕焼け空だった。


太陽が隠れると、それだけで寒くなった気がする。
「どうする? もう少し歩いてくるか?」
「いえ、もういいです」
さっきので、もう満足した。
それに、迎えに来てもらったんだから…。
「なら、帰るか」
「はい」
前を歩く先生の背中を追いかけて、ゆっくりと歩く。
暗がりでも存在感のある、家の灯り。
最近になってようやくできた、私の帰る場所だ。


【ティスト視点】


木製のダガーがぶつかり合い、渇いた音を立てる。
アイシスの好きなように攻めさせ、数回に一度だけ反撃する。
手本となるように、基本の形に忠実に、丁寧に。
同じことの繰り返しにならないように、変化に富ませる。
「ッ!?」
一拍置いた上段からの振り下ろしを、アイシスが距離を取って回避する。
技の性質をよく見極めているな。
どんな攻撃でも受けようとする癖も、ずいぶん抜けてきたみたいだ。
「すっかり、防御の型も覚えたな。少し休憩するか?」
俺の問いかけに、それでもアイシスはダガーの切っ先を下げない。
「続けるか?」
「先生は、疲れてませんよね?
 呼吸も乱れないし、汗も出ないし、さっきから表情一つ変わらない」
俺の…つまりは、相手の観察まで出来るようになってきたか。
視野が広がってきたのは、いい傾向だ。
剣の切っ先、拳やつま先みたいな攻撃の要だけに気を取られていたのに比べると、大きな進歩だ。
「私なんかの相手をしていて、いいんですか?
 もっと、自分の訓練をした方が…」
いつかと同じ既視感に、言葉が出なくなる。
本当に、アイシスと昔の俺は、思考が似ているらしいな。
俺に同じ事を言われたとき、師匠たちもこんな気分だったのかもしれない。
「相手の表情や状態を見ながら、冷静に考えることができる。
 その成長は大事なことだ。誇っていい」
「そうじゃなくて…先生の邪魔になるなら、私は一人でも…」
思わず、ため息が出そうになる。
まったく、この考えが分かるだけに、余計に厄介だな。
俺なら、どう言われれば納得するか…それを少しだけ考えてから、口を開く。
「一人での訓練には、限界がある。
 どんなに気を使っても、知らずに単調になってしまうからな」
うなずくアイシスの表情には、迷いが見える。
まだ押しが足りないみたいだな。
「それに、アイシスとの訓練は、俺の指針を決めるのにちょうどいいんだ」
「指針…?」
「何を鍛えれば、今よりも強くなれるのか? その方向性だな。
 次にセレノアと対峙したときのことを考えなければ、それなりに対策が必要だ。
 速度を多少あげたところで、そう簡単に追いつけるとは思えない。
 腕力を高めても、当たらなければ気休めにもならない。
 どうすればいいのか、俺も迷ってるんだ」
個々の能力でも、セレノアに負けている方が多いだろう。
それに、闘法の相性も最悪に近い。
相手の攻撃を受け流したり、虚をついたりすることなら、あいつも得意そうだ。
「先生も、迷うんですね」
「上には上がいるからな。俺だって負けないために努力するさ。
 今より強くなるためには、漠然と訓練するのは効果が薄い。
 今の自分に必要なものを決めて、それを意識的に向上させないとな」
「自分に…必要なもの」
そうつぶやいたアイシスが、視線を下げて考え込む。
素振りや型は染み付いてきたようだし、次の段階に進む頃合いかもしれないな。
「アイシスも、色んなことを考えてみるといい。
 自分に必要な力は? 相手に攻撃を当てるためには? 有利に戦うためには?
 短所を克服するべきか? 長所を伸ばすべきか? 何かに特化せずに総合力を高めるか?」
「たくさんあるんですね」
「ああ、考え出せば、きりがない。
 だが、訓練を惰性だせいにしないためにも、上達の目的は大事なんだ」
「はい」
きっかけさえあれば、アイシスは伸びると思う。
だから、ここで俺の答えを押し付けて、成長の可能性を潰したくない。
俺が上の段に引っぱりあげるのではなく、自分の力で階段を登ってもらう。
それが、最終的には自分の力で向上し続けることになるはずだから。
「じゃあ、行きますね」
「ああ」
今までにない大きな飛込みで、アイシスがダガーを振り下ろす。
そのまま、流れるように連続攻撃が迫ってきた。
「いい流れだ」
褒められたことが嬉しいのか、アイシスが頬を緩ませる。
そして、俺の言葉に応えるように、太刀筋が変わり続ける。
足運びを意識して。
体重の移動を意識して。
腕に込める力を意識して。
俺の視線や防御の方法を意識して。
アイシスの試行錯誤が、手に取るように分かる。
闘法としては、不安定。
だが、大きな可能性が、その中で息を潜めている。
その意図を理解しながら、俺も思考を巡らせていく。
こんなにも有意義で楽しい訓練は、久しぶりだ。


「お待たせしました」
アイシスが二人分のカップをテーブルの上に置く。
立ちのぼる湯気と一緒に、香りがリビングに広がっていった。
「ありがとう」
「いえ」
ここ最近は、夕食が終わると、こうしてアイシスの淹れてくれたコーヒーを飲んでいる。
食べ終わるとすぐに部屋に戻っていた以前から比べると、大きな変化だ。
「………」
カップに口をつけた後、不満げな顔でコーヒーカップを覗きこんでいる。
俺が淹れるときより、苦味が強くなっているのが気になるらしい。
「ほら」
砂糖とミルクの小瓶を、そっと差し出す。
アイシスは小さく頭を下げると、砂糖とミルクをふんだんに使って調整しはじめた。
スプーンを回している顔には、前までの緊張した雰囲気が見えない。
いい傾向…なんだろうな。
「すみません、うまく淹れられなくて」
「そうか? 俺は自分で淹れるより美味いと思うけどな」
ただ苦いだけじゃなくて、深みのようなものを感じる。
俺ともユイともまったく違う味だけど、これはこれで美味しい。
あったかいコーヒーは、体の奥底まで温めてくれる。
二人して、同時にゆっくりと息をつく。
誰にも邪魔されない至福のときだ。
暖炉の優しい熱に包まれて、訓練で疲れた身体を休める。
焚き木の爆ぜる音を聞きながら、ゆったりとした時間の流れを肌で感じる。
一人でいたときには、絶対に過ごせなかった時間。
こうしていられるのも、アイシスのおかげだ。
「ありがとうな、アイシス」
「? 何の話ですか?」
「アイシスがいてくれて、俺はずいぶん救われてるんだ。
 思っていたより、一人は辛い」
嘘偽りのない、俺の本音。
情けないほどに震える声音を、自分ではどうしようもできなかった。
弱音なんて、みっともないのは分かっている。
だけど、今日だけは、強がる気になれなかった。
一人でいるときには感じなかった孤独は、誰かといると強くなるから。
「先生は、どうして一人でここにいるんですか?
 ロアイスに家を持つだけのお金もあるのに…」
反論の余地のない正論に、どう返したものかと言葉を探す。
寂しいなら、誰かの傍にいればいい。
それは、当然のことだけど、俺にはできそうもないことだ。
「先生が、戦場の最前点だから…ですか?」
「聞いてたのか?」
「うるさくて、目が覚めましたから」
「そうか。たしかに、アレも理由の一つだ」
線になれない哀れな点。
周りから気味悪がられ、化け物呼ばわりされ、蔑まれる。
あんな思いは、もう二度とごめんだ。
「俺は、一人が好きなわけじゃない。
 ただ、誰かといるほうが辛いときがあるんだ」
わがままと言われるかもしれない。
だが、他人と関わっていると、たまらなく辛くなるときが、何度もあった。
それ以来、他人がいる場所を、自然と避けてしまうようになった。
一人は寂しいが、他人といる方が辛い。
どうしようもない矛盾だ。
「その気持ち、なんとなく分かります。私も他の人は…苦手ですから」
ぽつりとつぶやかれたアイシスの言葉が、俺の心に熱を灯す。
暖炉以上に暖かくて優しいそれを、しっかりと心に刻み付ける。
共感を抱いてくれたことが、素直に嬉しかった。
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