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DAGGER 戦場の最前点 作者:BLACKGAMER

DAGGER -戦場の最前点-

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08章 授かる少女-3

【アイシス視点】

ゆっくりと鞘から引き抜いて、刀身をかざしてみる。
「これが、私の…ダガー」
以前に持ったときは、借り物だった。
ただ、先生のダガーに一番近いものを探しただけで、じっくりと見たこともなかった。
だから、こんなに綺麗な剣であることに気づかなかった。
刃が、私の顔を映す。
その顔は、馬鹿みたいに驚いていて、なんだかちょっと嬉しそうにも見えた。
「不満があれば、すぐに言え。
 狭くても使える技が、いくつかあるだろう?
 ここで、少し試してみるといい」
「はい」
鞘を置いて、しっかりとダガーを握りこむ。
足の位置と重心を意識して、先生に教わった形にあわせて振り下ろした。


木刀では出せない、研ぎ澄まされた音が壁に反響する。
…すごい。
「いい音だね」
「ああ、なかなかだ」
ユイさんと先生が、それぞれに、そう評してくれる。
振り下ろした切っ先は、揺れも流れもせずに、ぴたりと止まるべき場所におさまった。
以前と重さは変わっていないと思うけど、体が引きずられない。
握りにしっかりと指が絡むから、安心して振れる。
「どうじゃ? 少しは武器屋の業というものが、理解できたか?」
「ここまで変わるなんて、思ってませんでした。
 前よりも、ずっと使いやすい」
黙って渡されたら分からないほどの細かな違いなのに、使い勝手が各段に違う。
これが、自分のためだけに用意された武器の使い心地。
刀身が全て見えるように、持ち方を変える。
綺麗な細工を施された透明な球が一つ、柄頭につけられていた。
よく見てみれば、外した鞘にも、丁寧な細工が施されている。
赤、青、緑、黄。
同じ大きさの四色の球が、静かに輝いていた。
「…これは?」
「なんじゃ? 言っとらんのか?」
「ああ、せっかくだし驚いてもらおうと思ってな。
 我が家の引き出しの奥に眠ってたものを、加工してもらったんだ。
 少しばかり、見栄えがいいだろう?」
光を浴びて、どれも綺麗な輝きを放っている。
宝石なんて間近で見たこともない私には、目を奪われるほど素敵な色だ。
「こんな高価な物を、いいんですか?」
「アイシスが思ってるほど、値は張らないと思うが…。
 気に入ったなら大事にしてくれ」
私の問いかけに困ったように、先生が笑う。
言葉を間違えたかもしれない。
私が言いたいのは、値段のことじゃない。
でも、どういえばいいのか、分からない。
だから…。
「ありがとうございます」
強く、強くダガーを両腕で抱きしめる。
昔使っていた大剣に比べれば小さな刀身が、とても頼もしく感じた。
「一つ聞くが、闘技祭に出る気はあるか?」
「え?」
「年に一度、ロアイスで闘技祭が開かれるのは知っているじゃろう?」
「国が主催してるものなら、見たことはありませんが、知ってます」
ロアイスでの最強を決めるための戦いで、お祭り騒ぎになる。
誰もが観戦に行くから、一日中、自分の部屋に閉じこもっていられる。
その日が、私の数少ない休みだった。
「その推薦枠を毎回一つ押し付けられての。
 誰か出せと言われても、知り合いどころか客もろくにおらんのでな。
 いつも無視しておったが、出る気があるなら手配してやる」
「無理です」
あまりに馬鹿馬鹿しくて、考える時間さえいらない。
そんなのに出場できるのは、本当に戦いというものに選ばれた特別な存在だけだ。
そう、さっきの戦いで、特別な存在とそうでない人間の差が、はっきりと見えた。
「先生は、出るんですか?」
「いや」
「なら、先生が出ればいいじゃないですか。あれだけ強いなら…」
「俺の強さなんて、たいしたことはない。
 さっきの戦いだって、ヴォルグに負けていないだけだ。
 負けないと勝つは、違うだろう?
 怪我をしたくないから防御に徹したし、それで終わらないから被害を最小限に抑える戦い方を選んだ。
 師匠が止めてくれて助かったが、剣技で勝ちをもらえるほど楽な相手じゃない」
口を挟む余地もなく一息にそう説明する先生は、いつもと雰囲気が違って見えた。
言葉の端々に、なんだかトゲみたいなものを感じる。
「勝利とは、己の目的通りに事が運ぶことも言うんじゃが…の」
言って、先生のことをちらりと見やる。
でも、先生は押し黙ったまま、何も答えない。
「やれやれ。こんな言葉が出るとは、レジとクレアの説教癖がうつっちまったわい。
 この話は終わりじゃ。そいつに不満がないなら、さっさと帰るんじゃな」
「あの…ありがとうございました」
「礼も報酬もいらん。本当にありがたいと思っているなら、一刻も早く使いこなせるようになれ。
 手入れの仕方は、自分の師匠に聞け。
 何度か使ったら…もしくは違和感を覚えたら、持ってこい。
 そのときは見てやる」
「はい」
言いたいことだけをいって、奥の工房へと下がっていく。
何も出来なくて、ただその背中に対して、頭を下げた。


【ティスト視点】


「騎士団長と、街中で斬り合ったそうね」
「さすがに、耳が早いな」
ファーナの部屋に入っての第一声がそれとは、予想もしていなかった。
さすがに、ロアイスの軍師様は、地獄耳だな。
「目立つ行動は慎んでもらえないかしら?
 今回は数人に報告が上がっただけで済んだけど、次もその規模で収まる保証はない。
 それでは、あなたを城に戻すために手を尽くしている私の立つ瀬がないわ」
「申し訳ない」
頭を下げると、小さな笑い声が漏れた。
「素直に謝れるだけ、騎士団長様よりは救いようがあるわね。
 彼は、正当な行為だと主張し続けていたわ」
実にヴォルグらしいな。
自分に否がないと思ったら、たとえ、どんなことであろうと引き下がりはしない。
「さて、本題に入りましょうか。
 資料は起こしていないから、筆答ではなく口答になるけど、問題ないわね?」
「ああ。きちんと理解して覚えられるように、少ない頭で努力するよ」
「では、予定通りに質疑応答と報告を織り交ぜた形で、始めさせていただくわ。
 アイシスさんは、リンダントという貴族の家の娘だったわ。
 クリアデルに志願し、最後には…見捨てられたそうよ」
苦々しくつぶやく。
アイシスが、貴族の娘…か。
だが、もう俺にとって、出自なんて物は関係ない。
どんなところで生まれ、どんなところで育とうと、アイシスはアイシスだ。
「俺からも、最初に確認させてほしいことがある。
 クリアデルが、金を納めさせることがあるのか?」
本来なら報酬をもらう立場のはずなのに、アイシスは金がないためにあの境遇に陥った。
その矛盾が、何度考えてみても解消できない。
「最下層からは、搾取しているわよ」
「最下層?」
「年に一度、クリアデルでの階級決めが行われるのは知っているかしら?」
「たしか、五段階に階級分けされていた覚えがあるが、どうやって決められているかは知らないな」
「全員参加で勝ち抜きを行うだけの単純なものよ。
 勝ったものはより強いものと戦い、クリアデルでの自分の位置を決める、彼らにとっては大事な戦い」
動物と同じで理屈や倫理が通じない奴らは、純粋な腕力だけが者をいう。
明確な力量差を階級として振り回せるなら、必死になるだろうな。
「最強を決めるときに、負けたもの同士も試合を続け、最弱も決めるの。
 最後まで一勝もできなかった十人程度が、搾取される者として扱われるわ。
 全員から奪うよりも、最弱の一握りから搾取したほうが不満や反感があがらないのは、当然のこと。
 被害者は実力で選ばれたのだから、謀反の起こしようもないでしょう?」
「救いようがないな」
そうまでして弱者を痛めつけて、自分が優位でいたいか。
なぜ他人を放っておけず、そうまでして不幸にしたいのか、俺には理解できない。
「運良く自分の相手が重症になれば、不戦勝で逃げられるわ。
 今までのアイシスさんのように…ね」
勝ち上がりでも見かける光景だが、負け上がりなら、怪我人の数は多いだろう。
だが、救済措置と呼べるものではない。
それだけの運にすがって、あそこで生きていたアイシスを素直にすごいと思う。
「で、金を払えない者への処遇があれか」
払う義務さえないものから無理矢理に奪い取り、それさえ満たせなければその身を売らせる。
少しばかり腕力がある程度で、そこまで我が物顔にやりたい放題とはな。
「そこが、あの子の場合は込み入っているのよね」
物憂げにため息をつき、数秒の間が開く。
どうやら、ここからの話が、ファーナの言う複雑な話になるらしいな。
「支払えない人間は、ほとんどが親へ泣きつくのだけど…。
 アイシスさんは、おそらく親であるリンダント卿にその話をしていない。
 そして、馬鹿が一人、リンダント卿に会いに行ったらしいわ。
 娘の壊したものを弁償してほしい…と言って」
「気の聞かない作り話だな」
「そうね。そして、リンダント卿はこう返答したそうよ。
 『あれが何をしでかそうが、誰に迷惑をかけようが、一切関知しない』
 『文句があるなら本人に言え、二度とくだらない話で私をわずらわせるな』って」
まるで、そこに本人がいるかのような感情のこめられた言葉に、吐き気がする。
傲然と言い放つ貴族の姿が、鮮明に浮かんだ。
「それが、アイシスの親…か」
「典型的な貴族の思考よ。
 貴族にとって、己の存在以外は、人であろうと物であろうと、全て自分のために用意されたものなの。
 利益になるからこそ使い、不利益を被るなら捨てる」
「その結果が、あれを招いたわけか」
クリアデルの前で、精気を失い座っていたアイシスを思いだすと、気分が悪くなる。
何も信用できない。
誰に対しても距離を置いてしまう。
そんなアイシスの振る舞いの一つ一つの意味が理解できて、やり場のない感情だけが募っていく。
過去は、どうすることもできない。
せめて、二度と同じことだけは起こらないようにするぐらいだ。
「ここで終わらせたいところだけど、厄介な話はまだ終わらないの。
 あの子の買い手のこと、あなたは知っていた?」
「いや、知らないな」
クリアデルの奴も話していなかったし、そもそも、誰であろうと興味はなかった。
「そうね。知っていたなら話は少し変わったかもしれないわ」
「まさか、俺の知っている相手か?」
俺とファーナの間に共通の知人がいるとしたら、おそらく、この城の中くらいだ。
まさか、ロアイス城内にいる貴族の仕業か?
「新しい飼い主になる予定だった者の名は、セイン・ラステナよ」
ラステナ、その言葉は、ロアイスと同等以上の規模を持ち、前大戦の火種になった国の名でもある。
大陸の東に位置する人間の三大国家の一つ、その国の王子の名がセインだったはずだ。
「まさかとは思うが、ラステナの王子か?」
「確認を取ったけれど間違いなく本人よ。残念なことにね」
真剣な声が、冷徹にその事実を告げる。
覆すことができないほど、信頼できる裏付けが取れたわけだ。
「貧しく救われない者を助けるために、ラステナの城内で雇用する人間を探しているわ。
 無作為に選んでいるという話で、実際に選別の方法は不明。
 それが、ラステナの指名徴兵制度、通称『幸せの白羽』よ」
「しらはね?」
「人々の前に舞い降り、悩める民を救う姿は、天使の如き神々しさ。
 その天使の羽を手にすれば…つまりは、その指名徴兵制に選出されれば幸せになれるそうよ」
国を挙げて、困っている人を救う…か。
万人を救うことはできないかもしれないが、そういうことが希望になるのは、いいことだと思う。
「国を超えての徴兵制に、誰も文句は言わないのか?」
自国の人間が他国に連れて行かれるなんて聞けば、いい顔はしないだろう。
「人助けという大義名分があり、取り立てられるのは有益な人物でもないから、誰も気に止めていないわ。
 そもそも指名されるのは、どうやら身寄りのない者だけらしいの」
血筋こそが全ての王宮にすれば、天涯孤独が他の国に呼ばれようと眼中にない…か。
逆に、血の後ろ盾がない者たちにすれば、夢を掴むような機会だろうな。
「なら、なぜ貴族の娘であるアイシスを?」
「親との縁が切れたから、天涯孤独と見られたのか。
 それとも、リンダント卿とセイン・ラステナの間になんらかの約束があったのか。
 さすがに、そこまでは調べられなかったわ」
「いや、十分だ」
理由を知ったところで現状は何も好転しない。
それより、当人と接触せずに、ここまでの情報を収集できるのだから見事なものだ。
性格から考えるに、調べていた痕跡もほとんど残していないことだろう。
「アイシスは、このことを…」
「知っているかどうか、分からないわ。
 あなたに会ったときの態度を聞いただけなら、知らない可能性が高いでしょうけど」
「そうか」
絶望しきっていたアイシスのことを考えれば、知らなかったのが順当だろうな。
「ふぅ…」
ため息をひとつ、大きくつく。
呼吸にあわせて全身が気だるくなり、力が抜けていった。
「まいったな。俺がアイシスの幸せを潰したのか」
余計なお節介や善意の空回りも、極まれば害にしかならない。
アイシスの千載一遇の幸運を、俺が壊したのか。
「あなたまで、そんな風聞ふうぶんを鵜呑みにするの?」
声音に呆れを滲ませ、ファーナが問いかけてくる。
「どういう意味だ?」
「あなたくらい王城の深部で過ごしたなら、この閉ざされた世界や貴族に対して、通り一遍以上の知識はあるでしょう?
 あなたの目には、ここに住まうものたちが慈善事業をするような連中に見えたのかしら?」
俺が見てきた貴族の大半は、自分の価値観が絶対で、己で決めた利に聡く、故に不利益を毛嫌いする。
世の中のために腰を上げるような、殊勝な連中ではない。
「たしかに、ファーナの言うとおりだ」
「でしょう? だから、あなたが気に病む必要はないわ。話がそれたわね」
浮かべた笑みを消し、すぐに表情を引き締める。
一瞬だけの優しい笑み、それが本来の顔なのかもしれない。
「幸せの白羽、その実態は徴兵制とは名ばかりで、兵役に就くわけではないらしいの。
 城の中に入ったら最後、出てきた者もいないし、何をしているか一切不明よ」
「なんとも不透明で、うさんくさい話だな」
下男、下女として下働きのようなことをしてるかと思ったが、それほど甘くないか。
冷静に考えれば、家系で仕事を独占している連中がいる以上、労働力が不足するなんてありえないだろうしな。
「何不自由なく幸せに暮らしている…と、羨望の眼差しで見ている連中には映るようだけどね。
 飢死の可能性が多少抑えられただけで、それほど王宮が安全な場所ではないのに」
内情を知り尽くしているからこそ浮かべられる皮肉な笑みで、ファーナがため息をつく。
結託すれば、全てを秘密裏に処理することも可能だ。
城内は奴らの領域、そこでは、おそらく何をしても許される。
「で、他に情報は? ファーナの意見でもいい」
「失礼な物言いだけど、アイシスさんを選んだことを見ても、戦闘能力を重視しての選別は行っていない。
 つまり、戦える兵士が欲しいわけではない。そう考えると、被験者の可能性もあるわ」
「ひけんしゃ?」
「たとえば、薬の類なんて試してみなければ効果が分からないでしょう?
 治す薬も、殺す薬も、ね」
冷徹に言い放つファーナの瞳や言葉の端に、わずかな怒りの色が見えた気がする。
貴族の横暴に腹を立てているのは、虐げられているものだけではない…か。
ありがたいことだな。
「他にも憶測はあるけど、無意味な先入観を植え付けるだけだから、やめておきましょう」
情報収集から、相手の状況を考察する力まで、どれをとっても雲の上だ。
しかも、わざわざ俺に程度を合わせてくれているところも、いくつもある。
「さすがは、ロアイスの軍師だな」
「といっても、名ばかりだけれどね」
「どういう意味だ?」
「戦争が起きていないからこそ、私は軍師でいられるの。
 戦がなければ功績を立てにくいのに、山のような資料を突き出されては、面倒な判断を迫られる。
 そんな、何の魅力も見出せない貴族らしからぬ仕事を、私から取り上げるつもりはないらしいわ」
「貴族らしい仕事ってのは、どういうことを言うんだ?」
「根回しを忘れず、友好関係を大事にして、今より上の地位を目指す…なんていうのも、仕事の一部よ。
 部下に暴言を吐き、逆らえないものを踏み潰して、人を動かすような仕事よりはまだマシね」
皮肉な笑みを浮かべるファーナの顔を見ていると、冗談だと思えてくるが、そうでないことは分かってる。
我慢や忍耐は、周りがするものだと認識している、厄介な連中だからな。
「それに、戦場での参謀や陣頭指揮を私のような小娘には執らせないわよ、何が何でもね。
 私を戦場から追い出す理由には、事欠かないでしょうしね」
やりたくないことをファーナに押し付け、良い所だけを奪っていく…か。
なんでも自分の都合のいいように進まないと気がすまない、貴族らしいやり方だ。
「それで、満足なのか?」
「ええ、満足しているわ。
 勘違いしている輩が多いけど、仕事の価値は他人じゃなくて当事者…つまり、私と依頼主が決めるものよ。
 それに、何かしらの理由があって依頼してきた人間を無下にすることはできない」
迷いなくそう断言するファーナの目には、強い意志が宿っていた。
このロアイスで生きる民を大事にしたいという真摯な気持ち。
仕事に対しての熱意は、今まで会ってきた誰よりも上だろう。
「まさに、高貴なる者だな」
「ふふっ、私には最高の褒め言葉ね」
俺の言葉が余程気に入ったのか、嬉しそうにファーナが笑う。
その笑顔は、年相応の柔らかな笑みだった。
「あなたといると、つい長話になってしまうわね。
 少しだけ待っていてもらえるかしら?」
「ここで…か?」
「楽にしていて、すぐに戻るわ」
何の説明もなしに、ファーナが立ち上がるとすぐに部屋から出て行く。
やることもなく、椅子に座ったままで伸びをし、そのまま身体を背もたれに預けた。


「!?」
ノックの音に、全身の血が凍りつく。
ファーナだと思いたいが、自分の部屋に入るのにノックをするとは考えられない。
まさか、ファーナの私室に来客が来るとは思ってなかった。
どうすることも出来ずにいると、おずおずといった感じでゆっくりと扉が開いた。
「…!」
扉が閉まり、そのせいで広がった桃色の髪に思わず息を飲む。
いくらなんでも、これは不意打ちだ。
「ティストっ!!」
「…!」
不意打ちすぎて、何の反応もできなかった。
ただ、無意識に足に力をこめて、飛び込んできたリースを抱きとめる。
「会い…たかった。ずっと…ずっと……会いたかった」
俺の服を、白い指がぎゅっと握り締める。
涙混じりにつぶやく声は、たしかに記憶の中にある声だった。
泣くのをやめても、リースはつかんだ俺の服を離そうとしない。
俺に自分の身体を押し付けるようにして、小さな声で語りだした。
「私の態度が悪いとね、それが、全部ティストのせいになるの。
 私は、何よりそれが許せなかった。
 だから、ばあやとファーナから教わったことは、頑張って覚えたし。
 誰と話すときも…ユイと話すときだって、言葉にも態度にも気をつけた。
 そしたら、まだまだ未熟だけど、ようやく王族としての自覚が出てきた…って、みんな喜んで…。
 そのときまでの、ティストと一緒にいた私がおかしいみたいに言われて…」
感情の昂ぶりにあわせて、リースの声が掠れていく。
どうしていいか分からなくて、俺は目の前にある頭を撫でてやった。
「ありがと」
自分の涙を隠すように、リースが俺の胸板に顔を押し付ける。
その姿勢に無理がないように、背中に腕を回して抱き寄せた。
「この城では、私なんて必要ないの。
 必要なのは、私の名前と、私の地位と、皆の思うとおりに動く私。
 だから、ティストと二人っきりのときだけは、私でいさせて」
「そういうことか」
腕の中で話すリースの言葉に、自然とそう呟いていた。
変わりたかったんじゃない、周りがいるときは、変わらなければいけなかった。
「安心したよ。嫌われたわけじゃなかったんだな」
「きらいになんて、なるわけないよっ!
 ずっと、ずっと、ずーっと、ティストのことばっかり考えてたんだから」
瞳に涙を溜めて、精一杯にリースが抗議する。
こうなったら俺の負け…っていうのは、昔からの決まりだったな。
「私とティストが会うときは二人っきりね。
 ぜったい、ぜったい、二人っきりになるんだからね」
甘えたがりで、わがままで、でも、可愛げがあって。
俺が知っているリースと、ちっとも変わってない。
「ああ」
すり寄って甘えるリースの頭を撫で付け、俺はゆっくりうなずいた。
べったりと俺にくっついていたリースが、近づいてくる足音を合図に、音を立てないように離れた椅子へ戻る。
そのまま、来たときのように品よく座っていると、扉が開いた。
「待たせてごめんなさい。あら、リース様? どうかなさいましたか?」
「至急ファーナに聞いておきたいことがあって、部屋で待たせて頂きました」
「お待たせして申し訳ありません。それで、用件というのは?」
二人の間で交わされるやり取りを見ながら、ようやく理解する。
気を許せる相手なんてほとんどいない王宮で、ファーナは数少ないリースの味方なんだろうな。
「分かりました。いつもありがとう、ファーナ」
「いえ。姫のお力になれることでしたら、なんなりとお申し付けください」
「では、私はこれで失礼します」
深々と礼をして、リースが部屋から出て行く。
ファーナがドアを開け、俺は礼をしてその後ろ姿を見送った。
扉を閉じると、ため息を一つ…その後に、ファーナが穏やかな笑顔を浮かべる。
「私からの報酬は、満足してもらえたかしら?」
「ああ、少し貰いすぎた」
姫と二人っきりで会わせるために時間を取り、双方に連絡を取る。
しかも、他の部屋で会うことで本人たちの立場が悪くならないように、自室まで提供して。
さっきの扉を閉じたときのため息は、きっと、何も起こらなかったことへの安堵なんだろう。
何かあれば、ファーナの身分であろうと、ただでは済まない。
「また何か出来ることがあったら、言ってくれ。協力は惜しまない」
「あなたがそう言ってくれるなら、私も手を尽くすことを約束するわ。
 これからもよろしくね」
差し出された手のひらを、傷つけないように握る。
女らしい白くて細い指先は、何よりも頼もしく思えた。
+注意+
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