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DAGGER 戦場の最前点 作者:BLACKGAMER

DAGGER -戦場の最前点-

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07章 受け入れる少女-5

【アイシス視点】

朝寝坊して階下に降りれば、二人分の食器が用意してある。
その待遇の良さと遅く起きた罪悪感が混じり、先生へと頭を下げた。
「おはよう」
「おはようございます」
テーブルの端に置かれた先生のカップは、湯気どころか中身さえない。
暖炉の前に腰掛ける先生は、どれだけ待っててくれたんだろう。
「飯にしようか」
文句の一言もなく先生が立ち上がると、手際良く料理を並べてくれた。
「食べ終わったらやることがあるんだが、手伝ってくれるか?」
その言葉に、口に運ぼうとしていたフォークが止まった。
「俺一人でも出来るし、無理にお願いするつもりはないが…」
先生が、そう言葉を付け足す。
今の私は、そんなにイヤそうな顔をしてるのかな。
「今度はなんですか?」
前回は、そんな軽い調子で頼まれごとを聞いて、王宮にまで連れて行かれた。
話を聞かないで安請け合いは、もう絶対にしない。
「掃除だ」
「掃除…ですか?」
「ユイが小まめにしてくれるから、快適な状態ではあるんだが…。
 それに甘えてばかりなのもよくないと思ってさ」
「手伝います」
居候の分際で、しかも何の役にも立ってないんだから、断れるわけがない。
「アイシスは、自分の部屋を頼む」
私の部屋。
そういえば、掃除は自分ですればいい…みたいな話になったのに、何もしていない。
また、先生に気を使わせたかな。
「終わったら他も手伝ってもらうから、声をかけてくれ」
「分かりました」
ずっと何もできなかったから、少しぐらい先生の役に立とう。


自分の部屋の、自分のベッドに倒れ込む。
今日は、本当に色んなことをした。
結局、掃除の後に、水汲み、焚き木拾いと先生の後をついて回って手伝って。
先生が料理しているのを座って見ていて、一緒に食べて。
訓練する暇なんて、全然なかった。
心休まるとは言えないけど、身体を動かしたのにそんなに疲れてない。
それに、イヤな気持ちにもならなかった。
体を痛めつけなかった日なんて、何日…ううん、何年ぶりだろう。
日の光を浴びた清潔な毛布にくるまって、その暖かさにため息がでる。
床を磨くのも、ベッドを整えるのも、全部自分でやった。
クリアデルでは、やるだけの体力も残っていなかったし、そんな気にも絶対ならなかった。
「私の部屋」
もう何度目か分からない自分の声に、返事はない。
ただ、口にするたびに、なんだか不思議な気分になる。
何をするでもなく、ぼんやりとベッドの上に寝ころんでいるこの時間が、疲れを消してくれる。
ふぅっと息をついて、全身の力を抜き、ベッドに身体を預けた。
少しだけ沈みこむ身体が、心地いい。
眠るという意識もなく、ただ、自然に目を閉じていた。


寝ぼけた私の耳に、小さな音が届く。
何かが擦れるような音。
何の音だろう?
ゆっくりと目を開けてみても、カーテンの先に日の光はない。
寝ぼけ眼をこすりながら、薄暗い部屋の中をドアのほうへと歩いていく。
音は、階段の下から聞こえているみたいだ。
廊下の冷えた空気で、目が覚める。
下の階からわずかな光が漏れ、さっきの音が規則正しく聞こえてきた。
何してるんだろう?
薄明かりだけを頼りに、ゆっくりと階段を下りていく。
途中から空気の温度が変わって、聞こえるのにパチパチと暖炉の炎が燃える音が混ざった。
「アイシスか?」
階段の半ばあたりで、先生の声が聞こえる。
「はい」
部屋に入ると暖炉を背にして、先生がいつもの椅子に腰掛けていた。
テーブルの上にある小さな蝋燭ロウソクの明かりを頼りに、先生が手を動かしている。
「どうかしたか?」
先生が手を止めると、さっきまでの音が止まった。
「何の音か、気になったので」
「ああ、すまない」
先生は手に持っていたものを机の上に置くと、両手を上に伸ばしてあくびをした。
人の腕ぐらいはある木と、先生のダガーが机の上に転がっている。
木はところどころに切った跡があって、さっきまで、削っていたことぐらいは分かる。
「何を作ってるんですか?」
「こいつだ。せっかくだから持ってみてくれ」
私の目の前に、さっきの木より一回り小さい、木製のダガーが差し出される。
「これって…」
先生が使っているダガーと同じぐらいの大きさだ。
手にとって握り締めると、返ってくる様に私の手によく馴染む。
「練習用のダガーだ。
 不恰好で悪いが、ロウの武器が仕上がるまでの間に、少しでも慣れたほうがいいと思ってさ」
手の中にあるダガーを軽く振ってみる。
前に持った物と比べて重さはないに等しいけど、ちゃちな作りには感じない。
「扱いやすいです」
「気に入ってもらえたなら、何よりだ。
 そっちがアイシスのだ。こっちは俺のだから、だんだん手抜きになってる」
先生は笑いながら、削り途中の木を指で叩く。
こんな夜更けまで、これのために…。
「………」
刀身がよく見えるように、両手へと持ち変える。
これが、私のために作られたダガー。
先生が、私のために作ってくれた。
私のためだけの、ダガー。
「………」
言葉が出てこない。
胸の奥が、あったかくなる。
満たされていくように、嬉しさがそこに溜まっていくのがわかる。
目から涙がでそうなほどに、嬉しい。
「ありがとう…ございます」
先生は、わざわざこんなことをしてくれてるのに、私は頭を下げる以外に、何も返せない。
だから、できるだけ私の気持ちが伝わるように、感謝の気持ちを込めて、頭を下げた。
「…ん…ああ。べつに、気にしなくていい」
先生は照れているのか、頭をかいている。
本当に、先生は優しい。
「暖炉にあたれ。そこじゃ、冷えるぞ」
「はい」
先生の横に座ると、ひざかけにしていた毛布を私の肩にかけてくれる。
私が返そうとするより前に、先生は手を動かし始めた。
私は、テーブルに寄りかかって、生まれたばかりのダガーを見る。
時間の流れは変わらないはずなのに、わたしがいる場所はのんびりしていて。
耳に届く木が削れる音と暖炉の薪が燃える音が、心地いい。
部屋で毛布に包まっていたときと同じ…ううん、それ以上かもしれない。
体の力が、全部抜けていくみたい。
生まれて初めてだ、誰かの横でこんなに落ち着いた気持ちになれたのは。
「先生」
「どうした?」
「もう少し、ここにいてもいいですか?」
「ああ。眠くなったら、ここで寝てもいい。風邪だけはひくなよ」
今日みたいに、やれることを手伝うから…もう少し、この家にいていいですか?
本当は、そういう意味で言ったつもりだった。
だけど、そうやって言い直すのも恥ずかしくて、私はゆっくりと目を閉じる。
後ろにある暖炉と、横にいる先生の熱を感じながら、意識が遠のいていく。
その日に聞いた音が、生まれて初めての子守唄だった。
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