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DAGGER 戦場の最前点 作者:BLACKGAMER

DAGGER -戦場の最前点-

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07章 受け入れる少女-1

【ティスト視点】

気が抜けたのか、街に戻るなりアイシスが倒れた。
おかげで、今はユイのベッドを借りて、寝かせてもらっている。
正直、今日あったことを考えれば、ここまで歩いてきただけでも上出来だと思う。
「アイシスちゃん、怪我はしてないよね?」
「ああ、外傷はないはずだ」
癒しの魔法をかけながらのユイの質問に、今日の行動を思い返してそう答える。
だが、対峙した相手が相手だからな。
生半可な怪我よりも、よほど性質たちが悪そうだ。
ベッドの端に手をつき、アイシスの寝顔を覗き込む。
「ん…」
小さな声を漏らすその寝顔には、疲れが滲んでいる。
一日だけとはいえ、無理をさせすぎたかな。
自分の基準でしか計れないから、アイシスの負荷がどれほどなのか、想像もつかない。
「もう大丈夫だよ」
手を止めて、ユイが振り返る。
「傷がないから気休めかもしれないけど、少しはマシになったと思う」
俺にとっては、どんな医師の言葉よりも、ユイのこの笑顔のほうが安心できる。
「ありがとう。おかげで助かった」
「ティストは怪我してない?」
「ああ、大丈夫だ」
「ティスト? そういう気の使い方するなら、あたしも怒るからね?」
不満顔で、ユイが俺の左手を取る。
もしかしたら気づかれないかと思ったが、やっぱり甘いか。
「降参だ」
俺の左手が優しく包み込まれ、淡い光が輝く。
魔法を受け止めたときの傷が、驚くほどの早さで消えていく。
「もうっ、ティストはいつもそうなんだから。あたしに、遠慮なんかしないで。
 それでティストに何かあったら…」
ユイが言葉を区切る。
その先は例え話でも言いたくない…と、その寂しそうな顔が教えてくれた。
「何があったの?」
「いや…」
べつに、と続けるには、色々なことがありすぎた。
だが、何から説明していいかも分からないし、気軽に口にするには事が大きすぎる。
「ティストが怪我するだけでも、普通じゃないのに…。
 こんな傷なんて…これ、魔法の傷だよね?」
心配と悲しみに瞳を潤ませて、手のひらの傷口をゆっくりとユイの人差し指がなぞる。
その柔らかくて滑らかなユイの指先を感じられるほどに、傷は癒えてきた。
「認めてくれるのは嬉しいが、ユイは俺のことを買い被りすぎてる。
 俺だって、怪我くらいするさ」
冗談めかしてみたつもりが、ユイの表情は余計に曇るだけ。
どうして、俺は冗談が下手なんだろうな。
「ねえ、ティスト」
ためらうように動いていたユイの唇から響いた、哀しげな声。
その呼びかけに返事をすることもできなくて、俺は視線を合わせて続きを待った。
「戦争は終わったの、五年も前に。
 もう、ティストが無理して戦う必要なんて、ないんだからね」
俺の手を握るユイの指に、力が込められる。
痛みは感じない、ただ、居た堪れない圧迫感が手のひらを包む。
「…だな、『前大戦』と名づけられて、あの戦争は終わったんだよな」
精一杯の無理をして答えた自分の声が、空々しく聞こえる。
クレネアの森で立ち上ったのは、単なる小火ぼやの煙で終わらないかもしれない。
前大戦という名で終止符を打たれたはずの戦争を呼び起こす、開戦の狼煙になりえる。
「ユイ、一つだけ約束してくれ」
「なに?」
「しばらくの間、ロアイスからラステナをつなぐ南の街道は、絶対に使わないでくれ」
ユイの瞳が揺らぎ、表情が驚愕に凍りつく。
しばらく何も言えなかったユイは小さく首を振り、無理して笑顔を作ってくれた。
「あたしは、ティストとの約束なら、なんでも守るよ。
 だから、ティストもあたしと一つだけ約束して」
「何をすればいいんだ?」
「ティストが嫌なことは、絶対にしないで。
 辛いと思ったり、やりたくないと思ったことはしないで。
 これが、あたしの約束してほしいこと」
優しく微笑み、穏やかな声でそう告げる。
その約束の裏に見える、俺を案じてくれる優しさと心遣いには感謝してもしきれない。
「約束は、必ず守るよ。ありがとうな」
「うん」
瞳を閉じて、ユイが癒しの魔法に集中してくれる。
全身から力を抜いて、わずかな警戒も解いて、全てを任せる。
自分の家でさえ、こんなに気を抜くことなんで、できやしないのに。
城に報告して話せるようになったら、ユイには今回の仕事のことを包み隠さず全て話そう。
心地よい優しさに抱かれながら、そう思った。


【アイシス視点】


「あまり人を招待できる部屋ではないのだけれど、我慢してね」
「はい」
笑顔で招き入れてもらい、視界を埋め尽くす本に圧倒される。
片手では持てそうもないほどの分厚い書物が、見える限りの本棚に整然と並べられていた。
部屋の中は、ファーナさんと二人きり…どうして、こんなことになったんだろう。
「こちらへ」
「はい」
言われるままに背中を追いかけ、部屋の隅にある大きな机の前で、あの人が振り返る。
「どうぞ、座って」
二対の椅子の片方を示して、上品に着席を勧める。
頭を下げて座ると、この人は机に近い方の椅子に優雅に腰掛けた。
2~3度だけ紙に何かを書き込むと、私のほうに向かってわざわざ頭を下げてくれる。
こうも丁寧な対応をされると、なんだか場違いのような気がしてしまう。
「では、報告をお願いします」
そう柔らかな笑顔で告げて、相手が口を閉ざす。
たぶん、もう報告をしてもいい、ってことなんだろうけど…。
「あの、こんなこと初めてで、何をどういう順で話せばいいか…」
「別に順を追って話す必要はないわ、話してもらえれば、後はこちらで繋ぎ合わせるから。
 不明瞭であれば、その都度で質問させてもらうから、言葉を選ぶ必要もない。
 それと、何か気づいたときには、私の言葉を止めてでも口にしてね」
馬鹿な私にも分かるように、細やかに気を使ってくれている。
だけど、それが余計に私を困らせる。
「あの…どうして、私なんですか?
 先生から報告を受けて、それで終わりじゃないんですか?」
城に着いてすぐに、先生たちと別れてこの部屋に連れてこられた。
本来なら、私みたいな役立たずが外されるはずなのに、なぜか一人で報告を求められている。
考えるまでもなく、おかしい。
「私は、少しでも多くの情報を手にしたいの。
 一人の視野には限界があるし、注目すれば余計に狭くなってしまうから。
 だから、自分の気づいたこと、目にしたもの、なんでも話してください。
 私のことを助けると思って、どうかお願いします」
真摯な態度で頭を下げられたら、返す言葉もない。
しょうがない…この人には、私の出来る限りの報告をしよう。


思い出した事をなんとか列挙しながら、説明を続ける。
それを、この人は見事に補完していった。
「木々が開けた場所で、異種族らしい人達が向かい合っていました」
「らしい人達?」
「私は、先生に教えてもらったから分かったけど、未だに異種族を見たことが半信半疑で…。
 私一人で見れば、変わった服を着た変な人達…くらいにしか」
「そう、なるほど」
全部が全部この調子、報告と言っていいか分からないほどの質でしか話せない私から、あの人は子細に情報を聞き出す。
時間軸さえうまく統一できない私の話に、ときに忙しくペンを走らせながら、熱心に話を聞いている。
こんなに真剣に話をしてくれるのは、先生とユイって人に次いで三人目だけど、いまだに慣れない。
「で、その魔族のことだけど…他に、何かないかしら?」
その言葉で、あのまとわりつくような黒い魔法が見えた。
魔法は数えるほどしか見たことがないけど、あれが異質なことぐらい分かる。
「ユウシキって、呼ばれてました」
どんな意味を持つのかも知らないけど、あの金髪の女性はそう呼んでいた。
「それは、名前のこと?」
問い返すあの人の声が、少しだけ硬くなった。
たぶん、その情報だけで分かっていて、私に確認しているだけ。
「いえ、ユウシキの魔族って続いてたから、名前とは違うと思います」
「そう」
ふっと息をついて、ペンを走らせた先を円で囲む。
たぶん、今までの報告の中で、一番重要度が高いのが、あの魔族という意味…だと思う。
「特徴は、分かるかしら?」
「黒髪で、ゆったりしていた服だから体型は分かりづらいけど、あんまり筋肉質ではなかったと思います」
最初に木々の間から遠目で見たのを思い出して答える。
あの距離だと、相手の正確な身長までは分からない。
先生とどっちが背が高いか? と聞かれても、答えられないくらいの曖昧さだ。
「先生と親しげに話していましたし、詳しくは先生から聞いてください」
「ええ、そうさせてもらうわ。
 たとえば、その魔族と雑踏で出会ったら、あなたは気づけるかしら?」
「分かりません。周りにいた女性二人なら、分かると思いますけど…」
男の声は思い出せても、顔は思い出せない。
というより、見てないものを思い出せるはずがない。
どうしても直視するのが恐くて、周りの従者を見るのが精一杯だったから。
「では、その女性二人に関して、何かないかしら?」
「その男の従者みたいな立場だと思うんですけど、男のほうが闘おうとするのを止めてました」
「なぜ、止めていたのかしら?」
「精霊族が近くにいる森の中で、争うのはまずいと思ったのかもしれませんけど…」
私の中で、一つの言葉がひっかかっている。
私が言葉を濁した意味を分かっているように、あの人は親しみやすい笑顔を作った。
「けど…何かしら?」
「『そんなことをしている場合では…』って、従者の一人が言ってました」
「そう、興味深い言葉ね」
嬉しそうに笑って、あの人がまたペンを走らせる。
今回の言葉も気になったのか、書いた場所から線を延ばしては、何かを書き連ねている。
あの人が書いたものは、もう何枚にも渡っていた。
この人なら、先生のことを詳しく知ってるかな。
先生が、自分より強いことは知っていた。
だけど、先生がどれだけ強いのかは知らなかった。
先生の実力を、穴の深さで計っていたとしたら…。
それは、本当は何段もある下り階段で、私が見ていたのは、その一段目だけ、そんな気がしてならない。
『ティストは、誰にも負けないよ。
 あたしが知っている誰よりも、ティストは強いから』
思い込みや世間知らずだと馬鹿にしていたのに、知らなかったのは私のほうだ。
熱心に走らせていたペンの勢いが鈍る頃合いを見て、声をかけた。
「一つ、聞いてもいいですか?」
「私が答えられる範囲なら、一つと言わずにいくつでもどうぞ」
「先生は、何者ですか?」
目に焼き付いている光景を思い出せば、身体が震える。
打たれた矢を避けないで叩き伏せるなんて、人間ができることじゃない。
あの人と刃を合わせた人は、全員が剣を取り落としていた。
それに、一握りの選ばれた人間にしか使えない、魔法も使っていた。
あんなこと、腕が立つなんていう言葉だけじゃ、到底説明できない。
「私は、彼の生い立ちを語れるほどに、親しくもないし、詳しくもない。
 軽々しく他言するのは、はばかられるのだけれど…」
「では、先生と話していたレジ様とクレア様のお二人は?」
頭の中に、穏やかな笑顔の老人たちが浮かぶ。
先生と親しげに話すあの二人が、先生の師匠だという話だ。
あの二人の素性さえ分かれば、そこから、先生のことが何か分かるかもしれない。
「そのくらいなら、私にも答えることができるわ。
 レジ・セイルスとクレア・セイルス。一世代前のロアイス騎士団を統率していた方々よ」
クリアデルで最強を自負する連中ですら力不足と言われている、騎士団という選ばれた存在を…統率していた。
私の単純な頭では、ロアイスで最も強い人たちだという答えになる。
ただ、強いということは理解できても、どれほど超人的なものなのか分からないし、どう表現されるのかも分からない。
「騎士団を退いてからは、王子と王女の教育係と護衛を務めているわ」
王族なんて生涯関わるはずもない、私の人生から一番遠い存在だ。
国での最重要人物の側近なんて、遠すぎて訳が分からない。
「このくらいの説明で、理解してもらえるかしら?」
「十分です」
これ以上は、聞いても聞かなくても同じだ。
どれだけ離れていることを理解しても、何も変わったりしない。
「質問を再開してもいいかしら?」
「はい」
いくつも、細かな質問が投げつけられてくる。
私は、ただ聞かれたことだけを答えた。
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