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DAGGER 戦場の最前点 作者:BLACKGAMER

DAGGER -戦場の最前点-

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05章 驚く少女-3

【ティスト視点】

先を行くファーナを追って、長い廊下を静かに歩く。
景色はあの頃と変わらないが、居心地の悪さは比べ物にならないな。
色んな意味合いを含めると、会いたくない人間が多すぎる。
ある部屋の前でファーナが立ち止まり、静かに扉を開けた。
「どうぞ」
促されるままに、俺は部屋へと足を踏み入れた。


手のひらに余るほどの大きさの本が並んだ本棚が、この部屋では壁代わりになっている。
書庫を思わせる部屋には、個人の私物はほとんどない。
端にあるベッドと机が、かろうじてファーナの私室であることを主張していた。
「さっきは、事前のうかがいもなくてごめんなさい。
 勘のいい御二人の前で、余計な発言をするわけにいかなかったので」
この子の態度は優雅で、他の貴族のような嫌らしさがなく、従ってもいいと思わせるような力がある。
さっきのような態度をとられたところで、俺はさほど気にならなかった。
「で、なんなんだ?」
「あなたに緊張感が見られないようだから、この仕事の真意を教えておこうと思って」
「国境付近に不審な輩か痕跡がないかの調査…以上に意味なんてあるのか?」
「仕事には、報酬がついてまわるものでしょう?
 あの二人が考えているのは、それよ」
「金…ではないだろう?」
「ええ」
「じゃあ…」
さもしい思考だが、他に考え付くものがない。
師匠たちが、俺に提示できる特別な報酬に、心当たりがない。
「レジ様とクレア様は、あなたを城へ戻そうと考えているわ。
 今度のことは、そのきっかけ作りにすぎない」
言葉に詰まった俺の顔を見て、ファーナが答えを提示した。
その言葉はなぜか自分にとって平坦な響きで、意味を読み取れなかった。
師匠たちが、俺を城へ戻そうとしている?
「二人がそう言ったのか?」
自分自身を落ち着かせるために、そう聞き返す。
「言葉の裏を察するのが、軍師の仕事よ。
 直接言葉にした時点で厄介なことになるのが、城の中というものなのだから」
言葉にしただけで問題になり、胸に隠しておくことで許される…それは、たしかに間違いない。
だが、根拠もなく発言の裏を読んだつもりで思い込むのは、早合点になりやすい。
「もう一つ捕捉しておくと…。
 何らかの意図がなければ、あのお二人はあなたを危険に晒すような真似を是としないわ。
 それは、あなたのほうが分かっているはずよ?」
「…そうだな」
師匠たちは、いつも俺のことを案じてくれていた。
危地に行かせるためだけに呼び出されたわけではないと思うことぐらい、許されるのかもしれない。
「なら、興味本位で一人がクレネアの森へ行ったと、頭の片隅で認識しておいてくれ。
 いつでも、それを忘れられるようにしてくれていい」
成功したなら、覚えておいてくれ。
失敗したなら、知らぬ存ぜぬで通してくれればいい。
そのほうが、ファーナとしてもやりやすいだろうし、結果として誰も損しない。
この程度の功績で、俺が許されるとは思えないが…な。
「『戦場の最前点』の異名を持つあなたなら、楽な仕事でしょう?」
「ずいぶんと、古い話を引っ張りだすな」
戦場の最前点…か。
前大戦の俺を皮肉って作られた、くだらない作り話の名前。
結局は、皆から弾かれて孤立していただけで、誇れるような名前じゃない。
「仕事に行く前に、一つだけ聞かせてもらいたい。
 種族不可侵を破ると、どうなるんだ?」
互いに干渉しないことで和平を取り決めたことは、俺も知っている。
だが、約束を破った際に降りかかる罰を…その危険を考えたら、不可侵を破れないというほどの罰を知らない。
「意外な質問ね、あなたがそれを知らないなんて」
「これが決められたときは、蚊帳の外だったからな」
「そう…いいわ、説明するわね」
束ねていた髪を一度だけ撫で、ファーナが目つきを変える。
「種族不可侵を破った者は、相手側の種族に何をされても文句は言えない。
 単純に言えば、これだけのことよ」
「そんな当然のことだけで、話が決まったのか?」
他の縄張りに入れば狙われる、そんな動物と同程度の話だとは思っていなかった。
「実質は、もっと重い処罰を…と考えていたのだけれどね。
 例えば、各国で最強を名乗る者が一堂に会して、その者を処刑する…とか」
たしかに、国ごとにひしめく実力者たちに狙われるとすれば、そこそこの抑止力にはなるだろう。
国を挙げて狩るといえば、敵に回したいとは思わないはずだ。
「ただ、それは多大な矛盾を孕んでいるの。
 不可侵を犯した事実を全種族に知らせるためには、さらに種族不可侵を犯すことになる。
 伝令や罪人の討伐隊が、忠実に任務を遂行する保証もないわ。
 生きている限り、誰しも揺らぐものだから。
 罪人が知人であれば、理由を聞けば、そんなことで心変わりする者もいるかもしれない。
 逆に、罪人として殺したいがために、捏造して殺させる者も出てくるでしょう。
 異種族の地に入ることを目的に、討伐隊や伝令になるものもいるかもしれない」
挙げていけば際限がないというように、ファーナがため息で言葉を区切る。
「で、入ったものは何をされても文句を言うな…か」
たしかに、それ以上によい条件はなさそうだ。
労力も被害も出さずに終わらせるのは、当事者同士で済ませることが望ましい。
いい意味でも悪い意味でも、利害がない限り我関せずなんだろう。
「それで落ち着いた理由は、もう一つあるわ。
 戦争の終結を…種族不可侵を言い出したのが、魔族であること。
 魔族の王が率いた軍勢は統率こそ問題はあれど、個々の戦闘能力には一番長けていた。
 しかも、食料や水に関して一番厳しく、前大戦は、彼らがそれを求めるための戦いだった。
 戦いでは有利で、必要なものを何も持たない彼らが、自分たちから前大戦を休戦に持ち込んだ」
休戦を申し出た以上、魔族の側から荒立てることは、まずしないだろう。
そして、他の種族が魔族の領地に侵入しても、奪うものがない。
復讐をしたいなら、相手が悪すぎる。
結果として、誰も寄らないわけだ。
「つまり、魔族には誰も関わりたがらないし、関わらないことを反対もしない…か」
「そうね。だから、他の種族も自分の領地が荒らされないならと条件を飲んだの」
俺の納得顔を確認してから、ファーナが結論を確認するように告げる。
これほど、真剣に観察されながらの会話は、初めてだ。
表情で、俺の理解度や思考内容が全て読まれてそうだな。
「だから、魔族側と同時に、精霊族の種族不可侵も成立した…か」
「そのとおりよ」
俺の言葉に、ファーナが口元に微笑を称えて頷く。
どうやら、俺の答えには満足してもらえたらしい。
「前大戦で、精霊族は一度として自分の領地から外に出ず、侵略者以外とは戦闘をしなかった。
 彼らは、最初から種族不可侵を体現していたようなものね。
 魔族が呼びかけ、精霊族が賛同し、そこに人間の国、ロアイスも加わった。
 他の人間の国が、無理に抵抗するわけはないでしょう?」
「下手をすれば、世界中を敵に回しかねない…な」
それだけの国が賛同しているのに、和を乱せば確実に排除される。
邪魔なものは消した後で、残ったもの同士がゆっくりとそれを実現させればいい。
「だから、曖昧あいまいな条件でも種族不可侵が通り、いい意味で広がっているのよ。
 危険を勝手に想像する者もいるし、無事ですまないという認識あればいい。
 あなたのように特別な存在でなければ、種族不可侵はロアイスを含む全ての国への敵対行為…で説明になるわ。
 異国で異種族に殺されるもよし、こちらで騎士団に制裁を受けるもよし…ね」
「そういうことか」
気をつけなければいけないのは、異種族との接触を避けること…か。
種族不可侵を破ったところで、ロアイスの者だということさえ気づかれなければ、それで問題はない。
「これ以上、長話をするわけにもいかないから、終わりにしましょう。
 仕事が終わったら、報告も兼ねて私を訪ねて。
 昨日の件、調べる内にいくつか気になったものがあるけど、まだ裏づけが取れてないの。
 不確かな情報を話すつもりはないから、もう少し時間をちょうだい」
「分かった、よろしく頼む」
どこまでも、自分の仕事に対して真摯な態度は、聞いていて気持ちよくなる程だ。
こんなに共に動きやすい人間がいるなら、あいつらも、さぞかし心強いことだろう。


「…はぁ」
城門を出ると、終始ずっと緊張していたアイシスが、俺よりも先に息をつく。
「お疲れさま。すまなかったな、無理をさせて」
「…いえ」
アイシスは小さく首を振るが、その表情は疲れの色を隠せていない。
「一つ確認しておきたいんだが、さっきの依頼、俺と一緒に来てみるか?」
「え…と…」
「答えを急がせるようで悪いが、その決断だけは早めにしてもらう。
 今日中に支度を整えなきゃいけないから、時間がないんだ」
どんなに軽装でも最低限の準備がいるし、丸腰は無防備すぎる。
扱えるかどうかの問題もあるが、それでも、武器は必要だ。
「…できれば、一緒に行きたいです」
「分かった」
つぶやくように答えたアイシスに、俺はゆっくりうなずく。
そう答えてくれたなら、怯えさせるようなことを言って決心を揺るがせてもしょうがない。
覚悟を確認するのは出発の前、それで準備が無駄になるなら、それでもいい。
「まずは、武器を調達に行こうか」
おそらく、これが今日の買い物の中で一番時間が掛かるだろう。
あの気難しいロウが、素直に武器を用意してくれるか…だな。
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