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DAGGER 戦場の最前点 作者:BLACKGAMER

DAGGER 有色の戦人

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17章 気まぐれな復讐-4

【ティスト視点】

「いやぁあああぁあぁぁあぁあぁっ!!」
「あぁぁあああぁあぁぁあぁぁぁっ!!」
自責に染められた二つの悲痛な叫びが、かろうじて、俺の意識を繋ぎ止める。
口の中に広がった血と、耐え難い痛みを、どうにか、まとめて飲み下した。
俺の身体を切り裂いた感触は、拭い去ることが出来ないほど鮮明に、二人の指先へとこびり付いただろう。
俺が迂闊だったばっかりに、嫌な思いをさせたな。
「ティ…ス……ト?」
傍らに膝をついて俺を覗きこんだセレノアが、途切れ途切れに俺の名を呼ぶ。
ったく、なんて声を出してるんだよ。
「ぐうっ…」
答えるつもりが、自分の口からこぼれたのは、低い唸り声だった。
口の中に血が溜まり、うまく舌が回らない。
あれだけの攻撃をもらったんだ、内臓が無事なわけない…か。
「ティスト。ティスト! ティスト!! ティストっ!!」
顔を曇らせ、瞳を涙で濡らし、何度も、何度も、セレノアが俺の名前を繰り返す。
その悔しさに歪んだ表情で、震える声で、零れ落ちる涙の粒で、十分に分かる。
これは、セレノアの謝罪だ。
「おにい…ちゃん」
何かが地面をこするような音と共に、アイシスの声も近づいてくる。
どうやら、足を引きずってまで、こちらへと来てくれているらしいな。
「大丈夫…だ」
血を吐きだして口内を空にして、短く答える。
そこで、遠くから拍手が響いた。
「いやいや、愉快愉快。なかなかに面白い見世物じゃな。
 あまりの感動的な話に、ワシも目頭が熱くなったぞ?」
わざとらしい台詞と陽気な口調で、戦闘のときでさえほとんど動かさない手を、大袈裟に打ち鳴らす。
そして、自らも芝居を演じるように、涙を拭うような仕草までしてみせた。
なによりも、どこまでも、人を嘲ることを第一にしている腐った性根には、心底吐き気がするな。
「にしても、ワシの狙いに気づいたとは、さすがに、勘が働くようじゃな。
 しかし、分かっていながら、自分が傷を負うことしか出来ぬとは…。度し難い愚か者じゃな」
俺の行動を愚行と断じて、不愉快そうに奴が吐き捨てる。
奴には、絶対に理解できないだろうな。
今の俺の安堵を、理解してほしいとも、思わない。
あと少しで、レイナとサリは、愛する自分の娘を傷つけたという、途方もなく大きな枷を背負うところだった。
それを防げたのだから、十分だ。
後は、簡単だ。
俺が死ななければいい。
「子供の呼びかけで、母親たちが正気を取り戻す。なんとも、素敵な筋書きじゃろう?」
 愛や情など、そんな陳腐なものでワシの魔法を破れると、本気で思うていたか?
 心の底から、おめでたい奴らよのう」
全員が一箇所に集まり、臨戦態勢を解いているというのに、これほどの機会を目にしても、おしゃべりに興じる…か。
どうあっても、殺すではなく、痛めつけることを選ぶらしいな。
ならば、まだ勝機は去っていない。
踏みにじられた者の怒りの深さを、絶対に教えてやる。
「ティスト」
俺の名を呼んだセレノアは、戦場には似つかわしくない、驚くほどに穏やかな顔をしていた。
慈愛に満ちた笑顔で、俺の傷口をいたわるように撫で、ゆっくりと息をつく。
「すぐに終わらせてくるわ。だから、それまで、絶対に生きてなさいよ」
言い終えて立ち上がったセレノアの顔から、笑みが消える。
内から際限なく吹き上がる怒りが、魔法の余波となって術者を取り巻くように渦巻く。
繋ぎ止めていた理性が消え、全身が殺意で塗りつぶされていく。
セレノアの身体に起きる変化の一つ一つが、手に取るように分かった。

「あああぁあああぁあぁぁぁああっ!!」

桃炎を纏ったセレノアが、天を突くほどの絶叫を上げ、矢の如く飛翔する。
「ほお、惚れ惚れするほどの素晴らしい声じゃな」
向けられる殺気に微塵の動揺もなく、嬉々として奴が迎えた。




「はぁ……はぁ……」
時間が経つごとに、自分の呼吸が乱れていく。
それでも、これだけの失血をしておきながら、この程度で済んでいるのだから、マシなほうだろう。
「もう少し、我慢してください」
アイシスの止血を受けながら、セレノアの動きを目で追う。
こうして見守ることしかできないなど、もどかしいな。
「ッ!!」
怒りで全身に力をみなぎらせているというのに、力任せとは程遠い。
精確と呼ぶべき、恐ろしいほどの技の冴えだ。
「ふふん、どうした?」
だというのに、二人を巧みに動かして、セレノアの猛攻を難なく受け流している。
単調とは呼べないセレノアの攻撃に対して、初動を見てから、あれほどの対応ができるとは思えない。
経験に裏打ちされた、驚異的な先読みもその要因の一つだろう。
だが、何よりも厄介なのは、手中に収めた二人を人質として有効に使ってくることだ。
二人と接近するたびに、セレノアの動きに、わずかな淀みが生まれる。
どんなに意識をしようとも、抑え込もうとしているのが本能では、克服など出来やしない。
奴もそれが分かっているからこそ、その姑息な手段を徹底してくる。
「さて、もう一働きしてもらおうかの。今度は、姪を殺して、親子の対面を手助けできるのじゃ。
 これほどの幸せはないじゃろう?」
そう語りかけられたレイナとサリが、口を開けて、舌を出す。
「? 何を…?」
どうして、そんなことを? 反抗の表明か?
俺の疑問に答えてくれる者は当然おらず、二人が、そのまま口を大きく開けた。
「まさか…!?」
二人の意図を理解し、その覚悟に戦慄する。
二人は、死ぬ気だ。
舌を噛み千切って自害してしまえば、人質としての利用価値も残らない。
「ふん。ワシの命に背くとは、まだ自分たちの立場が分かっていないらしいの」
「あ、あ…」
「つ…あ…」
目の端に涙を溜めた二人が、口を開いたままで、がくがくと震える。
何一つとして自由にならない二人の瞳には、言い様のない絶望が浮かんでいた。
「自殺などという手緩い結末を、ワシが許すと思うたか?
 ワシは、言ったはずじゃぞ? 地獄をくれてやる…とな」
得意げな顔で二人を見やり、心の底から楽しそうに、くつくつと笑う。
そして、名案を思い浮かべたようなしたり顔で、ぽんと手を打った。
「こやつらを殺したら、その死体で腹ごしらえでもさせてやろう。
 そうして、体力を蓄えたら、今度は、レオン・グレイスの相手じゃ。
 どうじゃ? きめ細やかにお前たちへと合わせて、最も辛く苦しい物をワシが作り出してやる」
「なんとも気の利いた地獄じゃろう?」
自分の言葉がそんなに気に入ったのか、一人で哄笑する。
その邪悪な笑みは、これ以上、一秒も見ていたくない。
「これからの人生が楽しみじゃろう?
 貴様等の嫌悪することなら、どんなことでもやらせてやるぞ」
「………」
二人の目から、止め処なく涙があふれ、頬を伝って落ちていく。
敵に操られる己への自責、奴の手中で生きる絶望、足手まといになりながら、死ぬことすらできない自分への自己嫌悪。
その涙の意味を考えるだけで、闘志が焚き付けられ、奴への殺意が烈火の如く燃え上がる。
そして、今のやりとりで、予想が裏打ちされた。
やはり、二人の魔法は、解けかかっている。
奴が意図的に二人を支配しているときでも、二人の自我が顔を出してきている。
舌を出したのもそうだし、おそらくは、俺に爪を突き立てたときもそうだ。
そうでなければ、あれだけの至近距離で無防備に一撃を入れられ、生きていられるわけがない。
全てが奴の演技で、それに踊らされているだけかもしれないが…他に、有効な手立てもない。
だったら、俺がやるべきことは決まったな。
「アイシス。二人を止めたい。力を貸してくれ」
「はい」
奴の魔法へ干渉などできないし、二人を解放させる術を見つけたわけでもない。
だけど、それでも、対処することはできる。




【セレノア視点】

「ッ!!」
腹の底から湧きあがる熱を、頭へと向かわせずに、手足へと行き渡らせる。
我を忘れたところで勝てないことは、前回の戦いで分かっている。
だから、無理矢理に自制心を引きずり出して、自分を抑え付けた。
こうして、ティストに助けられたのは、何度目だ?
そして、そのたびに、ティストは傷ついていく。
アタシの代わりに怪我を負い、アタシの痛みを引き受けてくれた。
そのティストのためにも、絶対に、負けるわけにはいかない。
「はああぁっ!!」
こうして攻め続ければ、奴がどれほどの使い手だろうと、いつかは、防ぎきれなくなる。
それに、連発よりも厳しい魔法の維持を、二人相手にやっているんだ。
今はまだ平然としていても、必ず、限界が来るはずだ。
「やああぁぁっ!!」
鋭い声と共に、横合いからアイシスが姿を現す。
加勢に来てくれた? いや、違う。
アイシスの目が捉えているのは、奴じゃない。
「水よっ!!」
限界まで接近したアイシスの両手から、洪水と言ってもいいほどの膨大な水が放出される。
水の勢いは、せいぜい高いところから流したくらいで、攻撃と呼べるほどのものじゃないし、形もいびつだ。
どうやら、量に特化するために他の制御は目をつぶったみたいね。
「ふん、今度は水遊びか」
アイシスが作り上げた川に対して、奴が堤防を作って、己の身を守る。
「…!」
身動きを許されなかった二人は、抗うことなく、激流に飲み込まれる。
それを目で追い、下流で両腕を広げていた待ち構えていたティストと目があうと、不敵な笑みが返ってきた。
「…!」
「なっ!?」
アタシと奴が、同時に息を飲む。
アタシたちは二人に攻撃できないし、もし、攻撃してきたとしても奴が庇う必要はない。
その前提を崩壊させただけじゃ足らず、付け入る隙として利用してみせる…か。
頭に血が昇ったアタシじゃ、絶対に思いつかない作戦ね。
「おかえり」
二人の腰へと手を回し、悠然と二人を抱きとめる。
あの至近距離で自分の腕を封じてしまえば、避けることも、防ぐこともかなわない。
奴に操られた二人に攻撃されたら、今度こそ、致命傷を食らうことになるだろう。
だというのに、ティストは、自分の危険さえも省みずに、あの方法で二人を迎えた。
だったら、その信頼には、全身全霊で答えなきゃいけないわね。
「炎よ」
「くっ…」
収束もせずに魔法を放ち、余所見をしていた馬鹿を振り返らせる。
ここから先は、アタシの役目だ。
もう、絶対に、誰にも、手出しをさせない。
「やっと、観客席から舞台上へ引きずり出せたわね。
 後は、あんたが死ねばいい。それで、幸せな幕引き(ハッピーエンド)よ」
「ふん。そんなくだらない終焉をワシが認めると思うか」
「あんたがどう思おうと、関係ないわ。その決着は、アタシが押し付けるんだから」
もう、くだらない駆け引きも、体力の温存も、全部必要ない。
これで、抑え付けていたものを、全て解放できる。
「炎よ」
口に出して呼びかけ、アタシの中にある、全てを呼び覚ます。
余すことなく、それこそ、一滴だって残さずに絞り出して、奴へと叩き込んでやる。
「大地よ」
こちらの収束に答えるように、大地が鳴動して、大きな岩が地面から生み出される。
それが、奴を取り囲むように怪しくうごめき、ゆっくりと脈動する。
どうやら、真っ向から打ち合ってくれるみたいね。
そうしている間は、他の誰もが安全なのだから、願ってもないことだ。
「ふん。貴様如きに、破れるものかよっ!!」
「思い知るがいいわ。アタシの怒りの深さを…ね」
己の手のひらへと集った桃炎へと口づけ、己の息吹とともに命令を吹き込む。
大きく膨れ上がった桃焔は、奴の壁へと向けて尾を引き、一直線に空を駆けた。



目の前に立ち塞がる壁を、壊し、砕き、穿つ。
やはり、そうだ。
奴のほうが、魔法の総量は多いかもしれない。
だけど、威力だけならば、アタシのほうが上だ。
「ぬうぅっ!!」
必死の形相で、奴が次々に土くれを作り出す。
ふん、だったら、片っ端から燃やしてやるだけだ。
「あんたの魔法を、自信を、尊厳を、その全てを、焼き尽くしてあげるわ」
走らせた炎に全てを飲み込ませ、その勢いを失わせずに、奴へと絡みつける。
炎で渦を作りだし、中心へと向けて一気に縮める。
「こんなものっ!!」
奴の怒声とともに、アタシの魔法が打ち消される。
だけど、魔法を放った自分の指先には、確かな手応えが伝わってきた。
「ふぅん、当たったみたいね」
正面からでも十分に押し切れる。
だったら、このまま続けるだけだ。
「炎よ」
「ぐうぅぅっ…」
苦痛に顔を歪ませ、必死にアタシの炎を受け止めている。
魔法の威力は、さっきまでよりも確実に落ちていた。
「アタシの火傷は、普通の炎と一味違うでしょう?」
「ふん、こんなもの…無駄だということを、教えてやる」
「…?」
右手をこちらへと伸ばしたままで、左手を己の胸へと当てている。
そこからは、わずかな白く淡い光が滲んでいた。
アタシと打ち合いながら、癒しの魔法まで同時に!? 冗談でしょ!?
「どうやら、理解したようじゃな。いい具合に、顔がこわばっておるぞ?」
「ずいぶんと消極的だから、驚いただけよ。
 結局は、正面からじゃアタシの炎に勝てないことを認めたんでしょ?
 さっきまでの傲慢な態度が、嘘みたいね」
「ふん、なんとでも言うがいい。死者の戯言など、誰も聞いてはくれんがな」
挑発は、聞く耳もたない…か。
あの鉄壁を崩して、その相殺されて弱まった一撃で、奴を殺す。
厄介なこと、この上ないが…やるしかない。
「上等よ。だったら、全てを焼き尽くしてあげるわ」
歯を食いしばり、自分の極限に向けて手を伸ばす。
押し負けるわけには、絶対にいかない。
もう、誰も戦える状態ではないのだから。
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