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DAGGER 戦場の最前点 作者:BLACKGAMER

DAGGER 有色の戦人

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17章 気まぐれな復讐-2


【ティスト視点】

「ッ!!」
どうにか眼前へと迫った岩をダガーで叩き落として、舌打ちを飲み込む。
何度試しても、やはり、同じだ。
俺の剣速では、これ以上、近づけない。
もし、わずかにでも踏み込みを深くすれば、奴の魔法を防ぎきれない。
「炎よ」
「水よ」
セレノアとアイシスの魔法が、俺へと向けられた無数の攻撃を、削いでくれる。
だが、それでも、その数は多くても全体の半分といったところだ。
「ふん。その程度の実力で、あれほどの大口を叩くとは、片腹痛いわ」
「チィッ」
勢いを増した相手の魔法に弾かれるようにして、じりじりと後退する。
それは、べつに、嘘ではないし、演技でもない。
だから、奴も、こちらの狙いに気づかない。
「そのちっぽけな刃で、ワシに届くものかよ」
「くそっ!!」
焦れた俺が悪態を吐いて、大きく後ろへと下がる。
その姿がそんなに嬉しいのか、悦に入った笑みを浮かべた。
「そうだ。それでいい。貴様は無様に足掻いて、無様に死ぬし…」
最後まで言い切ることなく、奴の目が大きく見開かれる。
奴の脇腹には、左右どちらにも漆黒の爪が突き立っていた。
「ようやく、この爪があんたに届いたわね」
「私たちを生かしておいたことを、後悔するがいいわ」
ありったけの憎悪を唇に乗せて、レイナとサリが胸の内を吐き出す。
一度として奴の目に映らず、存在を気取らせぬことで、奇襲を見事に果たした。
二人の怒りと執念が、必殺の一撃を成したんだ。
「くぐぅっ…あぁあぁあぁっ!!」
痛みにくぐもった声をあげ、二人へと向けて魔法を放つ。
だが、遅い。
約束のとおりに一撃離脱を果たした二人が、婉然と微笑み、俺の両隣に降り立つ。
さしもの奴も、完全な意識の外からの不意打ちでは、ひとたまりもないらしいな。
いくら鉄壁と言えど、結局のところは、本人の能力に左右される。
完璧な防御なんてものは、ありえないというわけだ。
「この程度で、付け上がりおって…。
 くっ…こんなことで終わったと思われては、不愉快の極みよ。
 どんな傷もワシには意味が無いことを、見せてやろう」
「…!」
見覚えのある淡くて白い輝きが、奴の全身を覆いつくす。
「あれは…」
流れ落ちている血が、ぴたりと止まる。
黒い服に隠れているから見えないが、おそらく、切り裂かれていた傷口が塞がれたのだろう。
「癒しの魔法…か。さすがに、魔法を極めたとほざくだけのことはあるな」
精霊族の使う魔法も、きちんと修めてきたわけだ。
しかも、並みの医者が縫合するよりも断然早いという、とんでもない威力だ。
「しかし、似合わないものだな」
治癒の光が、これほどに禍々しく見えるとは、思ってもみなかったな。
術者の性根が見えるようだ。
「どうだ、無駄だと分かっただろう?」
「治癒といっても、結局は、魔法だろう? だったら、発動の暇を与えなければいいだけだ」
どれだけ魔法をその体に内包していたとしても、使わなければ意味がない。
秘めたる力だろうと、発揮させなければ、無いも同然だ。
「三人なら受けられたようだけれど…」
「五人だったら、どうかしらね?」
レイナとサリが手を指先まで伸ばして刀のように研ぎ澄ませ、胸の前で構える。
二人なら、俺たちの攻撃の合間にうまくあわせてくれるだろう。
「やれやれ。おとなしくしてれば、捨て置いてやったものを…。
 余程、恐怖と絶望を知りたいと見えるな」
しわがれた不気味な声で、重々しく語る。
だが、それも復讐に燃えるこの二人の前では、安っぽい脅し文句にすぎない。
「なめられたものね」
「今更、死など恐れるに足らない」
より一層に怒りをたぎらせ、二人が突き進む。
それを迎え撃ちながら、二人の返答に、くつくつと楽しげな笑みを浮かべる。
「死…だと? 死が最高の苦痛だと、本気で思い込んでいるのか」
口の端を歪めて、奴が嘲笑を浮かべる。
見る者を不快にさせる奴の笑いは、止まらない。
「よかろう。ならば、その思い違い、ワシが正してやろう」
ローブの下にある腕が、怪しくうごめく。
前回の戦いで最後に見せたのと同じ動きを見て、身の毛がよだつ。
あのとき、奴は言っていた。
魔法の真髄を見せてやる…と。
だったら、次に来るのは、間違いなく大技だ。
「チイッ」
みすみす打たせてやる必要はない。
発動の前に、潰してやる。
「ふん、あわてるな」
不機嫌そうに鼻を鳴らした奴の前に、お得意の岩壁が立ちはだかる。
相変わらずの鉄壁防御か。
「ッ!!」
一枚目をダガーで切り裂いたところで、裏に控えていた二枚目が出てくる。
何重にも張り巡らせた防壁が、ことごとく、俺の攻撃を阻んだ。
他の四人は、接近戦には加わらず、迎撃用の魔法を収束させて事態を見守っている。
良い判断だな、これなら、奴の魔法がどんな物だろうと、被害は最小限で済む。
「貴様等には、地獄をくれてやる。たっぷりと味わうがいい」
大仰に振り上げられた手を見て、しかたなく距離を取った。
間近で食らって即死なんてことになったら、目も当てられない。
誰もが奴の魔法に備えて、身構える。
「………」
何も、起きない。
炎による爆発、水による洪水、風による竜巻、土による落石。
属性別に想像していたあらゆる惨事が、いつまで経っても発生しない。
「なんだ?」
「何、あれだけ大見得を切っておいて、不発なわけ?」
俺の疑問を肯定するように、セレノアが小馬鹿にして笑う。
目に見えるような影響は何もないのは、俺の勘違いでもないらしい。
「くく、愚鈍よな。まさか、気づかぬとはな」
負け惜しみ…か? いや、そう決めつけるのは、早計だ。
奴があれほど言う魔法だ、油断して何かあってからでは遅い。
流れ落ちる汗を左手で拭い、もう一度、注意深く辺りを、背後まで含めて見渡す。
「…!?」
違和感を感じたのは、周囲にではない。
汗を拭った、左手に…だった。
「なんだ?」
汗とは思えない、べったりと粘りつくような手触りが、左手から離れない。
指をこすり合わせても、ぬるりという不快な感触がするだけで、取れない。
色はなく、匂いもない、透明な、粘性のある液体。
正体の分からないそれが、この上なく危険なものに感じる。
「…まさか」
もう一度、自分の額に手を伸ばして、さっきと同じように汗を拭う。
今度は、自分の肌を覆うように付着していたその水が、糸を引いて地面へと落ちた。
もう間違いない、これが、奴の魔法だ。
おそらく、霧のように、目に見えないほど小さな水の魔法を一帯に展開している。
だが、何が目的だ?
触れたところで痛みはないし、殺傷能力もない。
少々動きを鈍くして、不快な思いをさせる。
その程度の効果が、もったいぶって出した奴の奥義なのか?
「…!?」
全身から力が抜け落ちていき、その代わりのように、気だるさで満たされる。
自分でもはっきりと分かるほどに、体温が落ちていく。
なんだ? これは…。
いったい、どうなっている?
身体に変調を来す魔法なんて、聞いたこともない。
もしかして、何かの毒なのか?
「くっ…」
「うっ…」
レイナとサリが、息を詰まらせて、喉に手を当てている。
何度も口を開閉させているあたりからして、呼吸困難な状態だろう。
「なに…」
「これは…」
セレノアとアイシスも同じ…いや、俺も同じになりつつある。
どうやら、反応を見る限り、全員が同じものを味わっているらしい。
まずいな、完全に後手に回っている。
正体は分からないが、風の魔法で吹き飛ばすか。
「さて、頃合いかの?」
奴が指を擦りあわせて、パチンという小さな乾いた音を立てる。
そのざらりとした耳障りな音が、何度も頭の中で反響する。
「なんだ?」
思わず口に出した自分の声が、いつもと違って聞こえる。
四肢の反応も鈍いし、握りしめているダガーの感触も、どこか頼りない。
やはり、勘違いではなく、五感がおかしい。
「望みどおり、生き地獄に招待してやろう」
嬉々とした声で、奴が告げる。
なんだ、何を始めようというんだ?
「………」
レイナとサリが突然に振り返り、セレノアへと手をかざす。
その手のひらに、巨大な炎が宿った。
「…な!?」
驚きの声を上げる暇もなく、二人の炎に挟まれて、セレノアが後ろへと吹き飛ぶ。
「な、に…?」
自分の目で捉えたというのに、何が起きたのか、把握できない。
ただ、目の前の光景が、信じられなかった。
「セレノアっ!!」
その場で棒立ちしていたレイナとサリが、必死の形相で叫ぶ。
さっきの魔法は、やはり、二人が意図して放ったものじゃない…ってことか?
「いったい、何が…?」
アイシスの問いに、俺も答えられない。
どうなっているのか、まるで分からなかった。
「何を…私たちの身体に、何をした!?」
首だけを動かして奴を睨み据え、二人が吠える。
なぜ、身体ごと振り返らないんだ?
いや、もしかして…。
振り返らないのではなく、振り返れないのか?
「ふむ、まずまず…と言ったところじゃな。
 一撃で殺せぬ威力の低さは難点じゃが、まあ、よしとするかの。
 いたぶるのに、もってこいだと思えば、低能でも許容できよう」
ぶつぶつとつぶやく奴の言葉が、認めたくなかったことが事実だと教えてくれる。
奴の魔法の正体、それは…。
「人を操る魔法…か」
「そのとおり。どうじゃな? 意のままに人を操れるなど、摂理を越えていると思わんか?」
邪気に満ちた笑みを浮かべて、同意を求めてくる。
どんな理屈で、相手を動かしているのか分からないが…。
闘っている相手を術中に陥れることができるのなら、無敵といえる。
「そんな馬鹿なことが、あるわけ…ご主人様の魔法には、本当に惚れ惚れいたします」
言葉が途切れたかと思えば、レイナが、まるで違う声音で話し始める。
顔を嫌悪に歪めて、それでも、唇は止まらなかった。
「本当に、ご主人様の魔法は、なんて素晴らしいのでしょう。
 ご主人様こそが、ただ一人の真の魔法の使い手。
 仕えることができる我々は、この上ない幸せ者です」
あいづちを打つように、サリもレイナへと同調する。
絶対に口にしないだろうその言葉からも、どれだけ術に深く掛かっているかが、よくわかる。
「どうだ? 見事だろう?」
「ふっ…ざ…けるな…」
「くっ…そっ…」
二人の口が、ゆっくりと形を変えて、声を絞り出す。
おそらく、全身の力を振り絞って、戒めを解こうとしているのだろう。
「無駄だ。お前たちは、完璧に我が傀儡かいらいとなった。
 もはや、本人の意思が介入する余地などない」
得意気に自分の魔法を誇る顔は、見ているだけでも虫酸が走る。
それでも、奴の饒舌は止まらない。
「摂理を超えたのが、自分たちだけだと思わぬことだ。
 才と叡智さえあれば、貴様等を凌ぐ魔法など、たやすく産み出せる」
自分の身体を、妹の仇であるあの男によって操られる…か。
奴の宣言したとおりだな、たしかに、二人にとっては、死よりもおぞましいだろう。
「さて、たっぷりとワシの技を楽しんでもらおうかの。
 ここから先は、ワシではなく、忠実なるしもべが相手をしよう。
 その二人を殺せたら、相手になってやろうではないか」
「主に仇なす愚か者よ」
「己の過ちを悔いながら、死ぬがいいわ」
焦点の合わない瞳に、虚ろな声。
その手のひらは、セレノアへ向けられていた。
「くっ…つぅ…」
対抗して腕を掲げようとしたセレノアが、痛みに顔をしかめさせる。
たいして威力もなかったのに、さっきの不意打ちで効果があったらしい。
おそらく、二人がいるということで、無意識のうちに警戒を緩めていたせいだろう。
そこに付け入られ、しかも、至近距離からの予想外の不意打ち。
対処しろ…というほうが、酷か。
なんにしても、このままでは…。
「セレノアさんっ!」
防御を手伝うつもりなのか、水の魔法を収束したアイシスが、足に力を込める。
だが、まずい。
もしここで、アイシスまで操られていたら、セレノアに向けて、三方からの同時攻撃になる。
「アイシス、止まれっ!!」
「!?」
セレノアに向けて駆け出そうとしたアイシスが、俺の命に従って、その場に急停止する。
ここで止まるということは、アイシスは、自分の意志で動いている…のか?
少なくとも、この状況では、そう判断するしかない。
「チッ」
今の状況では、互いの援護をしようとしても、下手をすれば、相手を傷つけることになる。
五対一だったのが、一対五にされたな。
しかも、そのうち四人は、倒せないどころか、攻撃だってしたくはない。
それに加えて、このままでは、仲間同士が殺しあうのを止めることすらままならない。
厄介なこと、この上ないな。
「くくっ、いい具合に混乱しとるようじゃの。
 だったら、もう少しかきまわしてやるとしよう」
「…!」
収束された魔法の照準が、セレノアから足を止めたアイシスへと向けられる。
だが、アイシスを庇うことはできない。
もし、俺が操られていたら、アイシスを集中攻撃することになる。
「くっ…」
俺は、操られているのか? それとも、正気なのか?
誰がどうなっているのか、まるで分からない。
「…!」
そこまで考えて、一つの結論にたどり着いた。
簡単な理屈だ。
誰が操られていようと、敵が一人であるという事実は、変わらない。
「アイシス、セレノアを頼む」
返事を待たず、ダガーをかまえて、走り出す。
これ以上は、我慢できそうになかった。
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