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DAGGER 戦場の最前点 作者:BLACKGAMER

DAGGER 有色の戦人

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16章 気まぐれな決意-2

【ティスト視点】

あれから、一週間。
誰もが、動きのない事態に焦れながら、自分のやるべきことをしていた。
俺は、今日も一人で訓練場を占拠して、一人で魔法の訓練にいそしんでいた。
「風よ」
ダガーをきつく握りしめて、魔法を展開する。
小さな竜巻を作って、地面に転がる石たちを一つ、また一つと空へ投げていく。
規則的にならぬように無軌道に飛ばして、どんどんとその数を増やす。
十を超えたところで、地面に吸い寄せられる石たちを取り落さないように、空へと打ち上げ続けるだけに集中する。
「…っ!」
一つずつ、時には複数を同時に、来たものを確実に上空へと送り返す。
地面を守るべきものと想定し、浮かべた石を攻撃と見做す。
これは、そういった防御を想定した訓練だ。
次々に落ちてくる石を連続攻撃に見立てて、照準とタイミングをきっちりとあわせ、確実に敵の攻撃を阻む。
こんなふうに、たくさんの攻撃を受ける局面では、今までなら広範囲に一つの魔法を展開させ、持続させて凌いでいた。
だが、それでは、攻撃の来ていない部分に対して発動させた魔法が、無駄になる。
必要最小限で、最大の効果を得なければ、太刀打ちできる相手じゃない。



「…?」
近づいてくる足音を察知して、目の前だけに向けていた意識を周囲へと広げる。
そうして、顔に当たる日差しの角度が、訓練開始よりずいぶんとずれていることに気が付いた。
昼飯がないのが当たり前とはいえ、休憩を入れるのをすっかり忘れていたらしいな。
いつ襲われてもおかしくない、切迫した事態。
だというのに、午後の日差しと心地よい風は、不似合いなほどに優しかった。
きっと、昼寝でもしたら最高に気持ちがいいだろう。
「くだらないな」
言葉にすることで、誘惑を追い散らす。
身体を休めるのなら、せめて、力を使い果たしてからだ。
「相変わらず、精が出るね」
隣から投げかけられる、穏やかなレオンの声。
訓練の邪魔にならずに視界に入れる場所を、よく理解しているな。
「高みまでは、まだまだ距離があるからな。
こんなところで、立ち止まっているわけにはいかないさ」
使えば使うほど、魔法という存在の奥深さを思い知らされる。
剣技と同様に、これも終着点などない、果てなき道なのだろうな。
「で、何のようだ?」
「君の手並みを見に来たのさ。
 重い石を浮かべて、威力を高める『浮石』。
 同時にいくつもの対象を相手にし、精度を高める『手玉』。
 どちらも、たしかに魔族の稽古法ではあるが…同時にやってしまうとは、まったく、見事だね」
「褒めてくれるのは嬉しいが、俺は、世辞よりも助言のほうがありがたいな」
有色の魔法を扱えるほどの使い手ならば、訓練法の引き出しも多いだろう。
試行錯誤もいいが、短期間でさらなる強さを得るなら、指導のほうが手っ取り早い。
「だったら、同時に複数の魔法を発動させることに、重点を置いてみるといい。
 身体への負荷は大きいが、それを軽減しようとすれば、削ぎ落とせる箇所も分かるはずだ。
 今以上に、精緻な魔法を使えるようになるはずだよ」
「ありがとう、参考にさせてもらうよ」
惜しげもないアドバイスに感謝して、早速、実行に移す。
剣や拳のような武術であれば、太刀筋や体さばきなど、具体的なことを教わりやすい。
だが、魔法だと、そうはいかない。
自分で繰り返し、自分で改良点に気づく他にない。
「…?」
背後に立つ気配は、一向に去ろうとしない。
訓練を見守ってくれるつもりなのか、それとも、他に何か用があるのか。
どっちにせよ、無言でいるのも不自然だな。
「あれから、もう一週間…か。すぐにでも襲撃があるかと思っただけに、拍子抜けだな」
反応がなければ、独り言でいい。
そんなつもりで口にしたつぶやきには、しっかりとした反応が返ってきた。
「馬鹿正直に城を襲撃するだけなら、今までにも機会はあったはずだ。
 前回は、セレノアと私が離れたからこそ、起きたのだろう。
 そう簡単に来てくれるようなら、苦労はないさ」
「すまないな、力及ばなかったせいで」
足止めは無理でも、せめて、手がかりの一つぐらい得られていれば、まだ良かったのだが…。
何度記憶をさらってみても、奴の居場所を特定できそうなものなど、何一つなかった。
「気にする必要はないと、何度も言っているだろう」
「だが…な」
気の遠くなるような時間を経て探し求めた敵が、すぐそこにいたのだ。
そう簡単に割り切れるものでもないだろう。
「奴を相手にして、誰一人として、死なせなかったのだ。
 それだけでも、君は十分に誇っていい」
「ずいぶんな余裕だな」
「君とは、年期が違うのでね。私にとっては、これが日常なのだ」
いつ来るとも分からない敵を待ち、普段の中に闘いを置く。
それが、どれだけ過酷なことなのか、俺には、想像もつかない。
「稽古もいいが、少しは、身体と精神を休めたまえ。
 いくらなんでも、身体が休息を欲しているだろう?」
「何もかもお見通し…か」
怪我の違和感こそ気にならなくなったものの、やはり、まだ本調子ではない。
訓練のおかげで掴んだ部分も少なくないが、それでも、休養が足りてないのも事実だ。
「体調を崩しては、元も子もないだろう? 少しは身体を休めたまえ」
足を止めたレオンは、動く気配がない。
どうやら、俺が止めるまで、その場に残るつもりらしい。
「分かったよ。部屋で眠らせてもらう」
根負けして俺が訓練を中断すると、レオンが楽しそうに微笑んだ。





セレノアの部屋に行くと言っていたから、アイシスはいないはずだ。
そう思ってふすまを開け放つと、予想外の二人が、部屋の中に座っていた。
「………」
俺と目を合わせても、レイナもサリも、口を開かない。
ただ、じっと黙ってそこに座っていた。
「出歩いて、大丈夫なのか?」
あの日以来初めて二人の顔を見て、なんだか安心してしまう。
手酷い怪我だと聞いていたが、この分なら…。
棒立ちでそんなことを考えていた俺へと、二人が抱き着いてきた。
身体を預けるといった体勢で、俺の胸板に二人が顔を埋める。
「な!?」
俺の驚きにもおかまいなしで、二人は、離れる素振りを見せない。
ただ、ぴったりと、互いの体温が分かるほどにくっついていた。
これじゃあ、強引に引き剥がすわけにもいかない。
「いったい何の真似だ?」
降参とばかりに手を上げて、二人へと問いかける。
何をしていいのかも分からないし、そもそも、何をしても裏目に出そうだ。
事と次第によっては、命さえも危ういだろう。
「私たちを、あなたの好きにしていいわ」
しっとりと濡れた艶やかなレイナの声が、俺の耳朶をくすぐる。
普段よりもゆっくりと滑らかに動く舌が、妖艶さを余計に増していた。
「何をしてもいいの。どんな望みだって、私たちは応えるから」
熱っぽい声とともに吐き出されたサリの息が、呼吸をする俺の中へと入ってくる。
たしかに伝わる相手の温度が、内側から俺を熱し始める。
「何を言って…」
言葉を遮るように、二人の手のひらが、俺の身体をまさぐる。
指の腹で胸をなぞり、肩へ、腕へと滑らせるように伸びていく。
そして、アイシスが巻いてくれた包帯の上へとたどり着くと、優しく押し当てられた。
「それで、あなたの痛みが少しでも和らぐなら…」
「いくらでも、どんなことでも、かまわない」
レイナとサリが交互に告げたその言葉で、全てを理解する。
つまり、これは、二人からの御礼…いや、謝罪というわけだ。
突き放せば、そのまま壊れてしまいそうなほどの弱弱しさ。
見ているだけでも、辛くなるな。
「………」
どうするべきか迷い、結局、両腕を伸ばして二人の肩を抱く。
簡単に俺の腕に包まれてしまった細い肩は、小刻みに揺れていた。
「どうしたの? まさか、それだけで満足するわけじゃないでしょう?
「何をしてもいいのよ? それとも、こちらからしたほうがいいのかしら?」
あくまでも艶然と振る舞う二人に、無理をするなと言ったところで、逆効果だろうな。
だったら、俺も言い返してやるだけだ。
「色仕掛けなら、もう少し真面目にやってくれ。
 こんなに色気のない誘惑じゃ、魔が刺したなんていう言い訳もできない」
俺の上から発言に、二人がキッと目を釣り上げる。
そして、自分から俺の腕を振りほどくと、いつもの距離まで下がった。
「まったく、私たちがここまでしてやってるっていうのに、どこまでも失礼な奴ね」
「不感症なんじゃないの? 可哀想に」
不機嫌にこぼした後に、二人がやっと笑ってくれる。
女の扱いなんてまるで分からないが、どうやら少しは機嫌がよくなってくれたみたいだ。
「一つ、聞かせてもらえないか? 以前にも、奴に会ったことがあるのか?」
正体を明かすよりも前に、二人は、奴を仇だと気づいていたようだった。
それに、俺には意味の分からぬ言葉を交わしていた。
その口ぶりや態度からしても、初対面とは思えない。
「知ってるも何も、あったものじゃないわ」
「あの子は…シーナは、私たちの目の前で殺されたの」
「…!」
よりにもよって、という言葉しか、思い浮かばない。
二人を慰めるどころか、最も触れられたくない場所へ手を伸ばしたようだ。
「すまない」
「いいわ、べつに」
「ええ、事実だもの」
謝る俺に対して、二人は、気にしていないという風に首を横に振る。
だが、かまわないと流せるような軽いものじゃなかった。
大事な人を、目の前で殺される。
その心の傷は、その場にいることができなかったレオンと、どちらが深いのだろうか?
意味がないと思っても、そんなことを考えてしまう。
「………」
この二人も、レオンと同じく、辛い道のりを歩いてきたのだろう。
セレノアへの接し方がぎこちない理由は、このあたりのこともあるのかもしれないな。
「前大戦の頃の話よ。月に一度、シーナとユミルは、日付を決めて会っていたの」
二人の名前が出たことで、何の話が始まったのかを悟る。
きっと、奴と会ったときのことを話してくれるというのだろう。
止めるべきかわずかに迷い、黙って耳を傾けることを選ぶ。
こうして聞かせてくれるというのなら、一言たりとも聞き漏らさない。
「男たちは、戦場に出払っていたから、女だけでの茶会だった。
 あの日もいつもと同じように、グレイスとブラスタの中間で会っていたわ。
 帰り支度を整え、次の約束を交わし、後は帰るだけというところで、奴らが来た」
そこで一度言葉を区切り、二人が奥歯を噛みしめる。
今でも辛くなるほどに克明に、その時のことを覚えているのだろう。
「奴ら…って、あいつ一人じゃないのか? 何人いたんだ?」
「そのとき、向こうは四人いたわ」
その数字を聞いて、師匠たちの話を思い出す。
たしかに、師匠たちから聞いたのも、四人だった。
「数の上では、四対四。でも、私たちの力では、数合わせにすらなれなかった」
「まったく、ふざけた力だったわ。直撃したわけでもないのに、余波で吹き散らされただけで、立ち上がることもできなかった」
二人の苦悩は、想像しただけでも辛くなるな。
もし、師匠たちと一緒に同じような境遇になったとしたら、俺も足を引っ張る側に回ることだろう。
自分のせいで、自分さえ戦えていれば…。
その後悔は、どうやったって消えるものではない。
「シーナとユミルも必死に抵抗したけれど、やはり及ばなかった。
 それでも、むざむざとやられたわけではなかったわ。
 相手の足が異常に細いのを見たでしょう? あれは、シーナが残した傷なの。
 奴は片足を失い、満足に歩けないはずよ」
「なるほどな」
奇形や異形の類かと思ったが、あれは、戦傷だったわけか。
やはり、付け入るべき隙としては、間違っていなかったようだ。
「もう一人、片腕を失った女もいるわ。そちらは、ユミルがつけた傷なのよ」
命を賭して、一矢報いた…か。
いや、きっと、次へと繋げたのだろうな。
やがて戦う夫たちの負担が、少しでも軽くなるように。
「………」
想像しただけで胸の奥が熱くなり、ゆっくりと息をついて、その熱を逃がす。
いつのまにか、目頭まで熱くなっていた。
「それに比べて私たちは、情けないったらありはしないわ。
 奴らに攻撃して死ぬことすら叶わず、ただ、地べたに転がっていたのだから」
「私たちは、あえて、捨て置かれたの。
 私たちの苦しむさまを見て、奴らが楽しむためだけに…ね」
『己が無力を悔いながら、無様に生き永らえるがいい』
奴らの考え付いた凄惨な思考に戦慄し、その中で生きてきた二人を尊敬する。
どれだけ苦しく辛いものだったのか、俺ごときには、分からない。
「だから、寝食の時間も惜しんで、力を求めたわ。
 ただ、ひたすらに、相手を殺したい一心で…ね」
「けれど、限界なんて、すぐにやってくるものね。
 すぐに力は伸び悩み、あの子に追いつくことさえできなかった。
 それでも、毎日欠かさずに稽古を続けたのに…。
 どれだけ力を高めようとしても、奴には、まるで届かなかった」
今にも泣きだしてしまいそうな力ない声で、二人がつぶやく。
自分たちのしてきたことが実を結ばずに、気弱になっている。
積み重ねた苦しい今までが徒労であり、無駄だと思いこもうとしている。
そんなことを、認めるわけにはいかなかった。
「それで、あきらめるのか?」
二人が目を見開き、息をつく。
ため息の後には、晴れやかな笑顔が浮かんだ。
「まったく、言ってくれるわね、この朴念仁」
「女が愚痴をこぼしたときには、優しい言葉をかけるものなのよ」
「本当にそんなことを言って欲しいなら、いくらでも、お望みどおりの台詞を吐いてやるさ」
どうせ、この二人は、口先だけの薄っぺらな慰めなど、必要としてない。
それぐらいは、機微に疎い俺にでも分かった。
「つくづく不粋な男ね」
「ええ、本当に」
口々に不満を漏らしながら、それでも、二人が笑いあう。
思わずみとれてしまうほどの晴れやかな笑顔だった。
「私たちは、あきらめないわ」
「何があっても、絶対に」
「ああ」
その誓いを聞いて、安心する。
病は気から…っていうぐらいだからな。
この二人なら、きっと、傷の治りも早いだろう。


【ティスト視点】

「失礼するよ」
突然の来客に、アイシスと共に、食事をしていた手を止める。
レオンに続いて、セレノアも部屋へと入ってきた。
その表情は、一様に固い。
何か良くないことがあったことは、聞かなくても予想がつく。
「ジャネスが、消息を絶った」
その一言の意味を、誤解のないように、慎重に噛み砕く。
消息を絶ったということは、行方不明なはずだ。
生死に関しては、言及していない。
「具体的に、どういう意味なんだ?
 そのあたりを、うろついているだけなんじゃないのか?」
可能性としては低いだろうが、そうあってほしいという願いを口にした。
もし、俺の言葉をきちんと否定できる材料がなければ、過敏になったレオンの早合点かもしれない。
「ブラスタの一家には、決まり事がいくつかあるらしくてね。
 その中に、外出時には日数を告げ、必ずその期間に戻れというものがあるそうだ」
「それが、今日の朝になって破られた。
 それまでは、一度として破ったことはなかったそうだ」
両腕から背中へと向けて、ぞくぞくと寒気が走る。
残念ながら、今の状況では、何もなかったと考えるほうが不自然だろう。
「にしても、まるで、放し飼いだな」
「ガイとユミルの教育方針でね。極力、子供の自由を奪わないようにしているらしい。
 ウチとは、見事なまでに正反対だよ」
わずかに冗談を交えた後に、レオンが溜息をつく。
そんな余裕もない事態…か。
「何があったかは、予想の域を出ない。
 けれど、ジャネスもガイの息子だからね、狙われるだけの理由がある。
 それに、あいつは、敵を取り逃がしたことを、死ぬほど後悔していたようだからね。
 軽率な行動だが、責められやしない」
感情を込めることなく平坦な口調で、レオンがつぶやく。
その様は、どんな感情を込めていいのか、迷っているようにも見えた。
「ガイは、索敵と追跡ができないし、そもそも長距離の移動にも向かない。
 ジャネスを探しに出たところで、接触ができるかどうかは、ほとんど運任せだろう」
あのガイに対して、予想外の酷評に驚いてしまうが、おそらくレオンの評価は、的確だろう。
それは、弱点というよりも、得手不得手の問題だ。
だが、正面からの戦闘でない以上は、そこを狙われても、拒否することはできない。
「私が共に行けば、そのあたりの心配はなくなるが…。その代わりに、グレイスが手薄になる」
あっちを立てれば、こっちが立たず…か。
だが、それならば、適材適所に振り分けるだけで、乗り越えられるはずだ。
「ガイが、ここに残るというのは?」
「私も、その案を出したのだがね。我が子の面倒を人に頼むつもりはないようだ。
 私も親だからね、奴の気持ちは分かる。同じ状況に立たされたら、私も同じ判断をするだろうからね」
ため息をつくレオンの顔には、ためらいと戸惑いが混在していた。
「じゃあ、セレノアを連れて、レオンとガイと三人で行くのは?」
奴らの狙いは、魔族の秘術を宿したセレノアだ。
ならば、最強である二人と一緒にセレノアも行った方が、安全だろう。
「それも難しいだろうね。
 私とガイの二人でなら、四人を相手にしても戦えると自負している。
 だが、ジャネスやセレノアを守りながら戦うのは、不可能だ。
 狙いが子供たちに絞られれば、こちらも防戦に回らざるを得ない。
 それでは、奴らの思惑通りだ」
奴の戦法を思い出して、レオンの言葉に納得してしまう。
こちらの一番してほしくないことを的確に読み、奴は確実についてきた。
子供たちが弱点となるならば、見逃すはずもない。
それでレオンやガイが苦しむのならば、喜んで目の前で命を奪うだろう。
「奴の策かどうかは分からないが、見事な分断…と言っておくべきか」
まさに、八方塞、打つ手なしといった状況だ。
だからといって、敵は待ってくれない、何もしなければ、ジャネスが殺されるのを待つだけだ。
もし、まだ接触をしていなかったとしても、それが、いつまでも続く保証はない。
「それで、どうするつもりだ?」
「捨て置くわけには、いかないな。
 あの年にしては闘えるほうだが、それでも、まだ色々と未熟だ。
 真っ向から戦えば、確実に殺されるだろう」
残念ながら、同意見だな。
老練な相手にぶつかるには、ジャネスは、あまりにも正直過ぎる。
あのときの接触で手の内も晒してしまっているし、今度は格好の標的になるだろう。
「探すあては、あるんですか?」
「それが、見事なまでになくてね、私とガイも頭を抱えているのだよ」
言葉のとおりに額に手を押し合えてて、レオンが弱り顔で愚痴をこぼす。
まあ、そんなものがあるのなら、とっくに探しているだろうからな。
「効果が薄いとわかっていても、しらみつぶしに探すしかないな」
「だったら、出発は、早いほうがいいな」
「ああ。だが、その前に…セレノアが、君たちに話があるというのでね」
渋い顔をして、レオンが息をつく。
なんでそんな表情を? と思う暇もなく、レオンの後ろから、セレノアが出てきた。
「父上とガイ・ブラスタは、あのバカを北から探すそうよ。
 だから、ティストとアイシスは、二人と一緒に出て、ロアイスへ帰りなさい」
「ちょっと待ってくれ」
予想していなかった話の方向に、頭がついていかない。
見れば、隣でアイシスも同じように困り顔を浮かべていた。
「二人がいなくても、アタシがあんな奴なんかに負けるわけないでしょう?
 だから、さっさと自分たちの家に帰りなさい」
言葉の裏を読む必要もないほどの、不器用な気遣い。
俺たちのことを巻き込まないための、セレノアの優しさだろう。
なるほどな、これがレオンを悩ます原因でもあるわけか。
「…セレノアさん」
辛そうな声で名前を呼ぶだけで、アイシスは口を閉ざしてしまう。
何を言えばいいか、どうすればいいのか、迷っているのだろう。
セレノアの気遣いは、たしかにありがたい。
だが、だからこそ、そんな気遣いが出来る者を、捨て置きたくなかった。
「直接戦って負けたわけでもないのに、セレノアに指図される覚えはないな。
 言うことを聞かせたいなら、戦いで俺に勝ってからにしてくれ」
「馬鹿言ってないで、さっさと行きなさい。終わったら、こっちから遊びに行くから」
こちらを安心させるためなのか、無理に笑顔を作ってみせる。
その姿を見ても表情を崩さないでいられるほどに、俺は自分の感情を御することができない。
「馬鹿を言ってるのは、俺じゃないだろう?」
声の調子を変え、噛んで含めるようにして説き伏せる。
感情的にぶつかりあえば、絶対に人の話を聞かなくなる。
そのくらいには、セレノアの性格を把握しているつもりだ。
「いいから、さっさと行きなさいよ」
「嘘をつくなら、もうちょっと上手についてくれ」
「巻き込むなんて、ごめんだっていうのよっ!」
怒鳴り声のはずなのに、その声には、力がこもっていなかった。
「無事じゃすまないわよ。あんたも、あの力を見たでしょっ!?」
「ああ、しっかりとな。格の違いも、十分に理解したつもりだ」
俺の実力では、『大丈夫だ』や、『任せておけ』とは、口が裂けても言えない。
俺がいたところで、おそらく、戦況は覆らない。
「でも、それは、俺が戦わない理由にならない」
「…!」
売り言葉に買い言葉で返していたセレノアが、初めて言葉に詰まる。
どうやら、まだ、話を聞く耳は持っていてくれるみたいだな。
「なんで、そこまでしてくれるわけ?」
何を言うべきか迷い、選択肢から気休めや遠回しなものを外していく。
雑音は誤解を生む、だから、余計なことは、挟むべきじゃない。
「狙われたのが、セレノアだから…だ」
「なによそれ? 理由になってないじゃない」

「だったら…俺が同じ立場だとしたら、セレノアは俺を見捨てるか?」

「………」
俺の目を見据えていた瞳が見開かれて、セレノアが息を飲む。
それに構わず、俺は言葉を続けた。
「自分に無関係だから、俺が死んでもおかまいなし…か?
 俺を襲ってくる相手が強そうだからって、見て見ぬふりをするのか?」

「そんなこと…。そんなこと、言わなくても、分かるでしょ!?」

語気を荒げて、セレノアが明確な返答を避ける。
もう、それだけで、答えとしては十分だった。
「だろう? つまりは、そういうことだ」
もし、そうなったらときに、きっと、セレノアは、俺のことを助けてくれる。
いや、もう、助けてくれたんだ。
種族不可侵を超えて、俺を殺そうとしていた連中を蹴散らしてくれた。
それだけでも、今回の件に参戦する理由としては、十分すぎる。
「ったく、もう…理屈になってないじゃない」
「こういう人なんですよ、お兄ちゃんは。
 だから、私が一緒にいたいと思うんです」
なぜか得意げな顔でアイシスが笑い、それに釣られて俺とセレノアも笑い出す。
それだけで、陰気な空気は、吹き飛んでいた。
「もしかしたら、相手は来ないかもしれません。
 でも、来たところで、勝てばいいんです。そうすれば、何も問題ありません」
「まったく、アイシスの言うとおりだな。最初から負けることを考えてちゃ、話にならない。
 それに…もし、これが借りになるなら、また返してくれ。それで充分だ」
「…ったく、知らないからね」
呆れたように言って、顔を見られたくないのか、セレノアが俺たちへと背を向ける。
その目尻には、何かが輝いていたように見えた。
「すまない。何があろうとも、ジャネスを見つけて、必ず戻ってくる。
 それまでの間、留守を頼むよ」
口を挟まずに事態を見守っていたレオンが、深々と頭を下げた。
アイシスと二人で頷き返して、それぞれにダガーを握りしめた。
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