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DAGGER 戦場の最前点 作者:BLACKGAMER

DAGGER 有色の戦人

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15章 気まぐれな悪意-3

【ティスト視点】

「セレノアっ! セレノアっ!!」
壊れた人形のように地面へと横たわったセレノアは、俺の呼びかけにも応えない。
あれほどの苛烈な攻めに動じることなく、それを逆手にとって、完全に意識を刈り取る…か。
噂に違わぬ、恐ろしいほどの化け物ぶりだ。
クレア師匠が忠告してくれたとおり、俺程度の実力で、どうにかなる相手じゃない。
「ふん。ようやく、おとなしくなったか」
「まったく、じゃじゃ馬は、これだから面倒なんじゃ」
ばきばきと首を鳴らして、奴が息をつく。
そうしてから、にたりと気味の悪い笑顔を浮かべた。
「本来なら、貴様らにも、この娘の死にざまを見せてやりたかったのじゃがな。
 奴らの相手をするのも面倒なのでな。
 そこで這いつくばって、己の無力に打ち震えているがいい」
「ふざけるな」
動きの鈍い足を叱咤して、伸ばされた奴の腕とセレノアの間に、強引に割り込む。
慌てたように手をひっこめると、奴は、わざとらしく驚いた顔を作って見せてくれた。
「ほう、まだ動けたのか」
「足腰は、鍛えてあるんでね。
 それに、あんたのように、まだ耄碌もうろくしていない」
強気で奴の言葉に答えて、頭の中で現状を分析する。
自分の力量を、怪我によって減衰した力を、相手との実力差を、周囲の状況を。
誰も身動きが取れないのだから、連携は不可能だ。
この状態を覆すのは、俺一人の力でということになる。
今までの攻撃が、まるで通じないというのに、何をすればいい?
ガイと戦ったときのように、己の全てを出し尽くして、一撃に賭けるか?
いや、ガイだからこそ正面からぶつかりあってくれただけで、受け流しや軽減が不可能な技じゃない。
もし、全力を出して凌がれてしまったら、もう、打つ手がない。
身体の自由が利かなくなったところで、あっさりと殺されて、終わりだ。
博打と呼ぶにしても、分が悪すぎるな。
『少しでも、生き残る可能性の高いほうへと賭けろ』
レジ師匠の言葉が、判断に迷った俺の背中を押ししてくれる。
最後にもう一度だけ試算するが、突破の糸口は、やはり見えない。
だから、ありとあらゆるものを考えた上で、奴に勝つという可能性を諦める。
そして、生き残るためだけに、思考を切り替えた。
「やれやれ。そのしつこさ、そのしぶとさ、本当に、忌々しいくらいに奴らに似とるわい」
まるで、俺が結論を出すのを待っていたように吐き出された、大仰なため息。
心を見透かされているのではないかと錯覚してしまうが、この際、どうだろうとかまわない。
どちらにせよ、その程度のことで、決意は変わらない。
「相手にすらされぬという屈辱を、貴様にも味あわせてやろうと思ったが…。
 念のために、後顧の憂いを断っておくとするかの」
なりを潜めていた奴の殺気が、周囲を包み込むように充満する。
息苦しさに顔をしかめた俺に向けて、奴が笑いかけてきた。
「安心するがいい。
 母親と同じ運命を辿れるならば、この娘も本望じゃろうて。
 親子で同じ者の手に掛かって死ぬのだ。
 もしかしたら、あの世で再開できる確率も上がるのではないかの?」
自分の発言がそんなに可笑しいのか、奴が馬鹿笑いする。
理屈でも何でもない思いつきの台詞の裏にあるのは、身の毛もよだつほどの狂気だ。
だというのに、圧倒的な力を前にして、恐怖に支配されることもなければ、戦意を喪失することもなかった。
たぶん、こんなにも気に入らない奴に出会ったのが、生まれて初めてだからだろう。
諸悪の根源という単語が、これほど似合う奴もいない。
こいつさえ、いなければ…。
魔族は、誰も不幸にならなかった。
セレノアが、孤独になり、辛い時間を過ごすこともなかった。
レオンが、悲嘆に暮れ、復讐に駆られることもなかった。
レイナとサリが、セレノアとすれ違い、仲違いすることだってなかった。
そして、シーナさんを欠くことなく、グレイスは、家族でいられたんだ。
そう、全ては、こいつさえ、いなければ…。
「………」
猛り狂う己の感情を御することで、力へと換えていく。
さっきまでの痛みが、嘘のように俺の意識から遠のいていた。
辛うじて残してある冷静な部分で、戦法を考える。
動けないのが三人もいるのは、圧倒的に不利だ。
人質、見せしめ、こいつは、有効だと思えば、どんな手段でも取るだろう。
俺が最初から防御に回るならば、奴は何の危険もなく、殺しを楽しめるわけだ。
そんな好都合な展開を用意してやる気にはなれない。
だからといって、俺の力じゃ、おそらく奴の防壁を突破できない。
だが、勝つことを捨てれば、どうだ?
鉄壁の防御を、突破できなくていい。
ただ、攻撃させないために、奴を防御させる。
それならば、全員が生き残ることが出来る。
「決まりだな」
踏み出した足を大地に噛ませ、力の限りにダガーを握って、ただ前へ。
己の全てを持って、飛び込んだ。



「ふん、結局のところは、突撃しかないとはな」
直線、曲線、螺旋。
そのどれも織り交ぜた土塊が三つ、俺のことを迎撃してくれる。
「チッ」
重心を右へと片寄らせることで、速度を落とすことなく、強引に方向転換する。
単純な魔法ならば、余裕で置き去りにできる回避行動だというのに、奴の魔法は平然と追いすがってきた。
「ふん、甘いわ」
軌道を変え、形を変え、しつこく俺に付きまとう奴の魔法を、ダガーで一気に切り伏せる。
どれもこれも不規則とは、術者に似て、魔法まで歪んでやがるな。
「無駄じゃ」
おかわりだ、と言わんばかりに、次々に岩が飛んでくる。
前方からだけではなく、俺の横、そして、後ろからも…。
俺を取り囲むように繰り出される全方位攻撃、ここまでは、予想どおりだ。
「風よ」
こちらの用意した、おざなりな魔法は、奴の魔法にあっさりと食い破られる。
この程度じゃ、相殺どころか、軽減さえ満足にできない。
だが、数瞬という貴重な時間を俺にくれる。
それで、十分だ。
「はぁっ!!」
たしかな手応えを感じながら、わずかに鈍った奴の魔法の横を強引に抜ける。
無傷で、なんて、贅沢なことは望まない。
致命傷だけ避けられれば、後は、どうでもいい。
「あぁあぁあぁあああぁあぁああっ!!」
薄い風の膜で己の全身を包み、最速の足運びを使って、前へ。
数か所の出血と引き換えにたどり着いたのは、俺のダガーの間合いだ。
「くらえっ!!」
ダガーを握り直すという予備動作を見せておいての、不意をついた左まわし蹴り。
速さを優先し、腰のあたりへと目がけて放ったそれを、武骨な土壁が阻んで来た。
「ふん、くだらん小細工を」
「一発でも当たれば、立派な技だと認めるか?」
反論にあわせてダガーを突き出し、ついで、右足でわずかに踏み込んで、今度は左の拳を。
虚実を織り交ぜながら、奴ご自慢の鉄壁に弾かれることを前提として、矢継ぎ早に攻撃を繰り出す。
防御のための攻撃なのだから、一撃必殺なんて必要ない。
大事なのは、奴の意識を根こそぎ奪うほどの手数だ。
「無駄なことを」
これほどの近接攻撃でも、奴の防御は崩れない。
熟練の手つきで次々に魔法を展開し、確実に防いでくる。
まあ、この程度のことができなければ、師匠たちがこいつを強いなどと評するわけもない。
それに、魔法を主軸として戦うのならば、相手の突進など、対策していないわけがない。
だが、それでも、そこまでだ。
俺の相手には、十分すぎる。
けれど、同時に他のことまでは、できない。
その証拠に、今までは絶えず周囲を把握していた奴の両目が、しっかりと俺に固定されていた。
せわしなく魔法を展開させているのに、他へ手を出す余裕など、あるはずがない。
こうしている間は、セレノア、レイナ、サリ、全員の安全が保証される。
後の問題は、俺が先に潰れなければ、いいだけだ。
「はぁっ!!」
「ふん」
指先一つ動かさない奴との運動量の差は、比べるまでもない。
絶えず魔法を放っているとはいえ、本人が底なしと自負していた。
足元さえおぼつかない怪我人の俺では、厳しいだろう。
だけど、その程度で満足してやるつもりはない。
「ッ!!」
呼吸を鋭くして空気を取り込み、身体に限界を強要する。
もっと早く、もっと速く、もっと疾く、もっと迅く。
ただ、ひたすらに、それだけを求めて、刃を滑らせ、拳を突きだし、蹴りを打つ。
攻撃に意識の大半を注いで、防御を己の反射だけに一任する。
死ななければ、いい。
それほどに攻撃に傾注しなければ、こいつは抑えられない。
数秒に一度という速さで、新しい傷が増え、そのどこからも血が流れ始める。
それらを全て無視する。
間を与えるな、相手に気づかせるな。
そうすれば、全員が、助かるはずなんだ。
「………」
目の前を、死角を、高速で飛び交う石飛礫いしつぶてを全身で感じて、思わず比べてしまう。
髪解き組手で対峙したセレノアと、どっちが速いだろう? …と。
決まってるでしょ!? とセレノアに怒られるぐらいの、愚問だな。
意識の全てを、目の前の戦いに注ぎ込む。
頭が真っ白になるような感覚を味わいながら、本能に従って、ただひたすらに身体を動かし続けた。




血を吸って重くなった自分の服が、まるで、枷のようだ。
それを意識した瞬間に、疲労が全身を縛り付けて、速度が鈍る。
「チッ」
技を応酬し続けていたことで保っていた拮抗が、わずかに崩れる。
その瞬間に、付け入られた。
「ようやく、終わりじゃな」
好機と捉えたのか、奴が攻勢に転じてくる。
こちらの動きを抑制されてしまうほどの、怒涛の攻めだ。
「くあっ!!」
引き離そうとする相手の意図が分かるからこそ、執拗に食らいつく。
ここで離されるわけには、いかない。
そんな隙を与えれば、間違いなく、大技を打たれて終わりだろう。
「ふん、貴様の考えなど、お見通しよ」
大きく展開された土の魔法に、反射的にダガーで切りつける。
だが、真っ二つになると思っていた土は、今までのように抵抗することなく、ぐにゃりとひしゃげた。
そして、刃を包み込み、俺の腕にまで纏わりついたところで、本来の硬度を取り戻す。
「ぐっ!?」
まさか、ここにきて、緩急をつけてくるとは、しくじったな。
拘束を解くために左腕で魔法を収束するが、奴のほうが遥かに速い。
「舞い上がれ」
大地から足が引き離され、上空へと押し上げられる。
身長の三倍ほどにまで打ち上げられたところで、ようやく風が手のひらに集った。
「風よ」
強引に戒めを解いて、まだ上を目指そうとする岩から飛び降りる。
すると、俺の着地場所を示すように、地面に赤い輪が刻まれた。
「チッ」
まだ、追撃が来るっていうのか。
「死ね」
粘ついた声で、端的に告げる。
炎が揺らめき、こちらが身構えるよりも速く、下から火柱が立ち昇る。
反射的に呼吸を止め、顔の前で腕を交差させた。
「…!」
着地と同時に鋭く跳躍して、全身を焦がす炎から逃れる。
体勢を立て直すことさえ出来ず、黒煙と異臭をまき散らしながら、無様に転がって奴から距離を取った。
「ぐっ…がぁ…」
炙られたのは、たったの数秒。
だというのに、全身が軋み、身体が言うことを聞かない。
焼け爛れた肌が、俺の身体を蝕むように痛みを拡散させていく。
「がはぁ…はぁ…はぁ…」
うつ伏せになったところで止まり、大地に膝をつく。
そして、顔を上げて、奴を睨みつけた。
「ふん、惜しいのう。一呼吸でもすれば、口から炎を吐いて死んだという、うつけができたものを…」
「ほざけ」
そう吐き捨て、立ち上がる。
火傷の具合なんて、確かめるまでもない。
どんな状態だろうと、どんなに痛みがあろうと、立って戦う以外に生き残る道はない。
「この程度の焚き火で、俺を殺せると思うな」
「息も絶え絶えだというのに、まったく、よく吠えよるわ」
「俺は、もっと強力な、有色の炎を受けても死ななかったんだからな。
 こんなしなびた魔法じゃ、話にならない」
奴の炎も、決して弱いとは思わない。
だが、レオンやガイ、セレノアの有色魔法に同じように直撃していたら、命がなかっただろう。
そう思わせるだけの恐さが、何よりも威力が、奴の魔法にはない。
尽きることのない力というのは、確かに脅威だ。
だが、一撃の威力がなければ、どうとでもなる。
しなびた魔法…じゃと?
 言ってくれるではないか、この青二才がぁっ!!」
ちっぽけな身体から出たとは思えぬほどの大喝に、大気が震える。
悠然とかまえ、常にこちらを嘲笑っていた奴が、形相を歪めて怒鳴っていた。
「ワシの魔法が、あんな愚か者どもに劣っているじゃと?
 ふざけたことをかすなぁっ!!」
どうやら、尻尾を踏みつけたらしいな。
全てを超越したと、己こそが最高だと、何の臆面もなく自負しているような奴だ。
だからこそ、見下されるのが、我慢ならないのだろう。
「なんだ、魔法を究めたと吹聴しておきながら、有色の魔法には届かなかったのか」
踏みつけた尻尾を、存分に踏みにじってやる。
怒りに肩を震わせた奴が、血走らせていた目を見開いた。
「口を慎め…と言っても、貴様のような愚か者には、無駄じゃろうな。
 良かろう。ならば、見せてやろうではないか。魔法の神髄というものを…な」
奴の手のひらへと向けて、静かに力が集まっていく。
この戦いで、おそらく初めて、奴がまともに収束を始めた。
そうまでしないと発動できない大技…か。
「この魔法で葬られることを、誇るがいい」
そんなものを使うまでもないほどに、こちらは死にかけているが…な。
奴にそれを悟られないように、内心でつぶやく。
相手を疲れさせることができるのだから、使ってくれる魔法は、高度なほうがいい。
おしゃべりでの時間稼ぎも、どうやら限界だ。
もし、余計なことを言えば、矛先がどこに向くか分からない。
「………」
最後に、一太刀。
そう思い、なけなしの力を右手に集める。
間合いに入ることすら難しいが、素直に死んでやるのも面白くない。
何があろうと、一矢報いてやる。
「では、終わらせると…」

「面白そうなことしてんじゃねえかぁっ!」

「!?」
突如として割って入った声に、その場の誰もが息を飲む。
背後から高らかに響いた、聞き覚えのある快活な声。
それに追いつくように派手な足音が聞こえ、次いで、小さな身体が飛び出した。
「俺も、混ぜてもらうぜっ!!」
「なっ!?」
こちらの返事も聞かずに、ジャネスが派手な砂塵を連れて走り抜ける。
闖入者は、相変わらずの猪突猛進で、一気に間合いを奪った。
「おらぁぁあぁあぁあぁあぁっ!!」
雄叫びを上げたジャネスが、防がれることも気にせずに乱打を続ける。
相手のことなどまるで気にせず、ひたすらに自分の主張だけを押し付ける。
本当に、本人の性格を表した戦い方だな。
「やれやれ。今度は、ブラスタのガキか」
苦い声で呟いていた奴の周りで、集められていた魔法の力が霧散霧消する。
「ワシの仕事は、子守りではないというのに」
「しゃらくせえっ!!」
展開された土の魔法すら、その拳で砕いてしまう。
さすがに、ガイの息子だな。
その歩みは、誰にも止められない。
「こうも邪魔が入っては、面倒じゃの。こんな雑魚どもを相手に出直すことになるとは…な」
言い終えるとともに、奴の姿が砂煙に飲み込まれる。
「待ちやがれっ!! 逃げんなっ!!」
奴がいた場所へと、迷いなくジャネスが突っ込む。
時間にして、わずか数秒。
荒れ狂う風が消えたときには、その場で立ち尽くすジャネスだけが残っていた。
「くそぉっ、母上の…母上の仇だってのに…」
地面に拳を打ち込んで、ジャネスが歯噛みする。
追いかけようにも、あれでは、どちらへ行けばいいのかさえ、分からない。
「なんとか退けた…か」
つぶやくことで、ようやく実感できる。
全身を休むことなく駆け巡る血の熱さは、当分の間、冷めそうにない。
結局、レオンと合流するまでの間、ダガーを鞘へと収めることができなかった。
全員が生き残れたのは、幸運以外の何物でもない。
俺たちの完敗だ。
+注意+
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