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DAGGER 戦場の最前点 作者:BLACKGAMER

DAGGER -戦場の最前点-

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04章 悩む少女-4

【アイシス視点】

「…ん」
さっき目を覚ましたときは、夕日がカーテンを照らしていたのに…。
今は、もう完全に日が落ちていた。
「…ふわ」
こんなに寝たのにまだ眠りたいのは、それだけ身体が疲れてるからだと思う。
「………」
あれからずっとベッドの上にいて、喉が渇いた。
先生が一緒に運んできてくれた水差しを取りに行こうと、足を動かす。
「あっ…」
あのときは、じっとしていても痛かったのに…。
今では、こうして動かすことができるくらいに回復している。
「先生の薬のおかげ…かな」
コップの水を飲み干して、またベッドの上に戻る。
そして、あの薬を指につけて、ふくらはぎと太ももに薄く塗り広げる。
昼間よりも弱いけど、たしかなあったかさがあって…。
そのあったかさに、少しだけ安心する。
「………」
食べっぱなしにしてあった食器が、ベッドの横に置いてある。
それが、自分の甘えに見えて、なんだかイヤだった。
食事を用意してもらって、食べるだけ食べて、後は何もしていない。
先生に与えられるだけで、何も返していない。
それで、誰にも寄らずに生きたいなんて、よく言ったものだ。
自分が情けなくなって、皿を持ったまま流し場へと向かった。


誰もいない階下は、驚くほどに冷え込んでいる。
毛布に包まっていたから、そんなに寒くなかったんだ。
暗がりに気をつけながら食器を流しに置いて、洗い始める前に暖炉と蝋燭に火を灯す。
少しだけ待つと、昨日と同じように小さな音を立てて、部屋の中がゆっくりとあたたまっていく。
「ふぅ…」
料理、掃除、しておいたほうがいいことは、たくさんあるだろう。
だけど、昨日先生が私に出してきた条件は、一つだけだった。
『できることなら、飯のときに向かいに座っていてくれ…それだけでいい』
あの言葉の意味は、なんだったんだろう?
たぶん、一人を望んで、ここに住んでいるはずなのに…。
向かいに、誰かが座っていてくれることを望んでいる?
「………」
蝋燭ろうそくの光は部屋の隅まで届かず、飾り気のない部屋を寂しく照らしている。
必要最低限なもの以外は、きっとこの部屋にはない。
朝から晩まで、ここに先生が一人でいた。
一人で食事の用意をし、一人でそれを食べ終え、一人で食器を洗い、一人で片付ける。
掃除も一人、洗濯も一人、訓練も一人、どんなことをするのも、一人で。
私は、それを望んでいるけど…。
先生は、それを望んでいないのかもしれない。
考え事を遮ったのは、ドアが開く音。
視線を上げると、荷物を抱えた先生と目が合った。
「ただいま」
数秒の間をあけて、先生がそうつぶやく。
「…え、あ…」
挨拶なんて、しなれないもので…とっさに言葉が出てこない。
「おかえりなさい」
出していなくて掠れてしまう声で、なんとかそう返事をする。
頭を下げるだけで声を出さないのは、失礼な気がした。
「夕飯、食べ終わったのか?」
あったかい部屋と空のテーブルが、食事の後に見えたらしい。
「いえ…あれから、何も食べていません」
寝ていただけなのに、朝のときと同じくらいにお腹が空いている。
まったく、我ながら意地汚い。
「昼飯も食べてないのか? 別に、あるものは好きに使っていいぞ?」
「いえ、料理は…苦手なんです」
苦手どころか、本当は、したことさえほとんどない。
クリアデルでは、毎日決まった時間に同じ物が出されて料理をする必要なんかなかった。
「そういうことは、早めに言ってくれ。
 今度から、家を開けるときには作り置きを用意しておくから」
怒ったり呆れたり馬鹿にしたり、そんな反応を想像してたのに、先生はなんでもないようにそう返してくれる。
暖炉側を譲ってくれたのか、先生が反対側の席に着く。
私も、暖まった身体を暖炉の傍から離して、先生の向かいに腰掛けた。
「今日の夕飯は、ユイのところから頂いてきた」
先生がテーブルの上で広げると、食欲を誘う香りが広がる。
まるで絵に描かれているように綺麗に仕上げられ、運ばれてきたのにどれも崩れていない。
じっと見ているだけの私に、先生は料理を取り分けてくれた。


「いただきます」
一つ一つが見た目だけでなく、当然味も違う。
口の中で広がる味は、どれも食べなれないけど、とっても美味しい。
初めて食べる取り合わせ、初めての味付け、決まったものしか食べなかった私にはそれだけでも新しい。
一つ食べるごとに次が食べたくなって、あれもこれもと取り分けられた料理を夢中で食べていた。
「食べながらでいいから、聞いてくれるか?」
「はい」
先生がテーブルの上に二、三枚ぐらいの紙を置く。
そこには、びっしりと何かが書かれていた。
「これが、リストだ」
「………」
すっと差し出された紙を前に、私は止まっていた。
先生が、不思議そうな顔をしているのが、見なくても分かる。
「どうしたんだ?」
「その…読めないんです」
こうして固まっていてもしょうがないと、視線をそらして白状した。
字の読み書きなんて、2、3度習って…物覚えの悪い私に教えるのは馬鹿らしいと止めになった。
クリアデルでは、当然そんなことは教えない。
あそこで教わる言葉なんて号令ぐらいで、そのとおりに動くだけでいい。
「隣、いいか?」
「え? …はい」
向かいに座っていた先生が私の左隣へと動いて、リストの一番上に右手の指をあてる。
「まず、宿の提示する量の焚き木を集めてくる仕事。
 量を運ぶのが既に大変だが、一番厄介なのは、難癖を付けられること」
「どういう意味ですか?」
「例えば、大きさが不揃い、木の質が悪いなんて言われると…。
 値段を提示額より下げてきたり、余分に取って来いと言われたりする」
すっと指が下に動いて、先生が言葉を続ける。
「次が、古書を探して来いという仕事。
 探し物は、知識と伝手つてがあるほど楽になるが、見つかる保証がないから安定しない。
 物も人も絶えず動く可能性があるし、誰かが先に見つけてしまえばそれで終わりだ。
 一人で稼ぐには、あわないかもしれないな。で…」
指がゆっくりと下にずれ、先生が一つずつ読み上げながら、その仕事を解説してくれる。
先生の声が私の耳のすぐ近くで響くのが、なんだか…くすぐったい。
指が最後の行を示して、丁寧な説明が終わった。
「と、ここまで読んで、何か気になったものはあったか?」
「いえ、特には…」
どんなものをやりたいのかも、まだ私には分からないけれど…。
今の中には、してみたいと思うことも、私なら出来そうなものも、ほとんどない。
表面だけ聞いてやれるかと思っても、先生の解説を聞くと途端に難しそうに聞こえてくる。
「今は、こんな仕事もある…ぐらいの認識でいいだろう。急ぐ必要はない」
「はい」
「それと、一つ忠告しておくが…ギルドには、なるべく一人で行かないほうがいい」
「どうしてですか?」
「あそこは、クリアデルの御用達だ」
そこで先生は言葉を区切るけど、私にとってはそれで十分だった。
きっと、先生は、私に今まで何があったのかを薄々感づいていると思う。
「話は変わるんだが…。明日、少しだけ俺に時間をくれないか?」
「え?」
「用事でロアイスに行かなきゃならなくなった。手を貸してほしいんだ」
私に出来て先生には出来ないこと…なんて、考えてみても、すぐには思いつかない。
人手がいる話なのかな?
いったい、どんなことをするんだろう?
「お願いできるか?」
「…はい」
私の目を見て話す先生に、私はうなずいて答えていた。
何をするのかも分からないけど、せめて、そのくらいはしよう。
「ありがとう」
先生はワインを取りに立って、私の分も注いでくれてから自分の席に座った。
すぐ後ろには暖炉があるのに、先生が横にいないだけで少し寒くなった気がした。
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