挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
DAGGER 戦場の最前点 作者:BLACKGAMER

DAGGER 有色の戦人

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

119/129

14章 気まぐれな休息-2


【ティスト視点】

「すまんな。仕事の報告に来たというのに、くだらん手伝いをさせた」
「いえ、このぐらいなら、お安い御用です」
さすがのレジ師匠でも一人では運べないほどの大振りな円形のテーブルを、部屋の真ん中に据える。
本来なら会議で使われているような、大人数での利用を想定した円卓だ。
アイシスが手早くテーブルの上を拭き、真っ白なテーブルクロスをかける。
それに続いて、両手のトレイに料理を満載したユイが、端から並べていく。
それを見届けてから、クレア師匠が流れるような動きで次々に椅子を置いていった。
特に何の合図を交わすこともなく、互いの動きが絶妙に噛み合う。
一歩先の相手の行動を予想した上での見事な連携は、戦いのときとよく似ていた。
「久しぶりに、楽しい昼食になりそうだ」
「ええ、本当に」
着々と準備が整うテーブルを眺めて、ライナスとリースが微笑む。
気品漂う油断のない笑い方は、まさしく、人間の王族の笑い方だ。
「しかし、俺たちと会食なんて、本当に大丈夫なのか?」
王族との食事なんて、特別な用事でもない限り、貴族の連中でさえ、そうそう簡単には実現しない。
王族と同席を許されるのが、どれほど栄誉なことか、その重みを今は知らないわけじゃない。
「気にする必要はないよ。これは、仕事の定例報告だ。
 私は忙しいから、私室で執務をしながら聞く…と言ってある」
腕を組んだライナスが、平然とうそぶいてみせる。
日頃、何かと不自由な王族のちょっとした特権…か。
このぐらいのわがままは、認められてしかるべきだろうな。
「それに、ティストとアイシスさんは、両国をつなぐ大事な架け橋。
 この程度の待遇を受けるのは、当然のことです」
いまだに、この丁寧な物腰で喋るリースには、慣れないな。
なんだか、よく出来た彫像の後ろからリースの声真似が聞こえてくるみたいで、落ち着かない。
『何か、失礼なこと考えてるでしょ?』
風の魔法での声が、俺の耳に直接届く。
そう、こういう感情剥き出しな声と、それに見合った表情をしてこそ、リースだ。
俺の中での印象が、昔のままで固まってしまっているから、違和感を感じてしまうんだろうな。
「とにかく、今日は存分にくつろいでくれ。
 この部屋が安全地帯であることは、私が保証しよう」
冗談めかして、ライナスが笑う。
「たしかに、この部屋は、反則級の安全地帯だな」
王子の私室なんて、誰であろうと、おいそれと近づくことはできない。
聞き耳を立てたり、乱入しようものなら、どんな処罰が待っているか、知れたものじゃない。
それに、師匠たちがいるから、他の護衛が近づく必要もない。
あまり心配してても、疲れるだけだ、今日は、お言葉に甘えさせてもらうか。
「お待たせいたしました。準備が整いました」
「ああ、ありがとう」
「ありがとうございます」
行儀よく礼を言ってから、まずライナスが座り、続いてリースがその隣の席につく。
その光景を見て、クレア師匠が小首を傾げた。
「姫様、こちらの席でよろしいのですか?」
「ええ。何か不都合が?」
「いえ、特には…」
「気遣いは不要だよ、クレア。
 横に並ぶよりも、対面に座ったほうが相手を見やすい。
 椅子から身を乗り出すことがなくなって、ようやく、その真実に気づいたらしいからね」
「お兄様っ! 何を言い出すのです!?」
「そして、こうして女として恥じらうほどには成長できた。兄としては、感無量だね」
「なるほど。これはこれは、失礼いたしました。
 姫様の成長をこの目で拝見できて、私も嬉しく思います」
「もう、クレアまで…」
頬を赤らめた顔を恥ずかしげに伏せて、リースが着席する。
『でも、やっぱり、私は、近い方がいいな。
 だって、向かいあって遠くなるより、手が伸ばせば届く距離のほうが、いいに決まってるじゃない』
なるほど、周囲から望まれたリースの反応と、本音の違い…か。
俺にしか聞こえない愚痴に、思わず苦笑いが浮かんでしまう。
いつも、そうだった。
リースには、リースの価値基準があり、それがリースの行動指針にもなる。
そのことが懐かしくて、なんだか、嬉しかった。



「輸送中に、襲撃を受けたというのですか?」
「ええ。何度か、ですけれど」
といっても、食糧を運んだ回数だって、まだ数えるほどなのだ。
それを加味して考えれば、かなりの高確率になるだろう。
「何としても、魔族に食糧を運ぶという計画に泥を塗りたいらしいな」
「まったく、あの痴れ者が…」
レジ師匠とクレア師匠が眉根を寄せて怒りを示し、それを鎮めるように深く息をつく。
こうまで心配してくれるとは、ありがたいことだな。
「それで、大丈夫なのですか?」
「ええ。数に任せての力押しですし、実力者もいませんでしたので」
俺とアイシスは必ずいるし、ほとんどの場合が、セレノアと一緒にレイナとサリも控えている。
どんな奴が相手だろうと、そう簡単に遅れを取るつもりはない。
「アイシスも同意見ですか?」
「私でも同時に何人か相手できるくらいなので、本当に、一人一人の実力はたいしたことないと思います。
 だけど、回数を重ねるごとに人数が増えているのが、ちょっと気になりました」
「そうですか」
沈痛な面持ちで、クレア師匠がうつむく。
対抗できる手段がないことを、分かっているからこその反応だろう。
この世に金がある限り、依頼を受ける者を根絶やしにするのは不可能だ。
どうしても止めるというのならば、依頼を企てる者を消すしかない。
「やれやれ。治安を維持するのが、貴族の務めなのだがね。
 積極的に乱しているとは、まったくもって、嘆かわしいことだ」
深いため息を吐き出して、ライナスが額に手を当てる。
打つ手がないのは、ライナスの立場でも同じこと…か。
「まあ、前向きに、用意したものが無駄にならなかったと喜んでおこうか。
 リース、あれを」
「はい。心得ています」
リースが静かに立ち上がり、ライナスの執務机まで歩いていく。
鍵が開く音、引き出しが開く音と続いて、何かを取り出したのが見えた。
いったい、何を?
「ティスト、アイシスさん」
こちらの前まで歩いてきたリースに、凛とした声で名前を呼ばれる。
それに呼応する形で、椅子から立ち上がった。
「国のために尽くしてくれた二人へ、ささやかながら御礼があります。
 どうぞ、受け取ってください」
差し出された手の平の上では、四つの石が鎮座していた。
太陽の光を吸い込んだ緑葉をそのまま切り取ったような、翠が一つ。
澄んだ川の水を凝縮させたような、蒼が一つ。
残り二つは、ほんのりと白く見える、透明な石だった。
それぞれが、部屋の中にある小さなロウソクの炎を吸い込んだように、目映く輝いていた。
宝石? いや、違う、これは…。
「自精石と、魔精石」
手に触れなくても、石が宿している強大な力を感じることができる。
自分のダガーの柄にはめ込まれているものと同等、いや、それ以上かもしれない。
「風の魔精石は、私が、水の魔精石は、クレアが、自精石は、お兄様とレジが、それぞれに作りました」
リースが説明しながら、一つ一つを俺とアイシスに手渡してくれる。
俺たちの得意な魔法の属性を考えて作られた、魔精石。
純粋な力を凝縮して生み出された、自精石。
そのどちらもが、驚くほどの力を有していた。
「すごい」
思わずつぶやいてしまうアイシスの気持ちが、よく分かる。
これらを作り出すのに、いったいどれほどの力が、時間が、労力が、必要になるのか。
それを考えると、とてもじゃないが、気軽には受け取れない。
そんな俺の胸中など気づかないとばかりに、ライナスが楽しそうに笑み、指を立てて見せる。
「これなら、他人が出所をつかむことはない。
 価値が分からない連中たちは、誰が用意したかもわからない、ちっぽけな宝石の値段を予想するしかない。
 どうだ? 名案だろう?」
「しかし、単なる荷運びの報酬には、高価たかすぎる」
「そう思うなら、これからもロアイスをよろしく頼む」
悪びれびれずにそんなことを言われては、断る理由なんて見つからない。
ここまで黙って成り行きを見守っていた師匠たちへと向き直った。
「本当に、よろしいのですか?」
「もちろんです。こんなことくらいしかできないのが歯がゆいですが、あなたたちの無事を祈っています」
「少しでも、役立ててくれ」
気にするなと言わんばかりに、穏やかな笑顔で師匠たちが頷いてくれる。
師匠たちは、いつもそうだ。俺たちのことを何よりも案じてくれる。
「ありがとうございます」
アイシスと共に、最大限の感謝を姿勢と声で表現する。
こんなことでは表現しきれないほどに、この贈り物が、嬉しかった。



【セレノア視点】

「はぁ…」
思わず、ため息を漏らしてしまう。
まだ、始めてからいくらも経ってないのに、もう疲れてきた。
「っと、いけない」
止めていた手を動かし、母上の言葉を思い出す。
アタシにこれを教えてくれたときには、口癖のように何度も同じことを言っていた。
『よく聞きなさい、セレノア。
 魔族の羽織は、自分にとって、大切な人のためにだけ作りなさい。
 お前はアタシによく似ているから、口に出して自分の気持ちを告げるのが、恥ずかしいでしょう?
 だから、口に出せないその想いが伝わるように、心を込めて織りなさい』
「とは、言っても…ね」
ロアイスで会議をしたときも思ったけど、身体は、動かすよりも動かさないほうが、遥かに疲れる。
こんなことするぐらいなら、稽古してたほうが、数倍楽だ。
「そもそも、座ってやる作業なんて、アタシに向いてないのよ」
「それは、言えてるわね」
「…!?」
不意に背後から聞こえた同意の声に、手を止めて、あわてて振り返る。
そこには、楽しそうに微笑む、おばさんたち二人が立っていた。
「部屋にこもりきりだから、何をしてるのかと不安になったけれど…」
「どうやら、お邪魔だったみたいね」
レイナおばさんが含み笑いと共に切った言葉を、サリおばさんが引き継ぐ。
部屋に入ってきた気配に、まるで気づかなかった。
集中力があるってのも、考え物ね。
それに、これの置き場所も問題だ。
部屋の隅に、壁へと向かって置いてあるから、背後がおろそかになるんだ。
「あの二人がいないから、退屈してるかと思ってきてみたけれど…」
「むしろ、あの二人がいたら出来ない作業ね、これは」
アタシの手元を覗きこみながら、二人が、ニヤニヤと笑いかけてくる。
もう、それだけでも、恥ずかしくてしょうがない。
手元にあるこの布きれを、有色の炎で燃やし尽くしてしまいたいぐらいだ。
「しっかり採寸はしたの?
 いくら、相手が筋肉質で引き締まってるからって、各所には余裕を持たせなきゃダメよ」
指を立てたレイナおばさんが、分かりきったお説教をしてくれる。
それを補足するように、サリおばさんも口を開いた。
「もっとも、大きければいいというわけでもないわ。
 大き過ぎると、動きの妨げになるし、第一、不格好だもの」
「いいのよ、別に。合わなかったら、仕立て直すだけだから」
だって、『採寸させて』なんて、言えるわけないじゃない。
反論を心の内で留めないと、余計に相手を愉しませるだけなのが、性質が悪い。
別にいい、そもそも、本当に完成できるかも怪しいのだから、これは、単なる試作品だ。
だって、変に期待させておいて、出来ませんでした、なんて、格好悪いにもほどがある。
「セレノアにも服を送る相手ができたのだから、めでたいわね」
「ええ、本当に。お祝いをしなくちゃいけないわね」
わざとらしい言葉を吐きながら、二人が心底楽しそうに笑う。
ったく、姪をいじめて何が楽しいんだか。
「渡すときの言葉は決めたの?
 ただ差し出すだけじゃダメよ、魔族の風習が分かってないのだから、伝わらないわ」
「良かったら、私たちが聞いてあげるわよ?」
悪乗りしたレイナおばさんに、サリおばさんが同調する。
…本当に、調子に乗り過ぎだ。
「お願いだから、邪魔しないでよ、お・ば・さ・ん」
「…今の呼び方には、今までにない毒が含まれてるみたいね?」
「そうねえ、とても不愉快だったわ」
「気のせいじゃない?」
これ以上、相手になんてしてらんないわ。
こうなったら、もう、無視して続けてやるんだから。
「…ごめんなさい。べつに、邪魔するつもりはないわ。
 私たちは、あなたのためを思って言ってるだけなの」
「経験者の忠告は、聞いておくべきよ。
 快く受け取ってもらえたほうが、あなたも嬉しいでしょう?」
「…いいの、アタシはアタシの好きにやるんだから、放っておいて」
二人の言いたいことは分かるし、助言をくれるのはありがたい。
でも、そのほうがいいと分かっていても、そうしたくない。
この羽織だけは、他の誰にも頼らずに、アタシが作り上げたい。
自分で作ったんだと胸を張れるようなものじゃなければ、贈り物に値しない。
「まったく、本当に頑固なんだから」
「やっぱり、親子ね。あの子も、私たちの言葉には、絶対に耳を貸さなかったからね」
昔を懐かしむように、おばさんたちが微笑みを交し合う。
そして、アタシを見てから、ゆっくりと頷いた。
「まあ、それでいいのかもしれないわね。
 魔族の作る服に本当に必要なのは、着心地でも見てくれでもない。
 問題は、どれだけ着る者へと想いを馳せて作り上げたか…だからね」
「じゃあ、邪魔者は退散するわ。しっかり頑張りなさい」
意味ありげに微笑んで、二人が部屋を後にする。
ったく、もう。
母上も、父上の羽織を作るときは、今のアタシと同じ気持ちだったのかな?
色々なことを考えながら、それでも、真剣に手を動かす。
きっと、心を込めるっていうのは、こういうことなんだろう。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ