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DAGGER 戦場の最前点 作者:BLACKGAMER

DAGGER 有色の戦人

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13章 気まぐれな和解-1


【セレノア視点】

なんでだろう? 目が痛い。
そう思って手のひらで擦ってみると、余計に痛みが広がった。
どうして?
ああ、そうだ、昨日は、涙が枯れるまで泣いたから、泣き腫らしたんだ。
きっと、酷いことになっているだろう自分の顔を想像すると、鏡を見るのが恐くなる。
くだらない思考を終わらせて、重いまぶたをこじ開けた。


「ずいぶんと、寝坊したみたいね」
あまりに掠れた自分の声に、びっくりして咳払いをする。
「ん、んん、あ、あ…あー」
何度か喉の調子を確かめて、ようやくいつもの声に戻る。
こうして各所に爪痕のように残っているおかげで、ようやく、昨日のあれが夢でなかったと実感できる。
「アタシ、本当に、おばさんたちに、言ったんだ」
昨日の夜は、無我夢中で、ただ、必死に声を張り上げた。
言葉を選ぶ余裕も、相手の反応を見る余裕も、欠片もなかった。
自分の心の中にあるものは、全て余さず吐き出した。
そのおかげなのか、ずいぶんと気持ちがすっきりしていた。
食糧の問題だけでも、十分すぎるほどの借りだったのに…。
「まさか、アタシの家族のことでまで、世話になるなんて…ね」
『戦場の最前点に会いなさい』
不意に母上の言葉を思い出して、胸が熱くなる。
まさか、こうなることを予想して?
「まさか…ね」
いくら母上でも、そんなことまでは見通せないはずだ。
『そして、気に入ったなら…』
その言葉の先を心の奥に留めて、気分を落ち着かせる。
最初は、母上の戯言だと思っていたのに、今では、無視しきれない自分がいた。
「さてと…」
思考を切り上げて布団から抜け出し、一気に畳んで端へと片付け、軽く伸びをする。
不思議なくらいに、身体が軽い。
今、飛び石に挑戦すれば、簡単に最高記録が出せるような気がした。
だけど、それよりも前に、やることがある。
部屋の外で微動だにしない二つの気配が、昨日の続きがあると告げていた。
「………」
数秒の間を開けてから、意を決して、ふすまを開け放つ。
そこには、予想通りの二人が立っていた。
「おはよう」
投げかけられた言葉が、口調が、昨日までとは確かに違う。
それが、昨日の出来事がどれだけ大きな事だったのかを、示していた。
「おはよう…ございます」
無礼でないように、と考えた結果、ぎこちなく後ろを付け足す。
口にした自分でも戸惑ってしまうほどに、不恰好な挨拶だった。
「私たちを相手に、遠慮は不要よ」
そんなこと、急に言われても、頭が追いつかない。
普段と同じようにと意識すればするほど、自然な言葉づかいが分からなくなる。
「そんなだから、私たちが嫉妬するのよ。
 戦場の最前点とは、あんなに楽しそうに話をするのに」
「あ、あれは、べつに、そんなんじゃ…」
たしかに、あれは、何にも考えてないで、思ったことを口にしてるけど…。
でも、あの態度でおばさんたちに接するっていうのも、なんだか…。
と、余計なことをひとしきり考えたところで、二人が、楽しそうに笑みを深めていたのに気が付く。
それで、ようやく、アタシのことをからかっているだけだと理解した。
「…はぁ、勘弁して」
まさか、この二人が、そんなことをしてくるなんて…ね。
嬉しい…とは思うけれど、どうやって反応していいか分からなくて、困ってしまう。
「べつに、無理して変える必要はないし、言い間違えても気にする必要ないわ。
 ただ、お互いに楽であれば、それでいいじゃない」
「焦る必要ないわ。時間は、これから、たっぷりあるのだから」
「そうね。だったら、アタシも、そうさせてもらうわ」
今までと変わらない態度で、返事をする。
アタシは不器用だし、おばさんたちのように、すぐには変えられない。
「じゃあ、一緒に行きましょうか」
「どこへ?」
「昨日の礼と謝罪のために、戦場の最前点の元へ」
考えてみれば当たり前の話に、素直に同意する。
あの二人に何も渡せるようなものがないのが、心苦しいぐらいだった。



【ティスト視点】

「昨晩は、申し訳ありませんでした」
セレノアを先頭に部屋へと入ってくるなり、地に伏すという表現がふさわしいほどに、頭を下げてくれる。
平身低頭という言葉に負けないくらいの謝罪ぶりだ。
三人で一緒にこの部屋を訪れた…ということは、まずは、一歩前進できたようだな。
「魔族が礼を失したときには、魔族の詫び方があるの。
 己の謝意を見せるために、どんな相手の要求も飲む。
 だから、どんなことでも、言いつけて。
 私たちにできることなら、なんでも叶えてみせるわ」
セレノアが、静かに、はっきりと告げる。
三人の表情には、何かを頼んでくれるまでは、引き下がらないという気迫が見える。
さて、どうするか…と思ったところで、俺にしては珍しく、名案が思い浮かんだ。
「なんでも、どんなことでも、いいんだな?」
「もちろんよ」
「ええ」
「かまわないわ」
言質を取るような真似をしているにも関わらず、三人は、迷いなく頷いてくれる。
本当に、俺がどんな頼みをしたとしても、できることならば、達成するつもりなのだろう。
この潔さというか、無鉄砲とも呼べる思い切りの良さというのは、嫌いじゃない。
「だったら、セレノアは、レイナとサリに甘えさせてもらうこと。
 レイナとサリは、セレノアを甘えさせること…で、どうだ?」
きっと、そんな理由(言い訳)があったほうが、お互いに動きやすいだろう。
何せ、俺やアイシスと同じくらいに不器用で、しかも、その上に意地っ張りと来ているからな。
「いい案ですね。私からもお願いします」
隙を逃すことなく、すかさずアイシスが言葉を重ねてくる。
まったくもって見事な連携は、セレノアを硬直させるぐらいに困らせていた。
「ちょ、ちょっと、二人とも、他にいくらでも…」
「何でも…と言っただろう? 発言を覆すのは、魔族の詫び方に反するんじゃないのか?」
「くっ…」
顔を真っ赤にしたままで、セレノアが悔しそうに引き下がる。
どうやら、俺の頼みごとは、正解だったみたいだな。
「言われるまでもないことね」
「ええ。でも、確かに引き受けたわ」
意地の悪い笑顔で、二人が快諾する。
そのあたりの呼吸は、さすがに心得ているな。
「………」
言い出した手前というのもあるのだろうし、こうなっては、いよいよ逃げられない。
頬を染めたまま、観念したように大きく溜息をつく。
困ったように、しかし、どこか悪くないという雰囲気も見えるセレノアの顔は、今までに見たことのないほど、いい表情だった。




雑談というには、少々ぎこちない会話を、なんとか全員でつないでいく。
それでも、外で二人が控えていた昨日までとは、比べ物にならないほどの進歩だ。
「あの…」
戸惑いがちなレイナの声が、俺へと向けられる。
「? なんだ?」
「傷の具合は、どう?」
自分がつけたという負い目もあるのか、レイナの声は、罪悪感で揺れているようだった。
そして、口にこそしないが、セレノアもサリも分かりやすいほどに表情が変わる。
まったく、不意打ちをしたわけでもなく、正面からぶつかりあった結果だというのに、大袈裟なことだな。
「別に、たいしたことないさ。怪我とのつきあいは、嫌になるほど長いからな。
 むしろ、怪我してないと物足りないと思うくらいだ」
こうして振り返ってみると、怪我をしていない時間のほうが短いようにも思える。
致命傷でない限り、重傷でないと思うのは、感覚が麻痺しているのかもしれないが。
「もぅ、そんなこと言って…。お姉ちゃんに怒られますよ?」
ユイには絶対に聞かせられない不謹慎な強がりに、アイシスが苦笑で答えてくれる。
だが、面白い冗談にはならなかったようで、魔族の連中は、愛想笑いすらしてくれなかった。
やれやれ、だったら、無理矢理に話題を変えるか。
「ところで、今日の予定は? これからどうするんだ?」
「サリと二人で稽古するつもりよ」
予想外に素直な返答に、内心で驚き、どうにか表情は変えずに済ませる。
昨日までの俺が同じことを問えば、きっと、あれこれと勘繰られたに違いないだろう。
「あんな風に組み敷かれておいて、何もせずにいられるほどの度胸は、私にもないもの」
以前に俺が言った台詞をなぞらえるようにして、レイナが笑う。
持っていながら、俺には絶対に向けられることのなかった、明るい笑みだった。
「そうね。私も、年下にあしらわれたとあっては、立つ瀬がないわ」
いつもより抑揚のある口調でのサリの軽口に、思わず笑ってしまう。
まさか、あのサリが冗談を言ってくれるとは思わなかったな。
なんにしても、こいつは、都合がいい。
考えて、互いに当たり障りのない言葉を交わすよりも、そっちのほうがよほど楽だ。
「だったら、一緒にやらないか?
 たまには、いつもと違う相手とやるのもいいだろう?」
「私たちは、べつにいいわよ」
「ええ、異論ないわ」
本当にいいのかと確認したくなるほど、あっさりと二人が頷いてくれる。
こうして互いに歩み寄ることができるのなら、自然な関係に戻るのも、遠くないかもしれないな。
「でも、数が合わないんじゃありませんか?」
「たしかに、アイシスの言うとおり、偶数じゃないわね」
「べつに、悩むほどの問題じゃないさ。もう一人呼んで、六人にすればいいだけだ」
「…!」
俺の提案の意味を理解したのか、全員が息を飲み、それでも、反対意見は出てこない。
「決まりだな」
むしろ、一対五でお願いしてもいいぐらいかもしれないが…な。
この際だ、最強と名高い魔族の王の力、その片鱗だけでも拝ませてもらおう。



三対三というその変則的な組み合わせは、初の試みで、当然のように上手くいかない。
背を預けるのではなく、ぶつけあってしまうときもあるし、お互いの攻撃が影響しあうこともある。
失敗だらけで、連携もつたない。
それでも、誰もが笑いながら技を放ち、力を振るう。
いつものような緊張感はなく、流れる空気は、穏やかと呼んで差支えないほどだ。
刃と拳を振りかざして向かい合う、戦闘の訓練。
だというのに、俺の眼には、家族の団欒だんらんにしか見えなかった。
「君は、本当に驚くべき特性を持っているね。
 誰かと向かい合いながら、周囲の状況を捉えるのは、なかなかできることじゃない」
「ありがとうございます」
レオンからの賛辞に、アイシスが頭を下げて顔を綻ばせる。
にしても、魔族の王からもお褒めの言葉をいただくまでになるとは…な。
「しかし、良い目だ。セレノアにも、見習わせたいところだな」
「べつに、アタシだって、それぐらいのこと、簡単に出来るわよ」
「ならば、なぜ私の魔法に三度も当たったのだい?」
「くっ、あれは…」
どうやら、レオンの作戦は、アイシスの長所を列挙して、セレノアを刺激させるつもりらしいな。
だが、アイシスへのアドバイスも混ぜてくれているあたり、任せていいみたいだ。
師匠たち、ラインさんとシアさんに加えて、グレイスの王族二人までがアイシスの師になる…か。
俺がそうだったように、数々の猛者たちの手解きは、確実にアイシスを守るための鎧になってくれるだろう。
少し離れたところで、そんなことをぼんやり考えていた俺に、二つの影が歩み寄る。
レイナとサリ、二人とも、心地よい疲れに身を任せている、そんな充実感を思わせる笑みを称えていた。
「あなた、本当に強いのね。正面から手を合わせて、それがよく分かったわ」
「どうしたんだ? いきなり」
「今までは、余計な感情が私たちの眼を曇らせていた。
 だけど、それがなくなったから、本当のあなたを見ることが出来たの」
「本当の、俺?」
言葉の意味が分からずに、思わず問い返してしまう。
なのに、そんな俺へと向けて、二人は確信を込めて、力強く頷いてきた。
「強さというものは、何よりも正直にあなたのことを教えてくれるわ。
 お互いに戦う者だからこそ、鍛え抜かれた身体の価値が分かるの。
 費やした時間の長さ、流した血と汗の熱さ、克服してきた痛みや苦しみの辛さ。
 そんな途方もない要素の全てが、あなたの強さに集約され、息づいている」
大層な言い回しに、思わず自分の身体を見下ろしてしまう。
自慢するわけじゃないが、ここまで来るために費やした物は、たしかに、生半可ではない。
だが、それをここまで認めてくれるとは、思ってもみなかった。
「それが理解できるから、私達は強さに対して畏敬の念を抱き、平伏してもいいとさえ思うの。
 誰もが等しく戦いに身を投じている魔族だからこそ、この感情は、他の種族よりもずっと強いわ」
「褒めてくれるのは嬉しいが、買いかぶりすぎだ」
俺は、そんなに大した人間じゃない。
「謙遜する必要はないわ、堂々と胸を張ればいいじゃない。
 強さは、性格みたいに取り繕えないんだから」
「? どういう意味だ?」
「偽善者はいても、偽強者はいない。上っ面だけの強さなんて、存在しないから」
「そんな考え方もあるのか」
たしかに、相手と接する態度なら、己の心がけだけでも、ずいぶん変えることができるが…。
同じような方法で、力を手に入れるのは、不可能だ。
人間では、その上っ面こそが、大事なものだとされているが…。
どうやら、魔族はその逆…とまでは言わなくても、別の評価法があるらしいな。
「それに、盲目に全てを受け入れるわけではない。
 あくまでも、それは、相手を評価する基準の一つ。
 自分の意にそぐわない時には、私たちも全力で抗う」
「なるほどな」
魔族の只中に留まり、時間をかけ、それなりに分かったつもりだったが、まだまだのようだな。
魔族という種族は、本当に奥が深い。
それを楽しむ余地が残されていると思うと、自然と笑みが浮かんでいた。
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