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DAGGER 戦場の最前点 作者:BLACKGAMER

DAGGER 有色の戦人

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12章 気まぐれな変化-2

【ティスト視点】

「ここが、セレノアさんの部屋なんですね」
気を取り直して、という表現がぴったりなほどに、アイシスが明るく笑う。
結局、セレノアに押し切られる形で、部屋まで連れて来られた。
あれだけの警告となると後が恐いが、それもまあ、仕方がない。
どちらの意見に従うにせよ、無視をしたどちらかには、確実に不満が残る。
そんな無理のある関係を続けようなんていう発想自体が、間違っているんだから。
「なに? ティストは、感想のひとつもないわけ?」
別のことを考えていたせいで黙っていた俺に向けて、セレノアが軽く睨んでみせる。
言葉のとおり…というよりは、余計なことを考えなくていいと言われたような気がした。
改めて、セレノアの部屋に目を向ける。
過度な装飾こそないが、それが、かえって心を落ち着かせてくれる。
王女の部屋としては、質素かもしれないが、とても過ごしやすそうだ。
「? これはまた、ずいぶんと変わったテーブルだな」
中央に鎮座する四角く大きなそれは、異様な存在感を放っている。
畳よりも濃い、焦げ茶色の物は、たぶん、寝るときに使っている布団と同じ類のものだろう。
「立ってないで、炬燵こたつに入っていいわよ」
「コタツ? 入る…って?」
「いいから、座布団に座って、布団の中に足を入れてみなさい」
悪戯っ子のように笑いながら言うセレノアの言葉に、俺とアイシスは、素直に従う。
布団の端をめくりあげて、その中へと足を入れた。
「わぁ…あったかい」
思わず声を漏らしてしまったアイシスの気持ちが、よく分かる。
寒さの染み込んだ板張りの廊下のおかげで冷え切った足が、まるで溶かされていくみたいだ。
「どう? 悪くないでしょ?」
得意げな顔のセレノアに、アイシスとそろって、うなずき返してしまう。
足だけが風呂の中にあるような、不思議な感覚は、とても心地がいい。
「いいな、これ」
テーブルと布団を合体させたような安直な発想が、面白い。
同じことを、自分の家のリビングでやろうとしても、到底無理だ。
これは、椅子を使わず、床で暮らしている魔族だからこそ、作れたものだろう。
「どんな仕掛けなんだ?」
このコタツは、人肌よりも温められている。
いくら、布団が熱を逃がさないと言っても、熱を生み出すことはできないはずだ。
「上の板は載せてあるだけで、外せるのよ。中に、熱した石を入れる場所があるの」
「なるほどな、そこから、熱が漏れ出しているのか」
中心に熱源を置いて、布団で覆った範囲だけを限定的に温める…か。
部屋の隅にあって室内全体を温める暖炉よりも、はるかに効率がいいな。
火を入れたら、待つことなく、すぐにでも暖まれるだろう。
この原理をうまく応用できれば、自分の部屋で眠るときにも、毛布に包まって凍えないで済みそうだな。
「中の石って、定期的に温めなおすんですか?」
「魔法で一瞬よ」
セレノアが指を立てると、ジッという小さな音の後に、すぐに温度が上がる。
温度の調節は、炎と水の魔法を使えば、自由自在…か。
「便利なものだな」
生活に、魔法を取り入れる…か。
魔法を攻撃のための手段だと思い込んでいた俺には、出来ない発想だ。
それに、人間の場合は、魔法は貴族の特権になっている。
そういう格差も、魔法が生活に浸透しきらない原因なのだろうな。
こうして、普段は触れないものを見て、新たな発見ができるっていうのは、なかなか楽しい。
他にも目新しいものがないかと、ついつい違うものを探してしまう。
「ちょっと、あんまり、じろじろ見ないでよね」
「そんなこと言われても、俺の部屋も、じっくり見られたしな」
初めてセレノアが俺の部屋に来たとき、つまり、リンダント卿の襲撃を受けた日。
俺がベッドの上から動けないのをいいことに、端から端まで眺め回されて、あれこれ質問された。
「あのときは、本棚どころかタンスまであけられたしな」
「もし、同じことをしたら、命がないわよ?」
凄味のある笑顔で、セレノアが釘を刺してくる。
口には出さないが、アイシスの目も非難の色に染まっていた。
まったく、不公平なことだ。
だが、わずかに残っていた気まずい雰囲気が、完全に消え去ったことだし、良しとするか。
『必要以上に近づかないの。これ以上に、お互いが嫌な思いをしないために』
セレノアの言葉を思い出し、話題を変えるために、もう一度周囲を見回す。
そして、見慣れぬものが目に止まった。
「あれ、なんだ?」
部屋の隅を占領しているのは、俺が使わせてもらっている部屋には、置いてないものだ。
材質が木なのくらいは分かるが、何をするものなのか、まるで想像がつかない。
「ホント、何にも知らないのね。魔族の男が、羽織りを着てるのは分かる?」
レオンとガイ、それにジャネスを頭の中で思い浮かべる。
「父上は普通に羽織ってて、ブラスタの二人は、腰に巻いたりしてるでしょ?」
「言われてみれば、たしかにな」
「それを作るのが、あれなのよ」
そう言って、部屋の隅を指差す。
服が出来るまでの過程なんて、魔族のどころか、人間のでさえ、まるで知らないが…。
あれから、羽織が出来上がるなんて、想像つかないな。
「魔族の女は、小さいころに、必ず織り方を学ばされるの。
 そして、家族の羽織りは、絶対に、その家の女が作るのよ」
「そうだったのか」
あの服に、そんな事情があったなんて、想像もしなかったな。
レオンやガイのは、間違いなく、最愛の妻が作ったものだろう。
二人が肌身離さずに身に纏っている気持ちも、分かる気がするな。
「じゃあ、セレノアも作れるのか?」
「まあ…ね。でも、必要ないから、作らないわ。だって、父上には、母上が作ったのがあるもの」
「そう…か」
くだらない質問をしたことを反省して、別の話題を探す。
だけど、他に話題にできそうなものなんて、ほとんど何もなかった。
「ずいぶんと、物が少ないんだな」
俺たちが使わせてもらっている部屋と比べると、寂しいくらいに物がない。
生活感がないわけではないが、この部屋で過ごしたら、退屈するだろう。
「べつに、このくらい普通よ。ティストの部屋だって、大差ないでしょ?」
「まあ、確かにな」
必要最低限の家具しか置いてない、まさに、寝るだけの場所だからな。
人の部屋をどうこう言えるような部屋じゃない。
「でも、これだけ広いと物が少なくても、掃除が大変ですよね」
「え? あ、うん、まあ…ね」
「………」
あまりにも分かりやすい反応に、つい悪戯心が芽生える。
本当に、嘘をつくのが下手なんだな。
「にしても、綺麗にしてあるな。いつ掃除したんだ?」
「アタシは、毎日掃除してるわよ」
「ふぅん」
セレノアがよくやるように、鼻をならして返してやる。
どうにも殺風景なのは、本当は物がたくさんあったのに、急いで掃除をやった後だから…かもしれないな。
「何よ、その反応は?」
「べつに」
整理整頓を放棄して、物を一斉に動かして隠した…かな?
遠い昔に、ロアイスの王室でも似たような手口が使われたのを思い出す。
あのときは、クレア師匠がすぐに看破して、あいつが、ずっとお説教を食らってたっけ。
「………」
部屋を一瞥するまでもない。
物を隠せそうな場所なんて、あのふすまの向こうぐらいだ。
「何よ? その目は」
「いや、あのふすまの奥には、何があるのか? と思ってな」
「ったく、むかつくわね。そんなに疑うなら、見せてあげるわよっ!!」
立ち上がったセレノアが、勢いよく両端へとふすまを開け放つ。
続き部屋も、こちらと同じように、きちんと片づけられていた。
「…?」
一番奥に飾られていた絵に、目が吸い寄せられる。
色使いは黒と白だけだというのに、その濃淡だけで、微細に表現をしている。
多彩な色を使った鮮やかな物が主な人間の絵画とは、違った趣があった。
おそらく、使っている画材もまるで違うのだろう。
「素敵ですね」
「ああ、いい絵だな」
芸術的な感性など欠片もないが、一目見て気に入ってしまった。
何か人を引き付けるような魅力がある気がする。
「いいでしょ? あれ、母上が描いたのよ」
喜びに目を細めたセレノアが、まるで自分のことのように自慢する。
いや、自分の母だからこそ、ここまで嬉しそうな顔が出来るんだろうな。
「他にもあるんですか?」
「あんなので良ければ、たくさんあるわよ」
「見せてもらっても、いいですか?」
「いいわよ、すぐ取ってくるわ」
上機嫌で立ち上がると、部屋を飛び出していく。
母の作品を褒められたのが、本当に嬉しかったんだろうな。
「もしかして…この部屋に何も置かないのは、一人で見ていると、思い出して辛くなっちゃうから…かもしれませんね」
「かもな」
物には思い出が宿るし、それが、記憶を呼び覚ます鍵にもなる。
過去の出来事が印象的であればあるほど、意識しなくても、勝手に思い浮かべてしまうだろう。
それを見て、二度と会うことができない故人を想い、心が沈むのは分かる。
でも、だからといって、思い出さないようにと遠ざけてしまうのは、あまりにも悲しい。
「…はぁ」
思わず吐いた溜息が重なり、アイシスと目を見合わせて苦笑いする。
「セレノアさんは、強いから…。
 なんでも耐えられるのかもしれないけれど、それは、たぶん、解決じゃないと思うんです」
言葉を考えながら、ゆっくりとアイシスが自分の意見を口にする。
精神こころ肉体からだも、セレノアは強いから、無理矢理にでも、乗り越えられてしまう。
くじけることもなく、誰かに泣きつくこともなく、ただ、一人で耐えてしまう。
それは、きっと、とても辛いことだし、アイシスの言うとおり、解決には程遠いことだ。
「そうだな。だが、その解決って奴が、一番難しい」
原因を探して、適切な処置を施す。
身体の怪我ならば、それで対処できるが、心は、そう簡単にはいかない。
人によってまるで違う心の在り方に対して、正しい治療法など、ありはしない。
「………」
それきり、二人で黙り込んで、思案に暮れる。
だが、残念ながら、セレノアが大きな箱を抱えて戻ってくるまでの間に、案は一つも浮かばなかった。
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