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DAGGER 戦場の最前点 作者:BLACKGAMER

DAGGER 有色の戦人

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12章 気まぐれな変化-1


【セレノア視点】


「ふぅ…」
維持していた魔法を消して、ゆっくりと息をつき、両手を下ろす。
アタシの向かいでは、息を荒げて膝に手をついたティストが、それでも、前回のように倒れることなく立っていた。
まさか、本当にアタシと魔法で力比べができるようになるなんて、ね。
「ずいぶん進歩したじゃない」
乱れた髪を直すついでに、気づかれないように、額に浮かんだ汗を手のひらで拭う。
息が上がっていることを悟られないように、わざとらしいほどの笑みを浮かべてやる。
疲れたところなんて、絶対に見せてやらない。
アタシが、疲れているティストを見て楽しむんだから。
「それでも、まだ届かない…か。道は長いな」
再戦を挑んできただけあって、勝てる自信があったのだろう。
ティストが、前回と同じ、いや、それ以上に悔しそうな顔を見せてくれる。
普段、ほとんど動じないだけに、滅多に見られないあの表情は、見ているだけで気分が良い。
きっと、悔しさで歪んだあんな顔を見せるのは、アタシに対してぐらいだろう。
そんな不思議な優越感が、より一層、アタシの機嫌を良くしてくれる。
「まあ、そんなに悪くなかったわよ」
このアタシに両手を使わせたんだから、と、口には出さず、胸の内で付け足す。
どうやら、草原で野盗を撃退したときに見せたものでさえ、片鱗に過ぎなかったみたいだ。
アタシが指摘してからのわずかな期間で、これほど飛躍的に成長するなんて、信じたくないわね。
弱い者には、決して興味を示さなかった母上が、ティストのことを気にかけていたのも、うなずける。
「さて、じゃあ再戦に向けて、また訓練と行くかな」
そう言って顔を上げたティストが、立ちくらみにでもなったように、たたらを踏む。
何度かその場で足踏みしてこらえると、ふうっと大きく深呼吸した。
「また倒れるわよ。今日は、やめておきなさい」
本当に、呆れるぐらいに稽古馬鹿ね。
それが強さの秘訣なのだろうけど、さすがに、そこまでの無理は見逃せない。
「そんな調子で、明日の荷物運びは大丈夫なの?」
「ああ、一晩寝れば充分だ」
ったく、弱音の一つでも吐けば、アタシが代わりにやるっていうのに…。
表情を見る限り、強がり半分に、本音が半分ってところかしら。
疲れや痛みには、信じられないくらいの耐性があるみたいね。
どんな稽古を積めば、あんなにふざけた体力と回復力が身につくんだか、検討もつかないわ。
「しょうがないな。だったら、風呂にでも入ってくるかな」
「ったく、なんで、そう無茶なことばかりしたがるのよ」
「いや、休息のつもりだったんだが…」
「あのね、今の体たらくじゃ、疲れを癒す前に溺れるわよ?」
ここでひっくり返ったくらいなら、しょうがないから、起こしてやってもいいけど…。
男湯で倒れたりしたら、いくらアタシでも、どうにもならない。
「いや、それは、ごもっともな話なんだが…。
 このままだと、風邪を引きそうなくらいに寒くてな」
自分の身体を抱くようにしたティストが、両腕を手のひらで擦って、肩を震わせる。
急激な力の消耗に、ようやく身体が不満を訴え始めたわけだ。
ったく、本当に世話が焼けるんだから。
気を使わなくていい…なんて、ティストとアイシスには言われたけれど…。
これは、別に、気を使ったわけじゃない。
このまま、風呂にも入らずに、汚れたままで母上の布団を使わせたくない。
そう、だから、これは、しょうがないことだ。
「しょうがないわね。だったら、アタシの部屋に来なさい」
「セレノアの部屋に…?」
まるで、聞き間違いであることを願うかのような、困り顔での問いかけ。
アタシが、せっかく、わざわざ誘ってやったっていうのに、なんなのよ、この失礼な態度は。
「なによ、不満でもあるわけ?」
「いや、しかし…いいのか?」
肝心な部分が省略されているせいで、何を言いたいのかよく分からない。
でも、別に何を言われても答えは変わらないのだから、ロアイスの貴族たちみたいに、意図を聞き返す必要もない。
「本当に嫌だったら、そもそも招待なんかしないわよ」
「じゃあ、ありがたく、お邪魔させてもらう」
これ以上の遠慮は無粋と思ったのか、ティストがおとなしく頭を下げる。
まったく、最初から、そう言えばいいのよ。
「セレノアの部屋には、暖炉か何かでもあるのか?」
「暖炉はないけど、代わりに、アタシが有色の炎で、ずーっとティストをあぶってあげるわよ。
 魔法の威力を調節する稽古には、ちょうどいいわ」
すましてそう答えてやると、面白いくらいに、ティストの表情が強張る。
そらした視線の先では、きっとその光景を想像しているのだろう。
「…本気か?」
「冗談よ。もっとも、希望するなら、それでもいいけどね」
ロウソクほどにまで出力を絞れば、かなりの時間は維持ができる。
ティスト一人を芯から暖めるなんて、たやすいことだ。
「いったい、セレノアの部屋に何があるんだ?」
降参…とでも言いたげな疲れた声に、思わず頬が緩んでしまう。
ここで教えるのは、もったいないわね。
「見てのお楽しみよ」
それに、たぶん、ティストは、まだあれを見たことないはずだ。
どうせ、説明したところでよく分からないだろうし、せっかくだから、存分に驚いてもらおう。
「ほら、さっさとアイシスを呼びに行くわよ」
離れた場所で自分の稽古を続けるアイシスへと向けて、歩き出す。
遅れてついてくるティストの足音が、いつもと比べて頼りないのが、可笑しかった。



【ティスト視点】

やけに上機嫌なセレノアに連れられて、アイシスと共に訓練場を後にする。
しかし、よりにもよって、魔族の姫君の私室に、ご招待…か。
あまり好ましいとは言えない展開に、誰にも聞こえないよう、胸の内で愚痴をこぼす。
精霊族の領地から帰ってきてから、もう十日が過ぎた。
だというのに、あの日、俺たちを出迎えてくれた三人の声は、まだ耳にこびりついている。
セレノアの無事を喜び、それでも声を荒げて叱りつけるレオン。
なぜ、セレノアを危険な場所に連れて行ったと、俺とアイシスへ向けて怒鳴りつけるレイナとサリ。
その三人を相手に、セレノアは堂々と、精霊族の領地で起きた事の顛末を告げた。
三人とも、納得はしていなかっただろうが、二度と同じことを繰り返さぬと約束させることで、問題は収束した。
少なくとも、表面上は、それで解決した。
しかし、レイナとサリの機嫌が日に日に悪くなっているのは、目に見えて分かっている。
その原因は、こうしてセレノアが、今まで以上に、あれこれと不自由が無いように取り計らってくれていることだろう。
俺たちにとってはありがたいこの待遇が、逆に二人の反感を買うという、悪循環。
面倒なことにならなければ、いいが…な。
楽しそうに話す前の二人に気づかれないように、そっと息をつく。
今更、行先の変更など、出来そうになかった。
「あれ? 玄関って、こっちじゃないんですか?」
「こっちのほうが、近道なのよ」
廊下を抜けるのが面倒なのか、セレノアが、建物に沿ってぐるりと迂回を始める。
そういえば、セレノアの部屋どころか、使わせてもらっている部屋以外は、どこに何があるのか、ほとんど知らないな。
『どちらへ?』
突然に、背後から両耳へと届いた冷ややかな声に、思わず振り返る。
そこには、対の彫像のように静かにたたずむレイナとサリの姿があった。
まあ、そうなるだろうな。
「どちらへ行かれるのですか?」
隠しきれない怒りを言葉の端に滲ませながらも、セレノアがいるおかげで、言葉遣いは丁寧だった。
行く先を問うというよりは、行く手を阻むという色合いの方が強い。
「アタシの部屋よ」
棘のある声で答えたセレノアが、俺とアイシスを背に庇うように前へと出る。
視線を交錯させての、数秒間の気まずい沈黙。
それを破ったのは、レイナだった。
「誰かを部屋に招くなど、賛成できません。ましてや、男を私室に入れるなど…」
「余計な口出しは無用よ。何をしようと、アタシの勝手でしょ?」
初めから聞く耳持たないのか、セレノアが相手の発言を途中で潰しにかかる。
レイナは、小さく溜息をつき、理解できないとでも言うように、首を横に振った。
「以前にも申し上げたはずです。この二人は、セレノア様やレオン様の命を脅かす、危険性な存在なのです」
「まだ、そんな戯言を…」
「戯言ではありません」
有無を言わせぬほどに力を込めた反論で、レイナがセレノアの言葉を遮る。
己の確信を声に乗せた断言には、それほどの迫力があった。
「なぜ、この者たちをそこまで信用するのです?
 この二人は、ブラスタの王、ガイ・ブラスタを退けた、戦場の最前点なのですよ?」
ここまで包み隠さぬ物言いだと、怒る気にもなれないな。
当人を前に、よくこんな直接的に言えるものだと、むしろ関心してしまう。
レオンも似たようなことをしていたし、歯に衣を着せぬ…は、魔族の特性なのかもしれないな。
「………」
だが、セレノアはお気に召さなかったようで、詰問に近い問いかけに、目つきが険しくなる。
それだけでは満足できなかったのか、一歩踏み出すと、声を張り上げた。
「だったら、なんだって言うのよ?
 食糧を運んでおいてもらって、精霊族に森の礎のことを話してもらって…。
 そこまでしてもらって、礼節を尽くして持て成すどころか、邪険に扱えっていうわけ!?」
「持て成すのならば、我々が対応致します。
 セレノア様の手を煩わせる必要もありませんし、私室に通す必要もありません」
「そんな態度で人を持て成すなんて、ふざけているとしか思えないわね。
 いいから、そこをどきなさい」
「通せません」
「アタシは、頼んでるんじゃないのよ?
 アタシに言うことを聞かせたいなら、力尽くで…」
臨戦態勢へと変わりつつあるセレノアを止めるように、肩へと手を置く。
もう二言、三言でも言葉を交わしたら、その後は、拳を交わしているだろう。
「やめてくれ。俺たちは、貸してもらっている部屋に戻る。それでいいだろう?」
「そう、それでいいわ」
「止めなさい。ティストもアイシスも、従う必要なんてないわ」
一歩も引かずに睨み合う二人の間に生まれる空気に、思わず怖気が走る。
戦い特有の緊張感だ。
これは、口だけじゃ、止められそうにない…か。
「どうやら、私たちの言葉は、聞いていただけないようですね」
今までに黙って事態を見守っていたサリが、ぽつりとつぶやく。
「そうよ、分かったら…」
「では、相手を変えましょう」
その一言を合図にして、今までは見向きもしなかった俺たちに、二人の視線が集まる。
そこには、セレノアと向かい合っていたときの数倍に匹敵するほどの、強い殺気が含まれていた。
「食べ物を運んでくれることには、感謝している。
 でも、これ以上の狼藉を働くなら、身の安全は保障できない」
必要最低限にまとめられた言葉が、淡々と告げられる。
すごい剣幕でまくしたてられるのとは、また違った恐さがあった。
「何が狼藉だっていうのよ?」
「あなたたちなら、分かるはず。分からないなら、私がその身に教えてあげる」
セレノアの問いを利用し、さらに殺気を高めて、警告を発する。
身の程をわきまえろ、必要以上にセレノアに近づくな…ってところだろうな。
「では、私たちは、これで失礼いたします」
言いたいことを言い終えたらしく、二人がそろって背を向ける。
その背中が見えなくなるまで、誰も動くことができなかった。
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