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DAGGER 戦場の最前点 作者:BLACKGAMER

DAGGER 有色の戦人

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09章 気まぐれな城内-2


【セレノア視点】

「お兄ちゃん、どこにいると思いますか?」
「んー、ファーナちゃんのところにいなかったとなると…」
ティストの行方を相談しながら歩く二人の後ろを、普段と同じ足取りでついていく。
あれだけの火傷を負ったっていうのに、痛みがほとんどなくなっているのだから、ユイの治療も見事なものだ。
「やっぱり、中庭かな?」
一番最初に、ユイが言い出したティストの居場所も、中庭だった。
「中庭って、そんなに居心地がいいの?」
「ううん、その逆。真っ暗でほとんど何も見えないし、それに、この時期だと、耐えられないくらい寒いよ。
 だから、この時間帯だと、ほとんど誰も寄り付かないの」
見ているこっちのほうが辛くなるような悲しげな顔で、ユイがつぶやく。
なるほどね、ティストの扱いは、あの会議だけのことじゃなかったわけだ。
唯一の居場所であるティストの部屋を奪って、そのうえ、この寒いのに上着まで貸してもらって…。
ったくもう、これじゃ、迷惑かけてばっかりじゃない。
「あ、でも…もしかしたら、時間を潰すために、街まで行ってるかも」
沈みかけた気持ちを振り払うように、ユイが笑う。
取り繕うような笑顔は、見ていて痛々しかった。
「じゃ、急いで探さないといけませんね。あんまり時間をあけると、ご飯が冷めちゃいます」
アイシスの気遣いに対して、ユイが穏やかな笑みでうなずく。
そんな信頼関係を築けている二人が、ちょっとだけ、うらやましくなる。
これが、アイシスの言っていた、お姉ちゃん…か。
アタシも、兄弟か姉妹がいたら、もう少しぐらい…。
「お待ちくださいっ!!」
男の怒鳴り声が、全てをぶち壊しにする。
振り返って廊下を見回しても、声の主は見つからなかった。
「たぶん、向こうからです」
「そうね」
足音を消して、廊下の角へと近づく。
曲がりはせずに、そこから、そっと先を覗き見た。



ロアイスの王子と、さっきの大貴族様…ね。
二人とも、向かい合っていて、こちらに気づいている様子はない。
「やっぱり」
それだけ言って、ユイが言葉を途切れさせる。
さっきまでの笑顔は、とてつもない怒りに飲み込まれていた。
「別の道で、行きませんか?」
ユイと同じくアイシスも、その目に怒りを灯していた。
訓練でアタシと向かい合ったときには絶対に見せることのない、殺気を滲ませている。
「聞きたくないのはいいけれど、それで吐き出された言葉が消えるわけじゃないわ。
 あの二人の考えを、知っておかなくてもいいの?」
耳を塞いでも、目をつぶっても、事実は消えない。
だったら、それを聞いておいてどうするか考えたほうが、よっぽどマシだ。
「お姉ちゃん?」
うかがうような上目使いで、アイシスが問いかける。
「………」
しばしの間、思案顔でいたユイが、小さく溜息をついた。
そして、アタシ、アイシスの順に目をあわせて、うなずく。
どうやら、話はついたみたいね。
「………」
壁に身体をつけて、息を殺す。
会議が終わってからのこのタイミングで、二人がどんな話をするのか興味がある。
ティストに関することなのか、それとも…。
アタシがいると気づいていないし、もしかしたら、魔族に対しての本音を聞かせてくれるかもしれない。
どっちにせよ、少しぐらいは楽しませてくれそうね。



「なぜ、あのような野良犬を城内に、入れるのです?」
全身から立ち上らせた怒気を口から吐き出すように、イスク卿が問う。
その声には、気味が悪くなるほどの感情が宿っていた。
苛立ち…なんて、軽い物ではない。
むしろ、戦闘で感じる殺意の類に近かった。
「何の話をしているのかな?
 交友関係は広いつもりだが、私の知り合いに野良犬はいないよ」
「ティスト・レイアのことですっ!
 ファーナ殿が使者として参ったのだから、奴が同席する必要はなかったでしょう!?」
王子の冗談に激昂し、これでもかというほどに大口を開けて、イスク卿が怒鳴りつける。
声の大きさで、自分の正当性を主張しようとする手合いは、魔族だけじゃなく、どこにでもいるらしいわね。
「魔族が一番に心を開いているのは、間違いなく彼だ。橋渡しを頼むのは、当然のことだろう?」
「あのような卑しいものに、それほどの大役が務まるわけがありませぬっ!!」
城内に響き渡りそうなほどに声を張り上げ、大貴族様が大喝する。
ほんと、人間って不思議ね。
力もなく、身分も下の者が、上に向かって文句を言うなんて…。
魔族だったら、あんな異議の唱え方、絶対に許されないわ。
「橋渡しは、彼では勤まらない…か。なぜ、そう決めつけるのか、理解できないな」
心底分からないというように、王子が首を振る。
これだけ感情をぶつけられても、まるで揺らがないのは、さすがね。
「では、試みに問うが、他に適任がいるというのかね?
 魔族に認められるほどの力を持った者がいるというのなら、ぜひ連れてきてくれ」
「………」
黙す時点で、いないと答えているようなものだ。
当然だ、あれほどに強い人間が、そうそうたくさんいるわけがない。
それに…たとえ、どんな奴が来ようとも、ティスト以上の使者なんて、絶対にいない。
そんなもの、アタシが認めない。
「加えて言えば、彼は、闘技祭の覇者だ。
 対等な者を探すだけでも困難なのに、それほどの人材を、異種族への使者にしろというのだ。
 それが、この国にどれだけの損害をもたらすか、考えての発言なのだろうね?」
流れるような言葉でやり込められても、男は、顔を歪めるだけだ。
反撃の糸口さえつかめていないし、勝負あったわね。
「そもそも、彼のことを非難ばかりしているが…。
 今回の話も彼がいなければ、有り得なかった話なのだよ?」
「だからこそ、申し上げているのです。今日の会議の内容、本当に満足されているのですか?」
「…どういう意味だね?」
話の内容が、ティストから思わぬ方向へと逸れる。
奇しくも、それは、アタシが魔族の王女として聞いておきたいことだった。
気に食わない奴だけど、こんなときだけは、役に立つみたいね。
「魔族に食糧を提供する余裕など、この国にはありません。
 それは、王子も分かっていらっしゃるのではないですか?」
「もちろん、理解している。私は、会議の席でも言っただろう? これは、当座を凌ぐための対処だ…と」
「そんな悠長なことを言っている場合ですか!?
 このままでは、この国は、奴らと共倒れをすることになりますぞ!?」
よほど頭に血が上っているのか、廊下中に響くほどに、貴族の声は大きい。
にしても、平然と受け答えしていた裏で、そんなことになっていたとはね。
ロアイスも、ずいぶんと譲歩してくれていたんだ。
「しかし、今回の話を断ったところで、利点など何もないだろう?」
「そんなことはありません。他にいくらでも、やりようがあったはずです」
「回りくどいな。貴公なら、あの事態をどう対処するというのだい?」
「交渉を先延ばしにし、最大限まで遅らせて食糧を消費させた後に、グレイスを叩きます」
「…!」
必死でこらえて、どうにか、喉まで出かかった声を飲み込む。
なるほどね、あの態度は、交渉を引き延ばすためのものだったわけ。
あのときに本性を見たと思っていたけれど、あれは、まだほんの上辺だけに過ぎなかったんだ。
魔族を罠にかけるために、必死で頭を働かせている…ね。
考えなかったわけじゃないけれど、実際にこうしてみると、我慢ならないわね。
「それで、グレイスを下したとして、我が国は何を得るのだい?」
「敵国を減らすことで、安心を得ます」
「安心ならば、今日の会議でも得ただろう?」
「どういうことですかな?」
さっきから、こうして相手の意思を問い返すのを聞くのは、何度目だろう。
どちらも、相手の意図が読めないときには、不用意な発言は絶対にしない。
やりたいことはわかるけど、本当に、腹の探り合いの好きな連中ね。
「人間の国でも、北方のガル、東方のラステナなど、他国が不穏な動きを見せているのは、貴公も知ってのとおりだ。
 今回の話は、いい抑止力になるだろう。
 ロアイスの後ろに魔族が控えているとなれば、連中も不用意には動けない」
「同じ人間よりも、魔族を信頼するというのですか!?」
「異種族であることと、敵対することは、別問題だろう?
 利害が一致すれば、同族でも殺しあう。それは、どこの国だろうと同じことだ」
この国も色々と大変みたいね。
一枚岩な国なんて、ありえないことは、分かっている。
けれど、あそこまで反発しあって、よくもまあ存続できているものだ。
人の国を心配する余裕なんて、グレイスにはないけれど…。
この国も、そう長くないかもしれないわね。
「有事の際に、本当に連中が合力する保証もありませぬ」
「それを言うなら、人間が同盟を裏切らない保証もない」
「ライナス様は、よほど魔族が気に入ったようですな」
「あの魔族の王女の肌にでも、目を奪われましたかな?」
本当に、生かしておく必要もないほどの下種野郎ね。
アタシの怒りとは裏腹に、王子は涼しい顔でその言葉さえも受け流した。
「論点をずらすのは結構だが、議論をするつもりがないなら、これで失礼するよ。
 この後、レオン殿と会食があるのでね、あまり待たせたくないんだ。
 続きがあるなら、いつでも聞こう」
背を向けて、王子がこちらへと歩いてくる。
横目でこちらを見て、微笑んでから、平然とアタシの横を抜けて行った。
ったく、見事なものね。
きっと、後ろから見ていても、足取りに変化は感じられなかっただろう。
「厄介事を運んできおって、あの疫病神が」
吠えるように叫び、憤りが唸りとなって口から漏れる。
瘴気をまとうようなうなり声は、すさまじいまでの感情を含んでいた。
剣さえ持つこともないだろう老人の気迫に圧されるとは、思いたくないわね。
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