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DAGGER 戦場の最前点 作者:BLACKGAMER

DAGGER 有色の戦人

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09章 気まぐれな城内-1


【ティスト視点】

人を避け、結局、ここにたどり着く。
周囲に忘れられたように真っ暗な無人の中庭に、居心地の良さを感じるなんて…な。
「はぁ…」
吐き出した溜息は白く、寒空に登って消えていく。
さすがに、ここで時間を潰すのは、ちょっと辛いな。
セレノアの治療とあわせて、服の修繕もある。
もうしばらくは、俺の部屋は、男子禁制のままだろう。
「さて、どうするか」
部屋に閉じこもれないとなると、俺が時間を潰すには、この城は不向きだ。
多忙なファーナの邪魔はできないし、師匠たちも当然ながら手一杯だろう。
残る知り合いが王族だけなのだから、八方塞がりだ。
「一度、街へと行ってくるかな」
特に目的もないが、ここにいるよりは、波風が立たないはずだ。
雑踏を一回りでもしてくれば、少しは時間稼ぎになるだろう。
せいぜい歩き回って、腹でも減らしてくるかな。
『ティスト』
「?」
呼ばれたほうへと振り返るが、誰もいない。
でも、たしかに、声はこっちから…。
『こっちだよ』
存在を主張するように、風が頬を撫でる。
それを頼りに正反対の方角を見れば、中庭の向こう側に、微笑を浮かべたリースが立っていた。
声を伝える、精霊族の魔法…か。
『やってくれたな』
『へへ、ひっかかったでしょ?』
表情とかけ離れた言葉が聞こえて、妙な違和感を感じてしまう。
だけど、その口調や言葉遣いは、俺が知っている通りのリースのしゃべり方だった。
『ほんっとに、お前は成長しないな』
『そーだよ、私は変わらないんだから』
何がそんなに嬉しいのか、魔法で作り出したとは思えないほど、その声には感情が含まれていた。
相変わらずの悪戯好きだな。
人の反応を見て楽しむのは、あいつの悪い癖だ。
『こんなところで、遊んでていいのか?』
『私は、夜の散歩をしているだけだもん。日課をこなしているだけなんだから、誰も文句なんて言えないよ』
確信犯のふてぶてしさは、王族の特権なのかもしれない。
セレノアもそういうところがあるし、ライナスもそうだしな。
『で、ティストは、どこに行くの?』
『ああ、ちょっと…な』
痛いところを突かれて、返答に迷う。
さすがに、自分の部屋を追い出されたとは言い辛い。
『じゃあ、ここで私と話そう?』
無邪気な笑顔で、リースがそう提案する。
相手の都合を気にしないところも、話の脈絡がないのも、あの頃のままだ。
本当に、うらやましくなるくらいに、自分に素直な奴だな。
『ああ』
「………」
上機嫌な笑顔を浮かべて、わざと目を引く場所を、これでもかというぐらいにゆっくりと歩く。
私は、散歩をしているだけだから、邪魔しないで…ってところか。
「………」
対して俺は、人目つかない場所へと身を置いて、壁に背を預ける。
昔は、リースやライナスと一緒に遊びまわったんだ。
死角も、隠れられる場所も、全て知り尽くしている。
ここなら、誰が中庭に入ってたとしても、すぐには見つけられないはずだ。
誰も知らず、誰にも聞かれない、二人だけの秘密の会話。
今までは風の強弱だけだったものが、声として届くのだから、これ以上の贅沢はない。
この魔法を考えた精霊族には、感謝しないといけないな。



『それでね…』
最近食べて美味しかったものから、寝る前に読んでいる本まで…。
取り留めないリースのおしゃべりが、際限なく続く。
こうやって、落ち着いて話すのも、本当に久しぶりだ。
いつもは、ただでさえ時間が短いのに、リースが泣いて、ほとんど会話どころじゃないからな。
そうだったな、たしかに、こんな喋り方だった。
自分の中からあふれてくる、相手に伝えたいものを、一生懸命に話すんだ。
ころころと話題が変わり、ついていくのも一苦労。
それが、心地よい大変さをくれる。
にしても…。
これだけ魔法を使い続けてるのに、わずかな疲れさえみせないのだから、たいしたものだ。
訓練嫌いでサボってばっかりいたのに、魔法は、俺よりも上手だったくらいだからな。
本気で訓練したら、セレノアと並べるほどの使い手になれたかもしれない。
『ねえ、ティスト? ごめんね』
さっきまで笑っていたというのに、今にも泣き出しそうな声。
だから、深い悲しみを吹き飛ばすように、ことさら明るく答えてやる。
『毎度のことながら、お前は本当に唐突だな。で、いったい、何の話だ?』
『今日のこと。私、もっともっともっともっと言い返してやりたかったのに…。
 あの場では、あれぐらいが精一杯だった』
『気にしなくていい。むしろ、会議で援護してもらえるなんて、思ってもみなかったよ』
昔のリースしか知らない俺にとっては、十分な衝撃だった。
あのリースが、ああいう場でもきちんと振る舞えるように成長したと思うと、感慨深いものがある。
『ねえ、セレノアさんって、どんな人?』
まったく、本当に、よく話題を変える奴だな。
ため息を吐いてから、質問に答える。
『レオン・グレイスの娘で、魔族の王女で…』
『そうじゃなくて…。ティストと、どういう関係なの?』
『どういうって…』
返す言葉に詰まってしまう。
セレノアと自分の立場を言い表せる、適切な表現が見つからなかった。
友達…と呼べるほど気安いものでもないし、好敵手と呼ぶのも、少し違和感がある。
強いて言うなら、体のいい遊び相手…か?
そんなことを考えている間にも、リースの目が釣り上がっていく。
『なんで、そんなに怒ってるんだ?』
『だって、気がつくとティストの周りにいる女の子がいるんだもん。
 ユイに、アイシスさんに、今度だって…』
「リース様?」
不意に遠くから聞こえてきた肉声に、昔からの条件反射で身を隠してしまう。
すっかり忘れたと思ってたのに、骨の随まで染み込んでいるらしいな。
姿勢を変えるなんて間抜けな真似はせず、目だけを動かして、声の主を探す。
どうやら、レジ師匠とクレア師匠がレオンを案内しているらしいな。
「どうかしましたか? クレア」
行儀よく問い返すリースには、違和感しか感じない。
ほんとに、よく使い分けてるな、ほとんど別人じゃないか。
「また、共をつけずに散歩ですか?」
「ええ、私のささやかな楽しみですから」
「ですが、約束の時間は過ぎているでしょう? お早くお戻りください」
「分かりました。十分に夜風も楽しんだことですし、今日は部屋に戻ります」
「レオン様、たいした持て成しもできませんが、おくつろぎください」
「お気遣い、感謝いたします」
「では、失礼いたします」
会釈を交わしてから、リースが離れていく。
『またね』
『ああ』
短く答えて、息を潜める。
決して追いかけることのできないその後ろ姿が見えなくなるまで、俺の眼は、言うことを聞いてくれなかった。


【ティスト視点】

さて、問題は、こんな状態で残された俺のほうだな。
どんなに静かだろうと、どんなに速かろうと、あの三人に気取られないなんて、不可能だ。
出るに出られないな。
しかたない、いなくなるまで隠れるのに徹するか。
気配と呼吸を出来る限り殺して、悪いと思いつつも、唯一使える耳に全ての力を傾けた。
「さて、それでは、聞かせてもらいましょうか」
クレア師匠の声音は、リースに話しかけていたときとは比べ物にならないほどの硬質だった。
なんだ? いったい何が始まるっていうんだ?
「あなたは、まだ連中を追っているのですか?」
「当然だ」
単に話をしているだけなのに、その空気は異様なまでに重い。
遠くから見ていても、その、ただならぬ空気を肌で感じることができる。
両者が向かい合っているあの空間には、どれだけの圧力が宿っているのか、想像もできない。
「では、その消息は?」
「今のところ、見つかっていないよ。残りわずかな余生を、存分に楽しんでいるだろう」
「見つけ次第、殺す…と?」
「当然だ。私は、そのためだけに生きているのだからね」
普段とまるで変わらない口調で、レオンが殺すという行為を肯定する。
そのあまりにも気負いのない平然とした態度が、逆に恐ろしい。
「なんだい? 説教でもしようというのかな?」
「べつに、止めやしません。そんな資格など、私にはありませんし…。
 もし、同じ身の上になったとき、私も同じことをしかねませんからね」
「そういってくれるならば、ありがたいね」
平坦で渇いた声でのやりとりは、今までに聞いたこともないほど寒々しい。
その迫力は、声を荒げていた昼間の会議が、穏やかに見えるほどだ。
「しかし、それも、あなたが勝手にやるならば…の話。
 それにティストを利用しようというのならば、話は別です」
利用? 俺を? いったい、何の話だ?
「………」
クレア師匠の問いかけに、レオンが口をつぐむ。
答えない理由は、その表情からでは、うかがいしれない。
「心して答えてもらおう。返答次第では、戦ってでも、お前の目論見を潰すぞ」
拳が握りこまれ、ぎちり…と鈍い音を立てる。
師匠たちの言葉は、主語がなく、聞いていても分からない。
ただ、険悪な雰囲気だけは、説明されなくても十分に伝わってきた。
「彼を巻き込むつもりはない。これは、私の問題だからな。
 極力、迷惑をかけないように努力しよう」
「………」
クレア師匠が、深いため息をつく。
レオンを見ている目は、悲しみに満ちていた。
「あなたの気が済むというならば、何なりと好きにすればいい。
 ですが、もし、それで、あの子に危険が迫るようならば…」
「それは、セイルスを敵に回すということだ。忘れるな」
クレア師匠が途切れさせた言葉を、レジ師匠が継ぐ。
その言葉に込められた想いの深さに、胸の奥が熱くなった。
「肝に銘じておくよ。まだ、死ぬわけにはいかないからね」
冗談のように吐いたその台詞の裏に、敵を相手にならば、刺し違えてもかまわないという狂気が見えた。
揺らぐことのない、悲壮な決意…か。
レオンが、誰かを殺したいと願っているのは、理解できた。
だが、いったい、どこの誰が、魔族の王にそうまで言わせるんだ?
「というわけだ、私の身の安全のためにも、行動には細心の注意を払ってくれ」
「…!?」
ご丁寧にこちらへと振り返って、言葉を投げてくる。
俺がいることなど、お見通し…ってわけか。
以前には、クレネアの森でも見つかったんだ、遮蔽物の少ない中庭で隠れきれるわけがないか。
「…? …!」
師匠たちの顔に生まれた疑問が、俺と目が合った瞬間に、驚きで塗りつぶされる。
こちらとしても、立ち聞きなんて真似をしていただけあって、ばつが悪い。
「………」
唇がわずかに動き、それでも、言葉は出てこない。
たっぷりと間を開けてから、師匠たちは、深いため息をついた。
「この距離で気づかぬとは、迂闊うかつだね。それとも、年老いたかな?」
「言ってくれますね。なんなら、どの程度まで耄碌もうろくしたか、試してみますか?」
苛立ったクレア師匠の口調以上に、二人から放たれる殺気は強烈だ。
それを前にしても、レオンは、涼しげな笑みを崩さない。
「遠慮しておくよ。たとえ、どんなにわずかでも、無駄使いはしたくないんだ」
しばしの間、油断なくレオンを睨みつけていた師匠たちが、やがて、ゆっくりと臨戦態勢を解く。
静かな中庭を流れる風は、さっきよりもはるかに冷たいものに感じた。
こうしていれば、数分もせずに凍えてしまいそうだ。
互いが、誰かが発言するのを待っている。
気の遠くなるような沈黙を壊したのは、レオンだった。
「いい機会だ、彼にも全てを知ってもらおう」
「私の話を聞いていなかったのですか? 私は、巻き込むな…と言ったのですよ?」
師匠の声には、さっきまでのような熱はない。
ただ、傍で聞いているだけでも、寒気を覚えるほどの迫力が込められていた。
「もちろん、聞いていたさ。だが、知らぬままでは、私に騙されるかもしれないだろう?
 知っていれば、自分で考え、選び、結果として回避もできるはずだ」
「戯れ言を」
「そんな責任逃れを、私が許すと思っているのですか?」
当事者であるはずなのに、口を挟む余地すらない。
それほどに空気が張りつめ、何か下手なことをすれば、壊れてしまいそうだった。
「では、こうしようか。レジ、クレア。二人が、彼へと説明すればいい」
「…!」
「私は、その話を黙って聞いていよう」
頭を必死で働かせて、予想していなかった話の展開に追いつこうと努力する。
それは、どうやら師匠たちも同じようで、二人とも、強張った表情のままで、レオンと俺の顔を見比べていた。
「あの話を、私たちの口から話せ…と?」
「そうでもしなければ、彼の安全は守れないだろう?
 語る必要がないと思うならば、語らなければいい。
 そのあたりの裁量は、二人に任せるよ」
「まったく、その身勝手さは、本当に変わりませんね」
ため息をついて、師匠たちが目と目を交わす。
「どうしますか? レジ」
「…全て、話すべきだ」
沈思黙考の後に、レジ師匠が決断を下す。
短い言葉だったけれど、だからこそ、その一言が重く感じた。
「しかし…」
「機会を奪うべきじゃない。後の判断は、ティストがすればいい」
言葉少なに答えるレジ師匠は、クレア師匠ではなく、俺を見ている。
俺も、それに答えられるように、正面からレジ師匠の瞳を見返した。
「分かりました」
渋い顔をしていたクレア師匠が、ゆっくりと息をついてから、そう告げる。
数歩こちらへと近寄ると、さっきよりも遥かに小さな声で話し始めた。
「前大戦の幕引きを、覚えていますか?」
クレア師匠からの突然の質問に驚き、それでも、答えを頭の中から引っ張り出す。
俺の知っている話では…。
「レオン・グレイスが、大戦を終わらせるために世界中へと呼びかけました」
当の本人がすぐそこにいるのに、こうやって答えるのは、なんとも不思議なことだな。
レオンは、少し下がって、師匠たちと俺のやりとりを楽しげに見つめていた。
「そのとおりです」
「では、そうなった理由は?」
再度の質問。
話が核心に近づいているのが、周囲の雰囲気からも感じられる。
だが、俺にできるのは、自分の知ることを答えるだけだ。
「レオン・グレイスとガイ・ブラスタが、病で妻を亡くしたため…と聞いています」
一番大切な者を失い、守るべきものを無くして、戦いというものを嘆いた。
これ以上、命が奪われ、同じ悲しみを持つ者を出さないためにも、大戦を終わらせた…という話のはずだ。
「そうですね」
「表向きでは、そう語られています」
全身を切り裂かれたように、体中を寒気が走り抜ける。
肯定の後に、否定がくる。
たったそれだけのことで、俺の知っていることが、真実ではなくなってしまった。
「では、真相は?」
無礼であることを理解しつつも、話の先を促す。
黙って続きを待つことなど、できなかった。
「ある者たちが、二人を…シーナ・グレイスとユミル・ブラスタを殺したのです。
 そして、妻を殺された男たちは怒り狂い、復讐を誓った」
史実では、レオン・グレイスが殺し合いを嫌い、世界平和を訴えた…ということになっていた。
だが、実際には、まるで逆だったわけだ。
平和のために、大戦が終わったのではない。
己が万全に戦うために、前大戦は、終わらされたのか。
「国同士の争い事に関わっている暇など、本人たちにはなかった。
 これが、前大戦が幕を下ろした、本当の理由です」
重々しい声で、クレア師匠がそう締めくくる。
全てを聞いても、にわかには信じられなかった。
「質問してもいいでしょうか?」
「ええ」
「俺は、前大戦でガイ・ブラスタと何度も戦いました」
俺が突出して前にいる限り、ガイもまた必ず前線にいて応戦してきた。
おそらく、前大戦の中で敵として一番奴の近くにいたのは、自分のはずだ。
「俺と戦っているときに、ユミル・ブラスタは殺されたのですか?」
知ったところで、何ができるわけでもないし、どうなるわけでもない。
ただ、その事実を確認しておきたかった。
「その質問には、私が答えよう。
 君のいうとおり、二人の交戦中に、私たちの妻は殺された。
 日付でいうと、君と最後に刃を交えることになった、その前日だね」
記憶を巡らせて、あのときの様子を思い返す。
いつにも増して激しいガイの怒涛の攻めは、決死の覚悟の表れだと思っていた。
だが、その予想は、まるで見当はずれだったわけだ。
「なぜ、奴も兵を引き上げて、戦いを止めなかったんだ?」
俺の相手をしていられるような精神状態だったとは、到底思えない。
考えられるのは、妻の傍にいられなかった理由である俺を、許せなかった…くらいだが。
「それも、簡単なことだ。
 奴は、全てに勝つつもりでいたし、妻のユミルもそれを願っていた。
 復讐のためとはいえ、敵前逃亡をする姿など、絶対に晒したくなかったのだろう」
悲痛な声で、レオンがそう補足してくれる。
亡き妻との約束…か。
そんなに重要なものなら、何が何でも守り通すだろうな。
「君に勝ち、ロアイスを下し、そして、当然ながら奴らも殺す。
 ガイは、本気でそう考えていた。
 だが、実際には、君と相討ちになり、しばらくの間は、満足に動くこともできなかった。
 だから、奴の意にそぐわないことは承知の上で、私が強引に幕を下ろしたのだよ。
 私は、これ以上、くだらないことに時間と体力を費やすつもりは、なかったのでね」
くだらないこと…か。
飢えて死ぬ以外の活路を切り開くために前大戦が始まったというのに、それを些末なことと言ってのけるか。
しかし、これが天秤の動きとしては、普通なのかもしれないな。
最愛の妻よりも重いものなど、この世にはないのだろう。
「この件は、他言無用です。
 私とレジも、ロアイスに仕える者として知っているわけではありません。
 あくまでもセイルスという名前ではなく、個人で葬儀に出席し、事情を聴いたにすぎませんから。
「分かりました」
うなずいて、自分の中に入ってきた重苦しい事実を、腹の奥底にしまう。
アイシスやユイに話せないのは心苦しいが、こればっかりは、しかたがないだろう。
「しかし、この話と俺が危険だという話は、どうつながるのですか?」
レオンが復讐を誓っていることは、十分に理解できた。
だけど、それで俺まで危険になるというのは、納得できない。
「レオンは、相手を見つけ次第、闘って殺めるつもりでしょうが…。
 最悪、その場に居合わせただけでも、あなたが命を落とす可能性があります」
「それほどの相手ですか」
居合わせただけでも…とまで言われるのなら、余程の強さなのだろう。
おそらく、師匠たちやレオン、ガイと同等なのだろうな。
「クレア、正確に話せ。肝心の敵の強さを言わなければ、本当の危機感も伝わらん」
レジ師匠の指摘に、クレア師匠が渋面を作る。
それをため息とともに壊して、ゆっくりと首を横に振った。
恐ろしさなら十分に伝わったというのに、まだ情報が足りないというのか。
「では、端的に、あなたにも分かりやすい例で、説明しましょう。
 私とレジを同時に一人で相手できないのであれば、とても勝ち目はありません。
 当時の奴らは、全盛期の私たちを相手に、それをやってのけていました」
「…!」
あまりに図抜けた強さの形容に、言葉が出ない。
師匠たちと同時に戦うなんて、そんな大それた発想、今までに一度もしたことがなかった。
たとえ、挑戦したところで、俺では、一分も持たないだろう。
それだけでも十分なのに、それに加えて全盛期とまで言っている。
どれだけの技量を持つ相手なのか、想像もつかないな。
「時は流れ、私たちが衰えたように、奴らもまた当時の力はないはずですが、侮れるものではありません。
 近づかないのが、一番なのです。分かりますね?」
首を縦に振る以外に、返事のしようがない。
師匠たちが二人がかりで戦った相手になど、敵うわけがない。
「もし、奴らに遭遇したら、生き延びろ。逃げるでも、防戦でも、なんでもいい。
 少しでも、生き残る可能性の高いほうへと賭けろ」
「はい」
二人の師匠たちの言葉を、その優しい気遣いとともに、胸の奥に刻み込む。
二人とも、本当に俺の身を案じているからこそ、こうして話をしてくれたのだろう。
「レオン・グレイス、一つだけ質問させてもらえるか?」
「なんだね?」
「なぜ、今になって、こんなことをしている?」
今の話を聞いてから考えてみると、今のこの状態は、あまりにも不自然だ。
ロアイスに食糧の提供を依頼する暇など、レオンには、ないはずだ。
「本当に、食糧が底を尽きそうだったからさ。闘う前に飢えて死ぬなど、我慢ならないからね」
「それだけではあるまい。魔族の領地では、奴らを見つけられなかったのだろう?」
「そして、人間の領地ならば、もしや…と考えたのではありませんか?」
「その件に関しても、否定はしないね」
師匠たちの指摘を、当然のように笑顔で受け止める。
見透かされたところで実行できれば問題ない…そういった類のしたたかさが、その笑みにはあった。
「わずかにでも可能性があるのなら、私は、どんなことだってする。
 形振なりふりかまうつもりもないし、人の都合を考えるつもりもない。
 悪いとは思っているが、改める気はないのでね。君も、私に利用されないように気を付けてくれ」
冗談を交えて淡々と語られる内容とは思えないほど、その決意は深い。
おそらく、どんなことがあったとしても、揺るがないだろう。
「そこまでしてでも、相手を殺したい…か」
「そのとおりだ。私は、妻を殺した者に復讐するために生きている」
湧き出す力は、今までに何度か感じたレオンの闘牙とは、まるで異質な物だった。
憎悪が生み出す、無尽蔵の殺意。
それは、向けられている相手を可哀想だと思うほどに、強烈だった。
「このことは、セレノアにも内密に願うよ。あの子は、知らないんだ。何も…ね」
「いいのか?」
「しかたがないさ。事実を知れば、幸せというわけでもないし、知らないほうがいいこともある。
 こんな生き方をするのは、我々だけで十分だ。できれば、あの子には、何も背負わせたくないんだ」
それきり、誰もが無言になり、その場に立ち尽くす。
止むことなく吹き込む夜風は、身を切るような冷気を孕んでいた。
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