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DAGGER 戦場の最前点 作者:BLACKGAMER

DAGGER 有色の戦人

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08章 気まぐれな会談-3


【ティスト視点】

「会議って、やっぱり疲れるわね。
 これなら、同じ時間だけ身体を動かしているほうが、ずっと楽だわ」
身体の調子を確かめるようにあちこちを動かしながら、セレノアがぼやく。
好戦的にも見える発言だが、今回ばかりは同意せざるを得ないな。
「たしかにな。あれだったら、まだ闘技祭にでも出たほうが、いくらかマシだ」
周りの反応をうかがいながら、頭を働かせ、言葉を選び、話を操るのは、思っていた以上に重労働だった。
慣れないことは、するものじゃないな。
「セレノアさん、大丈夫なんですか?」
「? 大丈夫って、何が?」
「えっと、あの…」
「責任重大だし…な」
言ってもいいかどうか、迷っているアイシスの代わりに伝えてやる。
「べっつにー。たいして変わらないわ。
 負けてあげるつもりなんて、最初から、微塵もないもの」
セレノアの態度は、まるで普段と変わらず、気負った様子もない。
これだけの条件や重圧を前にして平然としていられるのは、うらやましいな。
「まあ、頑張れよ」
何を言うべきか考え、結局、ありきたりな言葉をかける。
言われるまでも無いだろうが、何も言わないのも、おかしな気がする。
それに、たとえ、俺がヴォルグの弱点を知っていたとしても、セレノアは、耳を貸さないだろう。
「ティストは、人間の応援したほうが…いいんじゃないの?」
さっきの会議を気にしているのか、問いかけてくるセレノアの表情は複雑で、言葉も歯切れが悪い。
どうやら、俺が売国奴なんて言われた責任の一端が、自分にもあると感じているみたいだな。
セレノア自身が何を言われても、ここまで気にしないだろうし、相手を黙らせるだろうに…。
まったく、変なところで、責任感が強いというか、なんというか…。
「何よ?」
いや、優しいと言うべきだろうな。
本人に自覚があるかは、別問題だろうけれど。
「笑ってる暇があるなら、さっさと向こうに行きなさいよ」
「その必要がないのは、さっきの会議でも分かっただろ?」
あれだけ悪し様に言われていれば、俺の日頃の扱いも知れようというものだ。
わざわざ、セレノアやレオンに見せるつもりもなかったが、見られた以上は開き直るくらいしかできない。
「ま、俺がヴォルグを応援したら、嫌がらせぐらいにはなるかもしれないけどな」
その光景を想像すると、どうしても、口の端が歪んでしまう。
きっと、眉間にしわを寄せ、血管を浮き上がらせ、これ以上ないぐらいに怒るだろうな。
「…ふぅん、まあ、いいけどね」
ちっとも良くないことは、その不満げな顔が示している。
だが、それでも、これ以上に追求しないというセレノアの気遣いが、ありがたかった。
「せっかくだから、俺の仇でも取ってきてくれ」
「ふん。まあ、見てなさい」
明確に答えないで、悠然と闘技場の中央へと歩いていく。
なんとも、セレノアらしい答えだな。
「頑張ってくださいね」
「気をつけて」
セレノアの後ろ姿へと、アイシスとユイが声援を送る。
対するセレノアは、振り返らずに手を上げて答えた。
もう、その両目には、敵しか映っていないだろう。



隣にならんだレオンが、楽しげに戦場を見つめて、何度かうなずく。
「さて、この勝負、どう見るかね?」
「まあ、互角…だろうな」
相性では、おそらくセレノアに分があるだろう。
だが…ヴォルグも、それだけで、おとなしく負けるような奴じゃない。
「にしても、よくセレノアに任せる気になったな」
「他流試合も、いい経験だと思ってね。
 今までは、全力で攻撃を叩き込める相手が、いなかったからね」
「魔族でも、そんな手加減をするんだな」
思ってもみなかった良識に、少しばかり驚かされる。
魔族の気風なら、戦いとなれば、素性なんて小さなことは、無視して当然だと思っていた。
「別に、意識はしないさ。だが、いくら心がけたとしても、顔見知りには遠慮が出る。
 それに、グレイスにいるのは、手頃な相手とも言えなかったしね」
一国の騎士団長を指して、娘の練習相手に程良いと評する…か。
次元というか、もう、感性が違うな。
「君と手合わせをして、伸び悩んでいたはずのセレノアが、わずかだが成長していたようだ。
 やはり、実戦ほど良い刺激というのは、ないのだろうな」
しみじみとつぶやいているのは、さっきまで見せていた一国の王ではなく、単なる子煩悩な父親だ。
その落差を見ていると、なんだか、さっきまでの殺伐としていたやり取りが嘘のようだ。
むしろ、ヴォルグが本気で戦うように執拗に挑発した…ってところかな。
「定期的に稽古をつけているが、どうにも成長が止まっているようでね。
 もう少し、セレノアにも実戦を経験させてやりたいのだ。
 だが、死線を超えずにその瀬戸際まで行くというのは、どうにも難しくて…ね」
「たしかに、意図的にできることじゃないな」
死にかけるほどに全てを出し尽くして戦えば、確かに得ることも多い。
だが、そこから先は本当に運の問題で、下手をすれば、あっさりと死んでしまう。
しかたなくやるならまだしも、訓練で目指せるような領域じゃない。
「なんだ、心得があるのなら聞かせてもらおうと思ったのに。
 君ほど黄泉路を散歩している者も、稀だろうからね」
まったく、悪質な冗談だな。
魔族の王も認めるほど死にかけることが多いなど、誰にも誇れることじゃない。
「俺は、一度もそんなところを歩きたいと願ったことはないんだがな」
「願ったところで、誰もができることではないよ。
 だからこそ、私でさえ娘を育てるのに手を焼いているのだ」
真剣な顔でそうつぶやくレオンは、難題に取り組む職人のようだ。
その真面目くさった顔を見ると、呆れの溜息しか出てこない。
「過保護なことだな」
「君のところには、あまり言われたくないね」
師匠たちを一瞥して、レオンが笑う。
どう言い返したものか考え、結局、口を閉ざした。
「それに、セレノアは、機を見て君に闘いを挑むつもりのようだ。
 ならば、少しでも勝率をあげておくのも、親の勤めというものだ」
「買い被りもいいところだな」
今でも十分だろうに、よっぽど、俺を圧倒的に叩きのめしたいらしいな。
親馬鹿なのか、悪趣味なのか、判断が難しい。
「そうやって、大事に育てて、どこまで上を目指すつもりなんだ?」
「最低でも、私以上だな。あの子は、まだまだ登りつめることができる。
 この程度では、終わらないさ」
当たり前のことのように、レオンは、平然と言ってのける。
やっぱり、親馬鹿らしいな。
ま、それでも、ここまで愛を注げるならば、立派な褒め言葉かな。
「そんなに強くなると、嫁のもらい手がいなくなるぞ」
「君には期待しているよ」
精一杯の皮肉は、すました笑顔と軽口に飲み込まれる。
まったく、悪い冗談だ。
それきり黙り込んで、観戦に集中する。
せっかくの機会だ、セレノアの手並み、とくと拝見させてもらおう。



【セレノア視点】

振り切った刃が手元へと返るのを見送って、足を踏み出す。
アタシの接近を阻むように、もう一方の剣が唸りをあげた。
「チッ」
半歩だけ下がって間合いを外し、追撃を警戒する。
やっぱり、こちらが踏み込もうとすれば、必ず迎撃が放たれるわね。
「………」
地面にべったりと足の裏をつけて重心を安定した、完全な待ちの構え。
そこから繰り出されるのは、遊びも余裕もない、馬鹿みたいに真っ直ぐな攻撃だ。
小競り合いにしても、これだけ単調なのは、退屈ね。
「口ほどにもないな」
野次の中の一つが耳に入り、思わず失笑を浮かべてしまいそうになる。
もうアタシの評価を下しているなんて、大貴族様は、ずいぶんと気が早いみたいね。
本当にそう思っているのだろうから、救いようがない。
あれで、要職を任じられているというのだから、理解できない。
あんな奴が戦場に立ったところで、何の役にも立たないだろう。
力ないものが、あんな暴言を許されているなんて、本当に人間っていう種族は変わっている。
雑魚があれだけの侮辱を言うなんて、殺されても文句は言えないのに…。
思考を切り替えて、眼前の騎士団長様に意識を向ける。
距離を詰めることも、剣を下ろすこともない、徹底した待ちの構え。
さて、どうするか。
単純に、あれを崩すだけなら、方法なんていくらでもある。
魔法を使ってもいいし、相手が焦れて攻めてくるまで、同じく待ってもいい。
だけど、そんな小細工じゃ、つまらない。
相手の闘法を打ち砕いて、完璧な敗北を味あわせてやる。
「………」
拳を握り込み、そこにしっかりと重みを宿す。
本当は、あっちの大貴族様にも叩き込んでやりたいけど…。
「どこを見ているっ!?」
「それは、こっちの台詞よ」
今は、こっちだけで我慢してあげるとしますか。
左から来る刃を外へと身体をひるがえして避け、奴が踏み切った足へと蹴りを見舞う。
激しい音を立てただけで、相手は小揺るぎもしなかった。
「…ふぅん」
さすがに、鍛えてあるわね。
体重を乗せきれてない攻撃じゃ、痛みにすら、ならないみたい。
「………」
向かい合っていながらも、奴の意識の半分以上は、ティストへと向けられている。
あの部屋でティストに向けた殺気からしても、過去によっぽどのことがあったみたいね。
さっきの貴族の反応といい、色々と深い事情がありそうだし…。
さっさと勝って、ティストに聞かせてもらおうかしら。
「………」
仏頂面で油断なく構えてはいるが、父上のような難攻不落じゃない。
間合いも十分に図ったし、攻撃の軌道もずいぶんと見せてもらった。
これ以上は、時間の無駄だ。
「はっ!!」
「遅い」
かがんで刃をくぐり抜け、ひたすらに前へ。
このまま、一気に懐まで潜り込む。
「ふんっ!」
もう一撃を避けて、さらに間合いを詰める。
これでもう、単なる斬撃では刀身に当たらない。
武器なんてものを持つから生まれてしまう、内側の安全地帯だ。
「………」
右の拳を固めて振りかぶり、力をさらに溜め込む。
その顔面に、全力の一撃を叩き込んでやる。
「はぁっ!」
剣を握ったまま繰り出された拳が、眼前へと迫る。
ふぅん、攻撃するのは、武器じゃなくても、おかまいなしってわけ。
「チィッ」
重心をずらして拳打を避け、数瞬遅れで柄頭が頬を掠めた。
紙一重で避けてたら、直撃してたわね。
「っ!」
今度は、蹴り上げるつもりなのか、膝のあたりがわずかに揺れる。
足が上がるよりも前に、体重を移動させ、後ろへと飛び退いた。
「ふぅん」
距離を詰められたときの対策もばっちりしてある…ってわけね。
まあ、弱点をそのまま残してる馬鹿が、いるわけないか。
「………」
攻撃を継続するか少しだけ迷って、結局、間合いを外したままで息をつく。
一度うまく行かなかったら、仕切り直したほうがいい。



「へぇ」
「わぁ…」
「ほう」
「ふむ」
感嘆、賞賛、評価…と、方々から、色々な反応が返ってくるおかげで、緊張感が削がれる。
手の内を知られるぐらいなら、別にいいんだけど…。
見世物になってるみたいで、あんまり、いい気分じゃないわね。
「セレノアさん、速いんだね」
「ええ、すごい思い切りの良さでした」
「好意的な解釈だな。たしかに飛び込みは良かったが、その後がちょっと…な」
「聞こえてるわよ」
自分が観戦する立場だからって、上から物を言ってくれちゃって…。
ったく、誰のせいで、一撃の威力をあんなに欲張ったと思ってるのよ。
「残念だが、私も同意見だ。不用意としか言えないな。その後の反応といい、お粗末だ」
父上までそう思ってるなんて、本当に心外だ。
にしても、ちょっとの失敗で二人とも口うるさいんだから。
「黙ってみてて」
それだけ伝えて、正面へと意識を戻す。
さっきと寸分違わぬ姿で剣を握り、アタシのことを待ち構えていた。
「茶番は終わったか?」
「ええ、待たせたわね」
不意打ちの一つでも来るかと警戒していたのに、無駄になった。
どうやら、性根までは腐ってないみたいね。
「では、行くぞっ!!」
剣が空を走り、切り裂かれた風が悲鳴を上げる。
先ほどまでとは、技の冴えがまるで違った。
「…ふぅん、本領発揮ってわけね」
ティストもそうだったけど、人間は出し惜しみするのが癖になってるみたいね。
理解しがたいけど、それが人間の中では当たり前みたいだ。
ま、今回はアタシも人のことは言えないけどね。
「…っ!!」
襲い掛かる双剣を二つの瞳でしっかりと捕え、余裕をもって避け続ける。
頭の中で思い描いた軌道よりも、わずかに切っ先がこちらへと伸びていた。
読み誤り…か、目算を修正しないとね。
「おぉぉっ!!」
さっきの気の抜けた攻撃よりは、大分まともね。
これが、優勝したティストに次いで、ロアイスで二番目の強さ…ってわけか。
横目にちらりと視線を移し、すぐに元へと戻す。
後ろに控えたティストの師匠のほうが、数段は上手だろう。
「はっ!!」
斬撃の速さと、一撃の威力は、たいしたものだ。
剣の扱いだけを評価するなら、たしかに、ティストより上かもしれないわね。
だけど、そんな単純なことだけで、勝敗は決まらない。
どんなに速く剣を振り回せたとしても、それは強いと同義じゃない。
問題は、磨き上げた個々の技術じゃなくて、それをどんな風に闘いへと生かすか、なんだから。
さて、どこまで、楽しませてくれるのかしら。
そんな期待を胸にして、眼前へと迫る双剣を掻い潜る。
もう少しは、ロアイスの騎士団長様の剣技って奴を、味あわせてもらうことにしよう。
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