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未定 作者:kugipanti
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第5章 蝕陰質

 時間がすべてを解決してくれるかもしれない…というのは淡い期待であったと、西口先生の後に続きながらふと思った。全ては時間の問題である。あれだけのことだ、隠し通せるはずもない。意識が暗い廊下に吸い込まれていく。やはり日が暮れるのが早くなってきている。先生は何かを喋っているが、放課後の部活動にむかう生徒たちの雑然とした音声でかき消される。いや、こういったときでも普段であれば何ら問題なく会話出来たであろう。カクテルパーティー効果だったか、脳は意識した音声のみを聞き分ける能力があると聞いたことがある。
 もちろん、意識は先生にはむいていない。意識は昨日に戻されている。まるでタイムマシーンだ。
「ハイ、昨日の授業の資料」
「え、あ、はい」
 どうやら未来へのタイムマシーンにも乗っていたみたいである。気づいたら職員室の西口先生の席の隣に立っていた。旦那さんとの写真が飾られているとなりで踊るポムポムプリンのキーホルダーが既婚者でありながら20代の女性であることを彷彿とさせる。
「あ、はい、って~ここまで来るときにもぼーっとしてなんにも話聞いてくれてる感じないし、なにかあったようにしか見えないわよ~」
「あ、いた、いやあのすいません」
 はらをペンの尻で小突かれた。この調子…。どうやらロスタイムは思った以上に長いらしい。
「何かあったってほどのこともないですが…」
「三点リーダーが話し方に見えてるわよ。絶対悩んでるわね」
 昨日の教師に向いているという認識は何ら間違っていないらしい。しかし、核心に触れていないだけにまだ隠し通せるかもしれない。としても、その喋り方はいくら国語の教師といっても"らしさ"を出し過ぎではないか?
「いやぁ、その、親に進路の相談をしようかと思っていたのですが、昨日も親の帰りが遅くて」
「戸口君のお母さんはお仕事柄仕方がないのかもしれないわねぇ」
 脳の意識がはっきりと今日まで戻ってきた。意識の外で季節外れにも戯れていた脇汗も、今は冷たくなってきたのを肌で感じることができる。思いの外、職員室内もはっきりと見渡せるようになってきた。
「進路のことで悩んでたの?私もそーんなことがあったな~なんて~」
「悩むってほどでもないんですが、今まで何も考えていなかったので」
「ふ~ん、戸口君みたいなタイプでもそういうことがあるんだ~」
「まあ、そうですね」
 進路、恋愛、部活動…高校生の悩みランキングをベネッセあたりが調査すれば堂々のトップ3を飾るであろう。あいにく部活動は入っていないので、"進路"という方向で舵を切る。
「なるほど、なるほど、だから昨日もなんで先生になったのかなんて聞いてきたのかぁ」
 なんとも都合のいい先生である。菓子折りの一つも渡したい気分である
「まあ、そんな感じですね」
「もう忘れちゃったな~なんで先生になろうと思ったかなんて」
 しかし、こんな学生と1対1で終始嘘をつかれながら話をすることになるのであれば、過酷な仕事なのだろうと思う。実際、向いている職業などあるのだろうか
「ま、どっちにしても進学先のもんだいよね」
「そうですね…KO大学なんか近いですけど、やはり私立は…」
「まあ世の中お金よねぇ」
 やはり女性である。
「かと言って、あまり家から離れるのも、母があれですし」
「お母さんの心配までしてるの?偉いわねぇ。」
 心配とすれば、それは母の心配ではないだろう。自分の心配である。あの母を奔放にしておけば、全て自分に帰ってくる。
「今日は予定は無いわよね」
「ええ一応」
「じゃ、進路相談、頼りないかもだけど私が乗っちゃおうかな~」

    ●                ●

 窓を見れば、顔が映るほどに闇は深くなっていた。脇もすでに乾ききっている。
「あら、もうこんな時間、ごめんねおそくまで」
「いえ、こちらこそ相談乗っていただいてありがとうございました」
 他の教師もほとんど姿が見えなくなっている。時計を見ると21:00前だった。
「話し出すと止まらなくなっちゃうわね~懐かしかったわ~」
 やはり女性である。
 冷静になって考えてみれば、美人教師と二人きりで進路相談とはギリギリアウトな状態をなにげに作り出してしまっている。沢木当たりに知られれば明日も平穏には過ごせないだろう。
「ではこれで、ありがとうございました」
 怪しまれないように流石にこれ以上長居するわけにはいかない。椅子のローラーを素早く引く。
「ちょっと待って。」
「はい?」
「私も進路で悩んできたし、進路で悩むクラスメートも何人もいたわ。でも、進路で悩んで走って逃げた人は一人もみたことがないわねぇ」
 脇はまたシャツを濡らし始めた。帰り道は汗が体を冷やすことだろう。いっそ風邪を引いて学校を休むのも手かもしれない。無論帰ることが出来たならであるが。
「先生わかっちゃったわ…」
「な、なんのことですか」
 動揺が空気の振動に乗せて部屋全体を鼓動する。
「戸口君…」
「は、あの、えと」
 実際には数十秒の間だったのだろうが永遠にも感じられた。
「ズバリ…………恋の悩みでしょ!」
「はぁ!?」
 自信を持って輝く目線と、手入れされた指先は、鼻に向かって一直線に伸びていた。
「隠したって無駄よ、私、そういうの案外鋭いんだから」
 ある意味で…鋭いのかもしれない…核心こそつけてはいないが、これ以上話すのはまずいと思った。
「あの、その話はまた今度」
「ちょっと!また逃げるつもり!?」
 なぜこうも執拗に構うのか。疑問である。
「おや、こんな遅くまで学生の指導ですか?おつかれさまです」
 声の方向に目を向けると、立っていたのは田口先生だった。担任の先生である。勤勉教師という風貌で、弱腰で穏やかな印象の先生である。田口太郎という名前からタロタロの愛称で女子学生から愛されている。先生には失礼だが、女性というのはわからない
「田口先生お疲れ様です。今戻られたんですか?」
「ええ、午後からの出張だったので、ホームルームはおまかせしましたが、老眼鏡を忘れましてね。年をとるといけませんなぁ。ところで、生徒指導の方はどうだったのですか?」
「あ、はい、ちょうどいま終わったところで」
 田口先生に対して特別の恩を感じたことはなかったが、今は冬ギフトのひとつも渡したい気分である。
「では、あのありがとうございました、失礼します」
 安堵とともに帰路についたが、長すぎたロスタイムは、突然にも明日、終わりを告げることとなる…

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