復讐のピタゴラスイッチ【続・アウトサイドへいらっしゃい】
未成年の飲酒、喫煙描写がございますが、現実には法律で固く禁止されております。ぜっっったいに!!マネしないで下さい;;。あと、ちょいと残酷描写がございますので、苦手な方はお読みになられませんよう;;。それと、現行の法律に関しては知識がかなりアヤシイので、本文の内容をお信じになられませんよう;;。あくまでフィクションということで;。
彼らは、この街の王様だった。
深夜0時を過ぎても人の波の切れない繁華街にあって、彼らはいつも大きな声援と黄色い悲鳴に迎えられながら、我が者顔で大通りの中心を闊歩する。
一体、どこの人気芸能人でもやってきたのだ?彼らを知らない者達も、ひと目彼らを見れば、その華のある容姿と存在感に、圧倒されて魅入ってしまう。
今や夜の渋谷は彼ら『魅栖吏鏤』の為のアリーナと見做されていた…。
…そう、主に『一部の』ミーハーなティーンエイジャー達によって。
「おい、しょーへー、どーするよ?いつの間にか政権交代してんぞ?」
「はぁ、すんません。…それにしても、最近のガキはドゥカティなんか乗ってやがんスねぇ…生意気スわ」
「…木島さん、19だったよね?袴田隼人は18だよ。いっこしか違わないよ」
「………」
無節操な若者達のバカ騒ぎを、少し離れた3階建のビルの屋上から3人の男女が見下ろしていた。
一人はアルマーニの黒いスーツを着崩した、30代の背の高い男。もう一人はアッシュにカラーリングしたミドルヘアをアシメにしている、二十歳前後に見える青年。
そして、最後の一人はそんな二人の男に挟まれた、160cmに満たない背丈の、小柄な黒髪の少女である。
傍目に見れば、どういう繋がりだと首を傾げられるだろう3人は、ところどころ塗装の剥げた白い柵に思い思いに凭れながら、のんびりと夜風を受けている。
しかし、地上を見る彼らの目は冷たく、そして、嘲りの色を隠そうともしていなかった。
「前から思ってたけど、渋谷の中心地でよく暴走なんて成立するよねぇ」
少女…高山綾が、警察ってああいうの取り締まんないといけないんじゃないの?と小首をかしげれば、隣で木島正平が眠そうな顔でぼそりと言う。
「ギブアンドテイクってやつだよ。裏取引とも言うけど」
「どういうこと?」
「前にゲーセンで話したじゃん?中華マフィアが違法薬物売ってるのを、あいつらが潰してるって。おまわりさんたちもその恩恵に預かってらっしゃるワケよ。だから、月イチの暴走くらいならまぁ、目こぼししてやってもいっかーってことになっちゃってるってこと。
…ま、人身事故でも起こそうもんなら、特別待遇も一瞬で無くなると思うけどねー」
ふーん…と気のない相槌を返し、綾は再び地上を見下ろした。
下ではある少年を先頭に、黒のレザージャケットを着た一団が相変わらず歓声を受けながら、人の群れを割っている。
その先頭に、以前毎日のように見ていた黒髪の頭を見つけ、彼女は双眸を眇めた。
「…外道の分際でえっらそーに…」
吐き捨てるように唇を尖らせた横顔を見下ろして、アルマーニの男はうっそりと嗤って大きな手を彼女の頭に置いた。
少しだけ乱暴に撫でてやりながら、
「王様気分も今のうちだろ?…どうせ、もうじき絶望を味わうことになんだからよ」
「…さて…、そろそろだな」
煙を燻らすアメリカンバットを咥えたまま、アルマーニの男…仁谷平蔵は、左手首に巻いたロレックスを覗き見た。
時刻は、0時半。平蔵の仕掛けたピタゴラスイッチが押される時間である。
月に一度の暴走を終え、袴田隼人は仲間達を従え拠点にしている雑居ビルに帰還した。
元々飲食店が数件入っていたというビルは、建坪は然程広くないものの什器や家具が残っており、階上には寝泊まり出来る部屋も有って、快適な『城』である。
問題があるとすれば、彼らのバイクを駐車出来るスペースが無い事だが、総長である隼人以下幹部のみがビルの前に路駐し、下っ端達は各自自己責任で別の場所に駐車させる事で、どうにか折り合いをつけた。
「総長!おつかれさまッス!」
L字のソファにドカッと腰を下ろしたところで、まだチームに入りたての少年が、いそいそと温めたおしぼりを持ってくる。別の少年が低いテーブルに缶ビールを並べたのを一本取って、隼人はプルタブを開けるとそれに口をつけた。
が、ふとその眉間に皺が刻まれる。
隼人は手にしたビール缶をテーブルに叩きつけるや否や、入口近くで突っ立っている別の手下達に怒声を飛ばした。
「外が煩ぇ!!とっととバカ女ども散らしてこいやぁ!!」
怒鳴られた少年たちは、野太い返事を返すや否や、慌てて外へ飛び出して行った。
それを見送りながら、隼人は忌々しげに舌打ちする。
「ククッ、今日もモテモテだなぁ?隼人」
「チッ」
タバコを咥えながら隣に腰を下ろした少年に、隼人は本日二度目の舌打ちをした。
「誰が股の緩いクソビッチなんかに興味あるかよ。おまえが食ってくりゃいいだろ?恭哉」
「無理無理、昨日ゴム使い切っちまってまだ補充してねーの。その股の緩いクソビッチに病気伝染されたらどーすんだよ」
「このヤリチンが…、いつか性病に罹っちまえ」
短くなったタバコを灰皿に押しつけながら、恭哉と呼ばれた少年はうっそりと笑った。
そこへ、彼らの話を聞いていたのか、厳つい面の大柄な少年が、二人が座るソファの背もたれに腰掛けてきた。
幹部の一人、真治という名の少年である。
「…そんなに女どもがうぜぇんなら、高山綾を捨てなきゃ良かったんじゃねぇのか?」
「…ハッ」
隼人は鼻で嗤った後、小馬鹿にしたような笑みを浮かべながら後ろを仰ぐ。
「そんで、総長の女まんまと敵対チームに拉致られた挙句姦されたって認めんのかよ。
…冗談じゃねぇ。オレらがこれまで築いてきた地位も名声も一瞬で無くなっちまわ。
…あの女はあくまで、美優の為の使い捨てだ。使い終わったんだから捨てんのがあたりまえだろ?」
「おまえ、マジで酷いヤツだねー」
クツクツと肩を揺らして恭哉が嗤った。
「芸能人でもそうそういないレベルの美少女だったろ?使い捨てにするくれーなら、オレが一発ヤっときゃ良かったわ勿体ねぇ」
「…ま、確かに使い捨てにするには勿体なかったかもな。
なんせ、天下の光稜学園の優等生サマで、貞操観念も昭和かっつーくれぇガッチガチだったしよ、クソビッチどもに比べりゃ、まぁマシな部類だったかもな…。
おまけにあの顔だ、クソビッチどももあんなハイレベルの女相手じゃ黙らねぇワケにいかなかったし、『邪悪切裂』の奴らもオレの女だって疑いもしなかった。…いい仕事してくれたわ、いろいろとよ」
そう言って口の端を吊り上げた隼人であったが、しかし、次の瞬間不快げに顔を歪め殻になったアルミ缶をべこっと握り締めた。
「…けど、その後が悪い。
あの女…よりにもよって美優が居る時にオレの部屋に乗り込んできやがった…。ぶん殴って追い返したけど、あの後美優を言いくるめるのにどんだけ苦労したか…」
使い捨てなら使われた後は大人しくゴミ箱に入っとけってのによ。さも忌々しげに言う隼人に、恭哉は僅かに驚いた顔をした。
「え?おまえ姦されてボロボロになった女、殴ったの?…それはちょっとあんまりじゃね?」
「フン…、オレは美優だけが大事なんだよ。他の女がどうなろうが知ったことか」
「…なるほど。ということは、君達と高山綾さんは、今や何の係わりもない、ということでよろしいですね?」
…あ?
一瞬動きを止めた三人は、次の瞬間弾かれたように声の方へと顔を向けた。
そこには信じられない光景が広がっていた。
あれだけ賑わっていた大勢の仲間達、それが今は誰一人立っている者がいない。全員が床に倒れ伏して呻いている。
そして、その代わりとばかりに佇んでいるのは、黒髪をキレイに七三に分けた、銀縁メガネの目の細いスーツの男と、目深にヘルメットを被った作業着姿の男達の計8人。
一体、いつの間に入ってきたのか。
否、隼人達に全く気づかせる事なく、これだけの人数をヤったというのか??
この短時間で???
隼人は、今だ驚きで固まったままの二人を置いて、すっくとその場に立ち上がった。
犬歯を剥き不審な侵入者達を睨みつける。
「誰だてめぇら…、オレの仲間をヤったのはてめぇらなのか…? ああっ!?」
すると、スーツの男は薄気味悪い笑みを浮かべながら、大仰に肩を竦めてみせた。
「私はこの通りの非力な男ですので、そんなマネはとてもとても…。ただ、このフロアに居た少年達は話し合いの邪魔になりそうですので、こちらの皆さん方に少々静かにさせてもらいましたがね」
ちらと彼が背後を見ると、作業着の男の一人がヘルメットの下からニィッと歯を見せた。
「…っ!!」
隼人の背筋に冷たいものが走りぬけた。
ヘルメットで全貌が見えない不気味さに加え、今この時、漸く彼は作業着姿の男達が全員、隼人達など華奢にしか見えない程に鍛え抜かれた肉体を持っている事に気づいたのだ。
その上、身に纏っている空気が明らかに普通ではない。
思わず後ずさる隼人の恐怖に対して、あくまで薄笑いを浮かべたままのスーツの男は、襟につけた天秤をモチーフにしたバッチを見せつつのんびりと話し始めた。
「申し遅れましたが、私は弁護士をしております西と申しまして、本日はこのビルのオーナーのご依頼で伺わせて頂きました。
ああ、こちらのビルは登記上高山重介という方の名義となっておりまして、現在は重介氏のお孫さんである高山綾嬢に所有権がございます。
…確か、君達は綾嬢の好意によって、こちらの物件を使うことができるようになったのでしたねぇ?」
最初、何を言われているのか分からない様子だった隼人は、しかし『高山綾』の名前を聞くなり、みるみるその整った顔を憤怒の形相に変えていった。
「てめぇ…!これぁ、あの女の差し金かよ!!!あのアマ、オレに捨てられた腹いせにこんなこと…っ!!」
隼人はそれ以上罵ることは出来なかった。
作業員の一人がサイレンサーをつけた拳銃の銃口を、こちらに向けたからである。
それは同時に、綾の遣いだという弁護士と作業員達がカタギではないことを、隼人に知らしめる事となった。
この街で王様と呼ばれ、大勢の手下達に傅かれ慕われて、多くの若者達から尊敬と憧れを集めていた隼人だった。
これまで何人もの相手とケンカをし、常に勝ってきた男だった。十分過ぎる程修羅場を渡ってきたと自信を持っていた。
だが、そんなものは生まれて初めてつきつけられた銃口と…そして極道の前には、路傍の石っころ程の価値も有りはしない。
大人しくなった隼人に笑みを深め、西という弁護士を名乗る男はこほん、とわざとらしく咳払いをしてから左手に持っていた登記簿の写しを隼人の前に掲げて見せた。
「実は、先日綾嬢がこちらの物件を売却されることになりましてねぇ。ええ、もう買主との間で話は進んでおりまして、後は売買契約を結ぶのみのところまで来ているのですよ。
…ですが、君達がここを不法占拠しているままでは折角の売買話が進められませんのでね。この際早々に立ち退いて頂こうと、こうしてお願いに伺った次第です」
「……わかった」
隼人の言葉に、恭哉と、そして真治が信じられないと言わんばかりの目を向けた。
「お、おい、折角手に入れた城、渡すってのかよ!」
「だぁ(黙)ってろ!!
…いいか、アイツら本職だ。あのアマ、どういうツテか分かんねぇが、多分ヤクザを味方につけたんだろ…。だとすりゃ、ここを明け渡してそれで収めるしかねぇ」
「あっはっはっはっ!!」
唐突に、笑い声がフロア中に響き渡った。
見れば、西が身体をくの字に折り曲げ、腹を抱えて嗤っている。
先程までの不気味さはどこへやら、無邪気な子供のように、それはもう楽しげに笑っているのだ。
更に、後ろの作業員姿の男達も、肩を震わせている。
「何が可笑しい…」
「いやぁ…、だって、…ねぇ?」
目尻に浮かんだ涙を指で拭いながら、いまだ嗤いが収まらぬ体で、西は言った。
「族だなんだと言われていても、所詮は底の浅いガキんちょだと思うと…、ププっ、失礼、いやー、久々にこんなに笑わせて頂きました。君達、面白い子達ですねぇ」
「…んだと…?」
「おっと、殴るのは勘弁ですよ。私は非力な弁護士だと最初に話したじゃありませんか。…まぁ、蜂の巣になりたいというなら止めませんがね。
そういえば、まだお話ししてませんでしたが、高山綾嬢からはこれとはまた別口でご依頼を受けておりましてね。
君達の非常にくだらない幼稚な謀略によって、今回綾嬢が被ってしまった心的及び肉体的苦痛と名誉と尊厳が損なわれた件につき、賠償請求をさせて頂きます。…金額は3億2千万」
「「「…はぁっ!?」」」
隼人達の顔から示し合わせたように血の気が引いた。
普通に考えて、高校生の支払い能力を軽く超えている額である。
「そんなもん、払えるワケねぇだろうが!!」
「おや?袴田隼人くん、君は確か、お父上が東東京に本社を持つ商社の社長ではなかったかな?…君自身は愛人に産ませた子ではありますが、認知もされてますし、それに父上から都内に2件マンションを買ってもらってますよねぇ?
それと、イタリアメーカーの高級バイク…私は詳しくありませんが、好事家の間では中古でもそこそこの値段で取引されているそうじゃありませんか。庶子にも関わらずそんなものまで買ってくれるとは、袴田社長は随分太っ腹な御方のようで」
「………!」
「ああ、幾らお父上がお金持ちでらっしゃっても、まさか3億2千万も出してもらえとは言いませんよ。
なにしろ、綾嬢のご希望は、君達をチームごと、『跡形もなく消して欲しい』ということでしたので」
「っ!!」「ひっっ!!!」
情けない悲鳴を上げたのは恭哉だった。隼人と真治は声すら出ないのか、目を見開いてガタガタと震えている。
随分可愛らしいことだ…。西はそう思いながら、殊更不気味に見えるよう、口の両端をニィッと吊り上げたのである。
「ざっと見たところ、20人くらいですかねぇ?これくらいの若い臓器が大量にあれば、何、3億2千万くらいあっという間ですよ」
「ううあああああああああああ!!!!どけえええええええええええええ!!!!!」
突然隼人は叫ぶや否や、西と作業着の男達の間をすり抜け、ビルの外に飛び出した。
前道を歩く人々が驚きの目で見る中、路駐してあった自分のドゥカティに飛び乗ると、もどかしい手つきでキーを挿し込みエンジンをかける。
慌しくギアを回し、隼人は深夜の渋谷に飛び出していった。
(美優…!美優、美優、美優美優……!!)
何でこんなことになった。ただ、何より大事で愛しい女を護りたかっただけだ。
自分の一番を護る為だ、どうでもいい女を犠牲にしたくらい、大したことではない筈だろう。
オレは間違ってない。間違ったことなんかしていない…!
隼人が無我夢中でバイクを走らせている一方で。
黒のクラウンマジェスタの後部座席で、スマホを耳に宛てている男が居た。
「…ええ…なるほど、わかりました。後はこっちで追わせますんで。先生にはお手数をおかけしまして…、は?ええ、また美味い店紹介させてもらいますよ。後日連絡させてもらいますんで…、はい、では」
画面をタップして通話を切った男は、ニッと笑いながら隣で窓枠に肘をついて外を見ていた少女へ顔を向けた。
「おめぇの元カレ、随分肝が小さかったみてぇだなぁ」
「…みたいだねー…、流石にフォローできないわ。する気もないけど」
何の感情も伺えない声でそう返し、綾はハイレベルと言われた美貌に、うっとりするような綺麗な笑みを浮かべた。
平蔵が仕掛けたピタゴラスイッチはまだ途中。
これからが本当に楽しい場面である。
「見逃したら一生後悔するよねぇ」
ひとりごとのように綾が呟けば、平蔵は口の端を吊り上げながら、運転席の背凭れをコンとつま先で蹴りつけた。
「お嬢が急げってよ!オラ、とっとと車出しやがれ!」
「はいっ」
運転席の木島がアクセルを踏み込む。
黒のマジェスタは滑るように、深夜の道路を走り出した。
女は愛情を裏返しにすると、どこまでも残酷になれる生き物である。
倍返しなんて生温い。
やるからには徹底的に。
(アンタの大事なもの、粉々に壊してあげる)
西(名前はまだない):神門巽一家の顧問弁護士その一。如何に法律の網を潜れるか、に重視しているヤクザ屋にとって、頼れる人材。ちなみに、ヤクザは金払いが良いので、一般の顧客よりも信頼できる、との弁。悪徳弁護士である。
恭哉:暴走族『魅栖吏鏤』の副総長的な人。イケメンだが覚えたてのサルの如く女の子を食い物にしている外道。まぁ、お相手に選んでるのはそういうことしてもおっけーな子ばかりなので、今のところウィンウィンが成立している。
真治:『魅栖吏鏤』の親衛隊長的な人。あまり喋らせられず、人となりも描写出来なかったが、総長副総長よりは良識がある設定。…まぁ五十歩百歩ではあるのだが。