二基の発動機の轟音が、操縦席に響く。
「正面に敵爆撃機連合二十三機!」
後部座席の電探員が叫ぶ。
敵の編隊の真横につけた様だ、満月の光が敵を映し出す。
巨大な4発大型爆撃機B−17と、双胴の護衛機P−38どちらも米陸軍機か。
「チッ」
爆撃機に比べ航続距離の短い護衛機が付いたと言う事は、付近に敵の基地が建造された事を意味している。
近くの味方基地が陥落し、ラウバルはいよいよ孤立し始めていた。
(次は、昼に本格的に来あがるな)
ともあれ、それも今日の空戦を生き抜けてからするべき心配だ。
僚機との感覚を空けないように注意しながら、高度を下げ一気に敵との距離を詰める。
飛行機にとっての一番の死角、真下を取るためだ。
しかし敵は編隊を解き、護衛機がこっちに突っ込んでくる。
『ザッ……編隊を解く、ザザ、戦闘を』
混線し途切れ途切れとなった無線が入る。
敵機と一瞬の交錯の後、俺はフットペダルを深く踏み込んで、操縦桿を斜めに引いた。
左上に急上昇を掛けながら、機体を回転させる。
(尾翼をとった)
目標は、急降下で俺を振り切るつもりのようだ。
「甘い!」
この月光一一型は、機軸に対して上方及び下方に30度傾けた斜銃を各二挺装備している。
下向きの機銃で、狙いをつける。
敵機は射線を逃れようと、加速しながら上昇をかけた。
撃墜にこそ至らなかったものの、敵の空戦能力を削ぐ事は出来たはず。
しかし敵は反転して、今度は正面から対峙する事になった。
斜銃を装備している本機に真正面の敵には攻撃する術が無いが、下手に逃げれば背後に敵機を背負う。
高速ですれ違う一瞬、そこを狙うしかない。
(どれだけ機体が持ちこたえられるかが、鍵だな)
機銃弾は決して真っ直ぐに飛びはしない、自機の速度に、風速、重力の影響を受けて、ばらけてしまう。
そんな簡単に当たりはしない。
閃光が敵の機首を照らす、機銃を撃ち始めたのだ。
(外れろ)
機体を掠めたり、装甲に弾かれた弾が、軽い金属音と重い衝撃を残す。
衝突を避ける為に敵機が僅かに降下する、真下の死角を取るつもりなのだろう。
二機が交差しようという瞬間、敵の二基の発動機のちょうど真ん中、コクピットへ向けて下方20ミリ機銃での一連射をかけた。
(手応えあり)
敵機は煙を吐きながら降下し続け、真下のジャングルへと墜落炎上した。
「電探に感! 後方から敵機視認!」
「貴様! もっと前に知らせろ!」
怒鳴りつけると同時に、一気に操縦桿を倒す。
その動きに合わせる様に、弾が飛んでくる。
その敵の弾の中を掻い潜っての垂直降下、ここからは我慢比べだ。
怖気づいて先に上昇をかけた方が、後ろを取られる。
地面までの距離三千メートル……二千……千……五百、敵が機首を上げ上昇を掛けた。
それを追うように、俺も一気に操縦桿を引く。
(ぎりぎりか)
上昇性能も敵の方が高いので、ぐずぐずしている暇は無い。
上昇する前方の敵機を上向き斜銃に捕らえて、射撃釦を押し込む。
命中弾多数。
尾翼と左の発動機を撃ち抜き、本日二機目の撃墜を確認する。
「爆撃機の位置は?」
補給が乏しい今、むざむざ爆撃により物資を失う事は出来ない。
「えと……十時方向高度五千のやつが一番近いです」
「了解!」
B−17は速力や運動性能は月光より劣るものの、防弾装備と13挺の12.7ミリ機銃は脅威となる。
これに対抗するには、敵の死角からの予測偏差射撃によって反撃を避けつつ攻撃するしかない。
(南からの風、風速十メートル、相対速度、相対距離)
「よし、行くぞ!」
敵の上部後方から緩やかに降下しながら、下向き斜銃での尾翼への射撃。
そして機体の下をとって、右翼の発動機への上向き斜銃での攻撃。
撃墜数を増やし、四百発の携行弾を撃ち尽くす頃には、戦闘は終了していた。
「また、ここに居るんですか?」
機体の整備を見ている俺に、いつも後ろに乗っけている電探員が話し掛けて来た。
あの空戦から数日が経過していたが、空襲はまだ無い。
「愛人の側に居て悪ぃのか?」
「は? いえ、食事の時間ですので」
焦りながら、一階級下の彼は答えた。
「そう苛めるで無い」
機体の下部で、斜銃の整備をしている爺さんが這い出しながらそう言った。
「甘やかすと為にならねえんだよ。それより操縦性を何とかしてくれ、最高速度で飛ぶと、機体のブレが激しすぎる」
「お前さんの乗り方が悪いんだ」
悪びれた風も無く、しれっとした顔で爺さんは答えた。
手に付いた機体油を拭きながら、言葉を続ける。
「さて、愛人と言っておるのはこいつには本妻が内地にいるからなんだよ。悪化していく戦争、そっちが無事な確率を上げる為には、ここでお妾さんと頑張るしか無いって事なんじゃよ」
「はあ」
分かっていないのか、電探の彼は曖昧な返事をした。
「護衛機が付いたとなると夜戦は終わりだ、今度は昼間に大編隊で来る」
緩んだ空気を引き締めるように、俺は冷たく言い放った。
そう、たとえ死ぬにしても、地上でやられるのは我慢ならない。
「それを警戒しているんですか」
真顔になってそう聞いてきた。
「馬鹿、何聞いていやがる、二号さんに会いに来ているだけだ」
ニヤッと笑って俺は答えた。
ちょうどその時、警報が鳴り響いた。
「空襲!」
俺は、すぐに操縦席に乗り込んで声を上げた。
「お前は来るな! 電探は昼間は必要無い、少しでも速度を上げたい、余計な荷物は置いていく」
「ですが」
返事を待たずに、機体を滑走路へ発進させる。
「退避しろ」
発動機の轟音の中、その声がどれだけ届いたかは定かではないが、二人は塹壕へと向かった。
滑走路に入ると同時に、敵の第一波が視界に入る。
百機近くの大編隊だ。
離陸時は格好の的になる、思い切り発動機を噴かして上がるしかない。
滑走路、そして自分への攻撃を掻い潜り、大空を目指す。
中々上がらない速度がもどかしい、勘を頼りに機体を進める。
そして離陸速度に達したら、操縦桿を引いて空へ上がる。
急に軽くなった機体の手応えと、浮遊感が俺を襲う。
だが――!
「ケツを取られたか」
単発の大型発動機、戦闘機と呼ぶには大きすぎる機体が後方に付けて来た。
戦闘機と爆撃機の中間、襲撃機か。
真後ろにつけられた途端、嵐のような弾幕が辺りを包む。
「野郎、何挺機銃を装備してんだよ」
このままでは、空中分解されてしまう。
機首を、太陽に向け加速する。
強烈な日光が敵の搭乗員の目を奪った瞬間、最小半径で機体を宙返りさせる。
運動性が低いために、きちんと背後を取る事も、喰らいついて行く事も出来ない、だから機銃が敵を捕らえた一瞬に強烈なのを叩き込む。
「命中」
敵機から煙が上がる。
敵を狩った後の、一瞬の気の緩み。
連続して重い衝撃が機体を揺らす、斜め前に激しく身体を突き飛ばされる。
「クッ!」
斜め後ろを振り返ると、雲の中から三機の敵が俺を捉えていた。
発動機が空回りしているパタついた嫌な音の合間に、弱い爆発音が混じる。
機体の殆どの部分がやられた様だ、火が回る。
「ちっくしょう……残念だ」
そう言った口元には、僅かに笑みが浮かんでいた。
「仕方がねえのさ、覚悟の上だ」
地を踏む事は無く、俺の亡骸は空へと還る。
そう悪くは無えさ。
ただ――。
もっと飛びたかった。
何処までも自由に、この空を。 |