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災いのある風景
作:○


 どこぞの誰かの所為で校舎が倒壊して一週間後の今日、改めて入学式が行われた。
 校庭で。
 校舎は現在急ピッチで建設中だが、さすがに一週間では間に合わなかったようだ。
 そして初めてのホームルーム。
 校庭で。
 ここでこれから一年間共に過ごすクラスメイトたちと顔を合わせる。
「いきなり天井無しか……」
 地面に制服で座り込んで晶が呟く。
 さらさらした髪に丸めがねの奥のつぶらな瞳。相変わらず小学生にしか見えない。
「いい天気ですよ兄さん。絶好の入学式日和ですね」
 晶の隣に座り込んだ秋彦が言う。
 こちらは相変わらず背が高い。細い目が温厚そうな雰囲気をかもし出していた。
「ところであの大ボケ小ボケはどこだ」
「あそこです」
 秋彦が指差す先に矢野と西村がいた。
 この状況の原因とその友人だった。
「……おなじクラスか」
 晶は小さくため息をついた。
「まあ、クラスメイトとしてこれから1年付き合うわけです」
 秋彦の言葉に、晶はもう一つため息をついた。
 ホームルームも終わり、晶たちはこれから近くの高校へと向かう。これからしばらくはそこの高校に間借りすることになったからだ。
 この高校には一週間ほどお世話になる予定だという。
 電車と徒歩で三十分。晶たちの前に校舎が見えてきた。
「へえ、なかなかきれいな所じゃないか」
 感心する晶。
「ここは5年前に出来たばかりの高校ですからね」
 解説する秋彦。
「よく知ってるねえ」
 感心する西村。
「あれ? ここもうちの高校?」
 考えてない矢野。

 まだ新しい校門から中に入っていく晶たち。
 晶たちの教室は2階にあった。教室内もまだ新しい感じで、壁の白さがまぶしい。
 教室内では、さっそく新入生たちがいくつかのグループに分かれておしゃべりをしていた。
「ここがしばらく我が教室になるわけだな」
 あたりを見回す晶。視線の先に気分の悪そうな生徒が目にとまった。
 矢野もその生徒に気がついたらしい。
「顔色がよくないなあ。話し掛けてみよっと」
 近寄っていく矢野。とりあえずついていく晶たち。
「やあ、はじめまして。矢野って言います、よろしくね」
「あ……鈴木です……よろしく」
 晶も話し掛ける。
「大丈夫か? 顔色が悪いが」
「あ、いえ大丈夫です……」
「調子の悪いときは無理せずに保健室に行ったほうがいいですよ」
 とりあえず忠告する秋彦。
「本当に大丈夫……」
 そういいつつも足元が危うい。矢野が何かを思い出したように手を叩いた。
「そういえば西村君、栄養剤を持ってたよね」
「ここにあるよ」
「鈴木君にあげたらどうかな」
「そうだね。はい、これは即効で効くタイプ」
 鞄の中から怪しげな色をしたビンを取り出し、鈴木に手渡す西村。
「あ、ありがとう」
 素直に受け取る鈴木。晶は感心したようにいった。
「普段から栄養剤を持ち歩いているのか。準備いいな」
「うん、僕の自信作だもの」
 胸を張る西村。
「自信……作?」
 晶が少し固まる。
「そう」
「という事は……おまえの手製か?」
「そう」
「………」
「どうしたの?」
「鈴木、それは飲まない方が」
 西村を無視して鈴木の肩に手をかける晶。しかし鈴木の方を見ると、すでにビンの中身を飲んでしまっていた。
 険しい顔をした晶は西村のほうに向き直る。
「……西村」
「うん?」
「本当に大丈夫なんだろうな」
「大丈夫だよ、ちゃんと動物実験もやったし」
「動物実験?」
「うん、向かいの家の犬にあげてみたんだ」
「それで?」
「すごく元気になったよ。巨大化して暴れまわってね」
「……巨大化?」
「うん、小型犬だったんだけど、2メートルくらいになってね」
「………」
「自分の小屋どころか飼い主の家まで壊すくらい元気にな」
 西村の言葉の途中で、何か確信に近い予感を感じて晶は恐る恐る振り向いた。
 そこには大きな何かがいた。
 身長は約三メートル、丸太のような太い腕と足、赤銅色の肌、額には角が生え、黒く濁った瞳には何も映っていない。どこかの神話に出ていそうな巨人がそこにいた。
 その足元には、制服がびりびりに破れた破片が散らばっている。
 ざわめいていた教室が、いつのまにか静まりかえっていた。
 その鈴木の近くには矢野と秋彦がいて、変わり果てた鈴木を見上げている。
「わあ、なんだか鈴木君大きくなったみたいだね」
「実際大きくなってますね」
「成長期?」
「確実に違います」
 鈴木は低い唸り声を上げはじめた。
 晶は西村に向き直る。
「西村」
「何?」
「解毒剤はないのか」
「失礼だなあ、毒じゃないよ」
「とにかく! 鈴木を元に戻す方法はないのか」
「しばらくすれば元に戻ると思うよ」
「しばらくって……どれくらいだ」
「えーと……」
 押し問答を続ける晶の耳に、秋彦の声が聞こえた。
「兄さーん、気をつけてくださーい」
 その声に晶が振り向くと、鈴木がすぐそばで電柱ほどの太さの腕を振り上げていた。
「んなっ」
 風を切る音をさせながら腕がすさまじい勢いで晶に向かって振り下ろされる。
 とっさに晶は腕を頭上で交差させて受け止めた。
「ぐおっ」
 晶の足元の床に亀裂が入り、教室全体が振動した。
「重いっ」
 思わず叫ぶ晶。
 さらに鈴木は蹴りを放ってきた。
 すばやくかわして、鈴木の軸足の方を抱える。
「このっ」
 晶はそのまま鈴木の足を持って振り回し、十分な勢いをつけた後放り投げる。
 派手な音と共に鈴木は黒板と壁を突き破って、となりの教室に落ちた。
 もうもうと埃が立ち込め、静まり返るとなりの教室。
「西村ああああ!」
 叫ぶ晶。
「何、どしたの晶」
 突然の大声に驚く西村。
「このど馬鹿!」
「いきなり馬鹿といわれても……」
 西村が何か言いかけたところで、となりの教室から咆哮が聞こえてきた。
 教室の間に開いた穴から鈴木が立ち上がりこっちを睨んでいる。
 どうも怒っているらしい。
「西村! 何か対策を立てろ!」
「うーん。ないね」
「少しは考えろー!」
 次の瞬間、鈴木が声をあげながらこちらに突進してきた。
 身構える晶。その眼前に矢野が現れた。
「何してんだ矢野!」
「ここは僕に任せて」
 落ち着いた調子でそういうと、眼前に迫る鈴木に対して矢野は右手を差し出した。
「話し合おう!」
 次の瞬間、矢野は窓を突き破って校舎の外へと消えていった。
 壊れた窓を呆然と見つめる晶。
「この状況で話し合いだと……?」
 そこへ秋彦の声が聞こえる。
「兄さーん。感心してる場合じゃないですよー」
 声に振り返ると目の前に腕を振り上げた鈴木がいた。

「あ」

 一瞬固まった隙をつかれ、晶は鈴木の一撃を喰らって吹き飛び、後ろの壁を突き破り隣の教室に消えた。
 もうもうと立ち込める埃の中、晶は瓦礫の下に埋もれてしまった。
 巨人へと変わり果てた鈴木が雄叫びをあげる。
「うわあああっ」
 何かの呪縛が解けたのか、今まで固まっていた教室内の生徒たちがいっせいに外へと逃げ出した。
 そのうちの一人の前に鈴木が立ちふさがる。
「ひいっ」
 鈴木の腕が振り上げられたその時、椅子が飛んできて鈴木の頭にあたった。
 少しひるむ鈴木。
「早く逃げた方がいいですよ」
 秋彦だった。
 転びかけながら生徒が逃げたあと、鈴木は秋彦の方を向いた。
 黒く濁った瞳に怒りの炎が燃えている。
「さて、どうしましょうか」
 腕を組んで考える秋彦。
 鈴木は雄たけびをあげると、秋彦に向かって突進してきた。
 途中で、瓦礫を吹き飛ばしつつ飛び出した晶が、その勢いのまま鈴木に飛びげりを放った。
 腹部にまともにくらい横に一メートルほど吹っ飛ぶ鈴木。
「兄さん、大丈夫でしたか」
「なんとかな」
 晶は服のあちこちに付いたゴミを払いながら言った。
「矢野は大丈夫か」
 窓の方を見ると、西村が外を見ていた。
「矢野ならそこの木に引っかかってるよ」
「……それならそっちはいいとして」
 鈴木の方を見ると、横腹を押さえながら唸り声を上げている。
 もう完全に怒っているようだった。
 その様子を見ながら、晶と秋彦の二人は会話を交わす。
「さて、どうする?」
「一応クラスメイトですからあまり無茶は出来ませんね」
「まあな」
「というわけでこれをどうぞ」
 そう言って秋彦は黒い棒を手渡した。
「何だこりゃ?」
「そうですね、名付けてスタンセイバーといったとことでしょうか」
「すたんせいばー?」
「スタンガンの棒バージョンです」
「どこで買ったんだ、こんなの」
「私の手製です」
「………」
 少し嫌そうな顔をする晶。
「どうしました? 兄さん」
「いや、手製は……」
「気持ちはわかりますが大丈夫です。安心してください」
「そうか……?」
 鈴木が雄たけびをあげた。
「迷ってるひまはないか」
「スイッチは手元のグリップにあります」
「分かった」
 鈴木が晶たちに向かって突進する。晶も鈴木に向かって走る。
 二人の距離が縮まったところで、鈴木がなぎ払うように腕を振るう。
 それをしゃがんでかわした晶が懐に入り込み、棒を鈴木の腹部に当ててスイッチを押した。
 バン! という音がして、晶の手や胸や顔が黒いすすに覆われ、晶の顔が真っ黒になった。
「晶、なんだかコントみたいだね」
 感心する西村。
「秋彦おおお!」
 鈴木の猛攻撃をかわしながら晶が秋彦の方を見る。
「しまった……」
 珍しく秋彦の顔色が変わっていた。
「パーティジョーク用に取っておいた小道具が」
「パーティジョーク!?」
 思わず叫ぶ晶。
「何だそりゃあ! おい、秋彦!」
「申し訳ありません、兄さん。こっちでした」
 そう言って黒い棒を投げる秋彦。
「大丈夫なのか、おい」
 飛んできた黒い棒を嫌そうに受け取る晶。
「大丈夫です!」
 力強くうなずく秋彦。
「まったく、何で俺がこんな目に……」
 ぶつぶつ言いながら鈴木の攻撃をかわし、懐に入る晶。そのまま鈴木の腹部に棒を当ててスイッチを押した。
 バン! という音がして、鈴木の動きが止まる。
 そして支える物がなくなったかのようにゆっくりと倒れる鈴木。そのあとを追うように倒れる晶。
「あれ? 晶どうしたの?」
 驚く西村。あごに手を当てている秋彦。
「ああ、そういえば」
 何かを思い出したように秋彦がつぶやいた。
「絶縁するのを忘れていたような気が」
「という事は、ひょっとして」
「兄さんにも電気ショックがいったようですね」
「大丈夫かな、晶」
 晶が倒れている所へ駆け寄る西村。
「……大丈夫なわけ……ないだろ」
 床に寝転んだまま晶がうめく。
「兄さん、もう喋れるのですか。さすがですね」
 感心する秋彦。
「……秋彦……あとで殺す」
 誓いを立てる晶。
「わ、鈴木君を見て」
 西村が指差す先では、鈴木の体がだんだん縮んでいくのが見えた。
「栄養剤の効果が切れたみたいだね。まああれは即効で効く分、効果が切れるのも早いから」
 うんうんとうなずく西村。
「どうやらこれで一件落着ですね」
 まとめる秋彦。
「……西村……おまえも殺す」
 誓いを立てる晶。
「えー? 僕も? どうし」
 西村の言葉の途中で校舎がゆれた。
「何?」
「地震、でしょうか」
「違う……上だ」
 床に倒れた晶が仰向けになって天井を見る。
「上?」
 見上げる西村。すると、轟音と共に天井を突き破って何かが落ちてきた。
 それは三メートルほどの巨人だった。
「………」
 全員鈴木のほうを見る。鈴木はすでに元の人間に戻っていた。
「と、いう事は」
 秋彦がつぶやく。
「……西村」
 上半身だけ起こした晶が尋ねる。
「何?」
「鈴木以外のやつにも栄養剤をやったのか?」
「あ、うん。今日はずっと外だったから気分悪そうな人が結構いてね」
「全部で何人だ?」
「えーと、今日は十個持ってきてたから……あれ? もう無いや」
「………」
 校舎のあちこちから、構造上大事な何かが壊れる音が聞こえてくる。
「兄さん、動けますか?」
「……ああ、なんとかな」
 ふらふらと起き上がる晶。
「西村、おまえが鈴木をかつげ」
「あ、うん」
 鈴木を背中にかつぐ西村。
「それじゃあ校舎から出るぞ! 急げ!」
 走り出す3人。
 崩れだす校舎。
「何でこうなるんだ!」
 叫ぶ晶。

 こうしてよその校舎は崩れ去り、通学するはずだった場所はまた消えた。














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