「ルイザ婆よ! 手伝いにうってつけの子を見つけてきてやったぞ!」
ミダイはルイザの家に着くや、ずかずかと入口をかいくぐり、明け透けな大声で言い放った。
囲炉裏端で夕餉の支度をしていたルイザは、その手を止め、夕暮れ時に訪れた異端な二人の客人を訝しげに迎え入れた。
ルイザは銀髪をひっつめにし、やや背中の曲がった小柄な老婆だった。
顔に深く皺が刻まれているところを見ると相当な歳のようだが、足腰はしゃんとしていて年寄りくさいところはなく、むしろ精悍さが感じられた。
頑固で気難しそうな一人暮らしの老婆は、いかめしい目つきでじろりとミダイを睨んだ。
「浜育ちか……。名は、何という?」
ルイザは、今度はミダイの脇に立つその子に視線を移すと、日焼けした顔から、むき出しの素足までをなめるように見渡しながらたずねた。
脇からミダイに頭を小突かれて、ようやくその子がぼそりと呟くように答えた。
「……セネカ」
「ほおう――? 男名ではないか。すると、お前さんは坊か?」
この問いはミダイにとって相当おかしかったらしく、ミダイは腹の底から声をあげて笑った。
「ルイザ婆。こんなチンケなおなごがおろうか! のう? ボウズ!」
ひとしきり豪快に笑ったあと、ようやくミダイは笑いを噛み殺しながら言った。
ミダイはセネカをすっかり男の子と思い込んでいるようだった。が、しかし、これは無理もない話だった。
みてくれは華奢ではあったが、獣を思わせるような瞳はどこか鋭い光を帯びていて、少女のような可憐さはどこにも感じられない。
それに男の子と間違えられても、セネカの口からは文句の一つも出てこなかった。
それどころか、ミダイに調子を合わせるかのようにこくんと頷いている。あたかも自分は男の子だと言わんばかりに。
ミダイは事の次第をルイザに説明した。
ルイザは黙ってミダイの話に耳を傾けていた。
「話をしてみるとなかなか面白い奴でな。口も達者だ。いい話し相手にもなるだろうし、あと三、四年もすれば立派な養い手になって食わせてくれるて」
ミダイは滔々と続けた。
「こいつは仕込み甲斐があるぞ。畑仕事はうちの女房に教えさせよう。男手はいくらあってもいいからな。俺は――何なら狩りに連れて行ってやってもいい」
「おっちゃん! じゃあ、おいらに弓を教えてくれるかい?」
それまでおとなしくミダイの話を聞いていたセネカが息せき切るようにたずねた。
「ようしようし。だが、まずはこの婆にしっかり奉仕してから。それからだ!」
ミダイは饒舌に喋るだけ喋ると、狩りで獲た二羽の兎をセネカに押しつけた。
「大猟だったからな。ほんの気持ちだ」
ミダイはルイザに向かってそう言うと、来た時と同様に意気揚々と引き上げて行った。
セネカは去っていくミダイを眼で追った。
村外れの小さな家の中には、老婆と少女の二人きりになった。
あたりは既に夕闇に包まれていた。
「まったく。お節介で早とちりな奴よ……何をつっ立っておる。火のそばに来て座らんか。ああ――獲物は、そこに置くがいい」
ぽつねんと立ち尽くしていたセネカは、兎を壁際に置くと囲炉裏に寄り、ルイザの際に腰を下ろした。
ルイザは煮えたつ粥を杓子で鍋の底から混ぜ返した。
セネカは膝を抱えてその様子をジッと見つめていた。
「住んどった村はどうした? 焼かれたと言ったな」
しばし沈黙ののち、ルイザはおもむろにたずねた。
「……ティターンの奴らが、火を放ったんだ」
「親はどうした? 家族は?」
「……父ちゃんは死んだ……。ティターンの奴らにやられたんだ。姉ちゃんは、分からない……」
「母親はどうした?」
「……。母ちゃんはおいらが生まれてすぐに死んじまったよ」
セネカは言葉少なにそれだけを言うと、黙りこくってしまった。
ルイザは炊きあがった粥を器によそい、セネカに手渡した。
セネカは短く礼を言うと、貪るように粥をすすった。
よほどお腹が空いていたらしく、セネカはあっという間に器を空にした。
ルイザは二杯目の粥をセネカにすすめた。
セネカは目をぱちくりと瞬かせてルイザの方を見た。
「わしはちいとあれば十分じゃ。お前さん、骨と皮ばかりではないか。遠慮せずに食え」
ルイザのすすめにセネカは素直にこくりと頷くと、今度は味わうようにゆっくりと器を傾けた。その横顔はまだあどけなく幼い。
人心地ついた頃を見計らい、老婆は遠慮なくたずねた。
「お前さんはなぜ、嘘をつく? 本当はおなごであろう?」
セネカの小さな肩がびくんと跳ね、鳶色の瞳に驚きの色が浮かんだ。
見た目で性別を暴かれるとは思ってもみなかったのだろうか。
しかしルイザの目は節穴ではなかった。
「その"セネカ"とかいう名。本当の名ではないな? なぜ名を偽る? 真の名は何というのじゃ?」
ルイザの有無を言わせぬ問いかけに、セネカは戸惑い、しばらく言葉を失っていたが、やがて観念したように重々しく口を開いた。
「本当の名は……。セナ……だ」
「ほう。セナ、か。よい名ではないか。では、セナ――」
「でもおいらはセネカだ。セナは――セナはもう、いない」
セネカはルイザの言葉を遮り、きっぱりと言った。
「やれやれ。おかしなことを言う子だわい」
ルイザはますます呆れかえったように肩をすくめた。
「そんな"なり"で、セネカなどという男名なんぞ名乗っておったら、男と間違えられるぞ――ほれ、さっきのミダイのようにな。お前はおなごなのだから、きちんとした身なりをして、髪も鋤いて、言葉遣いも――」
「間違えられてもいい。おいらは構わない」
そう言うと、セネカはかたくなに口を結んだ。
「……」
ルイザは何も言わずセネカを見据えた。
セネカもルイザを見返していたが、諭されるような眼差しに耐えきれず、ふっと視線をそらした。
「なぜにそれほど頑固になるのかのう――どれ。この婆に話してみんか? んん?」
一瞬、セネカの表情にためらうような戸惑いの色が浮かんだ。
しかし、それも束の間。セネカはぎゅっと唇を噛み締め、激しくかぶりを振った。そして、食べかけの器を床に置くと膝を抱え込み、それからはルイザが何を聞いても答えようとしなかった。
「やれやれ――」
ルイザは、それ以上何も訊ねることはしなかった。
夕餉の器を片付け終わると、ルイザはセネカに床に就くように言った。
一日歩き通しだったのだろう。元気を振る舞っていたが、その表情に疲労の色が濃く浮かんでいるのをルイザは見て取った。
「納屋から藁を一抱え持って来い」
そしてルイザは家の中の一角を指し示した。
「そこが空いておる。蓆を敷いくがいい。上掛けはそこじゃ。布は貴重だから、大切に使え」
こうしてセネカは村外れに住む老婆と一緒に暮らすこととなった。
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