アリオンとセネカは山道を下っていた。
斜面は急な下り坂だったので、二人は歩調を合わせ慎重に進んでいた。
やがて、眼下はに小さな一軒家をのぞむことができた。
土壁造りのその家の周りには、川魚の干物を吊るした縄が張り巡らせてあるのが見える。
家の窓からは湯気が立ち上り、慎ましく温かな生活の香りが感じ取れた。
「あの家だ。間違いない」
アリオンがその小さな一軒家を指差した
「……。夢の――黒の獅子王ってヤツのお告げで言ってた家かい?」
うそぶくようなセネカの問いにアリオンはうなずきで答えた。
セネカはいかにも気に入らないといった様子で小さく鼻を鳴らした。
アリオンとセネカは海を目指して、南へと向かう旅の途中だった。
オリンポス兵の追跡から逃れて、もう二日目になる。
追っ手から逃れた二人は、一旦林の中に身を潜め新手の兵士が追尾して来ないのを見定めたのち、陽が落ちるまでの間ひたすら歩き続けた。
次の追っ手が必ず来ないとも限らない。馬を駆られでもしたら、それこそたちまち追いつかれる。そうならないためにも出来るだけ距離を稼いでおく必要ある、というのがアリオンの考えだった。
命からがらの目にあったセネカはしばらくは放心状態で自力で動くことすら出来なかったが、アリオンに励まされ、支えられながら健気に歩みを進めた。
ようやく高台まで逃げのびた頃、セネカは遂に疲労困憊のため倒れこんでしまった。
その場で一夜を明かした翌日の朝のこと――。アリオンはセネカにこう言った。
「このまま南に下って海に向かう。ピレウスの浜辺に行くつもりだ。君も一緒に行こう」
聞けば、夢にまたあの獅子の顔をした男が現れ、そう告げたというのだ。
「なんで――おいらがそんなワケの分かんないヤツの言う通りにしなくちゃいけないんだよッ!?」
セネカはアリオンが話を締めくくるなり、憤りを露わにして大声を張りあげた。
「冗談じゃない! それに、なんでお前と――胸くそ悪いティターンなんかと一緒にどこぞに行かなくちゃならないんだよ! 人がへいおんぶじに暮らしてたとこにいきなり現れがって――いい加減にしろ! バカッ!」
セネカの剣幕は相当なものだった。
困り果てたアリオンはひたすら謝るしかない。
「ごめんよ。君を巻き込んでしまって……その……そんなつもりじゃ――なかったんだ」
セネカには分かっていた。
アリオンは自分の意思であの村外れの家にやって来たわけではない。
傷を負い意識を失っているところを黒の獅子王によって運ばれたのだ。だから勿論、アリオンの言葉に他意はない。
それに本当ならアリオン一人で村を出ていく手筈になっていたところに、のこのこ飛び込んで行ったのは自分の方だ。
セネカは自分の愚行を呪い歯噛みした。
しかも――。
ゴタゴタに巻き込まれたものの、アリオンは命を救ってくれた。
目の前にいる少年は、言わば命の恩人である。本来なら手厚くお礼をすべきところだ……。
「おい! その剣! その剣はいったいどうしたんだよ!」
セネカは矛先をアリオンが手にしている剣に向けた。
「うちに転がり込んできた時にはそんな剣、持っちゃいなかったはずだ。どっかに隠してたってのか!? それとも……あッ!!」
今やセネカの顔は怒りと興奮のあまり上気していた。
「さては最初っからおいらを出し抜こうとしたんだな!? このペテン師!!」
「違う!」
アリオンは血相を変えて叫んだ。
「落ち着いて聞いてくれ。僕は――」
「これが落ち着いて聞いていられるかッ! この極悪非道野郎! 血も涙もないティターンの言うことなんて誰が信用できるかよ!!」
セネカは声がかれるほどの大声を響かせた。
これだけ言ってしまうとセネカは荒げた息を整えるため、しばらく押し黙らなければならなかった。
アリオンは――と、見ると落胆したように目を伏せうつむいている。
セネカの胸がずきんと痛んだ。
少し言いすぎた――。
セネカは後悔したものの、詫びの文句が喉元に引っかかっり口にすることが出来ない。
しばらくのあいだ、二人の周りに重く気まずい空気が流れた。
やがてアリオンが口を開いた。
「あの時――君と、ミダイという人が出て行ってから――」
アリオンは訥々とした口調で話し始めた。
同じくうつむいていたセネカは面をあげた。
アクセスありがとうございます。
今回は分割の関係で少し短めです。
セネカ、そこまで言う…^^;
コウミ
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