『アリオン』(漫画・映画・小説)を下敷きにしたお話です。
主人公セネカは、映画版仕様のセネカをベースとしています。
セネカの視点で『アリオン』の物語が展開します。
セネカはアリオンと出会う前です――。
オリンポスの峰から幾里か離れた山の麓に小さな村があった。
その村は決して裕福とは言えなかったが、村の民たちは土地から得られる収穫物と獲物を糧に、皆が慎ましくも懸命に暮らしていた。
その日――村の家々が間もなく黄昏色に包まれようとする頃、だらだらとゆるく下る尾根づたいの坂道を一人の男が歩いていた。
狩りからの帰宅の途なのだろう。その男は牝鹿を担ぎ、手には兎を二羽ぶらさげていた。
狩り場で仕留めたのは久しぶりの大物だったに違いない。男は鼻歌まじりのほくほく顔だった。
担ぎあげている牝鹿は決して小さな獲物ではなかったが、その足取りはさも軽そうにも見える。
実際、その男は鹿の重量などものともしないほどの大男であった。
その意気揚々と歩く男の後ろを、一人のやせっぽちの子どもが、身の丈ほどもある弓と数本の矢が挿しこまれた矢筒をしっかりと腕に抱えながら、懸命になってついて来ていた。
抱え込んだ弓と矢は男の持ち物だということは誰の目から見ても明らかだった。
なぜならそれは小さな子どもが携えるにはあまりにも大きく、不釣り合いだったからだ。
このちぐはぐな二人連れは、ほどなく、今度はゆるやかに上る小路にさしかかった。
その先には数軒の民家が立ち並んでいる。
おそらくその内の一軒がこの二人の住まいなのだろう……。
「ミダイが狩りから帰ってきたよ」
一人の若い娘が、家の窓からひょっこりと顔を覗かせながら言った。
「それじゃ。私、そろそろ帰らないと。レダ、仕立ててくれてありがとう」
「気をつけてお帰りよ。転ばないように。もう、あんた一人の体じゃないんだからね? テオドラ」
家の奥で釜戸に熾した焚きつけの様子を見ていたレダは、いとまを告げるテオドラを気遣うように戸口まで送り出した。
テオドラは愛しげに自らのお腹をさすりながら、ゆっくりと頷いた。
せり出し始めたお腹には、数ヶ月のちには産声をあげることになっている新しい命が宿っていた。
テオドラは、レダから受け取った衣服を大切そうに抱え、にこやかな笑顔を浮かべた。
「平気よ。もう子どもじゃないんだし――あら。サミュエ。上手にできたね」
家の外では一人の少年が地べたに座り込み、せっせと粘土をこねあげ手製の瓶を仕上げていた。
サミュエと呼ばれたその少年は、テオドラに向かって無邪気な笑みを浮かべながら嬉しそうに頷いた。
「ずいぶんと上達したんだよ。この村で水瓶を作らせたらピカイチさ……おや?」
ふと、レダが怪訝そうに眉をひそめた。
夫のミダイが獲物を担いで家路を急ぐ姿を認めたからだが、それと同時に、レダの目は夫の後方にいる小さな子どもの姿を捕らえていた。
「誰だろうね?」テオドラも不思議そうに呟いた。「村では見かけない子だよ?」
「村の子じゃない。ミダイったら、どういうつもり――?」レダは、気難しげな様子で腕組みをした。
レダは、器量良しの部類ではなかったものの、前向きで勝気な性の彼女は、村の女衆の中でも頼りになる存在であった。
しかし気さくで親しみやすい印象とは裏腹に、黒みを帯びた瞳は、どこか悲しげな影をたたえていた。
そんなレダの目に映る見知らぬ子どもの姿は、まるで主人に随行する手下のように狩り道具を抱えて、ミダイに追いつこうとしていた。
この二人連れが到着するまでにしばらくの間があったため、レダはテオドラと共に家の戸口まで行き、二人を出迎えた。
「レダ! サミュエ! 喜べ! 今日のは大物だぞ!」
どさりと肩から牝鹿を担ぎ下ろすと、夫のミダイは野太い声を張り上げ、誇らしげに言い放った。
ミダイは木炭のように黒い頭髪と髭をぼうぼうに生やし、大柄でがっちりした体躯の男だった。
見上げるほどの大男ではあったが、熊のような外見とは似つかわしくない少年のように澄んだ瞳と穏やかな眼差しは、彼の素直で朴訥な性格を表していた。
獲物を前にしたサミュエは歓声をあげると、作りかけの瓶をほっぽり出したまま、ずるずると牝鹿を家の奥へと運びいれた。
「よお! テオドラ! 調子はどうだ? 腹ん中の赤ん坊は元気に育っとるか? ああ?」
ミダイはテオドラに向かって、彼流の愛想たっぷりな言葉を投げかけた。テオドラは、少し困ったような微笑をもらしながら「おかげさまで」と、短く答えた。
ミダイは、次に二羽の兎を足元に置くと際に立つ子どもから弓と矢を受け取った。
「おお、すまんな。ご苦労ご苦労。……? お? おお。それとな――」
ミダイはようやくレダの勘ぐるような視線に気づくと、子どもの腕を掴み、ぐいと自分の前に引っ張り出した。
その子は――。歳の頃は十歳くらいだろうか。
一目で潮焼けと分かる浅黒い肌に、ざんばらに刈りこまれた褐色の髪の毛が子どもの小さな顔を覆っていた。
痩せた体は鎖骨と踝の骨がくっきりと浮き出すほどか細く頼りなかったが、面持ちは硬く、多少のことでは挫けないといった気丈さが見て取れた。
身にまとった短い丈の衣服からは、膝小僧の目立つ細い足が突き出している。
中性的な顔立ちのため、その子は一見、男の子なのか女の子なのか見分けがつかなかった。
「この子は……いったい?」
レダは戸惑いを包み隠すことなくミダイにたずねた。
子どもは口を真一文字に結び、その目はレダをジッと見据えていた。
「拾った」
「ひ、拾った!?――って……ミダイ、どういうこと?」
ミダイの返答にレダは思わず言葉を喉に詰まらせた。
「おお。狩り場の山ん中でな。住んどった村を焼け出されたらしい。ほれ。お前も覚えておろうが。村の丘の頂から見えた黒煙を」
「覚えているさ。このあいだの……満月の頃だったね。確か」
「おおよ。そいで命からがら逃げ仰せて、方々をさ迷い歩いとるうちに山野に入って雨風をしのいでおったということだ」
「じゃあ、この子はそれからずっと一人で山の中にいたってことかい!?」
レダが思わず驚きの声を上げて、テオドラと目を見合わせた。
「そのようだ。雨水と木の実で食い繋いで、ようよう野垂れ死にしかけとるとこを俺が見つけた。そうして拾われた、っちゅうわけだ。全くもって運のいい奴よ。余程の加護と生命力があるとみえる」
「かわいそう……辛かっただろうに……」テオドラが小さな呟きをもらした。
ミダイの一通りの説明を聞き、事の経緯と事情が呑み込めたレダも、改めて子どもの方に目を移した。
しかし、子どもは憐れみのこもった二人の視線を跳ね返すようにそっぽを向き、さらにその表情を硬くした。
途方に暮れたレダは溜め息を一つつくと、ミダイの同情と満足感を含んだ態度に釘を刺すように言った。
「でも……どうするんだい? ミダイ。うちは上の息子を城に取られて――手のかかるサミュエもいるし。これ以上食いぶちを増やす余裕が無いってことは分かってるはずなのに」
「それよ!」
レダの指摘をさらりとかわして、ミダイは待ってましたと言わんばかりに大げさな身振りをした。
「今からルイザ婆のとこへ行って来る」
「えっ!? ルイザのところへ? 今から?」
「前々から気になっとったんだ。若い居候でもおれば一人暮らしの助けにもなろう、とな。ルイザ婆には俺も、倅たちも世話になっとるし。恩返しくらいせにゃ」
「恩返し……ねぇ。話し相手と飯炊きの役に立つだろうけど……」
「なあに! じきに立派な働き手になるって。なあ? ボウズ!」
「ボウズ!?」
「うかうかしとると日が暮れちまう。ボウズ、行くぞ!」
ミダイは、大きく顎をしゃり出発を促した。
「じゃ、行ってくるぞ! 帰ったらすぐに飯を頼む。腹ぺこだ。ああ。こいつは婆さんへの手土産に持っていくからな!」
ミダイは足元に置かれた二羽の兎をひょいと肩に引っ掛け、踵を返した。
レダは、夫が子どもを引き連れ大股で家をあとにするのを呆れ顔で見送った。
「やれやれ。世話好きなんだか。お節介なんだか……」
「ミダイらしいよ」
溜め息交じりに肩を落とすレダに、テオドラが優しく声をかけた。「でも……。あの子……男の子?」
「あの人の目はまったくの節穴だね! あの子……あんな"なり"をしてるけど、女の子だ」レダはきっぱりと言った。
「やっぱり。そうだよね? 私も女の子だと思った」
レダとテオドラは肩をすくめ、困惑した面持ちでお互いを見あった後、小さくなっていく二人の姿を目で追った。
ミダイは、その――少女を従えて、今度は村外れの一軒家に向かうために大股で歩みを進めていた。
アクセスありがとうございます。
『Sena』の作者 コウミ と申します。
おぼろ気に描いていた妄想があたたまり、更に具体化し、完結のイメージまで描けたということもあって、お話(小説)を立ち上げました。
「形にしてみたい」という熱い思いもありました。
こちらは『アリオン』大好き故の妄想の産物です。
あくまでもファンフィクションですので、その旨ご了承いただけたらと思います。
作者の コウミ は執筆は初挑戦です。
文章力、表現力、語彙、構成など拙い部分が多々あるかと思いますが、頑張って精進していきますので、長い目で見ていただけましたら幸いです。
また、ひと言、感想などいただけますと、とてもありがたいです。
※『Sena』は、セナ と読みます。今後、第十章に出てくる予定です。
コウミ
☆☆☆
以下は追記です。
章タイトルタイトルを「プロローグ」から「序章」に変更。
サブタイトルを「小さな新参者」としました。
2011.3.4
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