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黒姫の魔導書 作者:てんてん

第5章 祭りと騒ぎとその後と

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第11話 伝説の食材

 次の日、先行して出来上がった魔法具を台本と共にノバルト達に人数分預けた。もちろん二つ返事で了解を得られたため、説得の必要はなかった。どことなく頬が引きつっているように見えたが、レネはにこやかに無視した。

 そして帰って来てから、今度はエルセリアとセリエナと共に打ち合わせを始めていた。

「良いなぁこれ」

「ありがとう。自信作だからね」

「子供達は喜びそうですね」

 レネの部屋にて、エルセリアとセリエナは出来上がった魔法具を試験して喜んでいる。今使っているものは使い魔用の徽章で、ふさふさの白毛に覆われた子犬が尻尾を振りながら手の平の上で愛想を振りまいていた。

『種類はそれの色変わりだな。黒、茶、金、赤など、時間をもらえれば調整して封入可能だ』

「猫とか鳥はないのですか?」

『無い。亀とか馬とか牛とか羊は出来るぞ。なんなら蜘蛛や蛸にするか?』

「それはちょっと……」

 セリエナの問いに杜人はあっさりと答え、聞いていたエルセリアも残念そうに笑った。

「型を構築できれば良かったんだけどね。複雑すぎるからこれもモリヒトの術式をそのまま使っているんだよ。だから完全に取り込み終えた魔物以外は無理なんだ。それに犬なら前に作ったものを使えるから楽なんだよ」

 杜人が精製したお茶を飲みながらレネはほっと息をはいた。実体化していないので黒姫徽章の騎獣よりも簡単な構成だが、だからといっていきなりできるわけが無い。そのため制御部分と全体の統合をレネが担当し、外側を杜人が担当していた。

「確か、もっと深い階層に猫に似た魔物が居たような……」

『こらこら、今からでは時間が無いから諦めろ』

「そうだね。これからは宣伝用の魔法具に取り掛からないと駄目だから、種類を多くできないんだよ」

「材料集めもまだありますね」

 放置すると狩ってきかねないエルセリアの様子に苦笑しながら説得する。そのためエルセリアも笑って諦め、お茶を飲んだ。

「仕方ないので諦めます。……このお茶は精製したものですよね。とてもおいしいです」

『ありがとう。そういってもらえると頑張った甲斐がある。な?』

「そうだね……」

 試飲したときに飲みすぎたレネは、遠くを見ながら同意する。あのときはもうお茶は飲まないと思ったのに今は普通に飲んでいるので、おいしいことは間違いない。

『味は一度固体化したもののほうが良いようだ。精製しただけだと何故か尖った味になる。ちなみにこれが果物を精製して固体化したものだ。これは齧っても意外とおいしいらしい』

 杜人が示したものは色とりどりの葉である。大きさが指程度あるので意外と大きく見える。それをレネは手にとって口に含んだ。

「お腹は膨らまないけれど栄養はあるし風味も味わえるよ。それに齧っていると溶けてなくなるから出さなくても良いんだよ」

「あ、本当だ。最高級の茶葉と同じなんだね」

「普通の葉は残るのにどうしてでしょう?」

『一定以上の破損によって固体化が解除されるからだな。元々が粘液生物の変化だから同じ性質を持っているんだ。だから最高級の茶葉は、下手に加工すると形を維持できずに溶けることになる』

 杜人の説明に三人は揃って頷いた。

「それにしても甘いものばかりだね。これなんかもう少し酸味が強いほうが良くないかな」

「え、そのほうがおいしいでしょ?」

 エルセリアの疑問にレネは不思議そうに小首を傾げる。出されている葉はレネの希望によって甘みを中心として精製している。酸味などは極力抑えられているのだ。

『このように好みはたくさんあるから、売る場合は大勢が好む味にしないと駄目なんだ』

「むぅ、おいしいのに……」

 レネは自分の好みが偏っていることを納得し、寂しそうに作った葉を食べる。そしてやっぱりおいしいと頷いていた。

「これでも大丈夫だよ。それに軽くて保存もできるから、おみやげにも使えると思う」

『潤沢に甘い物を食べている者でなければ逆に好まれるだろうな。それに歩いて疲れているだろうから、普通に飲むよりおいしく感じるはずだ。だから少し調整するだけで十分売れるぞ』

「むー、いじわる」

 上げて下げて上げられたレネは、からかわれたことを理解し唇をとがらせて杜人に抗議する。そんなレネに杜人は手をひらひらと動かしながら微笑んだ。

『人の好みが異なることを理解する役には立っただろう? まあ、お詫びというわけではないが、精製してほしいものがあれば作るぞ? 普通に食べると甘みと苦みが同居していて楽しめないから、苦みを取り除くということもできるからな』

「あー、それじゃあね、腐葉爆樹の実を食べてみたいかな」

「あれですか……」

「確かに試してみたいけど……」

 杜人の提案にレネはすぐに機嫌をなおすと杜人に希望を伝える。そして聞いていたセリエナとエルセリアの引き気味な様子に、杜人は何故か嫌な予感に襲われた。

「腐葉爆樹の実はね、とても甘くておいしいって噂なんだよ。ただ、ものすごく臭くて食べられたものじゃないんだって。一度臭いがつくと十日は取れないとか言われるくらいらしいね。どんな味なのかなぁ……」

 腐葉爆樹は第四十四階層に棲息している動かない植物系の魔物である。幹は真っ直ぐだが表面はぼろぼろであり、樹液が常に漏れ出して腐った臭いを放っている。そして頭上には枝が横に広がっていて、そこに黄色と黒のまだら模様の大きな葉が生い茂っている。

 枝の先には成人男性と同程度の大きさがある光学迷彩された実が垂れ下がっていて、近づくと投げるように枝を動かして切り離す。そして切り離された実は地面に落ちた衝撃で爆発し、中にある白く臭い果肉とともに指先大の種を大量に撒き散らすのだ。ちなみに近距離で爆発した場合、鉄の鎧すら貫通する威力である。

 ならば届かない遠くからと思っても、そううまく行かない。腐葉爆樹自体はその場から動かないが地面を操る力を持っているので、感知範囲に入ると気付かれないくらい上手に地面を動かして引き寄せるのである。感知範囲は上級魔法の有効範囲より広い。そのため不用意に近づけば死が待っているのだ。

 ちなみに果肉の臭いは直撃すると気絶するほど強烈であり、下手をするとそれだけで死ねる威力があるため、未加工で味わうことなどとてもできるものではない。そのため誰がどうやって味を確かめたのか分からない真偽不明の『伝説』であった。そして素材としての利用価値は特になく、代替品が簡単に手に入る程度だったため苦労してまで採取しようとする者はいない。

 レネは味を想像しながらうっとりと微笑んでいる。杜人は森のバターみたいなものかと想像しながらも、嫌な予感は晴れないので断ろうと考え愛想笑いを浮かべた。

『ほ……』

「それじゃあ早速行こう」

「試すのも楽しいかな」

「謎が解明されますね」

 言葉を発する前に座卓にいる杜人を放置し、三人娘は出かける準備をいそいそと始めた。そのため手遅れを悟った杜人は両手を座卓について肩を落とした。

「行くよ?」

「行きます?」

『……何も起きませんように』

 動かない杜人をシャンティナが手の平にのせ、レネの後を追いかける。きっとろくでもないことが起こるのだろうと半ば諦めながら、おとなしく連行される杜人であった。






 そしていつも通り誰も居ない場所を求めて移動し遠くに腐葉爆樹が見える位置まで来た一行は、タマから降りて待機する。目的の腐葉爆樹は広い平原にぽつりと生えていて、枝葉を盛んに動かしていた。

『それで、なぜこんなに遠くで待機するんだ?』

「え? だって臭いがついたら大変じゃない。実を飛ばせる距離は結構あるっていうし、感知範囲も広いから安全な距離は十分取らないと駄目でしょ?」

 何を言っているのだというような目でレネは見つめる。ここは魔法の有効範囲外のため、杜人はやはり俺がやるのかとため息をつく。そして改めて前を向いたところで目を瞬いてから擦り、もう一度前を見つめて首を傾げた。

『……なあレネ、なんだか大きくなっていないか、あれ』

「え?」

「あれ?」

「なっていますね……」

 比較するものが近くにないために気付かなかったが、遠くにあったはずの腐葉爆樹が見る間に大きくなっていた。

「金剛」

 四人がかたまっている横でシャンティナは弓を引き素早く連射する。矢は光の尾を残して飛翔し、何もないはずの空中で大気を震わせながら爆発した。

「ん? くさ……」

「あ……」

「う……」

『だあぁ! ジンレイ開けろ! シャンティナも来い!』

 爆風の余波と共に漂ってきた強烈な悪臭に、レネ達は一呼吸で昏倒する。それを見た杜人は急いでジンレイの領域にレネ達を放り込むと、平気な顔で迎撃していたシャンティナに声をかけて一緒に逃げ込み扉を急いで閉じた。

 内部では既にジンレイが各種魔法薬を使ってから布団にレネ達を寝かせていた。そして終えたところでへたり込んでいた杜人に近づく。一緒に入り込んだ臭いは空気を動かして別の場所に隔離済みである。

「レネ様達には魔法薬を使用いたしました。今のところ異常は見受けられません」

『分かった、ありがとう。シャンティナもありがとう。次のおやつを増量する。休んでいて良いぞ』

「はい」

 シャンティナは嬉しそうにリボンを動かすと、レネの近くに移動して静かに座った。

『まさか、漂ってきた臭いを少し嗅いだだけで倒れるほど強烈だったとは……』

 杜人は起き上がると、レネ達の近くに用意された座卓に移動する。最近は新たな魔物が現れても余裕だったために、すっかり油断していたことに舌打ちをしたい気分である。

「はて、さすがにそこまででは無かったはずですが……」

『そうなのか? そういえば、大きさの割に近づく時間が長かったような……。まさか、主か?』

 杜人は聞いていた大きさと待機した場所で見た大きさを比べ、実際に近づいたときの変化に対する時間が長かったことを思い出した。そして周囲に比較するものがなかったので、もしかしたら巨大な主だったのではと思い顔を青ざめさせる。

「……どうやらそれが正解のようです。先程から扉の位置に攻撃が加えられていますが、実の大きさが聞いていたものより二回りほど大きいです」

 ジンレイは外側に意識を向けると飛ばされてくる実を領域に落ちるようにして静かに回収し、違いを確認して報告する。杜人はそれを聞いて嫌な予感が当たったことに頬を引きつらせていた。

『とりあえず実の回収は続けてほしい。後はレネが起きてからにする。それとシャンティナに何か出してやってくれ』

「承りました」

 指示を出した杜人は仰向けに寝転がって天井を見る。そしてどうしてこうなったと、とても長いため息をついたのだった。





「主?」

『まず間違いない。悪臭がありえないほど強くなっていたし、幹も太く高さも通常の三倍はあるみたいだぞ。今はもう枝の下まで連れて来られた』

 寝ているうちに慌てる時期が過ぎたためレネ達は気が付いてから風呂に入り、今はジュースを飲みながらまったりしていた。外の攻撃は断続的ながらも未だに続いているので、実のほうは大量に収穫できていた。

「けど、主ってこんなに短期間で出現するの?」

「さあ?」

「通常は年単位なはずですが……」

 レネが第四十階層の主を倒してからまだ一年経っていない。階層が違うと言われればそれまでだが、こんなに短い期間に出現するならもっと警戒されているはずだと首を傾げる。

『可能性はいくらでもある。今回は通常の探索区域外で、しかも動かない主だ。俺達が来なければそのまま消えていただろう。開放型の階層は広いから、今までも人知れず消えていた主が居たのかもしれない。ま、どうやってか知らないが隠れているここを知覚して攻撃されてはいるが、実が爆発する前に回収しているから問題ない。知り合いには心配をかけるが、幸い食料はあるから消えるまでゆっくりしよう』

 元々緊急時の避難所として考えていたので、この人数なら年単位でも大丈夫な備蓄がある。そして主は出現してから三日程度で消える。そのため杜人は慌てていないのだが、話を聞いたレネは少し深刻な表情で首を振った。

「主が消える条件は、攻撃対象が居ないことなんだよね。調査のために接触していたときは、一月消えなかった記録があるんだよ」

『つまり、今は攻撃されているからすぐには消えないということか?』

「永遠にかは分からないけれどね。楽観はできないと思う」

 杜人も確かにその通りと思い、それではどうしようかと考え始める。

『少し整理しようか。まず倒すこと自体は問題ない』

「そうだね」

「この階層程度なら、天級魔法を使えば大丈夫だと思います」

 レネとエルセリアは気負うことなく頷く。レネでも星天の杖を使えば倒せることは証明されているし、天級魔法を複数使えるエルセリアが居るので威力だけなら何も問題はないと判断していた。

『問題は、周囲にたちこめていると思われる悪臭だな。一呼吸で昏倒するから完全に防ぐ必要があるし、懐まで連れて来られたから攻撃も激しいだろう。結界で防ぎながらできるか?』

「内部からの魔法以外を遮断すれば大丈夫とは思うのですが……」

 通常の攻撃ならば問題ないと断言できるが、相手が主であるため威力の算定が難しく、何より特殊な能力によって悪臭が結界をすり抜けるかもしれない。結界系の魔法を無効化する魔物は珍しくない。そのため断言まではできなかった。

 杜人は座卓を腕組みしながら歩いて考える。試して確認できれば良いのだが、懐まで近づいた悪臭は確実に致死濃度になっていると推測できるため、迂闊なことはできない。そのため一回で決めねばならず、唸りながら頭を悩ませていた。

『ところでシャンティナは平気だったが、臭くなかったのか?』

「はい」

「……多分あの臭いは魔物には効かないんじゃないかな。シャンティナは体内に魔力結晶を持っているから、それで平気だったんだと思う」

 レネは首を傾げたシャンティナの様子に、思いついたことを述べる。推測の域を出ることはないが、違いと言えばその程度しか思いつかない。その他の面々もそれが一番可能性が高いとして賛成する。

 そしてとりあえずシャンティナには効かないことは事実であるので、杜人はそれを加味して方法を考え始めた。最後の手段はシャンティナによる特攻だが、しばらく近寄れなくなるのは確実なので今は却下している。

 レネ達は考えている杜人の邪魔をしないように静かにしていた。同様のことは何度も見ていて常に解決に繋がる案を出してきているため、黙って待っていても悲壮感はない。

 そうしてようやく考えがまとまった杜人は向き直って話し始める。

『実を回収しているから実験はできる。だがそれでも本体が特殊能力を持っている場合は対処できない。だから臭いを確実に除去する方法を考える必要がある。レネ、結界が役に立たない前提で悪臭を除去する魔法はあるか?』

「んー、無い、かな。普通は結界を使うし、風で飛ばそうにも一帯に満ちているから効果はすぐに出ないよ」

 臭ければ発生源を隔離したり、空気を入れ替えたりするのが普通の発想だ。そのため開発されている魔法も同じような効果となる。杜人は予想通りの答えに頷くと説明を開始した。

『少し話をずらす。まず、臭いというものは目に見えないがきちんと実体として存在しているものだ。それは何かというと、空気中を漂う埃よりも小さい微粒子が臭いの正体なんだ。透明だから見えないのではなく、小さすぎるから見えないものだ』

 レネとエルセリアは聞いたことのない知識に目を輝かせ、セリエナは首を傾げる。シャンティナは静かにジュースを飲んでいた。

『つまり、この目に見えない微粒子を除去すれば良いということになる。この間光系魔法で存在を消去する魔法を使っただろう? あれを改造して微粒子のみ消去する魔法を作れないか? できれば一回のみではなく、持続効果のある魔法にしてほしいのだが』

「天級魔法だから難しいけれど、基礎は一緒だから大丈夫かな。ちょっと待ってね」

 レネは鞄からノートを取り出すと、術式を書き出し始める。エルセリアも横から覗き込んで考え始めた。

「範囲はもっと広げないと駄目だよね」

「ここに指定を入れるの? こっちのほうが速いよ」

「それじゃあこうして、こっちはこう」

「うん」

 いつも通り考え始めたので、杜人はとりあえず座って待機する。そこにセリエナが話しかけてきた。

「質問です。どうして目に見えないのにあると断言できるのですか?」

『もちろん与えられた知識で知っているからだ。実際に見たことはない。だから間違っているかもしれないな』

 鋭い質問に杜人は肩を竦めて答える。臭いが微粒子であることは教えられたことであり、見たことがないのも本当である。そしてこの世界でも同じとは限らないが、物理法則が大きく外れているわけでもないのでまず同じだろうと思っている。

 かといって詳しく説明できるほどの知識も無いので魔導書であることを利用し、誰かは知らないが知識を与えた人が居るという勘違いをする言い方にしていた。そのためセリエナはため息をつくと簡単に引き下がった。

「つまり、実験が必要なんですね?」

『当然だ。たくさんあるから失敗しても大丈夫だ。頑張れよ』

「ありがとうございます。それでは遺言を書いておきます」

 セリエナが何を心配していたのかを悟った杜人は、にやりと笑って親指を立て、セリエナは諦めの表情で微笑んだ。

 セリエナは実験班長のため、犠牲になる確率が大きいのである。実際新規に作ったものは複雑になるほど調整が必要であり、レネといえども一度で完璧なものは作れない。そして実験毎に倒れられても困るので、余っているセリエナが検証をすることになるのだ。

 そういうわけで、セリエナの尊い犠牲により新しい光系統天級魔法『浄煌滅域』が完成したのである。




『それでは作戦を再度確認する』

 時間も遅くなったので一度きちんと眠り、起きてから脱出の段取りに入る。自主的に頑張ったセリエナは何度か風呂に入って復活済みである。

『まずは事前準備として、シャンティナ以外はタマに乗り込む。そしてエルセリアは浄煌滅域を発動させ、レネは第二章の封印を解放して討伐用の魔法陣を描く。セリエナはそれを複写して魔法を構築する』

 セリエナは渡された星天の杖を握りしめながら頷く。方法自体は以前に行っているので詳しく尋ねる必要は無い。

『発動できるようになったらシャンティナが飛び出し、魔法具を発動して周囲の悪臭を消去する。そうしたら全員で外に出て、エルセリアは結界と浄煌滅域を発動、セリエナは主に向けて魔法を発動する。念のためエルセリアは攻撃の準備をしておく。これで大丈夫なはずだが、無理なときは即座に撤収する』

 シャンティナに預けた拳大の精霊結晶には浄煌滅域が封入されている。効果時間も短く使い捨て前提の運用となるが、失敗する可能性を排除するためなので使用をためらう者はいない。浄煌滅域は範囲固定型の魔法のため、事前に使っても外部まで影響が及ばないのである。

 本当はエルセリアが攻撃まで行えれば確実なのだが、主からも攻撃されるので最初に防御しなければならず、威力も推測しかできないため魔法を即座に発動できるエルセリアが防御担当となった。

 そして第三章の封印を解放すればレネひとりでも討伐可能なのだが、次の日に動けなることと余裕を持たせるために、以前のようにセリエナがレネの魔力を使うことにした。

 後はシャンティナ以外はタマに乗っているので、何かあっても杜人の判断で即座に逃げることができるようにしている。

『何か質問はあるか? ……無いようなので始めようか』

 杜人は全員を見回し、全員がきちんと理解していることを確認した。そして全員が頷いたところでタマを呼び出して乗り込ませる。

「ご武運を」

 そして事前準備を終えたところでジンレイが一礼してから入口の扉を一気に開き、張り付いていたシャンティナが同時に飛び出した。

「えい」

 言われた通り結晶体に魔力を叩き込む。すると結晶体は輝きながら砕け散り、発生した光の領域を一気に拡大していく。陽が差し込んでいる下でもその境界面が分かるほど煌いていて、魔法の効果がきちんと働いていることを示している。そして目の前にそびえ立つ腐葉爆樹も範囲内に入ったため、全体が輝いて存在を強烈に主張していた。

「わぁ、綺麗だね。結界、浄煌滅域」

 エルセリアはその光景に微笑むと瞬時に天級の結界を発動した。そして少し遅れてから結界の外で爆発が連続で起き始め、空間の光の煌きが一気に増加した。

「あれ全部悪臭の元なんだよね……」

『実験通りの結果で良かったじゃないか。良いぞ、決めてしまえ』

「レネ、行きますよ。……氷域嵐舞!」

 セリエナの宣言と同時に目の前で展開していた魔法陣が消失し、腐葉爆樹の根元に魔法陣が現れた。そして根元のほうから氷に覆われながら周囲まで白くなっていき、急激な温度変化によって大気が音を立てて動き始める。

「なんだか攻撃よりもこっちのほうで壊れそうだよ」

 逃げる暇もなかったので、現在位置はしっかり氷域嵐舞の効果範囲に入っている。そのため結界の外は真っ白であり、何が起きているのかを知ることが出来なくなっていた。天級の結界のため一気に崩壊することは無かったが、耐久力が減っているのは確実なためエルセリアは重ねて結界を構築する。

 といっても慌てるような事態ではなく、万全な状態のエルセリアにとってはそんなに難しいことではない。そのため話しかたにも余裕があった。

「リアに任せて正解だったね」

「本当に……、そうですね」

 急激な魔力の消費にも慣れて回復速度も上がっているレネは平気な顔をしていたが、セリエナのほうは力なくタマに寄りかかっていた。もちろんセリエナのほうが普通であり、慣れるような運用をしているレネのほうが変なのである。

『そうだな。実に安心できる。……お、終わったな』

 そんな話をしているうちに時間が過ぎ、一気に視界が開ける。視線の先では急速冷凍から解放された腐葉爆樹が芯まで凍りついた姿で立っていた。それをジンレイが領域を開いて飲みこんでいく。そしてすべてが消えたのを見届けると、レネはほっと息をはいた。

「何も無くて良かったね。心配していると悪いから急いで帰ろう」

「それじゃあ解除するね」

『いや、もう少しま……』

 周囲は明るい日差しが差し込んでいる。そのため反応している輝きが見えなくなったため、エルセリアは杜人が止める間もなく結界と浄煌滅域を解除した。するとそこに氷域嵐舞にてかき回された風が吹き込んできた。

「うーん、空気が……ん? くさ……」

「あ……」

「う……」

『だあぁ! またか!』

 効果範囲外から吹き込んできた風に含まれていた悪臭に、またもや三人娘はあっさりと昏倒する。終わったと思って安心し、揃って深呼吸した結果である。杜人は慌てて扉の中に逃げ込み、ジンレイに託した。

『明るいから見えていなかったのか……。シャンティナ、少し休憩だ』

「はい」

 杜人は臭いが取れないという情報から、強固に残存する成分もあるのだなと思っていた。そのため止めようとしたわけだが、レネ達は反応が凄かったことと終わって油断したため、薄く光っているものを見逃してしまったのだ。

『さて、待つ間に希望を叶えるとするか』

 昏倒しても特に異常はないと分かっているため、杜人は落ち着いたものである。別室に移動すると回収していた実をタマに取り込んで加工を開始した。その横では何故か付いてきたシャンティナがリボンを揺らして出来上がりを待っている。

 このときの試作品は、すべてシャンティナのおやつとして消えることになった。ちなみにリボンは上機嫌に振られていた。

 そうしてレネ達が目覚めたとき、杜人は何も言わず、シャンティナも目を合わせないようにしながら、いつも通り静かに待機したのであった……。
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