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黒姫の魔導書 作者:てんてん

第5章 祭りと騒ぎとその後と

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第09話 甘えと油断が招くもの

「あら、これは困りましたね」

 ルトリスの縁戚である事務局員からこっそりと伝えられた情報によって包囲網を知ったエルセリアは、配置図を見ながら少しも困った様子を見せずに微笑んだ。

 実際エルセリアにとっては妨害されても支障ないのだが、ルトリスにとっては問題である。そしてその責任者はちょうどよく王都に滞在している。そのためエルセリアは外出の準備をすると、どことなく楽しそうに目的地へとゆっくり歩いていった。





「……」

「お茶の種類を変えました? 少し品質が落ちているような気がするのですが」

 エルセリアは現在、王都にあるルトリスの邸宅に来ていた。一応エルセリアにとっても自宅のひとつであるはずなのだが、年に数える程度しか来ないので感覚としては他人の家である。

 そこでエルセリアはふかふかのソファに座りながら優雅にお茶を飲んでいる。そしてテーブルを挟んだ正面には、どうしてこうなったという表情でため息をついているライルが座っていた。身に纏っている色彩が同一なため、こうしていると誰が見ても兄妹だと分かるくらい似ている。

 テーブルの上には広げられた配置図があり、ライルの頭痛を引き起こしている原因となっていた。今までの傾向から、講義に対して何らかの妨害をするのは確実である。そしてそれによって客が不愉快な目に遭えば、無様として笑い者になりルトリスの名に傷がついてしまうのだ。

 ちなみに同様の報復をすることは可能である。しかし、それをすればフォーレイアの同列として別の意味で確実に笑い者になる。ルトリスとしてはフォーレイアに笑われるのはどうでも良いが、他の貴族に対する体面があるので己を下げる行為をするわけにはいかないのである。

 そのためライルは、我関せずと微笑んでいるエルセリアをほんの少しだけ恨みがましく見つめてしまう。

「流通量が少ない上質な茶葉の買い占めをしている馬鹿が居て、品薄で価格が高騰している。だから今は客に出すものだけにしている」

 理由が分かっているのに聞くなという声が聞こえそうな口調でライルは答えた。もちろんエルセリアはその程度のことでは欠片も反応しない。

「それなら仕方ありませんね。ところで、あとはお任せして構いませんか? 一応改善案は考えて来ましたが」

 最後に聞きますかと問いかけるように小首を傾げて微笑んだ。エルセリアはルトリスとしての義務を怠けることなく果たしているので、思いついた案を隠すことはしない。と言っても、今回はあくまでもルトリスの構成員として動いているので判断は行わないことにしている。

 ライルもそれを承知しているため、ため息と共に頷いて先を促した。

「この会場を放棄して、こちらの屋外訓練場に移動します」

「……広さは十分だが、そんな奥で客が来るのか?」

 エルセリアが示した場所は、学院の奥にある屋外訓練場の奥地である。入口付近はレネが広く占拠する予定なので辿り着くにはレネの会場を通過しなければならない位置である。現在はレネの名前で登録されているが、来る前に確認はしているので移動に問題は無い。しかし、開催しても客が来ないでは笑い者になるのは変わらず、エルセリアもそれは理解しているので慌てずに理由を追加する。

「例年通り入口に案内看板を出すだけなのですから、場所がどこであろうと関係ありません。それに講義は時間を区切っているので開始前に来場した者しか受講できませんし、知らずに来ても無駄足になるのはどこでも変わりません」

 エルセリアはどこで行おうと集客は変わらない根拠を流れるように説明した。そしてついでのように本音も付け足す。

「それに手前のここでは軽食や飲み物を取り扱っています。来場者の分をルトリスで負担すれば、品薄のものを高く買う必要はありません。ひとつ試食しましたけれど、味は良かったです。珍しい食べ物が多いので、話題にもなるでしょう。次回の講義を待つ待機場所としても利用できます」

 もちろんここで言いよどむことはなく、微笑みながら最後まで言いきった。ライルはエルセリアとレネがとても仲が良いことを知っているので、分かりやすい要求にため息をついた。

「まさか、親友と学院祭を一緒に楽しみたいからではないだろうな?」

「もちろんです」

 ライルの確認にもエルセリアは動じない。しばらくの間無言で見つめ合っていたが、ライルのほうが根負けして目をそらした。

「……分かった。必要なものは手配しておく。細かいことはそちらで調整して良い」

「分かりました。お兄様は話がきちんと通じるので助かります。それではよろしくお願いします。任されたついでに、火の粉も多少消しておきますね」

 そう言ってエルセリアは嬉しそうに微笑むと、その他の関連情報も聞いてから挨拶をして屋敷を後にした。見送ったライルは疲れたようにソファに力なく身を沈める。

「褒め言葉になっていないのがなんとも……」

 通常は話が通じるというのは理解が早いという褒め言葉になるのだが、エルセルアの場合は文字通りの意味である。ちなみに話がきちんと通じなかった人物は王都に寄りつかなくなっている。そしてエルセリアは間違いなく優秀であり、今のところ最もルトリスに必要な人材である。

 そのためライルは色々な感情が混じりあった微妙な表情になりながら、本日何度目か分からないため息を深々とついたのだった。





「というわけで、資金集めなら品薄な高級品が狙い目かな」

『おお、それは良い情報だ!』

「ありがとう!」

 エルセリアは帰る足でレネのところに赴き、場所替えの挨拶とついでに得た情報を教えた。目減りしていく貯金にため息をついていたレネは小躍りしながら喜び、杜人も増枠した予算でも足りなくなったらどうしようと悩んでいたので、無意味に回転しながら全身で喜びを表している。

「……原因はいつものですか?」

「そう」

 そんな浮かれた二人をよそにセリエナは小声で問いかけ、エルセリアも笑顔で小さく頷く。そのためセリエナはエルセリアが情報をわざとレネに流したと確信した。そのため実行したであろうアイリスは今頃浮かれているだろうなと思いながら、こんなに馬鹿だったのかと思わずため息をついた。

 そうしてレネと杜人の喜びの踊りが終わったところで、既にフォーレイアと決別しているセリエナが行動を促した。

「それでは、とりあえずかなり高騰している茶葉辺りから採りに行きましょうか」

「そうだね」

「たくさん採れると良いね」

 エルセリアはにこにこと微笑んでいる。情報を教えたのはレネのためでもあるが、フォーレイアへの意趣返しでもある。ライルから期限を区切って供給される分を買い取っているとの情報を得たので、そこに随時供給を行い資金を吐き出させるつもりである。

 ちなみにエルセリアはここに来る前にダイル商会に寄り、リュトナと少しだけ会話をしてきた。

「今度レネに、品薄になっている高級茶葉の採取を勧めようと思っているのです。他にもあれば喜ぶと思いますよ。教えて頂ければ伝えますが」

「それはぜひお願いしたいです。今年は品薄になるものが多くて困っていたところでした。それでは伝えて頂けますか」

 リュトナも実に良い笑顔で賛成していた。まともな商人ならフォーレイアのやり方に眉をひそめるのは当然であった。後は取り扱っている商会同士で上手に調整をすれば完了である。

 権力を持つ大貴族であっても、この場合は正しい商取引のため直接報復を行えない。そんなことをすれば、間違いなく暇人な『悪人の敵』を呼び寄せてしまう。そうなれば痛くも無い腹をかき回されて、余計な醜態をさらすだけで終わる。

 そして今回は対象がフォーレイアであり、その対抗措置を行ったのがルトリスと伝えても良いと言う意味でエルセリアはわざと自ら話を持っていった。そのため発覚しても怒りの対象はルトリスに向くので、商人達は遠慮なく利益を確保できるのだ。

 レネを完全に巻き込むことになるが、既に攻勢を受けているのだから今更なことである。それならば懐に取り込んで、恨みを確実にルトリスに向けたほうが良いと判断した結果である。

「それでは、しゅっぱーつ!」

「おー!」

 こうして無自覚な殲滅者は、笑顔で動き始めた。




 茶葉を採取できるのは迷宮の第四十四階層である。眩しい太陽が照りつけ、平原と森が続いている。

「人が多いね……」

「恐らくこの階層で採れる材料が高騰しているからでしょう」

『秘密でもないから当たり前か。それでは手早く奥地に移動しよう』

 入口付近では多くの探索者が行き来している。そのため近場は無理とすぐ分かったので、いつも通り遠方へ移動すべく杜人はタマを呼び出していた。

 そのとき、後ろで控えていたシャンティナが顔を上げ遠くを見つめた。

「霊気」

 おもむろに弓を構えて種別を呟いてから引き絞り、斜め上の彼方へと狙いを定める。当然そんなことをすれば目立つので、その場に居た全員が奇妙な弓を構えて魔法陣を展開しているシャンティナを見て、次に狙っている方向に目を向ける。

 するとその方向の空から、なにやら銀色に輝く物体がかなりの速度で近づいてきているのを認識した。レネ達とこの階層に来てから日の浅い探索者は首を傾げたが、熟練の探索者は一瞬で顔を青ざめさせると地面に伏せ、大声で警告を発した。

「全員伏せろ! 流星槌魚だ!」

 流星槌魚は全身を輝かせて空中を物凄い速度で泳ぐ、人と同程度の体長を持つ太く長い魚の魔物である。感知範囲が広いので、油断すると人の目では分からないほど遠くから一気に突撃してきて串刺しにされてしまう。

 その威力は上級障壁すら砕くため、準備も無く狙われたら伏せてやり過ごすしか対処法が存在しない。入口付近は安全地帯となっているが、近寄らないだけで侵入できないわけではない。流星槌魚は遠くから速度を上げて突撃してくるため、急には止まれないのだ。

 そんな厄介な流星槌魚だが、その肉は高級食材として取引されている。今回狩る予定の獲物のひとつである。

 そして訓練も無しにいきなり言われてとっさに動ける者は少数である。そのため警告に従った者より動けなかった者のほうが多かった。もちろんレネ達はその筆頭である。

 そんな状況でシャンティナは迷うことなく弦を離して青白く輝く矢を射出した。一瞬の煌きを残して飛翔し、既にすぐ近くまで到達していた流星槌魚に直撃し爆発する。そしてそこから気絶しながら飛び出してきた流星槌魚目掛けて走り出し、地面に落ちる前に捕まえて確保した。

「おお、やったぁ!」

『幸先良いな』

「ひゃっほい?」

 持ってきたシャンティナもリボンを揺らめかせながら、喜ぶ二人に合わせて見事な足取りでステップを踏みながら回転して喜びを表す。しかし、頭上に流星槌魚を持ち上げているためどう見ても奇妙な踊りにしか見えなかった。

 そしてさっくりと止めをさし、杜人が開いたジンレイの領域に放り込む。その後に一行は笑顔で奥地へと爆走していった。

「なんだったんだ?」

「……良いな、あの弓」

「問い合わせてみるか」

 レネを知らない探索者はまだ走り去った方向を見ていたが、知っている者はシャンティナが使用した弓の有用性をしっかりと確認していた。獲物を傷つけることなく捕まえられ、発動も引いて離すだけ。狙いかたも弓と大差ない。使えるかは詳細を聞かなければ分からないが、聞いてみる価値はあると判断していた。

 こうしてレネは、またもやダイルに儲け話を提供して喜ばせることになった。





 爆走している一行の次の獲物は猛進雷羊である。これも大きさ自体は流星槌魚と大差ないが、こちらは雷を纏いながら物凄い速さで大地を猛進してくる魔物である。性質は黒肉牛と似ているが、実は僅かに宙を駆けているため落とし穴などは意味が無い。なにより速さが段違いのため、悠長にしていると一気に肉薄されてしまうのである。

 これも毛が高級素材である。肉も売れるが独特の癖があるため、あまり高くは売れない。通常は注意が必要な魔物であるが、探す必要が無くむこうから猛進してくるので対処法を持つレネ達にとっては大変ありがたい魔物となっていた。

『ちなみに普通はどうやって狩るんだ?』

「杭を水平にして撃ち出す道具を使うんだよ。大きいし、連射はできないし、命中率も低いから大変みたい」

 爆走しているタマの上でのんきに話をしているうちに、立ったまま狙いをつけたシャンティナが矢を放ち、爆走してきた輝いている羊は大地を転がりながら一行の目の前で停止した。それを飛び降りたシャンティナが素早く手足を縛り上げ、レネが即興で組み立てた毛刈り魔法にて丸裸にする。必要なものは毛だけなので、綺麗に丸裸になった羊は解放した。

「霊気系魔法だと生きたまま毛を刈り取れるから、魔力を保持したままの最高級品が大量に確保できますね」

「色々な用途に使えて需要は常にある品だから、ルトリスに持ってきてもらえればあるだけ買い取るよ。と言うか、できればこれ以外のものも全部売って欲しいな」

『こちらで使う分以外は良いんじゃないか? 流通しなければ市場も荒れないだろう』

「それじゃあ、そうするね」

 普通は生け捕り自体が難しいために滅多に出回らない。買い占められているのは通常品のほうなので、資金に直接打撃を与えることにはならないが、エルセリアは迷わない。そしてその他の素材も市場に流れた結果相場荒らしになるのもまずいため、素材に関してはダイル商会を通じてルトリスが買い取る方向で調整していった。

「けど、モリヒトは何に使うの?」

『ぬふふ、後のお楽しみだ』

 杜人は楽しげに笑いながら片目を閉じると、次の目的地へ向かう。騒がしい一行が消え去った平原に、丸裸になった哀れな羊の寒そうな鳴き声が哀愁をかもし出していた。





 そんなこんなで、多少寄り道しながら近寄ってくる流星槌魚や猛進雷羊を満面の笑みで歓迎しながら移動を続ける。そして誰も居ない場所まで到着した一行は、お茶の()が自生する場所まで移動していた。

『良い香りだな』

「この品種は外では栽培に成功していないから、これも高級品なんだよ。今回の目的は違うけれどね。……あ、いた。あれだよ」

 レネの指差す先には、白珠粘液に似た緑珠粘液が身を震わせながらお茶の草を食べていた。そしてその身体の中央部分から小さな木が生えていて、柔らかそうな薄緑の小さな葉を一面に茂らせていた。

『木と共生しているのか?』

「違うよ。身体の一部が変化しているんだよ。あれがお茶の最高級品なんだって。それにああやって草を食べているから、採取できる液体も売れるんだよ。難点は個体数が少ないからなかなか採取できないことかな」

『そうか……。ついにそこまで辿り着けたのだな』

 レネの説明を聞き、遂に要らない子ではなくなったと杜人は感動に震えていた。その様子を三人娘は生暖かい目で見つめている。

『と言うことは、魔石を取り込めばタマに追加能力を覚えさせることが出来るかもしれないな。そうすれば自力で作れるから大量生産が可能になる。ついでに取り込む草の種類を変えれば違う味が生まれるかもしれない』

「つまり、売れる。良し、頑張って狩ろう!」

 にやりと笑う杜人の案にレネは迷うことなく追随する。もはや考え方が完全に毒されているが、疑問すら思い浮かばないので手遅れである。朱に交わって真っ赤っかになった良い例であった。その連携をエルセリアとセリエナは苦笑しながら見つめていた。

「狩り方は追えば逃げるから上手に誘導して、身体がはまる程度の落とし穴に落としてから木を切り落とし、止めをさして液体を入手するんだって。魔法を使うと茶葉にきつい苦味が付くから使っちゃ駄目なんだよ」

『つまり、シャンティナとジンレイ、タマと玄武しか駄目と言うことだな。数も居ないからタマだけで十分だろう』

「それでは私達は草を採取しています」

 今回は魔法の出番はない。そのため残りは草摘みに精を出すことになった。組み合わせは杜人、レネ、シャンティナで一組。セリエナ、エルセリアで一組となる。

 シャンティナは護衛なのでレネから離れないし、杜人はレネの持つ魔導書から遠くへ移動できないのだ。そういうわけで、ばらけたところでレネは杜人へと向き直った。

「それで、どうするの? 手伝う?」

『俺だけで大丈夫だから休んでいてくれ。とりあえずは取り込んで様子見だな。行けタマ、新たな力のために!』

 最近は戦力が安定しているので活躍の場がなくなっていた杜人は、喜び勇んでタマを緑珠粘液に向かわせる。すると接近を感知した緑珠粘液は枝葉を震えさせるとタマから一定距離まで逃げ出した。レネはその様子を面白そうに観察している。

『ぬ?』

 杜人はタマを追いかけさせると、またもや緑珠粘液は逃げた。速度を上げれば同じく速度を上げる。茶草の範囲からは出て行かないので、その様子はまるで緑と白がじゃれあっているように見えなくもない。もちろん杜人は真剣に追いかけていたが、最高速度まで上げても追いつくことは出来なかった。

「あ、言い忘れていたけれど、緑珠粘液は逃げる速度が速いからね。正面からでは追いつけないから罠を仕掛けるんだよ」

 今更のようにレネは見て分かることを教え、にへらと微笑んだ。どう見ても言い忘れていた表情ではない。

『謀ったな、レネ……』

「えー? せっかくやる気になっていたから水を差すのも悪いかと思っただけだよ? ちゃんと手伝うか聞いたじゃない」

『ぬぅ……』

 杜人もたまに使ってレネをからかっているため文句も言えない。レネは杜人に一矢報いてご満悦であった。ある意味こういう遊びをしようと思えるくらい打ち解けている証でもあるので、杜人も仕方がないなと笑った。

『なんのこれしき。我が力の真髄を見て驚け』

 そう言うと杜人はタマを狼形態へと瞬時に移行させた。そして一気に距離をつめて、そのまま覆いかぶさるように白珠形態となって緑珠粘液を内部に閉じ込める。

『ふっ……』

「おおー」

 杜人はどうだと言わんばかりの自慢げな顔で髪をかきあげ、レネはその手があったかと上手な応用に感心している。

 それで気分が良くなった杜人はてきぱきと素材を分離して、残った魔石をレネに届くように少し高めに放り投げる。

『ほれ』

「え、えと、……痛っ」

 運動神経がよろしくないレネはふらふらと動きながら受け止めようとしたが結局叶わず、残念なことに頭の頂点で上手に受け止めることになった。

 魔石は軽いのでこの程度の自然落下なら痛いだけである。それでも痛いことには違いないので、レネは治療しながら涙目で杜人を恨みがましく見上げる。

 杜人としては、右往左往しても受けられないときは諦めて地面に落とすと思っていただけに、レネの身体を張った芸に困り顔である。

『いや、普通は受け止められないなら避けると思うだろう?』

 思わぬことに杜人は油断し、つい本音を言ってしまう。残念ながらそれは言ってはならない悪手であった。この場合は、単純にすべて己が悪いことにして謝る以外正解はないのだ。

「ぐすん、モリヒトのばかぁ」

「よしよし?」

 二人のじゃれあいには不干渉のシャンティナは、終わったようなのでエルセリアを真似してレネの頭を撫でる。いじけたレネは立ち上がると涙目のままシャンティナにしがみつく。杜人もそれで失敗を悟り、慌ててレネに近づいた。

『あ、いや、あれだ、最近のレネは頼もしいから……ではなく。俺が悪かったです。ごめんなさい。許してください。この通りです。……』

 現状はレネからすれば閉じこもっていた殻から出て甘えたら、何故か反撃されたという状況である。これを冗談で済ませるとまた殻に閉じこもって元に戻ってしまうため、杜人としてはとにかく謝って許してもらう以外手の打ちようがないのである。

 こうして杜人は尊厳をかなぐり捨てて謝り倒し、何とか許してもらえたところで狩りが再開された。そこで杜人は悪くなった雰囲気を吹き飛ばすべく奮闘し、とりあえずレネの笑顔を回復させることには成功したのだった。

 その騒がしいじゃれあいを、離れたところに居るエルセリアとセリエナも見ていた。

「良いなぁ……」

「そうですね」

 エルセリアがうらやましそうに呟くと、セリエナもうらやましそうに同意した。ちなみにエルセリアはレネがくっついているシャンティナのことであり、セリエナは甘えられる人が居るレネに対してである。

 会話はきちんと成立していたが、互いに中身がまったく異なることに気付くことはなかった。
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