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黒姫の魔導書 作者:てんてん

第5章 祭りと騒ぎとその後と

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第07話 傾向と対策はしっかりと

 そして次の日、朝のうちに持っていく準備をしていたレネに、杜人は予想されることを話していた。

『蛸についてだが、申し訳ないが普通の人がどのような反応を示すかの実験台になってもらう。だから情報を教えるのは食べてからだ。それまで聞かれても答えないようにな』

「大丈夫かなぁ……」

 レネは写実的に描かれた図解を鞄に入れながら不安そうにしている。杜人はその横で可愛らしく変更した蛸の絵を描いていた。

「……それはなに? 口はそんなに出ていないし、どうして鉢巻きをしているの?」

『嘘は書いていないだろう? それに鉢巻きをしていると何だかおかしく見えないか?』

 杜人が描いているものは、縁日などで見かける真っ赤で漫画のように描かれた蛸の絵である。足には串に刺さった飴やたこ焼きを持っていた。特徴は捉えているが、図解と異なり気持ち悪さは欠片もない。

「見えるけれど、なにに使うの?」

『駄目なときは説明にこれを使う。何も本物を見せる必要はないからな』

 蛸とはこういうものだと示せれば十分であり、学術的に説明する必要はいっさいない。小細工のひとつだが、意外と重要なのである。

『説明はレネの役割なのだから頑張れよ』

「う……、頑張ります」

 練習をしたとはいえ上手にできるとは思っていない。そのためレネは少々不安な表情で蛸の絵を見つめるのであった。




 ダイル商会に赴いたレネ達は大き目の部屋に集まっていた。そこには複数の調理台と器具が並び、材料も揃えられている。結構な大所帯となっていたが、狭くは感じない。

「皆様、忙しいところお集まり頂きありがとうございます。ご存知とは思いますが、改めて自己紹介をいたします。今度レネ様の班に手伝いとして入ることになりましたリュトナと申します。期間中よろしくお願いいたします」

 場所の責任者のようなものなので、リュトナが司会となって紹介を始めた。

「こちらがクリンデルさんです。料理の腕は保証いたします。怖そうに見えますがとても優しい方ですから安心してください。そしてこちらが班長のレネ様、班員のセリエナ様、シャンティナ様、お友達のエルセリア様、今回料理を教えて頂くジンレイ様です」

「クリンデルです。よろしくお願いいたします」

「よろしくお願いします!」

 クリンデルが緊張しながら頭を下げると、レネ達も揃って頭を下げる。ちなみにレネは直接会ったことが無く、腕前がどの程度かを正確に把握していないので普通にしている。知っているエルセリアとセリエナは多少驚いていたが、特に何も言わなかった。

 流れるように自己紹介を終えるとさっそく練習に移った。先生はジンレイ、生徒はクリンデルとリュトナ、レネ、セリエナ、エルセリア、見学者はシャンティナ、杜人である。関係ない人が混じっているはずなのだが、誰も気にしていなかった。

「へー、これがたこ焼き用の鉄板か」

「ぼこぼこだね」

「この丸いへこみは何の意味があるのでしょう」

『そのうち分かる。ジンレイ、始めてくれ』

 興味津々の三人娘を微笑ましく見つめながら、杜人の合図でジンレイが材料を取り出して準備に入る。

「簡単に言えば、材料をきちんと混ぜて焼くだけです。慣れればそれなりの出来になるでしょう」

 そう言ってジンレイは容器に小麦粉を入れ、少しずつ水を入れてダマにならないようにかき混ぜ始める。そしてそこに生卵を割り入れ、牛乳を少々入れて静かに混ぜ合わせた。

「これが基本の生地です。水の代わりに出汁を入れたりしますが、今回はこれで行います。粉がダマになっているとおいしくなくなりますので、混ぜる際は少量ずつゆっくりと混ぜてください」

『急いで混ぜても泡だって食感が悪くなる。ダマができても焦らずにゆっくりと潰すようにな』

 杜人は初心者がやりかねないことを最初に注意しておく。聞こえている三人娘は、聞いていなければ確実に失敗していた未来を想像できたため神妙な顔で頷いていた。

「中に入れる蛸は下茹でして小さく切り分けておきます。こちらの粉は、魚を乾燥させて砕いたものと生姜です。完成してから上に振りかけますが、好みがありますので今回は各自でお願いします。ソースはこちらです。少し濃い目にしてあります」

 ソースも杜人のうろ覚えの知識とジンレイの経験から、果実や野菜を煮詰めたりなど色々試して作ったものである。もちろん醤油もどきも入っている。

「うん、確かに濃いね」

「油物に合いそうです」

『意外とこのソースから立ち上る匂いが記憶に残るものなんだ。だから多く付けたくなるんだが、付けすぎてもしつこくなっておいしくなくなる。加減を間違えないようにするんだぞ』

 ソースだけを味見した面々の表情はそれほどでもない。しかし、調味料の真価は具材と合わせたときに発揮されるため杜人もジンレイも気にしていない。唯一クリンデルだけは意外と多種類に合いそうだと感じて頷いていた。ついでに蛸も味見したが、姿を知らないクリンデルとリュトナは淡白ながらも味わいがある身に頷いていた。

 そうこうしているうちに鉄板がちょうどよく熱せられたので、油を引いて焼き始めた。

「生地はまず半分ほど入れてから蛸を入れ、再び入れます。他にも刻んだ葉物野菜などを入れても良いでしょう。そしてある程度焼けたところでひっくり返します」

「おおー」

 ジンレイは串で上手に生地を回転させていく。それを見学者達は感心して見つめていた。

『簡単そうに見えるがこれが意外と難しい。加減を間違えると丸くならずにいびつになる。味に違いは無いが、綺麗なほうがおいしく見えるから重要な点なんだ。焼ける前にひっくり返したり、逆に焼きすぎても丸くならなかったりするからな』

 杜人の解説に、料理に縁遠い三人娘は背中に汗を掻きながら頷いている。料理は見た目も重要であると知っているので、これは無理と早々に諦めていた。

 そして出来上がったものを小皿にとりわけ、ソースを塗ると楊枝をつけて各自に配布する。それをレネは待ちきれないような表情で受け取った。

『言い忘れていたが、いきなり全部口に放り込むと』
「わーい。……!!」
『……ああなるから注意するようにな』

 ソースから立ち上る匂いに鼻をひくつかせながら笑みを浮かべたレネは、杜人の注意を聞く前に口に放り込んでいた。そのため噛むことも飲み込むことも出来なくなった状態となり、口を押さえながら無言で頭を振り、涙目になってもがいていた。

「レ、レネ、飲める? 大丈夫?」

「……うう、酷い目にあった」

 エルセリアが慌てて差し出した水を飲んでようやく飲み込めたレネは、回復魔法をかけるとようやくほっと息を吐いた。

『まあ、意外と誰もがすることだから気にするな。表面がちょうど良くても中は熱いままなんだ。それを口の中で転がすのも味わいの一つなんだが、初めてではやはり無理か』

 早く言って欲しかったという目でレネが見てきたので、杜人は笑いながら手をひらひらと動かした。

「これは注意書きを書いたほうが良いでしょうね」

「手配しておきますね」

 クリンデルの呟きに全員が頷き、リュトナが書きとめて忘れずに発注しておくことにした。こうしてレネの尊い犠牲のおかげで、他の面々はおいしく食べることができたのだった。

「ところで、この蛸というものは初めて味わったのですが、どこで獲れるものなのでしょう」

「取引でも聞いたことがありませんね」

「えっと」

 クリンデルの質問に、事情を知る面々はどうするのという顔で杜人をそっと見た。レネ達には既に食材にしか見えないが、以前のことを考えると教えて良いものなのかと悩んでしまうのだ。

『知らないで食べるとどうなるかの反応が知りたいのだから、打ち合わせ通り正直に持ってきた図解を見せて話をして良いぞ』

 杜人はこの質問を予想していたので準備を行っていた。二人には悪いと思ったが、この反応によって事前に公開するかを決めることにしている。後で知って悪い反応が出るならば、事前に出しておかないと騒ぎの元になるためである。ちなみに杜人の予想は『まず無理』である。

 杜人の指示を受けてレネはためらいがちに鞄から図解を取り出して二人に見せた。研究用の図解のため、可愛らしさは欠片もない。

「……これです。第四十二階層にいる魔物です。焼いてもおいしいですよ?」

 それを見たクリンデルとリュトナは笑みを固まらせた。大げさに表現するならば汗を大量に流しているような、内心の葛藤がよく表れている表情である。

『やはり無理だな。情報は事前に公開しよう。ジンレイ、網焼きを作ってくれ』

 杜人は肩を竦めると次の指示を出す。二人とも遠慮しているからこの程度なのであって、普通なら吐き出して怒鳴られてもおかしくないと判断していた。

 ジンレイは七輪を取り出すと蛸の網焼きを作り始める。醤油もどきを塗ると良い匂いが立ちこめ、レネ達は思わず唾を飲み込んだ。固まっていた二人はというと、その匂いによってようやく立ち直っていた。

「いや、なんとも。姿で拒否するのは愚かしいとは思うのですが……」

「申し訳ありません」

「あ、いえ、でもおいしいんですよ?」

「どうぞ。味はつけています」

 芳しい匂いを放つ網焼きを前にしても、クリンデルとリュトナの顔は晴れない。しかし、そんな二人を尻目に、味を知る娘達は笑顔で食べ進めている。

「やっぱり、普通に焼いたほうがおいしいかなぁ」

「匂いが良いですし、私もそうですね」

「おいしいです」

『匂いは重要だからな。ちなみに厚く切ると弾力が増すが、噛み切りにくくなる。この辺りは好みだな。レネ、例の絵を見せてやってほしい。その後は遠慮なく食べてくれ』

 杜人は説明中のため遠慮して食べていないレネに笑顔で指示を出した。

「え? うん。……これをどうぞ。お店で使おうと思っていた絵柄です」

「……、なるほど、これなら」

「思わず食べたくなりますね」

 レネは渡した後に焼き蛸を口に入れ、実においしそうな笑みを浮かべてかみ締めている。それを微笑ましく見ている二人の視線に気付くことなく、おかわりまでしていた。おいしそうに食べるその様子に、クリンデルとリュトナは目の前の焼き蛸が気になりだし、匂いにつられて意を決して出された焼き蛸を口に含んだ。

「かみ締めると何ともいえない味があります」

「このソースも味わったことがありませんが、よく合っています」

「ですよね。ささ、どうぞ遠慮なく」

 説明係であるレネはここぞとばかりにおかわりを並べ、二人とも今度は笑顔で食べ始めた。

「レネ様。このソースを売る予定はございますか?」

「え?」

 リュトナはソースを味わってから、微笑みながらレネに尋ねた。聞いていた杜人は、そういえば説明を忘れていたと頬を掻く。

『合成が面倒だから、まだ量産は無理だ。そうだな、研究の副産物だからまだ公開できないとでも言っておけ』

「これは研究の副産物でして、まだ公開できないのです。申し訳ありません。それに、手順が複雑なので量産はまだできないです」

「そうなのですか。それでは完成したときには、ぜひ声をかけてくださいませ」

「あ、はい」

 リュトナが簡単に引き下がったため、レネはそれほどおいしくなかったのかなと首を傾げる。その様子を観察していた杜人は量産化を急ぐかと考えながら、レネを焦らせないために話をそらしていく。

『ま、求められても商品がないと評判を落とすことになりかねないからな。その辺りをきちんと考えたのだろう。それにしても、さすがだなレネ。二人とも、今はおいしそうに食べている。この大役を果たせるのはレネしか居ないと思っていたよ』

「えへへ、何もしていないような気もするけど、良いよね?」

 杜人は笑顔で褒め称え、レネは恥ずかしそうにしながらも大役をこなし終えたために嬉しそうにはにかんでいる。

 ちなみに今回は杜人が描いた絵はレネ用の見せかけである。それを見せるのが重要だと思い込んだレネが、役割を終えたと思って安心しておいしそうに食べる光景が杜人の狙ったことである。

 人はたとえまずいものでも他者がおいしそうに食べていると、思わず食べたくなる心理が働く。それを応用したものが今回の作戦であった。

 レネは食べることが好きなので、何でもおいしそうに食べるのである。緊張すれば駄目駄目だが、そうでなければひっぱりだこになるくらいの威力がある。現に有名になってからというもの、食堂におけるまかない人口は確実に増えているのだ。食べる人を蔑んでいた者も、レネが筆頭なのでそれも下火となっていた。

 杜人は観察の結果そのことを知っていて、後で何かに使おうと思っていたのだ。

『これで効果は実証された。本番もこのように頼むぞ』

「任せて!」

「いつもながら乗せるのが上手だよね」

「私もするのですよね……」

 レネは絵のことだと勘違いしているが、エルセリアとセリエナは客の面前での試食のことだと理解していた。そのため誤解しているのを承知しながら笑顔で承諾をとった杜人に苦笑していた。

 レネがエルセリアから教えられて嘆くのは、もう少し後のことである。





 その後のクレープはレネがやけ食いしたことを除けば順調に推移し、一回目の練習は終わりとなった。後はジンレイが通って教える予定である。

 そして本日の午後はレネの部屋で打ち合わせをする予定だったのだが、レネの嘆きを早めに忘れさせるために、急遽材料集めをすることにした。別名八つ当たりともいう。そういう理由で、一行は迷宮第四十三階層へと来ていた。

『逃走大根……逃げるのか?』

「うん。すごく速いらしいよ。倒すこと自体は中級魔法で十分なんだけれど、有効射程まで近づけないんだって。といっても中級魔法でも当たると粉々になってしまうから、上手に誘導して罠で捕まえるのが普通らしいよ」

 今回犠牲となる獲物は砂糖のかたまりである『逃走大根』である。見た目は大根だが、すべて砂糖なのである。大きさは大人の膝程度で、尖った手足が付いている。普段は地中に埋まって普通の大根に混じって擬態しているが、近づくと一目散に逃げる素早い魔物だ。ちなみに戦闘力は皆無である。高級品のため、探索者に人気の魔物であった。

「逃走大根の砂糖はくどくないから、それを使ったお菓子はいくらでも入ると評判なんです」

「貴族御用達の砂糖ですね」

『なるほど、それが食べられるとなると話題にできるな』

「その通り! ぜひ試食しないと駄目だよね! やるよ!」

「おー」

 八つ当たりという気合いが入っているレネの掛け声にシャンティナがいつも通り応える。残りの面々は仕方がないなぁと微笑んでいた。



 そして到着した大根畑にて、一方的な狩りが始まった。

「あれと、あれと、あれだね」

「はい」

 レネが地図魔法にて詳細に索敵し、それを聞いたシャンティナが音を立てることなく素早く近づいて引っこ抜く。後はそれを手に持った袋に入れて上から叩けば、砂糖袋一丁あがりである。

『これは酷い』

「あはは……」

「驚きで硬直した手足が哀れを誘います……」

 引き抜かれたときの逃走大根は身動き一つせず、その後に手足をばたつかせている。顔があったらぽかんという表情が似合うであろう状態であった。

 最初は端末石にて追い掛け回し、最後に霊気槍にて貫くという方法だった。それを効率化すべく進化したのが現在の狩り方である。ちなみに今回はすべてレネが仕切っていて、杜人は見学していた。

 かなりの数を狩っているが、普通の探索者が来ない区域なので文句も出ない。まさに狩り放題である。こうしてジンレイの倉庫が砂糖で山積みになるまで狩りは続けられたのだった。

 もちろん売らなかったのは言うまでもない。
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