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黒姫の魔導書 作者:てんてん

第1章 言の葉は紙一重

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第09話 前途多難な日

 お昼はスープとパンの耳に砂糖をまぶして揚げたものだった。サクサクと喜んで食べるレネを見て、杜人はほっと胸を撫で下ろした。

『やはり良いな。甘いものは心を温かくしてくれる』

「そうだね。もう少し味に違いがあればもっと食べられるのにな……。残念」

 杜人はおそらくそれはわざとだなと思ったが、何も言わずに食べ終わるまでおとなしくテーブルで待機している。

『きっと少数に食い尽くされたことがあったのだろう……』

「ん?」

 杜人は料理人の想いを理解してぼそりと呟く。今までの料理から推測できる腕前があれば、その程度のことに気が付かないとは思えない。甘いものは別腹をした者が居たのだろうと、いつにも増して嬉しそうなレネを見つめた。レネの前にはパンの耳の揚げ物だけが三倍置いてあった。もちろんスープ抜きで追加した結果だ。

 杜人はこの世界における食料生産能力や流通についてはまだよく知らない。ただ、長距離を簡単に行き来できる何かがあっても、潤沢に行き渡るほど生産されているとは思っていない。そのため、砂糖もそれなりに高めなのだろうと推測している。

 つまり、甘味はどちらかというと贅沢品であり、まかないに使うには高価なもののはずなのだ。周りを見ると、他のまかない仲間も同じように追加して喜んで食べていた。これではせっかくの楽しみが全員に行き渡らない可能性がある。だからわざとそんなに食べられないようにしていると推測したのだ。

 見られたレネは笑みを浮かべて甘い揚げ物に食いつきながら、どうしたのと言いたげに首を傾げていた。





 誘惑に負けて更におかわりした後、レネは迷宮へと足を運んでいた。迷宮の門を越えたところは円形の広場になっていて、中央には巨大な水晶が淡い輝きを放ちながら鎮座している。

 入ってきた探索者が似たような石を取り出して水晶に押し付けるとその姿が光を放って消失し、別の場所では光と共に現れた探索者が門の外に歩いて行く。この水晶は迷宮の各階層を繋げる転移装置なのだ。

 各階層は特定箇所で螺旋状の緩い坂道にて繋がっていて、各階層の入口部分にこの水晶は置かれている。魔よけの効果があるようで、水晶の光が届く範囲には通常魔物は寄って来ない。そのため簡易的な避難所にもなる場所だった。

『やはりこれは便利だな。というか、なんでこんなものがあるんだ? 都合良すぎると思わないのか?』

「さあ? 最初からあったらしいよ。それにそれを言ったら世界のすべてが生きるのに都合が良いことになっちゃうよ。複雑に考えないで、あるものはある、使える物は使うで良いと思う」

『ぬぅ……』

 レネに正論を言われて杜人は口ごもりながら光を放つ水晶を見つめる。杜人の感覚では迷宮自体がありえない自然現象なので、なかなか受け入れがたい。しかし、既にあるものを否定することはしない主義なため、そういうものとして気にしないことに決めた。

「元々帰る時は各階層のものに触れれば良かったんだけど、ここから行くことはできなかったんだ。そんな時に大賢者様がこれを解析して行きでも使えるようにして、おかげで一気に深い階層まで探索が進んだんだって。凄いよね、私もいつかそんな偉業を残したいな……」

 そう言いながらレネは鞄から石を取り出すと、中央まで歩いて行き水晶に石を押し付けた。次の瞬間には周囲に居た人達は消え失せ、レネは一人で広場に立っていた。実際はレネが階層移動したのだが、主観では転移した感覚は全くない。

 転移するために必要な石は、使い捨てだが魔法使いなら簡単に作れるものである。深い階層に転移できる石は結構良い値段で取り引きされている。

 レネは鞄から魔法書を取り出すと目的のページを開き、水晶に向けて手を伸ばして手の平を広げた。

「……転移石生成」

 そう呟くと魔法書の上に小さな魔法陣が浮かび上がり、水晶に飛び込んでいった。そしてレネが伸ばした腕を引くと、それに合わせて小さな水晶片が飛び出してきて広げた手に収まった。これが先程使った石である。一度使うと消失するので、忘れないように最初に補充しておくことにしていた。

「良しっと。いこっか」

『ああ。しかし、その魔法が初級とは恐れ入るな。上級と言われても驚かないくらいの性能だ』

 杜人は鞄にしまわれる魔法書と転移石を見ながら感心している。魔法書はそのまま魔導書に取り込んで複製されたものを使うことになる。

「最初は特級魔法だったけれど、改良を重ねて今では初級になった魔法だね。他の魔法と違って力を維持する必要がないから、結構早く等級が下がった魔法だよ。他の魔法もたくさんの人が改良を続けているから、いつか今の上級魔法が初級の消費魔力で使える日が来るかもね」

 魔法の等級は消費魔力で分類されている。これは威力などでは主観で変わることと、魔法具の耐久力が使用される魔力量で決まるからだ。消費魔力が小さければ使いやすく、多ければ使いにくい。そのため開発中の魔法には、初級に劣る効果しかなくても上級魔法に分類されるものもある。

 ただ、大抵は魔力消費が大きいほど影響を与える規模が大きくなるので、等級が上に行けば強い魔法になるという認識は間違いではない。

『それは夢が広がるな。それなら力がある程度増したら術式の改良をもっと真剣に行ってみよう。俺の制御技術を磨くよりは早そうだ』

 杜人は冗談のように言いながらびしりと腕をあげてポーズを決める。レネはくすりと笑ってそれを見ていた。

「それじゃあ、期待しないで待っているね」

『うむ、失敗が大前提だからな』

 レネは複製した魔法書を手に持ち、互いに笑いながら第二階層に足を踏み出したのであった。





 第一階層と第二階層の違いは魔物が固まって行動している数だけなので、この階層にも人は全くいない。レネはゆっくりと歩きながら、何度も振り返ったり注意深く周囲を警戒したりしている。誰かが居ればこの程度の階層で過剰だと笑われるところだが、誰も居ないので遠慮なく行っていた。

『多い時で三体だったか。よく無事だったな』

「無事というか、無事じゃなかったら死んでいるというか……。取りつかれたらお終いだから、とにかく囲まれそうになったら持っていた棒で叩いて怯んだ隙に全力で駆け抜けて逃げていたよ。今は魔法を使えば一回で倒せるから持って来なかったけれど、棒だと跳ね返されて倒せないんだよね……」

 金を稼ぐために無理をしたときの記憶が甦り、レネは背筋を震わせる。殲滅に時間がかかると、いつの間にか他の集団が来てしまい逃げられなくなるのだ。

 逃げようと振り向いたら逃げ道を塞がれていた時もあった。その時は覚悟を決めて、まだましな前方に突撃して何とか脱出できたが、もう二度と味わいたくないと思うほど怖かった。

『それも得がたい経験だから、最初のうちに経験できて良かったと思うが。へたに強い魔物のところまで知らずに行って囲まれれば逃げられないからな。恐ろしいと思える経験を積んだ今のレネなら、もう後ろの警戒を疎かにはしないだろう。注意を怠らないのはとても良いことだぞ』

「……ありがとう」

 レネとしては警戒のし過ぎで小心者と笑われても仕方が無いと思っていたので、肯定されて少しだけ顔を赤らめてはにかんだ。

 そんなレネを杜人が『はにかむ顔も実に良い』と観察していたと知ったならば、正反対の評価になったかもしれない。双方にとって幸運なことに、騒動の種は知られること無く消えていった。

 そしてそのまま警戒を緩めずに歩き、遂に前方に三体の白珠粘液を発見した。

『この距離なら大丈夫か?』

「多分、……炸裂氷針」

 白珠粘液がレネに気が付く前に先制して魔法を発動し、一体を吹き飛ばす。続けてレネが次の発動の準備に入ったところで残りの二体が身体を震わせながら近づいて来た。

『やはり動くと駄目だな。もう少し愛嬌がある動きをしてもらいたいところだ』

「そんなこと誰も思わないから。……炸裂氷針」

 白珠粘液との距離が当初の半分になったところで二発目が発動し、残り一体となった。白珠粘液は仲間が倒されても気にせずに、一直線に向かってきている。レネは急いで次の準備に入ったが、焦りがあるためなかなか構築できない。

『レネ、一度下がれ。間に合わない』

「……あっ、……分かった」

 杜人の指摘で更に思考が乱れたレネは構築に失敗してしまった。そのため悔しそうに俯きながら距離をとり、構築しなおして倒すことができた。

「うー……」

『最初だからな。少し様子を見てみようか』

 落ち込むレネを慰めながら、そううまくはいかないなと杜人は頬を掻いていた。





 その後も探索しながら何度か同じようなことを繰り返し、今は広い部屋状のところで壁に寄りかかって作戦を練っているところである。

『安定して命中する距離からだと、今のところ先制して二体が限度だな。ある程度慣れるまでは都度距離をとるようにするか』

「うん、そうする。いけると思ったんだけどな……」

 杜人の判断に賛成しながらレネはがっくりと肩を落としている。

『間に合わないのは、焦ると途端に構築が遅くなるからだな。ついでにその時は集中が途切れやすいようだ。これはおそらく静かで安定した場所でずっと練習してきたからだと思う。もう癖になっているから今すぐは直せないな。さて、どうするか……』

 レネの構築にかかる時間は先制時を十とした場合、二発目が十五程度である。三発目は分からないが、おそらく二十を超える程度となっていると推測している。

「分かっていたけれど、私は本番に弱いんだ……。試験の時もいつも失敗してる」

 レネは過去を思い出して更に落ち込む。自分の部屋だったなら膝を抱えたいところだ。そんなレネに杜人は案をまとめて自信を持って断言する。

『安心しろ。この程度なら問題ない。要は焦らなければ良いだけだ』

「どうやって?」

 それができれば苦労はしないと、レネは暗い顔で杜人を見つめる。

『なに、発想を変えれば良いんだ。二体までは間に合うのだから、二体を倒したら安全圏まで後退すれば問題はない。問題がない以上、焦る理由もない。そうだろう?』

「ええと、焦って遅くなり間に合わないから後ろに下がる。そうすれば安全だから焦る必要がない。焦らないから間に合う……、元に戻って一巡してない?」

 レネは混乱しながら問い返す。そんなレネになぜか胸を張って杜人は答えた。

『違うぞ。焦る下地を排除するのが目的だから、焦らなくなっても後ろに下がるんだ。そうすれば絶対に焦らないから失敗もしない。試験には間に合わないだろうが、繰り返せば多少は慣れて今よりは良くなるはずだ。……今、失敗を繰り返されると前に進めなくなるからな』

 最後の一言はぼそりと小さく呟いたため、レネには聞こえなかった。時間があれば立ち止まって直すところだが、今はそんな時間はない。悪いところを直すより、良いところを伸ばさなければ間に合わないのだ。

 いつもレネには自信を持って大丈夫だと言っているが、実はまだ合格圏内には程遠いと杜人は思っている。だから立ち止まらずに駆け抜けなければならず、欠点は放置することにしていた。

 それにレネが答えようとした時に、突如すぐ近くの床に薄暗く光る魔法陣が出現して、そこから三体の白珠粘液がにじみ出るように現れた。

 突然のことにレネと杜人は驚いて思考が停止し、すぐに動くことができなかった。もちろん白珠粘液にはそんなことは関係ないので、元気いっぱいに身体を震わせて容赦なく近づいてくる。

「きゃあ!? 近い、近いー!」

『退却だぁー!?』

 やっと硬直から立ち直ったレネは大きな悲鳴をあげ、さすがに杜人も慌てふためいた。そして二人は一目散にその場から逃げだし、離れたところから驚かされた恨みを込めて炸裂氷針高圧縮版を白珠粘液にプレゼントした。受け取った白珠粘液は一体だけだったが、固まっていたために他の二体も爆発に巻き込まれ、爆音と共に違う場所へと旅立っていった。





『ふっ、あの程度で驚くようではまだまだよのう……』

「一緒に驚いて逃げたでしょ!」

 髪を整える仕草をしながら冗談を言う杜人に、レネは指ではじいて突っ込みを入れる。もちろんすり抜けるため全く影響はない。この騒動のため、先程までの雰囲気はどこかに吹き飛んでしまった。

 元の位置に戻って散らばった魔石を拾うと、さすがにここには居たくないので先へ進むことになった。

『しかし、話には聞いていたがあれは困るな』

「うん。転移石が無いときに探索が進まなかった要因のひとつだよ。魔物はきちんと結界を張らないとどこにでも現れるから、泊まりがけで潜る場合は散財するか命がけかのどちらかだったって本に書いてあった。実は迷宮での死因の一番がこれじゃないかって言われているらしいよ」

 実際先程のものも、移動速度が遅く遠距離攻撃手段を持たない白珠粘液だったから間に合ったのであって、違う魔物だった場合は硬直しているうちに殺されてしまったかもしれない。そうでなくても真後ろに出現されて気が付かなかった場合は困るどころの話ではない。

『もう少し頻度が多ければ忘れないから警戒もしやすいのだがな……』

「ほんと、気が緩んで忘れた頃に来るからね。今回は完全に油断していたよ……」

 話をしながらも警戒を忘れずに行い、静かに歩く。こうしている分には、後ろに出現しても引き離すことになるので確認さえすれば致命的なことにはなりにくい。

「なにか良い方法がないかなぁ……」

『案はあるが、おそらく初級魔法にはおさまらないと思う。それに今はどのみち練習する時間も無い。今まで通りの警戒をするしかないな』

「それもそうだよね。……炸裂氷針」

 発見した白珠粘液に容赦なく魔法を打ち込んで殲滅していく。三体でなければ確実に間に合うと分かっているので構築も速いままだ。

『とにかく今は反復して慣れることが先決だ。無理しない程度にやっていこう』

「そうだね」

 第一階層と同じことができるようになるのは、まだ先になりそうだった。





 夜、自室の寝台にてエルセリアはいつもどおり枕に顔を沈めていた。

「今日は何が悪かったんだろう……」

 図書館でいきなり変化したレネを見て、昔を思い出して動けなかったエルセリアは自身の発言を思い出して考えていた。多少は反省すべき点はあるが、言った内容は今までの失敗と大差ない発言である。あそこまで劇的に変わるほどではないし、返答までは普通(・・)だった。そのためわけが分からなくなっていた。

 もちろん原因は杜人が切り上げさせたからなのだが、それを知らないエルセリアには謎でしかない。この場に杜人が居れば『その程度で済んだことに感謝してほしい』と言ったかもしれない。

 ちなみに事前に立てた計画では、図書館にいる時の機嫌の良いレネにまず普通(・・)に話しかけ、頃合いを見てお昼が近いということで昼食を一緒にと誘う予定だった。

 誘うどころかそれ以前の問題なのだが、それを気にしていたら何もできなくなってしまうので、エルセリアはその辺りを考えないようにしていた。残念ながら、それで余計こじれていることには気が付いていない。

 エルセリアはレネ以外のことは普通に判断し対処できるのに、レネが絡むと途端に思考が停止して駄目になる。レネも他に嘲る者は無視できるのに、エルセリアに対してだけは理性より感情が優先してしまう。どちらも互いを強く意識しているからなのだが、どちらもそのことを理解していない。

「こんどこそ……」

 杜人が聞いていたら『やめてくれ!』と叫ぶであろうことを思いながら、エルセリアは眠りについたのだった。



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