挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
黒姫の魔導書 作者:てんてん

第5章 祭りと騒ぎとその後と

89/155

第01話 苦労人たちの宴

 広大な領土を持つレーンには、大別すると三種類の身分がある。

 ひとつは国を統べる王族。迷宮にて発見された強力な魔法具の契約血族である。始祖から続く直系と、分家としての大公爵家、公爵家がある。王位継承権を持つのはここまでで、降嫁した場合はその時点で失われる。常に周囲の視線を気にしなければならないので、後継者がある程度育ったところで全権を押し付けて雲隠れする困った血筋でもある。

 情報機関も統べているので、暇になった者が国中を見て回り『悪人の敵』をしていたりする。ちなみに王族は必ず膨大な魔力を持つ『紫瞳』として生まれる。それ故に、レーンの最大戦力は王族なのである。

 ひとつは国を支える平民。探索者は元より流通や役所の実務など、国として無くてはならない箇所を支えている。誰であれ、ある程度功績をあげれば一代限りの貴族として取り立てられるので、それを夢見て頑張っている者が多い。

 ひとつは国を動かす貴族。ある者は領地を治め、ある者は国を豊かにするために要職に就き様々な案件を処理している。私腹を肥やせる立場にあるが、身分が上がるほどその傾向は小さくなる。平民からは物語などで描かれる華やかな生活から憧れの目で見られたりするのだが、その実情は中間管理職である。

 たまに来る暇な王族の対処に頭を悩ませ、配下の汚職を見つけては胃を痛め、波及しませんようにと抜け毛を気にする。他国はともかく、レーンでは一番気苦労が絶えない身分である。

 そんな貴族にも三種類の成り立ちがある。

 ひとつは功績があった平民がなる新興貴族。これには一代貴族と代襲相続可能な貴族があるが、待遇に違いはない。つつましく生きる者、更なる高みを目指す者など様々居るが、三代続く新興貴族は稀である。これは得られた権力のみに目が向きやすく、腐りやすいからである。そのため『悪人の敵』が出てくる前に、貴族としての義務を怠ったとして上位の貴族によって処罰されるのだ。

 ひとつは小国時代から続く古参貴族。広大な領地は持たないが、怒らせてはいけない筆頭である。古くから王族が降嫁しているが故に、一族全員が王族とよく似た性格をしているためだ。ちなみにリンデル戦では星級魔法が使用されたわけだが、街を丸ごと消滅させても顔色ひとつ変えなかったと言われている。

 ひとつは拡大期に吸収された国の元王族や貴族などからなる恭順貴族。広大な領地を持つ大貴族がこれにあたる。吸収されても身分が変わっただけでそのまま領地運営を続けているのだ。独立したければさせる、その後にいっさい干渉をしないと王印が押された書面にて確約されているが、そんなことをしたのは長い歴史で一国だけである。

 そのときに王家はついでにレーンの玉座も勧め、その国は予想外の幸運に嬉々として受け取った。そしてその国はもう存在しない。特別レーンの王家が何かをしたわけではない。文字通り何もしなかった。結果として、逃げ出す前に捕捉された王家は玉座へ再び座ることになり、残りの恭順貴族は積極的に同化を行い完全にレーンの貴族になることを選択した。

 そんな恭順貴族は領地を持つが故に王都に当主が居続けることはなく、年に数度決まった時期に訪れ他の貴族との交流を行っている。そして、今がちょうどその時期であった。





 とある貴族の屋敷。その一室にて、苦労人達の中でも最上位である五つの侯爵家代表が円卓を囲んでいた。と言っても正式なものではなく、主に表で騒ぐにはよろしくない案件の調整が行われる会だ。そのため出席者は当主、もしくはその場で決定できる権限を持った者のみとなっている。

 そして今は難しい話も終わり、雑談へと移っているため幾分和らいだ雰囲気となっていた。今回の出席者は全員若く、次期当主のみとなっていた。特に示し合わせたわけではないのだが、情報を聞きつけて便乗した家もあると、ルトリス侯爵家の代表としてきたライルは紫の瞳を細めながら考えていた。

 ちなみにルトリスでは、当主が王都に来たがらないので最近はずっとライルが代行を務めている。理由はもちろん、今は魔法学院で学んでいるライルの妹に会いたくないからである。

 現ルトリス侯爵家当主は女癖が悪かった。そのためライルには腹違いの弟妹が結構いる。その中でも優秀な子は実子として引き取り、その他は金を渡したり、望めば教育も施したりしたので一人を除いて問題は発生しなかった。

 そしてその唯一、そして最大の問題が、一度は引き取りながらも才能がないとして学院に押し付け、後に再び引き取った妹であり、魔法陣構築の天才と呼ばれているエルセリア・ルトリスである。

 ライルとしては他意は無いつもりなのだが、エルセリアを再度引き取る際にその現場に居たため、どうしても思い出すと冷や汗が流れてしまう。そのためエルセリアに似た端整な顔に少しだけ憂いを浮かべ、長めの銀髪に触れながら小さくため息をついた。

「おや、どうかしたのか。ルトリスの新しい屋敷では寝心地が悪いか?」

「……いえ、妹への手土産は何にしようかと迷ったものですから」

 ライルは話しかけて来たイルト・フォーレイアに微笑みながら答える。イルトの言動に悪意が込められているのは簡単に分かるのだが、いつものことなので相手をする気は無かった。それを敏感に察したイルトは、眉をひそめるとわざとらしく鼻をならした。

「術式の制御もできずに屋敷を吹き飛ばした未熟者にルトリスは優しいな。我がフォーレイアではそんな不始末をした者を放置などせぬぞ」

 金髪紫瞳、黙っていれば女性が寄ってくる顔立ちなのだが、現在はそのまま目をそらされる嫌な笑いが浮かんでいた。

 王都の歴史は古いので、貴族の邸宅は古いほうが長くからその場に居る証明になる。そのため家系の歴史を誇るために、わざわざ古い邸宅を買い求める者もいる。

 王都にあるルトリスの別宅は数年前に新築されたばかりである。その前はかなり古い邸宅だったのだが、エルセリアが壊したために建て直されたのだ。そのためそれまではフォーレイアのほうが新しかったため、会う都度その話題を出してくるのだ。

 表向きは魔法を制御できなかったためとしているが、真実はもちろん異なる。そしてそれをライルが話すことは無い。まさか当主が脅されて王都に来られなくなったと言えるわけがないのだ。

「さすが勇敢で知られるフォーレイアですね。私達はどうしても身内に甘くなってしまいます」

 感心したように微笑んで答えるが、もちろんこれはフォーレイアがあっさりと見捨てた養女、セリエナに対する皮肉である。しかし、これが通じるならば歴代のルトリスが苦労しているはずが無い。案の定、イルトは誇らしげな表情になっていた。

 そこにそれまで観察していた緑髪童顔のクレスト・イスファールが、面白そうに紫の瞳を光らせながら会話に加わった。

「そういえば妹さんは魔法学院一の天才と評判ですね。うちの者にも親切にして頂いたようで、喜んでいましたよ」

「ありがとうございます。妹もそれを聞けば喜ぶでしょう」

 にこやかに言われた褒め言葉に、ライルは背中に汗を掻きながらも焦りを表に出さなかった。

 イスファール侯爵家の気質は良く言えば素直、悪く言えば空気を読めないである。だからクレストはわざとエルセリアの話題を振ったわけではない。それでよく貴族社会を生き抜けると思われるのだが、騙そうと近づいた者は軒並み後悔すらできなくなるので、大きな問題は発生しないのだ。

「私の者も世話になったと聞いている。おかげで研究がはかどったと言っていた」

 身体の線が細く、いかにも謀略家に見える青髪のディオン・リーンラノスも紫の瞳を細めながら報告した。

 リーンラノス侯爵家の者は見た目でよく誤解されるが、謀略好きではなく研究馬鹿である。痩せているのも単に食べるのを忘れて研究に没頭するからだ。そのため使用人達の合言葉は『ひとりは駄目、絶対』となっていた。

 ライルは笑みを浮かべているが、これはまずいと焦っていた。そして手を打とうとする前に、それまで黙って短く刈り込まれた赤髪を撫でていたケイン・ガイルードが、楽しそうに紫の瞳をライルに向けた。

「素晴らしいな。俺の一門も丁寧に教えてくれたおかげで試験に合格できたと喜んでいたぞ」

 ガイルードは武人気質の家系である。そのため魔力はあっても座学で挫折する者が多い。ちまちまするより殴ったほうが早いと考えてしまう、武技のほうが得意な脳筋の集まりであった。

 ルトリス、フォーレイア、イスファール、リーンラノス、ガイルード。この五侯爵家が恭順貴族の頂点。今は亡き旧王家の末裔。他国から見れば、どうして反乱が起きないのか理解できないほどの力を持つ、苦労人達である。

 ちなみにディオンとケインは他の三人より年長なので、同じ次期当主という立場でもライルは先達として敬意を払っている。

「……お褒め頂き、ありがとうございます」

 既にライルの心からは焦りは消え去り、諦観が支配していた。最初のクレストはともかく、ディオンとケインはわざと追随したと分かっている。理由は簡単『面白くなるから』それだけである。

 そしてルトリスに対抗してフォーレイアが当主ではなく跡継ぎを寄こした情報を得て、足並みを揃えたのもどちらかだろうと確信した。こうなると、今までライルが得ていた『若いのに代行をきちんとこなす』という評価は無くなり、当然今更出てきたイルトはいっさい評価されないのだ。

 そういうわけで、面白くなる原因、ライルにとっては厄介でしかない存在であるイルトは、馬鹿にしたエルセリアが絶賛されたために顔を羞恥と怒りで歪めていた。

 そしてそこに空気を読まないクレストが、変わらぬ童顔をライルに向けた。

「ルトリスでは今度の学院祭に何か行うのですか? イスファールではまだ決めていないのですが」

「特別なことは何も。いつも通り、妹が魔法の講義を行う予定です」

 魔法が使えない者が魔法使いの講義を受けることができるということで、無料ではないのに意外と人気があったりする。巷では学院生がこっそりと受けたりするほど分かりやすいと評判になっている。そのため去年代役が行ったときは、値下げしていたのに非難囂々であった。

 もう気分はどうにでもなれである。そのため意識することをやめ、ライルは話に乗った。そこに当然のようにディオンとケインもはまる。

「リーンラノスもいつも通り、魔法薬や魔法具の販売が主となる」

「ガイルードは演武だな」

 イルトは沈黙している。これはフォーレイアの一門がフィーレ魔法学院に居ないからである。ルトリスに張りあうために魔法学校を領内に作ったため、そちらに通っているのだ。そのため話題に入ることができない。もちろんクレスト以外は承知していて話題を繋げたのだ。

「なるほど。それではイスファールは魔法を使った劇でもしましょう」

 クレストは品目がかぶらないようにと考え、出し物をその場で決めた。こうやって調整しておけば無用な軋轢も生まれない。来場者に喜ばれれば一門の名も高まることになるので、あえて同種を選ぶ必要はないのだ。

 まだイルトは沈黙している。そのためライルはもしかしたら回避できたかと安堵しかけたとき、ディオンの口から爆発物が飛び出した。

「ところでどうだろう。せっかく事前に調整できたのだから、今年はこっそり売り上げを競ってみないか? 罰則は特に無しで、得られるものは単に他の者より売り上げたという名誉のみで」

「いつも一番だからといって大した自信だな。だが、面白そうだから俺は良いぞ」

「私も良いですよ」

「……私も構いません」

 口を挟む前に賛成されて流れを作られたため、ライルは今回の仕掛け人がリーンラノスとガイルードの両方と確信した。そのため困った方々だと笑うことしかできなくなった。そして意図に気付いているかは分からないが、無言だったイルトが突然立ち上がった。

「申し訳ありません。急用を思い出しましたので、今日はこの辺りで失礼いたします」

 挨拶後、早足で立ち去る背中を見送り視界から消えたところでライルはため息をつき、ディオンとケインを無表情に見つめる。それを受けて二人は人の悪い笑みを浮かべた。

「ルトリスも寛大だな。ガイルードなら問答無用で戦争を仕掛けているぞ」

「面倒を背負う気はありません。それより説明をお願いいたします」

 フォーレイアをわざと煽ったのは確実であり、それによってルトリスが不利益を被るならば捨てては置けない。敬意は払うが、それとは別の問題である。そのためライルは声も平坦になって問いかける。しかし、それに対してディオンもケインも笑みを崩すことはなかった。

「最近、学院祭に参加しない者が増えてきていてな。そろそろ何かやらなければと思っていたのだよ。そこにちょうど話が出たから提案しただけだ。ひとつだけでは活性化は難しいが、一門同士の競争となればやる気も出るだろう。それが全体に広まれば、不参加の者も減ると考えたのだよ」

 ディオンは理由を述べたが、表向きの理由であるのは明白だった。そのためライルはそのままディオンと見つめ合っていたが、やがて目をそらすとため息をついた。

「そういうことでしたら仕方がありません。ですが、できれば事前に話をして頂けると助かります」

「ああ、それは済まなかった。次は忘れずに伝達をしておこう」

 要するに、フォーレイアをからかって遊ぶなら話は通してくれとライルは要求し、ディオンが受け入れた形である。口約束なので守るかは分からないが、要求しないと楽しむために今後も燃料を投下しかねないのである。

 その後は特に何も無く、波乱の会合は静かに終わった。

 五つの侯爵家は名目上同格ではあるが、レーンに組み込まれた方法は異なっている。ルトリスとイスファールは独立国であったが自ら進んで恭順し、リーンラノスとガイルードはリンデルの属国として命じられて戦い、敗れて編入された。そしてフォーレイアは、それまではレーンと敵対していたのだがルトリスが恭順したときに慌ててレーンの属国となることを選択し、最後に組み込まれていた。そのため他の四家からは『軽い』と一段下に見られているのである。

 もちろんフォーレイアはそれを知らず、被害を受けるのは何故か昔からルトリスである。ライルは会合が終わり屋敷に帰ると、魔法薬を飲んでそのまま寝てしまった。長年フォーレイアにつき合わされた結果これから起こることを悟り、エルセリアに対する伝達をどうしようかと考えたら胃が痛み始めたのだ。

 ライルの不幸は、多く居る弟妹の中で一番の問題を抱えるエルセリアが、もっともルトリスに貢献しているということである。そのため機嫌を損ねるわけには絶対に行かないのだ。当主権限での命令などもってのほかである。

「父上が判断を誤らなければ……」

 愚痴を言っても始まらないが、出てしまうのが愚痴というものだ。今更遅いと分かっていても言ってしまう。こうしてライルは眠れない夜を過ごしたのだった。




 他国ならば羨む立場である大貴族。だが、少なくともレーンでは、上に行けば行くほど権力を不用意に使えなくなり、その代わり多くの苦労が襲い掛かってくるのである。そのため気晴らしの種を常に探している。

 フィーレ魔法学院で年一回行われる学院祭。学院生なら誰でも参加できる行事である。こうして平和であったはずの学院祭に、『面白いから』という理由で見えない火種が放り込まれたのであった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ