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黒姫の魔導書 作者:てんてん

第4章 似たもの同士の大行進

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小話 上手なふるいの方法

 その問い合わせが騎士団にされたとき、誰もが首を傾げた。

『魔法騎兵団に配属されるには騎士学校で学べば良いのですか』
『魔法騎兵団の本拠地はどこでしょうか』

 等々、聞いたこともない部隊名の問い合わせが公開試合後に殺到したのだ。物語などが出回っているため、騎士にあこがれる者は意外と多い。そのため細かい問い合わせは昔からあるのだが、こんな訳の分からないことは初めてであった。

 そして詳しく話を聞き、原因を突き止め、聞きやすい元凶達から洗いざらい報告させ、最後に騎士団の上層部は頭を抱えた。

「……よりにもよってあの娘が元凶の元締めとは」

「どうしましょうか」

 集まった面々は同時にため息をついて唸り始めた。もちろん大元であるレネの処遇についてである。遊びとはいえ間違えやすい団名にしたことを咎めることはできる。だが、そんなことをしたと広まれば、せっかく評価が上がった騎士団の名を落とすことになる。魔法騎兵団という名称が存在しない以上、それは単なる言いがかりでしかないのだ。

 そしてなにより、『殲滅の黒姫』は主を一撃で倒し、大広間の罠を二度もくぐり抜けた有名人である。特に探索者達の評判が良く、敵対するのは大変よろしくないのだ。そして公開試合によって、生半可なことでは簡単に食い破られるとよく分かっていた。

「卒業後は魔法師団へ入るのか?」

「それはまだ決まっていないようです」

 またもや一同は腕組みをして唸り始めた。魔法騎兵団に関しては、もはや遊びだからと放置する訳には行かない。そのため騎士団に組み込むことは誰もが賛成していた。問題は魔法騎兵団の象徴である徽章だ。聞けばレネしか作れない魔法具で、材質も精霊結晶のため備品として予算を組めないのだ。

 そのためレネが魔法師団に入ると作る都度頼まねばならず、魔法師団の上層部に頭を下げなければならなくなるので大変困るのだ。かといって魔法学院の者を引き抜けば、せっかく築き上げた関係が瓦解するかもしれない。

 なにより、最早そんな諍いなど些細な問題と言えるほどの案件となっていた。正直に言えば、騎士団だけで抱えても、単独で対処できる許容量を大幅に超えているのだ。

「こうなったら、魔法師団と情報機関にも助力を願いますか?」

「……それしかないか。他国に介入される隙を作るわけにも行かないからな」

 調整は難航するだろうが放置するよりはずっと良いと判断が下され、長くなりそうだと誰もがため息をついたのだった。





 そんなことになっているとは知らないレネは、いつもの和室にてのんびりしている。座卓を囲んでいる面々もいつもと変わらず、和気藹々とした雰囲気であった。そんな中で、笑顔のレネはできたての徽章を脇の鞄から取り出し、座卓に置いた。

「こっちがリアので、こっちがセリエナのだよ」

「うふふ、ありがとう」

「私は頼んでいませんが……」

 渡されて困惑しているセリエナにレネは不思議そうに首を傾げた。

「あれ? 使いたいときはあるよね?」

「ええ、移動や迷宮調査で使いたいです」

 それを聞いたレネは笑顔になると、迷わず断言した。

「それは貸出品だよ。毎月賃料を払えばそのまま持っていて良いよ。それにもう調整したから他の人は使えないから」

『まだ作った職人が憶えているから、今発注したほうが安くなるんだ。……レネの気持ちだ。受け取ってくれ』

 杜人は最後にこっそりと伝え、理解したセリエナは小さく頷いて受け取った。

「分かりました。それでは遠慮なく借りることにします。……ありがとうございます」

 セリエナは微笑んで礼を言い、レネは受け取ってもらえたのでほっと息をはいた。

 レネとしては、このままではセリエナが仲間はずれになりそうな気がしたのだが、高価な品物をあげることはしたくない。かといって押し売りをする訳にも行かないので杜人に相談していたのだ。

 そこで杜人は貸し出す方法を提案し、形式としては契約書も交わして毎月賃料を支払ってもらうが実際は譲渡のような形にした。かといって毎回は心を腐らせるので、レネには今回のみと釘を刺している。

『形態は白珠粘液と灰色狼の二種類で学習機能もあるが、あくまで乗り物としての機能に特化している。後は基本の攻撃動作くらいだな。だからタマのようには使えないから気をつけてくれ』

 杜人からの注意事項を聞き、頷いたところでレネが笑顔で手をあげた。

「それじゃあ、今度試し乗りをしに迷宮に行こうね」

「楽しみ」

「分かりました」

 こうしてレネの手によって、魔法騎兵団に新たな仲間が加わったのである。



 そして数日が経ち、巷で広まる魔法騎兵団の噂を知ったために危うく引きこもりになりかけたものの何とか立ち直り、レネは久しぶりに騎士学校へ来ていた。そうして事務局で臨時教導官の登録を行い、壮年の騎士を伴って訓練場へと歩いていった。

 もちろん見学に来たのではなく、ノバルト達に頼まれて新人のふるい落としに来たのだ。そうなると立場が必要なため本日限りの役職を得たのである。付き添いの騎士は放置していないという立場を見せているだけで、特に口を挟む予定はない。

『それにしてもすんなりと行くものだな。もっと意地悪をされてもおかしくないと思ったのだが』

 杜人はレネの隣を飛びながら首を傾げる。事前に了解を得ているとはいえ困らせたいなら書類の不備などをつつくのが定番なのだが、そんなものはいっさい無く簡単に手続きは終了した。レネも不思議に思ったが、このほうが支障ないので良いことにした。

 ちなみに騎士学校側の理由は『どのようにするのか見てみたい』というのが一番大きかった。優劣をつけるにしても半端なことでは不満が出る。この辺りはどこでも頭の痛い問題なのだ。もちろん収拾がつかなくなったときのことを考慮し、熟練の付き添いを付けている。

「あのう、全員落としても構わないのですよね?」

「どうぞ」

 レネは念のため確認を行い、騎士も無駄口を叩かずに答える。ただし、その口元は僅かに上がっていた。

『これで気兼ねなく行えるな。ぬふふ』

 杜人は楽しげに笑い、レネは困ったものだと微笑んだ。

「ちなみに、騎士団における抗命罪は死罪でしょうか」

「その通りです」

『ふむ。これなら任せられるな』

 騎士は端的に答え、質問した意図を理解していますと言うように頷いた。そのため杜人も笑顔で頷き、作戦の詳細を詰めていった。そして訓練場に入る手前で立ち止まると、物陰からこっそりと確認を行う。

 訓練場では三十人程の騎士見習いが、準備運動をしていたり、剣を振っていたり、座って話をしていたりしていた。服装も様々で、支給品の鎧を着ている者の他に、単なる内着で来ている者もいる。それに対してノバルト達は何も言わずに打ち合わせをしている。

 その様子を見ながら、レネはひとりずつ事前資料で得た情報と本人を一致させていく。全員胸元に大きく番号が振られた布を取り付けているので、照合はさほど時間をかけずに終えた。

『予想通りだれてきているな。要綱には、訓練場に入った時点で騎士として己を律せよと書いてあるのにな。これで半分落とせる』

 まだまだ騎士としての自覚に乏しい新人に対して厳しい判定だが、杜人は妥協するつもりは無かった。魔法騎兵団は『レネの』ものなのだから、腕前の良し悪しは二の次なのである。

「意外と内容を考えて読まないんだね。大きく書いておいたのに」

『人の注意力や想像力は完璧どころか巨大な穴だらけだ。それを補うのが実際の経験となる』

「確かに、言われただけだと分からないことは多いよね。良しっと」

 レネは手に持った書類に書き込むと、そ知らぬ顔で訓練場へと静かに入り、よく見える位置で立ち止まった。そこにノバルト達は素早く駆け寄り、横一列に並んで待機する。

 それを見た新人達は同様に駆け寄って整列する者、様子見をしていて皆が動いたから動いた者、動かない者に別れた。それでも次第に集まり始めたので、時間はかかったが全員が集合することになった。もちろん大部分の者は『どうして魔法院の学院生が居るんだ?』という顔をしている。

 そして集合するまでレネは書類に書き込みを行っていて、揃ったところで杜人と共に端末石を周囲に浮かべ挨拶を行った。

「皆さんこんにちは。本日の審査を行う教導官のレネです。早速ですが不合格者を発表します。呼ばれた者は即座に退去してください」

 レネは淡々と名前を読み上げ、半数以上を落とした。突然やってきて騎士でもない者に不合格とされたため、予想通り誰も動かなかった。そして誰かが文句を言うと、その波は全体に広がって周囲はざわめきに包まれることになった。

『これまた予想通りでつまらんな。だれぞ前に出てきて啖呵をきる愚か者は居ないのか』

 つまらなそうに漂う杜人を見たレネは笑いたくなるのを堪える。さすがに居ないだろうと予想していたので問題ないのだが、そんな者が居ればこれからは本当に愚か者と呼ばれるであろうことをする予定だったのだ。そのためレネは腹に力を入れて我慢した。

 レネはそのまま待機し、ノバルト達も直立不動のまま動かない。そして話し声が下火になったところで杜人が合図を出し、理由を話した。

「たくさんの不満をありがとうございます。少なくとも相手がどんな姿であれ、上官に対して言うべき言葉ではありませんね。配布していた要綱には、この場に来た時点で騎士として己を律せよと書いてあります。つまり、即座に退去せず不満を言いながらこの場に留まっている者は、お前の命令を聞く気はないと宣言したのと同じです。ちなみに、命令不服従の処罰は何でしたか?」

「もちろん、死罪です」

 レネは付き添いの騎士に問いかけ、騎士は迷うことなく即答する。引き締められた真面目な表情だが、面白がっているのは確実であった。

 そしてレネと杜人は端末石に魔法陣を構築し始める。それを見た新人達は思わず下がるが、逃げるまでには至らない。誰も本当に殺すとは思っていないのだ。もちろんレネと杜人も殺すつもりはない。

 そのためレネは、気兼ねなく参加者に向けて微笑むことができた。

「とても残念ですが、規則です。文句は決めた人へ言ってください。もう言い残すことはありませんね? それではさようなら。……霊気槍」

 最初はわざと一番だらしのなかった者に当てた。一瞬で結晶に包まれた対象に、一気に周囲は静かになった。そして新人達は魔法陣を纏う端末石を見て、ようやくレネの容姿と巷で評判の『殲滅の黒姫』とを結びつけることができた。

 そのため対象が解放されて身動き一つせずにそのまま倒れると、その音を合図に我先にと逃げ出し始めた。

『なんともまあ、みっともない』

「本当にね」

 レネと杜人は逃げる背中に霊気槍を容赦なくうち込んでいく。その結果、広い会場内に短時間で死屍累々の地獄絵図が出来上がった。

「問題ありますか?」

「ありません」

 笑顔のレネに騎士は苦笑しながら答えた。霊気槍の効果は聞いていたので、死んでいないと承知しているのだ。倒された者達が命令不服従の違反者であることに変わりはない。そのため彼らには二度とこんなことをしでかさないように、厳しい矯正と訓練が課せられることになる。そして不心得者のあぶり出しにはちょうど良いかもしれないと、方法を伝達することにした。

 隠れていた人員が不合格者を連れ出し、すっきりしたところで次の課題に入った。残った者は八名である。もちろん全員が鎧をきちんと着ていた。ただし、顔色はとても悪い。

『これならおとなしく納得してくれるだろう。さて、何人残れるかな』

 人の悪い笑みを浮かべる杜人とは対照的に、レネは優しそうに微笑んでいる。しかし、ここからは本気で審査しなければならないため、内心は緊張してきていた。

「それでは早速開始します。やることは簡単で、先導者の後を遅れずに走るだけです。周回遅れで失格とします。終了は先導者が一定速度で走れなくなるまで。レンティ、お願いします」

 新人達は今度は何だろうと怯えていたのだが、指名された小柄なレンティを見て全員が『これなら大丈夫』という表情になった。そんな新人達を、脇に移動したノバルト達は憐れみながら見つめていた。

「さすが団長、こうも簡単に偽りの希望を与えるとは」

「見た目との乖離が一番激しいですからね」

 今までの訓練とは異なり、心を折ることを目的としているため、そこに希望はない。ノバルト達の中で、一番持久力があるのは小柄なレンティなのである。そしてノバルト達は戦いで必要なのは精神の持久力であると大広間の罠と大会で悟ったため、この判定方法に不服はなかった。

「全員整列、続け!」

 そうしてレンティはゆっくりとした速度で走り始めた。当然新人達は余裕の表情である。

「ところで、全員落としても良いのですか?」

「できれば二名程度は残して頂けると助かります」

 首を傾げながらのレネの問いには、セラルが真面目な表情で返答した。このままいけば全員が脱落するのは確定している。本当は笑いたいところだが、場の空気を読んだ結果である。

『教えるのも勉強になるからな。練習にはちょうど良いくらいじゃないか?』

「分かりました。それでは二名残します」

 レネも了承し、視線をレンティに向ける。新人達はまだ余裕そうだが、少しずつ間隔が開いてきていた。

 やがてひとり、ふたりと遅れ始め、周回遅れで脱落する者、転んで起き上がれなくなった者等の犠牲者を量産しながら、それでもレンティは一定速度で走り続ける。走っている新人達の表情には、もはや余裕は欠片もなくなっていた。

『レネ、あの通り体力はまだ残っていても、先が見えないことで消耗がより激しくなる。これは何にでも言えることだから、必ず終わりは決めておかないと駄目なんだ。決めておかないと本来辿り着ける場所に着く前に力尽きてしまう』

「だから手が届く短期目標が必要なんだね。絶望だけでは動けないから。いずれ辿り着かせるために、偽りでも希望を与えて動かすことが大切なんだね」

 レネの返事に杜人はその通りと頷いた。今回は『小柄』『女性』『遅い』『一定速度』が希望である。もちろんすべて偽りであり、罠となっているものばかりだ。

 やがて見ている先では新人は残り三人となった。そして最後尾のひとりは鼻血を流しながらも走り続けていたが、もう少しで周回遅れになりそうだった。

『もう良くないか。あれだけ食らいつければ十分だろう』

 杜人はあれなら大丈夫だろうと判断し、レネも真剣に挑んでいるのは分かったので頷いた。

「三人でも構いませんか?」

「はい。大丈夫です」

 レネは念のためセラルに確認をとると、端末石を飛ばしてレンティに終了を伝えた。レンティが止まったのを見た新人達はその場で崩れ落ち、そのまま気絶してしまった。

『この程度はおまけで良いだろう』

 杜人は取り出した魔法薬を新人に振りかけ、不可視念手で近くまで連れて来る。魔法薬のおかげで顔色はだいぶ良くなっていた。

「それではこの三人を合格とします。指導を頑張ってくださいね」

「ありがとうございました!」

 レネはノバルト達に見送られて訓練場を後にする。こうして一連の騒動は、ようやく一段落ついたのだった。





「結局、基本の二つで済んだね」

『楽ではあった。しかし、面白みは無かったな』

 帰り道、シャンティナを引き連れて歩きながら、今日の試験を振り返る。レネとしてはこんなものかと拍子抜けしていた。

「お話ではこう、隠れた才能の持ち主とかが居てひと波乱があるんだけれどな」

『残念ながら、それは試験官側に居たのだよ。だから間違いではないぞ。新人とはいえ、あれだけ醜態を晒すとは見届け人も思っていなかったようだしな』

「ばか」

 レネはによによと笑う杜人からつんと顔を背ける。もちろん本当に機嫌を損ねた訳ではないので、すぐに話を続ける。

「それにしても、あんな本なんに使うんだろうね。使い道なんてそんなに無いのに」

『色々考えるのも大変なんだろう』

 あんな本とは、今日のために杜人が作った『上手なふるいの方法』である。限定された条件下を想定したため、応用できる範囲はそんなに広くない。しかし、付き添いの騎士がしきりに方法や考えを聞いてくるので、杜人と相談して貸すことにしたのだ。写し終えたら返してもらうことになっている。

『それよりも、黒姫徽章をどうするかだな。そのうち作るはめになると思うが』

「その名前どうにかならないのかなぁ……。まだ正式発足までは時間があるし、もう少し低減できないか考えてみるよ」

 騎士団から遠まわしにではあるが、高性能のものを作ってばら撒かないでねと言われたので、これ以上積極的に作るつもりは現時点ではない。だが、部隊が発足すれば必要になるのは目に見えているし、今のままでは高すぎて部隊の予算で購入できないのだ。

 こちらも遠まわしに廉価版を作れないかと打診されたことと、将来一般に売るかもしれないので研究は続けることにしていた。

『今のところは全員自腹なのだがな……』

「仕方ないよ。国が個人の財産で組織を運営する訳には行かないんだから。少なくとも報酬を支払おうとしているのだから、多少のことは目を瞑るよ。という訳で、もう少し詳しく教えてね」

『仕方がないか……』

 杜人は肩を竦め、レネも仕方がないねと笑う。その後ろではシャンティナが楽しそうにリボンを揺らしていた。



 後日、騎士団に黒姫教本なるものが回覧された。その事実がレネの耳に入るかは、口の堅さと運にゆだねられたのだった。
これで第四章は終了です。
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