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黒姫の魔導書 作者:てんてん

第4章 似たもの同士の大行進

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第19話 集う力

「来ます」

 それほど大きくないシャンティナの声だったが、レネと杜人にはきちんと届いていた。そのためレネは即時に結界を重ねて発動して探索者を保護し、杜人は構築した魔法陣に魔力を流す。結界に閉じ込められた探索者達は戸惑いの表情を浮かべたが、暴れることはなかった。

 直後、出入口の格子が落ち、音はそれほど大きくなかったが全員の耳に届いた。そのため誰もが驚いて動きを止める。

「発動、連携領域!」

 一瞬訪れた静寂を掻き消すように、レネの声が大広間に響き渡る。同時にレネの持つ騎兵団徽章が輝くと、大広間全体に巨大な魔法陣が一瞬浮かび上がって消えた。その直後、至るところに魔物が出現する魔法陣が現れ始め、そこからノバルトより大きな身体を持つ、黒い肌を持った筋骨隆々の大男がせり上がってきた。

 大男の額には鋭い一本の角が生えていて、決して人ではないことは見ただけで分かる。そうして大男は金色に輝く瞳で獲物を捉えると歯をむき出しにして笑い、襲いかかろうと身体に力を込めた。

「く、黒大鬼……」
「終わりだ……」

 黒大鬼は魔法に対する耐性が高く、再生能力も優れている。そのため急所を狙って一撃で倒さなければならず、集団で現れれば短時間で詰む魔物である。そのため探索者達は捨て身になっても敵わない魔物の大量出現に絶望し、腰を抜かしてへたり込む。

『炸裂氷結槍!』

 そこに杜人が準備していた魔法が放たれ、レネ達の近くに出現していた黒大鬼達に殺到する。通常の氷結槍ならば硬い皮膚にて阻まれ即座に再生されてしまうのだが、炸裂氷結槍は僅かな傷から内部に侵入して炸裂する。そのため黒大鬼は再生する間もなく身体を四散させて絶命した。

『……良し、作戦開始だ』

 結果を確認してからレネに指示を出し、レネもいくつかの候補から最適な案を選び出す。

「魔法騎兵団、作戦開始! 陣形、槍撃!」

「了解!」

 走り出したレネに遅れることなく、ノバルト達は訓練通りの陣形で追随する。そして位置についたところで各々の徽章が輝きを強め、手に持つ武器が光に包まれていった。

 これが杜人が遊びで入れた陣形魔法である。指揮官が持つ徽章を中心に場を展開し、互いに共鳴させて力を増幅する。そして登録された陣形が形作られると、それに対応した補助魔法が自動発動するのだ。もちろん遊びなので使い勝手は非常に悪く、陣形が乱れれば補助効果は得られない。しかし、今は有効に作用していた。

『成功だな。レネ、止めは後ろに任せて、倒しやすくすることを優先しよう』

「分かった。止めは任せます! ……霊気槍!」

「了解。……遠撃!」

 レネは駆けながら複数の黒大鬼に連続で霊気槍を叩き込み、無防備になった黒大鬼を後ろのノバルト達が輝く武器を振るって止めをさす。槍撃は攻撃力に特化して補助を行うので放たれる魔力の刃も強化されるのだ。そのため魔法騎兵団が通過した後には、倒された黒大鬼が連なることになった。

「決して止まらずに、陣形を維持してください!」

「了解!」

 速さはレネ達のほうが上である。そのため止めをさせなくても駆け抜ければ後ろを気にしなくても良い。後は足を止めなくて済むように、集団を形成する前に各個撃破していけば良いのだ。

 こうしてレネ達は大広間を縦横無尽に走り回り、出現する黒大鬼を屠っていった。




 一方、結界にて保護された後で絶望していた探索者達は、目の前の光景を信じられないという顔で見つめていた。

「ふむ……」

 探索者達を守るジンレイに、三体の黒大鬼が大きく口を開けて迫ってきていた。普通ならばそのまま囲まれて終わりである。だが、ジンレイはほんの少しだけ微笑むと、自ら足を踏み出した。そして突撃してくる軸線上から接触する前に半歩だけ避ける。そして流れるように手に持つ槍を黒大鬼の首に向けて一閃し、刎ね飛ばす。そうして更に円を描くように位置をずらし、他二体を一瞬で屠っていった。

 ジンレイは自ら動くことによって微妙に接敵する時間をずらし、ほんの少しの動きで黒大鬼を倒していた。もちろん一撃で首を落とせる技量を持っているからこそできることである。手に持つ武器は槍だというのに近接戦闘を全く苦にしていない。

「……過去に囚われた者は変われませんからね。実に楽です」

 ジンレイの技を見ても、黒大鬼の行動は変わらない。だからジンレイはいつも通り微笑を浮かべたまま、槍を振るい続けた。倒した黒大鬼は即座に己の領域にしまい込み、足場が塞がらないようにしている。もちろん杜人達が倒している分も回収している。

 そして共に戦っているシャンティナはといえばジンレイの妙技とは正反対、力と力のぶつかり合いになっていた。ただし、見ている探索者には大人と幼子の喧嘩にしか見えない。

「ん」

 シャンティナは腕を噛み付かれたため、振り払うように腕を振るう。するとその動作だけでしっかりと噛み付いていたはずの黒大鬼の肉体は何の抵抗も無く切り裂かれていき、振るった勢いのまま遠くへ飛んでいった。組みついてきたので足を踏み出せば鋼鉄より硬いはずの肉体は抵抗もできずに爆ぜ飛び、黒大鬼の巨躯を持ってしても障害物にすらならない。ただ、シャンティナ自身は不満そうにリボンを揺らしていた。

「……」

「ここで足を後ろに回し、首をこのように狙うと良いでしょう。そうすれば簡単ですよ」

 互いに結界の周囲を動き回っているので、すれ違うときにジンレイは歩法を実地で教える。それを見てシャンティナが真似しようとしているのだが、なかなか上手にできないのだ。

「そうですね……、避けるのではなく、回転してそらす感覚でしょうか。このように」

 ジンレイはわざと大きく回転しながら突撃をいなし、そのまま流れるように槍を振るい首を落とした。それを見ていたシャンティナは纏わりついていた黒大鬼を吹き飛ばしながら頷く。

「頑張ります」

「ええ、気楽にどうぞ」

 離れていったシャンティナは、回転しながら手刀で黒大鬼を切り裂いている。最初はただ横方向に回転して攻撃していたのだが、やがて回転軸を微妙に変え始め、最後には一撃で首を切り飛ばせるようになった。

 その結果殲滅速度が上がり、ジンレイに向かってくる黒大鬼の量が目に見えて減っていた。ジンレイはシャンティナを横目で見ながら、目を細めて微笑む。

「これなら増えても大丈夫でしょう」

 そう呟きながら、ジンレイも戦闘を続ける。

 ひとりは華奢な少女であり、ひとりは初老の家令である。どちらの見た目も近接戦闘ができるようには見えない。それなのに黒大鬼を笑いながら屠り続ける。そんなありえない光景を、結界の中にいる探索者達は呆然としながら見つめ続けていた。




「しかし、いつまで続くんだろうな」

「これなら諦めろと言われる理由が分かりますね」

 ノバルトは笑みを浮かべながら脇に居る黒大鬼めがけて輝く鉄の棒を振るい、セラルも槍を振るう。レネのおかげで棒立ち状態のため、楽に急所を攻撃することができていた。

 体感時間ではかなりの時間走り続けているのだが、一向に黒大鬼の出現が止まる気配はない。最初は数えていたのだが、きりが無いので途中から数えるのをやめている。

「それ以前の問題」

「本当に。普通はこんなに長く戦えないよ」

 その後ろにいるミアシュもレネからもらった端末石を振り回し、レンティも槍を振っている。

 始まってから延々と走り続けているわけだが、杜人謹製である騎獣の乗り心地はとても良く、固定されるので乗っていても落ちる心配をしなくて済む。そして戦闘が落ち着くとレネから魔法薬が配布されるので疲労もない。強いて言えば精神の疲労があるが、目の前に複数の魔法を放ち続けるレネという強力な支えがあった。そのため戦闘が緩やかになったときに会話をする余裕があるのだ。

「それにしても、どこにこんなに持っているのだろう」

「魔法でしょう。聞いたことはありませんが、不思議ではありませんね」

 配布された魔法薬は、既に個人が持てる量を大幅に超えている。それなのにまだ配布されているのだ。そのためノバルトの疑問はもっともであり、セラルの返答も根拠はないが説得力があった。

「それは確実」

「倒した黒大鬼を消しているのがそうなのかもね。いずれにしても、助かるならそんなことはどうでも良いかな」

 レンティは倒した黒大鬼が床に開いた黒い穴に吸い込まれていく様子を目撃している。おかげで障害物が無い状態で走り回ることができているので、関係しているのではと推測していた。

 こうして良い状態のまま、ノバルト達は戦っていた。





 レネと杜人は攻撃の隙間が空かないよう交互に霊気槍を放ちながら戦っている。そして杜人は様子を見ながら魔導書を通じてジンレイの領域から魔法薬を取り出し、不可視念手を使って配布していた。ちなみにこの魔法薬は、嫌な予感がしたときに大量に購入していたものである。

 これによってまたもや貯金が大量に目減りしていたが、今までは事件が起こる都度継続戦闘に不安を抱えていたため、レネも杜人もためらわなかった。

『高価な魔法薬を湯水のように使って戦う。我ながら良い案だったな』

「本当にね。普通はもったいなくて考え付かないよ。さすがだね」

 杜人はどうだと言わんばかりに胸を張り、レネも笑顔で心から褒める。もちろん杜人の案は、ゲームなどで魔法薬をがぶ飲みしながら戦う方法からの発想である。飲んだほうが効果は高いが、振りかけても効果があるので使えなくなる心配もない。

『それにしても、今回は長いな』

「前はそんなに長くなかったよね」

 前回は最低で氷滅平原の効果時間以上、最大でも一度結界が張り直されるまでの間で主が出現している。現在は既に何度か探索者を守る結界を張り直しているのだが、それでも湧き出るのは止まらない。

『可能性としては階層が深いからその分多く力を使えるとか、時間の制約が無いとか、色々あるから分からないな。ちなみに俺が推す一番は、いたぶっているという理由だな。殺すだけなら一気に出すだけで済むからな』

「ありそうだけど、おかげで助かるね」

 今のレネ達の力ならば、連続で各個撃破が可能となっている。そして今は敵側が戦力の投入を継ぎ足しで行ってくれているので、そんなに苦労せずに対処できているのだ。

『ジンレイは配下にする以前、一定の行動しかしていなかった。だが、今は自由自在、多種多様なことができる。だからこれも仮定の話だが、迷宮の魔物は一定の行動しか取れないのかもしれない。だから状況に応じて出現数を変えようとは思わずに、いたぶっているつもりになっている』

「……うん。確かにそうだね。そうなると、後で確実に主が出てくるってことになるよね」

 大広間の罠では必ず強い個体が出現する。出現が確率ならば出ないときもあるだろうが、いたぶっているのであれば疲れたがもう少しで終わると思った頃に出現させて絶望を与えるだろうと簡単に推測できた。

 そのためレネはそんな底意地の悪い存在に目を付けられたと思い、小さくため息をついた。杜人はそれに対してわざとらしく肩を竦め、笑顔で首を横に振る。

『ま、今回は出てきても良い獲物でしかないがな。下手をするとシャンティナひとりで倒してしまうかもしれない。残念ながらレネの名は今回轟きそうにないな』

「轟かなくて……。あ、そっか。今回はシャンティナのほうが目立っているんだ! 止めもさせば完璧。やったぁ」

 杜人のからかいに反応しそうになったレネだったが、いつもとは異なる状況に気が付いて笑みを浮かべた。それを見ていた杜人はこれで良しと頷いている。この状況で暗くなられては困るので、わざと喜ぶ話題を振ったのだ。

「それじゃあ、張り切って支援しよう!」

『そうだな。……強く生きろよ』

 杜人も笑顔で同意したが、その程度で変わるはずが無いと思っているので、最後のセリフは同情するように小さく呟かれ、聞かれることなく消えていった。

 こうしてレネは笑顔で攻撃をし続け、討伐数を増やしていった。その様子は探索者達も目撃しているため、楽しそうに見えるレネに顔を引きつらせることになったのだが、もちろんレネは気付いていない。

 そうして遂に黒大鬼の出現が止まったためレネは精力的に動いて一気に数を減らしていく。そして数えられる程度にまで減ったとき、レネ達の後方に光源が発生した。

『……お、遂に来たか? ……げ』

 杜人が視線を向けると、そこには今までの倍はある大きな魔法陣が二つ出現していて、そこから巨大な身体を持った主が二体、天井に向けてせり上がってきた。

 その身長は普通の黒大鬼の倍はあり、腕の太さも倍以上である。もはや巨人に分類したほうが良い巨体であった。なにより首も太くなっているため、一撃で切り落とすことが困難になっている。

 主は走り回っているので目立つ魔法騎兵団を獲物として認識し、喜びで口角を吊り上げる。その巨躯と凶悪な表情に、視界の外に居るはずなのに探索者達は震えあがっていた。

「げ?」

 後方を見ていた杜人が唖然とした表情で変な声を出したため、レネは首を傾げると後ろを振り向く。そして笑う主と視線が合ったところで笑みを固まらせた。それを見たノバルト達も不思議そうに後ろを振り向き、顔を引きつらせる。

「瞬転」

 そこにシャンティナが打ち合わせ通り主に飛び蹴りを行い、肉体がぶつかり合う音とは思えない硬めの轟音が周囲の空気を震わせる。それで我に返ったレネ達は、一斉に前に向き直って残りの黒大鬼を始末し始めた。もちろん半分程度は現実逃避である。

「な、なんで主が二体いるの!?」

『それだけ熱烈に愛されていたんじゃないのか? もう逃さないとか……』

「う……」

 予想外の事態に杜人の冗談もきれが悪く、逃す意図がないのは明白なためにレネは顔を引きつらせる。そしてしばらく無言となり、戦うシャンティナに視線を向けて様子を観察し、同時に深々とため息をついた。

「無理そうだね……」

『さすがに二体は削り切れないか』

 シャンティナは縦横無尽に走り回って主二体を釘付けにしているが、二体が連携して攻撃しているので連続攻撃でたたみ掛けることができずにいる。傷を負わせても見る間に回復してしまうので、まるで千日手の様相を呈していた。それでも二体同時に相手をして捌き続けられるのだから大したものである。

『仕方がない。全力でやるぞ』

「うん、分かった」

 生半可な攻撃では倒せないと判断した杜人は全力攻撃を行うことを決め、レネも覚悟を決めた。

 杜人とレネは残りの黒大鬼を大急ぎで始末し終えると、探索者を保護していた結界を解いて部屋の脇に移動させ結界を張り直した。その際探索者達は、手を貸そうとしても足手まといにしかならないと分かっていたため、いっさい無駄口を叩かずにレネの指示に従っていた。

 そしてレネはタマから降りると、ノバルト達を集めて杜人から聞いた作戦を元に指示を出す。

「皆さんは主を中心に置いて、それぞれ五角形の頂点に位置してください。今からシャンティナが主を中央付近まで誘導しますので、危険な距離まで近づく必要はありません。位置に着いたら騎獣を解除しその場で待機。徽章の力を用いて主を中央に縛り付けます」

 これも杜人がお遊びで盛り込んだ機能である。通常の敵が、定位置につくまでのんびり待ってくれるはずがなく、範囲内では効果がほぼ無差別に発動するので普通ならとても使えないのだ。

 だが、今は規格外のシャンティナが居るためそんな無茶が可能になる。以前も使った手なのでシャンティナに詳しく説明しなくても動けるのも選んだ理由にある。

 杜人はタマを変形させてそれぞれの位置を示す。それをレネが指し示しながら説明し、ノバルト達は真剣に見つめている。誰も効果や中央に誘導できるかなどに疑問を言わないが、その段階はもう既に通り過ぎているのだ。現状を打開できる手を持たない以上、持つ者に従うのが当然という考えなのである。

「ジンレイは私の傍で待機し、シャンティナが離脱する隙を作ってください」

「承知いたしました」

 ジンレイは一礼してレネの脇に待機する。ジンレイは既に杜人から作戦を聞いているので指示を出す必要はないのだが、ノバルト達に手順を教えるためにレネはあえて説明を行っている。

「流れはこうです。まず散開した後でシャンティナに呼びかけて中央に誘導してもらいます。そして皆さんが配置につき次第、ジンレイが隙を作りシャンティナが離脱します。そして徽章の力を用いて縛り付け、動けない主に私が全力で攻撃します。さすがに二体一度に倒すのは無理かもしれませんが、一体だけでも倒せればシャンティナが残りを始末できます。質問はありますか? ……終わったら少し高級なお店で食事でもしましょう。それでは散開!」

「了解!」

 レネは笑顔で開始を告げ、ノバルト達も笑顔で答えて持ち場へと移動していく。

 当然のように誰も失敗したときのことは聞かない。打つ手がなくなり死ぬだけと誰もが分かっているからである。持ち場に移動する背中を見ながら、レネはようやく緊張が解けてほっと息をついた。そこに杜人が満面の笑顔で漂ってくる。

『ぬふふ、レネも良いことを言えるようになったではないか。だが、大抵こういう場合は満席で入れないなんてことが起きる。レネの運を試すには良い機会だな!』

「……ばか」

 レネは褒められたので照れながらそっぽを向いた。杜人はこれで死亡フラグはドジッ娘フラグへと変わったと頷いている。こういうときに先の約束をしてはいけないのだ。当然この場合、ドジを踏むのはレネである。

『それでは説明に行ってくる』

「行ってらっしゃい」

「お気をつけて」

 杜人は移動できる限界まで動き、そこからシャンティナに向けて指示を出し始めた。レネが大声を出せばせっかくシャンティナに集まっている主の気を引いていしまうからである。

『シャンティナ! 中央にそれを連れて来てくれ! その後にジンレイが隙を作るから、すぐに遠くへ逃げろ!』

 シャンティナは小さく頷くと逃げ方を変え、徐々に戦闘区域を中央へずらし始めた。杜人はこれで良しと頷くとレネの元へ戻った。

『これで大丈夫だ。今のうちに手順を確認するぞ。まずは配置に付いたところでジンレイが攻撃して、シャンティナを離脱させる。その後に鳳翼封天陣を起動して動きを封じる。そうしたら第三章と第四章の封印を解放する。現時点で集束できる数は五つだから、今回は星天の杖は使わずに端末石を使う』

 第四章では同時発動した同じ魔法を一つに束ねることによって、一撃の威力を増大させる領域を展開できる。威力は束ねた魔法を加算したものになるだけだが、今回のように一回で高威力が必要な場合は有効に働くのだ。ただし、まだ修復が不完全なため集束数も少なく、領域作成のために消費する魔力も膨大な量である。

『今なら第三章の解放で特級魔法の必要魔力量が上級魔法まで減るはずだ。遠慮なく特級を使ってくれ。俺は増幅円環陣を起動しておく。頃合いを見て集束領域を展開するから、レネは気にせずに魔法を発動させてくれ。第四章の文言は【汝の主たる我が命じる。集約の力を記述せし章の封印を解放せよ】だ。第三章と合わせて解放してくれ』

「うん。分かった……」

 説明を聞いて緊張してきたため、レネの返事には不安が乗っていた。発動に失敗したらどうしようとか、主は大きいが外したらどうしようとか、考えてもどうしようもないことを考えてしまう。これは近くに他人が居なくなったために、引き締めていた心が緩んできたからである。

 杜人はレネの不安が手に取るように分かったので、いつものように励ます。

『ぬふふ、それでは良いことを教えて進ぜよう。あそこに光る結晶があるだろ?』

「え? うん」

 いきなりの話にレネは目を瞬かせるが、律儀に確認して答える。杜人が指差す先にはレネの居る場所から中央を跨いで壁面で輝く結晶があった。その結晶だけは他の結晶より強く輝いているので区別が容易であり、たとえ主の身体で隠れても壁の陰影で位置は分かる。

『角度、大きさ、場所、実に的としてちょうど良い。あれを狙えば外しはしない。主は通過点程度に考えれば良いんだ』

「ちょうど良くなるような位置で固定しますので、安心して狙ってください」

 杜人の言葉にジンレイも微笑みながら肯定する。ちなみに杜人は最初からそのつもりでこの位置に陣取ったのだ。レネが本番に弱いことは計算済みなのである。主は大きいので、逆にどこを狙えば良いのか迷うと予想し、『もし狙った場所が悪かったら』という不安を取り除くための方法を考えたのだ。

 もちろん完全には取り除くことはできない。だが、すべての責任を負う必要がないと思えれば十分なのだ。

「……うん。分かった。……ありがとう」

『どういたしまして、だ。……そろそろだぞ』

 不安が抜けたレネに微笑むと、杜人はジンレイに頷いた。ジンレイは槍を投げる体勢になり時期を待つ。そしてシャンティナに連れられた主達が中央まで来たところでノバルト達が配置に付き、徽章が淡く輝き始めた。

『いつでも良いぞ』

 ジンレイは小さく頷き正面を見据える。そしてシャンティナが軸線上から外れ、レネの位置から二体が壁面の結晶と重なったとき、目にも止まらぬ速さで槍を投擲した。

「穿て」

 放たれた白黒螺旋の輝きは重なった主の腹部を抵抗も無く貫き、そのまま宙に消えていった。開いた穴はそれなりに大きなものだったため、再生のために主の動きが止まる。その隙にシャンティナは一気に壁まで走り去った。

 そこに待ち構えていたレネの声が響く。

「発動、鳳翼封天陣!」

 合言葉と同時に徽章が眩く輝くと、光が結び合って輝く五芒星が形成された。その中心に居る主は強い力に抑え付けられて、時間が止まったかのように身動き一つできなくなった。

 そしてレネは目の前を見据えたまま一度深く息を吸い込み、一息で文言を言いきった。

「汝の主たる我が命じる。転変と集約の力を記述せし章の封印を解放せよ!」

『主からの封印解除命令を受諾、第三章【転変】、第四章【集約】、封印解放!』

 杜人の宣言と同時にレネは身体の中で魔力が動き始めたのを感じたが、前回のような辛さは無かった。そのため小さく微笑むと端末石を目の前に配置して目を瞑り、魔法陣を五つ同時に構築し始めた。

 これまでは継ぎ足しのような形でしか使えなかったのだが、練習を重ねた結果周囲を忘れるくらい集中すれば何とかこの程度はできるようになっていた。ただし、実戦ではそこまで集中などできるわけが無いので、まだまだ使える域には到達していない。

 既にレネは狙いを固定しているので主を認識していない。狙うのは杜人に言われた通り、壁にある一際輝く結晶である。

『増幅円環陣起動。形態安定、多重連結正常動作確認。……これで良し』

 杜人はレネが狙い定めた軸線上に三重に連結された増幅円環陣を設置する。円環陣は回転を速めながら周囲に白い煌きを放っていた。増幅率はもちろん最大に設定している。

『集束領域展開』

 レネが構築している魔法陣が完成し魔力が注がれ始めたところで、杜人は集束領域を魔法陣の前に展開する。今回は放出系魔法を集束するので、巨大なレンズ型である。凹面で魔法を受け取り、凸面から集束した魔法を放つ形だ。その表面は透明だが、時折幾何学模様のようなものが白い光と共に浮かび上がっている。

 レネからは膨大な魔力が失われ続けているのだが、集中しているので認識していない。そして、今まで見たこともない光景を探索者達やノバルト達が固唾を飲んで見守っている中、レネは勢い良く目を開くと完成した特級魔法を遂に発動させた。

「氷霧滅牙!」

 宣言と同時に魔法陣から青白く輝く霧が渦巻きながら前方に飛び出し、集束領域に余さず吸い込まれていく。そして集束された霧が一際大きくなって前面から放出され、通過した円環陣を纏わせながら輝く結晶へと突き進んでいく。

 輝く霧は通過点に存在する主の上半身に接触すると一瞬で凍りつかせ、再生すら許さず砂のように砕いていく。その光景は、まるで霧に食われていくかのようであった。そして効果領域上にある全ての存在を消し去った霧は、増幅円環陣にて再構成されて再び前方へ射出された。

 その先にあった二つ目の障害物を再び食いちぎるように消し去ると、更に増幅されて再度射出される。渦巻く霧が通過した後には、顎から胸まで消失した巨大な黒大鬼が二体、青白く輝く傷口を晒しながら再生することなく静かに立ちつくしていた。

 そして渦巻く霧は障害物を乗り越えて狙っていた壁面の結晶まで辿り着くと、一瞬で凍らせ、砕き、消失させ、それでも収まらず壁に巨大な穴を開けてようやく消え去った。

 同時に大広間が薄暗くなり、その場にいた者達の頭の中に甲高い絶叫が響き渡った。

「きゃあぁ!?」

『ぬおおぉぉ!?』

 ここまで経過した時間は精々ひと呼吸程度。そのため絶叫は皆が終了を認識するより早く響き、注意が一点に向けられていた状態で聞くことになった。

 突然響いた頭を揺さぶる絶叫に、全員が思わず耳を塞ぐ。ちなみに一番の被害者は、集中して魔法を発動していたために意識が無防備になっていたレネであり、次が複数の制御を同時に行っていたために無事発動して気を緩めた直後だった杜人である。

 そのためレネは床にぺたりと座り込むとそのまま倒れ込み、杜人は床にぽてりと落ちて震えている。輝いていた徽章も魔力を使い果たし、光の五芒星は宙に溶け込むように消えていった。

 訪れた静寂の中で、束縛から解き放たれた主の身体が倒れ、床を大きく揺らす。同時に出入口を塞いでいた格子が音を立てて上がり、一連の出来事の終わりを告げていった。
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