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黒姫の魔導書 作者:てんてん

第4章 似たもの同士の大行進

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第18話 来たるべきとき

 毎日のように訓練を繰り返し、レネの指導期間も終わりに差し掛かった。そのためレネと杜人は計画を実行するために、漏れが無いよう朝から最後の打ち合わせを行っていた。

「今日は第四十一階層を踏破して、明日第四十二階層でお祝いをする。そして明後日が試合開始。間違いないよね?」

『大丈夫だ。準備は全てできている。どうせ今日も探索者を引き連れることになるだろうから、ゆっくりと行こうか』

 レネと杜人は見つめ合い、にこりと笑った。そしてレネは立ち上がるといそいそと準備を行い、シャンティナも揃ったところで元気良く掛け声をあげる。

「それでは出発!」

『おー!』

 こうして温めていた最後の計画が、ようやく動き出した。





 そして第四十一階層に降り立った魔法騎兵団一行は、またもや待機していた探索者を引き連れて移動していた。そのため騎獣に乗ってはいるが、歩きに合わせてゆっくりと進んでいる。配置はレネを先頭にしてシャンティナとジンレイ、ノバルト達が続き、探索者の集団が最後尾である。そのためノバルト達は後ろが気になって仕方がなかった。

「視線を感じる……わけはないよな」

「奇遇ですね。私も同意見です」

「私も」

「……現実逃避はやめようよ。私達は確実に目立っているの! レネ教官を見習いなさいよ。全然気にしないどころか全体をひとりで守っているんだから」

 レネの現状は、既にこの程度は許容範囲になるくらい注目を集め続けた結果である。もはや手遅れと開き直っているだけなのだが、傍から見れば泰然としているように見えるのだ。そして魔物に乗っている魔法騎兵団は間違いなく注目を浴びている。習熟訓練中は気にならなかったのだが、落ち着いてみるとそのときにもしっかりと注目されていたことを全員が思い出していた。

 レンティの指摘に他三名は微妙に視線をそらす。見習ってできるのであれば、レネも引きこもりになどならない。

「それにしても、理由は分かるのですが守られたままというのも奇妙な気分です」

「仕方が無いよ。たぶん私達だけなら戦わせたと思うよ?」

 いつもは守るほうにいるので異なる感覚にセラルは小さく笑った。レンティも同様だが、客が居る以上無茶はできないということも分かる。そして何よりレネひとりで余裕なのだ。その力量の差を見せ付けられると、もう笑いしか出てこない。

 遠撃ができるようにはなっていても、魔法使いの攻撃には敵わない。そのため今回は連れも居るので安全重視で行動している。もちろん各種支援魔法も上級をかけていた。杜人も前回同様、端末石にて探索者を取り囲んで守っている。

「それにしても、この速度なら歩きでも良いはずなのに、どうして突然騎獣に乗るように指示を出したのか分かるか?」

「それはさすがに……。今のうちに視線に慣れさせようとかではないですか」

「ありえる」

「そうかもね。ほんと、注目されると疲れるって知らなかったもの。よく考えれば、レネ教官はずっとこの視線に晒されて来たんだね……」

 ノバルト達は揃って頷き、レネに尊敬のまなざしを送るのであった。




「大丈夫だよね。普通ありえないし」

『一応騎獣には乗せたから対応は可能だろう。万が一の場合は連れが居るから初動が重要になる。手順を間違えるなよ』

 レネと杜人は第四十一階層も終わりに差し掛かった現在、嫌な予感に襲われていた。そのため目立つが騎獣に乗せたのだ。決して慣れさせるためではない。

「分かってる。まずは探索者達を結界で保護して、シャンティナとジンレイが守る。私は残りの四人を引き連れて駆け、囲まれないように現れる敵を端から殲滅する。主が現れたらシャンティナが対応し、その他を殲滅後に止めをさす。これで良いよね?」

『ああ、現れる魔物が何なのか分からない以上、これ以上はどうしようもない。万が一のときは第四章まで封印を解くから覚悟してくれ。例のごとく、不完全だから魔力の消費が激しいのが難点だがな。ま、第三章がなんとかなったから、寝込むことはないだろう。文言はそのときにな』

 知らない人が聞けば馬鹿らしい心配だったが、レネと杜人にとっては冗談にならない。予感というものは、過去の知識が無意識のうちに警告を発しているものだという説がある。そして同じ経験を持つ二人が同時に嫌な予感に襲われている。これを無視できるほど、レネも杜人も楽観できる性格ではなかった。

「何が原因なんだろうね」

『それが分かれば苦労はしない。恐らくだが、匂いとか空間に存在する魔力の濃さとか、目に見えずに普段認識していない何かなのだろう。気のせいなら笑うだけで済む。とにかく今は警戒を怠るな』

 既にシャンティナとジンレイには万が一が起きたときの行動を指示している。そのためシャンティナは静かに気配を探っていた。

 戻るという選択肢もあるが、今感じているものが単なる不安の延長なのか、それとも違うものなのか、判断がつかなかった。そして理由も無く引き返すには遅すぎる。そのため、ノバルト達のこともあるので先に進む選択をしていた。

 そして犠牲を少なくするために個々に入る案も除外した。説明しても信じてもらえないことと、説明して別れて入り、自分が罠にはまるならまだ良いが目の前で死なれたら確実に後悔するためだ。

 もし罠にはまっても、ひとりより大勢で居たほうが生き残る確率は高くなる。探索者達は結界で保護するが、戦わなくても敵を引き付けるので十分役に立つ。そのためレネと杜人は万が一を考えて全員を助ける方法を探し、何も言わないことにした。笑い話で済めばそれで良いのだ。

 以前と異なり今はシャンティナもジンレイもいる。何より魔導書の力が大幅に増している。だから杜人は、戦えない者を抱えても十分突破できると戦力を計算していた。

 そして一行は、遂に大広間一歩前まで到達した。見た目には異常は見られないが、未だに嫌な予感は消えていない。

「どう?」

 レネはシャンティナに問いかけ、シャンティナは静かに首を横に振った。

『……一応ノバルト達には警告しておこう。事前警告があれば戸惑わずに動ける』

 レネは小さく頷き、ノバルト達を呼び寄せる。そして不思議そうな顔をしている面々に、真剣な表情で警告を出した。

「大広間の罠が作動する恐れがあります。作動した場合は、数が多くなる前に各個撃破していきます。隊列を乱さずに、指示に従ってください」

 レネは手順を説明し、油断しないようにと伝えた。ノバルト達からすれば冗談と思いたいところだったが、レネもシャンティナもジンレイも笑わずに真剣な表情を保っているため本気と分かった。

「戻るのは駄目なのですか?」

 セラルの問いに、レネは小さく頷く。

「根拠がありません。ここから戻るのは不自然ですし、説明しても分かってもらえないでしょう。何より臆病者と確実に言われます。私以外は感じていないのですから。そして私自身もこれが臆病から来ていないとは言い切れないのです。いつも嫌な感じは受けていましたから……」

 最後は小さく声は途切れたが、ノバルト達が納得するには十分であった。一度臆病者や卑怯者と噂されれば容易に消えることは無く、体面が必要な騎士になれる訳がないことも分かる。ここで引き返せば己の命は確実に残るが、最悪は放校となり騎士としての命は終わるのだ。だから確実ではない以上、進むしか選択肢がない。

 そして何より、レネは大広間の罠を単独で突破した者なのだ。言うことを疑う理由はノバルト達には無い。だから全員が真剣な表情で頷いた。

「了解しました。警戒を最大に行います」

『これで良し。さて、どうなることやら。……準備しようか』

 レネは頷くと支援魔法をかけ直し、魔法薬を飲む。それを見ていた探索者は首を傾げているが、特に何も言わなかった。

「それでは、行きます」

「はい」

 できる限りの準備を終えたレネ達は、背中に緊張の汗を流しながら大広間へと足を踏み出していった。




 一行はゆっくりと大広間を歩く。隊列はレネを頂点として後ろにノバルトとセラル、その後ろにミアシュとレンティが続き、シャンティナとジンレイは探索者達を先導するように並んでいた。レネは既に上級結界魔法の構築をゆっくりと始めていて、探索者を囲む端末石に魔法陣が複数構築されつつあった。

 さすがに異様な雰囲気に探索者達も口をつぐみ、誰もが緊張した面持ちで歩いていた。しかし、大広間の様子はいつもと変わらず、壁面にある球形の結晶が輝いて内部を明るく照らしている。そのため徐々に緊張が解けてきていた。

「本当に罠が作動すると思うか?」

「大丈夫ではないですか? それでも知らずに油断するよりは良いかもしれません」

 微笑みながら肩を竦めるセラルにノバルトも頷く。これまでレネは度肝を抜くことを様々行ってきたが、常に微笑みを浮かべていた。しかし、今の後ろ姿から感じられる気配はそんな甘い事態ではないと告げていた。

 少なくともレネは本気であり、大広間の罠を潜り抜けた実績がある以上、従わない理由は無い。無いはずなのに、どこか浮つく心をノバルトは感じていた。そしてそれを当然と受け止めるほど、ノバルトは自分を信頼していない。常にレンティから矯正されているのは伊達ではないのだ。そしてレネを見ると何故か警戒心が復活するのも分かった。

「おい、気を付けろ。何かおかしい。何だか警戒が緩まる。レネ教官を見ろ」

 ノバルトの静かな警告に、笑みを浮かべかけていた三人ははっとしてレネを見る。そして警戒を忘れかけていたことを思い出し、入り込んできた油断を追い出して表情を引き締めた。

「これは……、おかしいですね」

「気配なし」

「探索者達はもう油断している。最初はあんなに警戒していたのに……」

 ミアシュは周囲の気配を探るが変化は見られず、レンティが後ろを確認すると、探索者達の表情は明るいものになっていた。出口が近いということを差し引いても、警戒を解くのが早すぎると感じた。そしてシャンティナとジンレイが全く変わらない表情なため、更に違和感は強くなっている。

「こうなると、レネ教官の言う通りか。怪しすぎるぞ」

「対魔物用集団戦闘訓練をした甲斐がありますね」

 半ばやけくそで行った訓練を思い出し、思わず全員が微笑む。そしてすぐさま顔を引き締めると、視線をレネの背中へと固定したのだった。






『……消えたな』

「うん」

 大広間に入った直後に、それまであった嫌な予感は消えていた。それでもレネと杜人は警戒を緩めることなく歩いていたが、中央付近に来るころには緊張が緩んだ探索者達から話し声が聞こえ始めていた。ノバルト達も緊張が解けかけていたが、レネから発せられる緊迫した気配によって保つことができていた。

 杜人はその変化をつぶさに観察し、これは来るなと確信した。

『レネ、どうやら全体に緊張が緩むような力が働いているようだ。質が悪いが有効ではある』

 責任感によってレネが無意識に発している統率の原初魔法により、近くにいるノバルト達は影響をなんとか免れているが、離れている探索者達は不自然なくらい警戒が緩んでいた。

「そういえば、試験のときもそうだったね。まだ終わりじゃ無かったのに、終わった気になってたよ」

『まるでこの部屋全体が……。いや、間違いなくそうだ。この部屋はジンレイの同種なんだ。迷宮内の大広間に宿り、獲物がかかるのをひたすら待つ。ただ、完全に重なっているから普通の大広間と区別がつかない。そして迷宮と一体化しているから倒すこともできない』

 杜人の推測を聞いたレネは、その厄介さに眉をよせる。

「……面倒だね」

『まあな。たまにしか発生しない理由も様々考えられるが、こう考えると時間の認識が一律ではない可能性が一番高い。恐らくだが、向こうは見逃しているつもりはないと思うぞ?』

 あるときは瞬きの一瞬で一年が過ぎ去り、あるときは普通に時間が流れる。その流れが緩やかになり、獲物がかかっていると認識できるようになったときに捕らえるのだ。だから発生条件が一定しないことになる。

「それじゃあ、今からでも走る?」

『無駄だ。緊張が緩む力の影響で、探索者は付いて来ない』

 ちらりと視線を向けると、短い間に探索者達は完全に油断して賑やかになっている。さすがにこれでは逃げられないと、レネも力なく笑った。そしてその後に『ある可能性』に思い至ったため、少しばかり視線を落とし不安げに聞いてくる。

「ねぇ、もしかして私、大広間の魔物に目を付けられたのかな……」

 大広間の罠に意思があると仮定した場合、通過するたびに緊張していた理由を説明できる。レネとしては嫌なことが起きたから身構えていると思っていたのだが、実際は逃した獲物として見られていたことになる。つまり、それを無意識に感じていたから緊張していたのであり、いつ捕らわれていてもおかしくなかったということだ。

 杜人は目を瞬かせながらレネを見つめ、次になるほどと頷いて手を合わせると、くるりと回転して笑みを浮かべ、片手を無意味に掲げながらわざとらしく明るく声を出した。

『仮説が正しければ間違いないな。良かったな、レネは魔物にも大人気だ!』

「そんな人気はいらないってば。ばか」

 レネは小さくため息をついたが、杜人が問題にしていないようなので顔には安堵の笑みが浮かんでいた。杜人はそれを確認し、不安を払拭できたことに安堵した。

『なに、力は確実についているから、前のようにぎりぎりの戦いにはならないさ。それに今回は頼りになる仲間もいる。……まてよ、もしかしたら無差別に魔法を放てない分、今回のほうが戦いにくいのか?』

「だ、大丈夫だよ。練習もしたし。……たぶん」

 杜人は顎に手を当てて意地悪い笑みを浮かべると、わざとらしくレネに問いかける。巻き込んだ前科があるレネは、否定はしたものの自信は無いのでそっと視線をそらした。

 その様子に大丈夫そうだと杜人は頷くと、気を引き締めてレネを見る。

『恐らく中央を通過した辺りで閉じ込められるはずだ。一気に行くぞ』

「任せて。準備はできているよ」

 杜人も魔法の構築を始め、周囲が魔法陣の放つ光で明るくなる。それを確認したノバルト達は、いよいよかと両手に力を入れて身構える。そんな中でも探索者達は楽しげに話をしていた。

 レネは高鳴る鼓動を抑えるように胸に手を置き杜人を見る。それを受けて杜人は微笑むと親指を立てて片目を瞑った。たったそれだけだったが、レネの中から不安が見る間に消えて自然に笑みが浮かぶ。

 そしてレネ達は万全の状態で歩んでいき、壁面で煌めく水晶に照らされながら、作動が予想される部屋の中央を静かに通過した。
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