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黒姫の魔導書 作者:てんてん

第4章 似たもの同士の大行進

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第17話 最後の仕上げ

 レーンの王都にある迷宮を主な狩り場にしている探索者にとって、第三十階層に到達できるかどうかが一つ目の壁になる。他者を犠牲にしても何とも思わない者、特定の職種を侮る者は、よほどの実力が無ければここまで到達できないのだ。

 そのため単独で来られる者は稀であり、戦闘の組み立ても多人数が中心となる。ここからは軽いものだが罠も生成されるので、戦闘力だけが強さではないと実感する場所である。

 そんな第三十階層にて、レネ率いる魔法騎兵団は基礎修練に勤しんでいた。

「そこ、罠」

「落とし穴ですね。端末石で床を叩いてみてください」

 レネはミアシュが発見した罠を地図魔法にて解説し、ミアシュは感覚と共に種類を憶えていく。こうすれば罠が強化されても同じ系統の罠なら判別できるようになるので、ミアシュの表情は真剣そのものである。

 言われた通りに床を叩くと、つまずいて転ぶ程度に床石がへこむ。そしてしばらく放置すると綺麗に消滅していった。

「生成型は良いとして、不動型で通過しなければならない場合はどのような対処がありますか?」

「その罠によるとしか言えません。作動後一定時間動かなくなるものもありますし、関係無いものもあります。中には作動させないと安全に通過できない罠や、そもそも逃げられない罠もあります」

 レンティの質問にレネは淀みなく答える。この辺りは本に書かれているので対処法も万全である。

『そうなんだよな、逃げられない罠が一番酷いんだよな』

 大広間の罠がその代表例である。次の階層に行くために必ず通過しなければならない場所にあるため、逃げることができないのだ。

 杜人とレネは視線を交わすと、本当にどうしようもないという共通した意識を確認し小さく微笑んだ。

 今はまだミアシュの索敵範囲はそんなに広くなく罠と魔物を上手に判別できないので、騎獣に乗っていてもゆっくり歩かせている状況である。こればかりは慣れなので、広範囲の警戒は一番暇な杜人が行っていた。

 レネと杜人は指導方法として最初が肝心と意見が一致し、まず騎兵運用の基礎を固めることから行っているのである。

 そうしてゆっくりと教えているとき、杜人の端末石が探索者の反応を捉えた。

『うん? あっちから誰か逃げてくるな。二人……その後ろに鏡鱗空魚が五体だ』

「戦闘準備! 逃走中探索者二名、鏡鱗空魚五体!」

「罠、なし!」

「ノバルトは前で防御、セラルは攻撃して。保護は私がする!」

「了解!」

 のんびりした雰囲気はレネの号令によって一瞬で吹き飛び、ミアシュも即座に端末石を飛ばして罠の有無を確認する。そしてレンティが素早く指示を出し、ノバルトとセラルは飛び出していった。

 そして何とか救出と殲滅に成功した一行は、水晶の広間に送り届けてから反省会を行う。そしてまた探索に赴いた。今までより進む速度は遅くなったが、確実に成長している実感があるので絶望はもうない。

 こうしてノバルト達は他の騎士見習いが初級魔法を習得しようとしているときに、その代わりとなる武技と共に騎兵としての連携も訓練していったのである。





 基礎を終えた後は迷宮第三十五階層に進み、特殊な魔物に対する対処法を教える。

「さて、ここに出てくる影供は影に潜んで生命力を吸い取ります。追い出すには結界を展開するか、入口まで行く必要があります。このような特殊な対処を必要とする魔物が出る場所では、対抗手段が無いと簡単に致命傷を受ける場合があります」

 レネは広めの部屋で結界を張らずに明るい笑顔で説明している。ノバルト達は影供の特性を聞いて、現在の状況がどれだけ無謀なことなのか理解し、顔を微妙に青ざめさせていた。

『ふふふ、そろそろ良さそうだぞ。派手に行こうか』

 その様子を杜人は笑いながら観察している。もちろん演技指導と演出は杜人である。レネは心の中で不安にさせたことを謝りながら、シャンティナに指示を出した。

「その場合の武技がこれです。シャンティナ、良いよ」

「鳴破」

 シャンティナは膝をついて拳を握りしめると、見た目は軽く床を叩く。すると硬く澄んだ音と共に光の輪が周囲に広がり、光輪に押し出されるようにシャンティナの影に潜んでいた影供が飛び出してきた。

「うげっ……」

「ひっ……」

『ぬふふ、良い反応だ』

 四人は似たような悲鳴をあげて一歩後ずさり、杜人は腹を抱えて笑っていた。こうなると予想していたレネも笑いたかったが、それは駄目なのでそっと口を押さえて視線をそらしていた。

 今回の演出は実に簡単で、不安を煽って必要性を刷り込む方法である。そのためにわざわざ徒歩でここまで来たのだ。ちなみに障壁を全員にこっそりかけているので、潜まれても死ぬことはない。しかし、知らなければ不安は増大する一方である。

 そしてシャンティナが影供をあっさり始末したところで、レネは腹に力を入れて笑いを堪えると解説を始めた。

「これは魔力を周囲に放つことによって一瞬だけ結界と似た効果を出せる武技です。想像する形は水面に落ちた波紋が良いとのことでした。理解できましたか?」

「はい、大丈夫です!」

 逃げ腰になっていた面々は、レネの問いかけに慌てて直立不動になると元気良く返事を行う。しかし、その瞳は早く安全なところに行きたいと訴えていた。

『いやあ、想像通りで怖いな。それではレネ教官、どうぞ』

 やっと復活した杜人がにやりと笑って次を促し、レネも心で謝りながら言葉を紡ぐ。

「一度で理解できて良かったです。それでは……」

 ここで一度言葉を切ると、にっこりと微笑む。それに釣られてノバルト達も引きつり気味に微笑んだ。もちろんノバルト達は『帰りましょう』という言葉を期待していた。そしてそれは杜人によって既に見破られていた。だから杜人は笑顔で頷き、レネは予定通りに進める。

「……できるまで練習しましょうか。魔法薬はたくさんありますから安心してください」

「了解しました!」

 誰もが絶望に心を覆われながらも、返事だけは元気良く行われた。そして半ばやけくそ気味に床を叩いている様子を見ながら、レネは小さくため息をついた。

「ねえ、もう少し良い方法は無かったの?」

『習得できなくても良いならいくらでもある。ここまで怖がるのは最初だけだから、繰り返せば必死さも薄れる。これは拒絶の意思が強くないと成功しない武技だから、心持ちひとつで習得難易度が一気に変わるんだ。なに、あそこまで怖がっていれば今日中に全員習得できるさ』

 ちなみに鳴破を考えたのは杜人である。それをシャンティナは数度の試行で習得しているので、やり方さえ間違わなければ簡単な部類に入る武技である。

『前にも言ったが、思い込みは大切なんだぞ』

「うーん、分かっているけれど……。うん、お祝いは盛大にやろうね」

 彼らのためとはいえ騙すことに葛藤していたレネだったが、これ以上のやり方を思いつかなかったために最後には納得し、お祝いの品数を多くするからと心の中で手を合わせた。

 結果として杜人の言った通り、涙目になりながらも四人全員が習得することができた。習得にかかった時間は、もちろん今までの中で最短であった。





 特殊な武技を習得した次は、開放型である第四十階層にて仕上げの訓練を行った。

「ここには知っての通り、近づくと危険な魔物しかいません。そのため遠距離攻撃ができないと、いつか誰かが犠牲になるでしょう」

 レネは明るい笑顔で説明している。今回は特に仕掛けは無く、普通に教える予定だ。だが、前例があるのでノバルト達は今度は何がと身構えながら聞いていた。

『ぬふふ、同じことを繰り返しては効果が薄れるのだよ。物事には緩急が大切なのだ。まだまだよのう』

 だがしかし、その様子を観察している杜人には当然お見通しである。そのため今回はそんなに酷くしないつもりである。

「そういうときに使う武技がこれです。どうぞ」

「では。……遠撃!」

 待機していたジンレイが手に持つ槍を横に一閃すると、そこから薄い光の刃が飛び出して虚空に消えていった。そして元に戻るとそのまま解説を始める。

「これは基本形です。慣れれば様々な型で出せるようになるでしょう」

 そう言ってジンレイは槍を突き出すと、光が一直線に飛び出した。

「距離と威力は込めた意思に依存します。最初のうちは武器を振るう速度で変わるように考えればうまくいくでしょう。練習中は人が居る方向に振るってはいけません。それでは広がって訓練を開始してください」

「了解しました!」

 普通にジンレイの解説が終わったためさすがに今回は大丈夫だと理解し、ノバルト達からようやく安堵の笑みが漏れた。

『うむうむ、良い顔をしている。つかの間の平和を存分に味わってくれ』

 杜人は機嫌良く笑う。もちろんこの後に色々考えているためだ。先のことを知っているレネはもう笑うことしかできない。

「良いのかなぁ……」

『防御は行うのだから問題ない。それに事前に練習させているのだから十分親切だ。とにかく、終わるまでに一通りはできるようにしてやらないと駄目なのだから、多少の無茶は必要だぞ』

 もうすぐレネの指導期間も終わる。そうなればここまで濃密な指導はできなくなるし、命令権も無くなるので強制もできなくなる。それで従わなくなるとは思わないが、形式は大切なのだ。そして一度不完全にでも発動できれば、後は自分で磨くだけで良い。そのため杜人は詰め込み気味ではあるが、最後までできる予定を組んだのだ。そして今のところは順調に推移している。

「うん。……教えるのって難しいね」

『大丈夫だ。彼らはきちんと理解しているさ』

 頬を掻くレネに杜人は自信を持って断言する。視線の先では、教え子達が元気に声をあげて訓練を続けていた。




 そして不完全ながら遠撃が使えるようになったところで、実戦訓練が行われることになった。

「……」

「黒珠粘液は放置されているので、いくら狩っても探索者達から恨まれることはありません。存分に練習してください。さ、遠慮なくどうぞ」

 目の前の光景に口を開けて呆然としている教え子を放置し、レネはにこやかに前方を指差す。そこには、百体ほどの黒珠粘液が身体を震わせながら存在していた。

「はい! 接近に気付かずに囲まれた場合はどうすれば良いでしょうか」

「そのまま突破すれば良いだけです」

 レンティが最後の望みをかけて聞いてみるが、レネはにっこりとそれに答えた。もちろん杜人謹製模範問答集に載っているやりとりなので、演技は完璧である。そのためしっかりと『できなければ死にます』という声が絶望と共に聞こえていた。

「自らと仲間、敵の位置を把握するのは戦闘の基本です。訓練通り、近づかないようにしながら連携すれば良いのです。迷っていても解決しません。さあ、行きなさい」

「はい!」

 最後はジンレイが背中を押し、ノバルト達は騎獣に乗って突撃していった。

『まだぎこちないな』

「支援無しに、己の力のみで大量の敵と戦うのは初めてですから仕方ありません。ですが、十分及第点はやれそうです」

「心が痛い……」

 冷静に観察している杜人とジンレイの横で、レネは胸に手を当ててため息をつく。先程は見捨てるようなことを言ったのだが、今回もこっそりと障壁を張っているのだ。そのため囲まれて取り込まれても大丈夫である。もちろんその前に助けるのだが、騙したことには変わりはない。

 ノバルト達は大量の黒珠粘液と必死の形相で戦っている。一歩間違えれば囲まれてしまうのだから当然である。

『最後に仕掛けをばらしても良いが?』

「言わないよ。これは私が選択した方法なんだから……。私が背負わなければならないことだよね?」

 案は杜人であるが、選んで実行しているのはレネである。だからこれでどう思われようと、それを受け入れる覚悟をしなければならないと思っていた。そんなレネに、杜人は優しく微笑んだ。

『大丈夫だ。彼らは間違うことなく真意を理解しているさ。お祝いは盛大に行うから安心してくれ。準備も順調だ』

「はい。腕によりをかけて種類を用意しましょう」

 既に遠心分離機はダイル商会に製作を依頼して納品されている。そしてその他に必要になる細かいものも買い揃えた。後は実行するだけである。

「うん……。ありがとう」

『どういたしまして、だ。……おやあ、少しまずそうだぞ』

 レネは頬を赤らめてはにかみながら礼を言い、杜人は誤魔化すように戦闘中のノバルト達を指差した。そこでは大量の黒珠粘液に対応が間に合わずに分断されて囲まれそうになり、泣きそうになっている面々が居た。

「あわわっ、忘れてた!」

『あ、馬鹿……』

 レネは慌てて端末石を飛ばし、杜人の制止が入る前に霊気槍を大量に降らせる。

「ぬわぁぁ!?」

「きゃぁぁ!?」

「ご、ごめんなさーい!」

 その結果、狙いがそれたものが全員に降りかかることになり、悲鳴が荒野にこだまする。結局、シャンティナが一気に殲滅を行い、その日の訓練はお開きとなった。





『良いかレネ、指揮官たるもの状況を冷静に判断し……』

「ぐすん……」

 その日の夜。レネは布団の上で正座しながら杜人謹製『指揮官の心得』を復習することになった。

「さて、他に何を作りましょうか。なにか希望はありますか?」

「甘い物?」

 それを横目で見ながらジンレイは優しく微笑み、シャンティナは首を傾げていた。こうしてお祝いの品数がまた増えることになったのだった。
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