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黒姫の魔導書 作者:てんてん

第4章 似たもの同士の大行進

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第09話 事前の準備

 最近のレネの周辺は落ち着いたものなので、杜人ものんびりと魔法の開発や魔導書の修復を行っている。魔導書の内部はいつも通り、透き通った窓が多数浮かんだ椅子とテーブルがある白い空間である。

『修復は順調だな。大物が手に入らなければこんなものだろう。良いことだ』

 たった半年で、初級魔法もおぼつかない状態から上級魔法を連発できるまでに修復が進んでいる。封印も第一章は随時解放中であり、第二章も完全解放が可能である。第三章も強制解放は可能であり、今なら次の日に全身筋肉痛程度で済む。

 今までに比べれば非常にゆっくりとしたものだが、命をかける必要も無い。今までが異常と思っているので、今の進み具合で十分と判断していた。そして後半になるにつれて修復に必要な力も多くなってきたため、量が増えてもそんなに劇的な変化は起こらなくなっている。

『さてと、せっかくの小隊なのだから、指導が終わる前に仕上げないとな』

 いま杜人が取り組んでいるものは、レネの指導教官としての役割が終わる頃に全員へ渡そうと思っている記念品である。二度と無い役割なので、手間を惜しまずつぎ込んでいるのだ。

『召喚はタマと玄武が居るから何とかなる。後はどれを組み込むかだな』

 杜人の頭の中には、白狼形態のタマに乗ったレネを先頭にして、後に続いて疾走するノバルト達の姿が浮かんでいる。そして今まで出会った魔物の情報はすべて蓄積されているので、似合うものを考えているのだ。

『やはりノバルトとセラルは灰色狼で、ミアシュとレンティは硝子天馬が良いかな。力強さと美しさ。……良し、そうしよう』

 決まったところで使い勝手が良いように改良していく。灰色狼は身体を大きくしたり、硝子天馬は実際に飛べるようにしたり、魔法に対する弱点を消していく。もちろん耐久力上昇や自動回復、魔法障壁は標準搭載である。レネが作成した術式を基にして杜人が追加項目を選定して組み込み、最後にレネが最適化する予定だ。そのため二人の合作と言えるものになる。

『後は連携用のお遊びも入れておこう。まぁ、使わないだろうがな』

 自重を忘れた杜人は嬉々として無駄な機能も追加していく。もはや記念品を超えた何かになるのは確実である。そんな風に一通り作業を行った後、次のことに移った。

 次はレネ専用の端末石である。杜人が端末石を用いて全方位から放つ魔法に憧れを持っているので、以前から作ってと無言の要求があったのだ。それを聞いてしまうあたり、なんだかんだ言いながらもレネに甘い杜人であった。

『材質は……この間大量に入手したから精霊結晶で良いか』

 硝子天馬のついでに魂魄珠もしっかりと殲滅したので、在庫は十分である。市場に流さなければ混乱は起きず、丸く加工するだけならば杜人でもできる。尖らせないのは、普段しまっているときに怪我をしないようにとの配慮だ。

『もっと工夫すれば特級までは使えると思うが……。上級でも過剰出力だろうから良いか』

 加工の専門家ではないので、現在の杜人が作ると上級用が限度である。それ以上は専門の職人に頼むしかないが、それをすると市場が混乱する可能性があるので今回はお手製にすることにした。

『……実に絵になるとは予想できるが、まぁ本人の望みなのだから良いか』

 今更なことなので、ある程度のことは無視である。こちらもきりの良いところまで進めて次に移った。次は魔法関連である。

『既存の改良は進めるとして、新しい魔法はどうするか……』

 魔導書の回復に合わせてタマとジンレイも強化されている。特にタマは杜人の趣味が反映されているので、今では欠かせない存在となっている。

 魔法の改良も順調に行われていて、もう少しで霊域結界は単独で使用できそうになっていた。不可視念手は汎用として構築したので、今ではエルセリアも使えるようになっている。セリエナは今のところ操作の感覚に悪戦苦闘中である。

『やはり不測の事態に備えたほうが良いか。引き離されたら目も当てられないことになりそうだ』

 今のレネは杜人が居るから普通の魔法使いのように魔法を使えるのであって、居なくなれば元通りである。魔導書自体はいくら破壊されても再生することは分かっているので、引き離されないか、引き離されても大丈夫なようにすれば良いと考えた。

『ふふふふふ、いつでも一緒……、きっと泣いて喜ぶに違いない』

 もちろんレネがどんな反応をするか分かっていて、嬉々として取り組んだ。こんな杜人だが、ちゃんとレネのことを考えているのだ。





 今回は評価が目に見えて現れるために、教官になった学院の上級魔法使い達の意気込みが例年とは異なるものになっている。そのため他の班では着々と魔法を使えるものが現れ始めている中で、レネの班は武技の練習を繰り返す日々が続いている。

 主な指導はジンレイが受け持っているが、レネと杜人の意見も取り入れている。その中に、杜人が提案した小規模陣形の練習が含まれていた。

「槍撃」

「はい!」

 軽く走るシャンティナの声に大きな声で答えると、シャンティナを先頭として前にノバルトとセラル、後ろにミアシュとレンティの二列に並んだ陣形となり、そのまま走り続ける。そして的があるところまでくると別の指示が出た。

「舞翼」

「はい!」

 今度はシャンティナを要として左右前面に広がり、的をシャンティナに落とすような陣形となる。そして端から順番に攻撃を繰り出していき、最後にシャンティナが的に触れてまた走り始める。

「双翼」

「はい!」

 次は槍撃に似ているが、直線ではなく後方が広がった陣形である。その形を保ちながらしばらく走り続けた。そこに杜人が端末石を用いて包囲攻撃を仕掛ける。シャンティナは立ち止まると次の指示を出した。

「方円」

「はい!」

 立ち止まったシャンティナを囲むように四面に一人が付き、飛び回る端末石を払いのけていく。だが、疲れが溜まっていたところに立ち止まったため、その動きは鈍いものだ。そのためなかなか払いのけることができず、時間切れになったところで杜人は容赦なく攻撃を繰り出した。

 端末石が青白い輝きを放ちながら魔法陣を展開したのを見たノバルト達は、ぎょっとした顔をして防御体勢を取る。

「金剛総身!」

『霊気槍』

 直後に杜人が霊気槍を放ち、青白い槍が鎧を貫通して突き刺さる。

「ぐぉ……」
「くっ……」
「うぅ……」
「きゃ……」

 残念ながら武技は不発に終わり、直撃を受けた四人はそのまま倒れこんで気絶する。それをシャンティナが軽々と回収して隅に寝かせていった。その光景をレネは困った笑みを浮かべて観察している。

「さすがに上級魔法はきつくないかなぁ」

『残念ながら、これ以下はまだ作っていない。実戦では一撃必殺が基本だから、弱いものを作っても意味がないからな。それに、人に向けても気絶するだけだから問題ない』

 練習で使用するなら、レネの氷針のほうがよほど危険である。初級魔法といえど元々対魔物用に開発されたものなので、人が正面から受ければ有効範囲内なら金属の鎧を貫通してしまう威力を持っているのだ。

 杜人は頷きながら理由を説明するが、楽しんでいない訳ではない。なんといっても大手を振って人に向けて放てる機会である。たっぷりと情報を収集する気であった。説明を聞いても、レネはまだ『良いのかな』という顔をしている。

「休憩も兼ねることができますので、これで良いと思います。行った修練は寝ているときに最適化されますので」

 そこでジンレイも追加で補足を行い、ようやくレネは納得して頷いた。

「そうなんだ」

『俺の言うことは信じてくれないのか。素直だったレネはいずこに……』

 がっくりと膝をつく杜人に微笑みながら、レネは寝ている四人に近づくと軽い擦り傷を治療していく。もちろん杜人の行動が冗談と分かっているからこその動きである。

「ところで、この訓練は何の役に立つの?」

『訓練の間に行う気晴らしが主な目的だ。繰り返しだけだと飽きるからな』

「実戦用とは言っていますが、実際はその通りです。実戦を想定した訓練もしたいでしょうから、それに対する欲求の解消ですね。さすがにこの人数では陣形はあまり効果を発揮できません。しいて言えば連携の練習ですが、これからの習得状況でいくらでも役割は変わるので、気休め程度です」

 即座に復活した杜人が説明し、ジンレイも補足を行った。現時点で武技を使えるのはレンティのみである。それもまだ完全に使いこなしてはいない。まだまだ暗中模索な日々が続く予定なのだ。

 そんな魔法の指導に見えないレネの訓練は、成果が出てきた者達にとっては笑いの種になっていた。ノバルト達は真剣なのだが、それなりに分かる者が見ればジンレイが言ったように気休め程度の訓練でしかないのだ。

 それでも今までのように面と向かって笑わないのは、指導教官がレネだからである。笑えばレネの指導を笑うことになるため、ノバルト達は嘲りから遠ざかることができていた。このように、思わぬところでレネの噂は役に立っていたりする。

 ちなみに学院生達はノバルト達の体質を聞いているので、レネが資料もまともに無い専門外の原初魔法を手探りで教えようとしていることは理解していた。むしろ投げ出さない姿勢に感心していたりする。今回は競争があるのでそれなりだが、長年の確執から仲良くなるほどではないのだ。そのため自分ならもう報告を上げて引き上げていると誰もが思っていた。

 もちろんエルセリアとセリエナ以外との交流がまったくないレネは、そのように思われていることを知らない。今もノバルト達のためにできることを考えている。

「そっかぁ、気晴らしか……。その名目で連れ出せば大丈夫かな?」

『あれか……。大丈夫じゃないか? 休日に連れて行けば今は上司ではないと強弁できる。後で詳細を考えるとして、大まかにはそれでうまく行くと思う』

 練習用の魔法具を作成できたので、今のところは金策手段を実行する必要を感じていない。だが、考えないこととは別問題なので、レネは自然な形で話を持っていく方法を探していたのだ。

 杜人も賛成したため、レネは実行するときはその方針で行くことに決める。杜人としてもレネが積極的に他者と関わろうとするのは大賛成である。そのため今回は導くことはしても、積極的には動いていないのだ。

「それじゃあ、今のうちから連れ出して遊ぶようにしようかな。実行するときにいきなり連れて行って、大金が手に入ったら怪しまれるよね?」

『それが良いな。とりあえず、手出し控えめで第十二階層まで到達しておこうか』

 分かっていて飲み込ませるのもひとつの手段だが、事前にそれとなく手を打つのもまたやり方のひとつである。レネとしてはできる限り不愉快にはなってほしくないので、手を打っておく方法を選んだ。

『こうしてレネは、大人への階段を少しずつ上って行くのであった。だが、そこに思いがけない出来事が待ち受けていることを知る由もなかった。まる』

「なんだか悪いことが起きそうだからやめて」

 にやつきながら物語調に締めた杜人に対して、物語では本当に大変なことが起こると知っているレネは笑いながらそっぽを向いた。

『どうせまたいつかは来るから、弱いところで起こしておくのも手だと思うのだが』

「そんな、季節の行事じゃないん……だけれどなぁ……」

 杜人の指摘にレネは反論しかけるが、過去の実績を思い出してがっくりと肩を落とした。前にも同じようなことを話して実際来たので、もう来ませんようにと願うことしかできないレネであった。





 訓練を終えて家に帰ると、いつも通りジンレイの屋敷にて杜人とレネは打ち合わせを行う。本日の話題はもちろん休日の過ごし方についてである。

「毎回はさすがに駄目かな」

『良いと思うぞ。あくまでレネの遊びに誘うという名目があるから強制はできないが、丸一日潰さなければせっかくの機会を逃すようなことはしないだろう。それにあの勢いならもっとと言われるかもしれん』

「ええー、困っちゃうなぁ。そ、そうなったら仕方ないよね?」

 にやけた杜人の推測に、レネは嬉しそうにもじもじしながら聞いてくる。言葉とは裏腹にやる気満々である。そんなレネを愛でながら、杜人は一転して真面目な顔で頷く。

『まあな。だがレネ、今の立場が彼らの指導教官であることを忘れるなよ。名目上は遊びでも、彼らは本気には絶対しない。だから無理をさせたり、失望させたりする行動はできないぞ。教官として、彼らをきちんと導かなければならないんだ。やるならきちんと最後まで、だ』

「……つらい、ね」

 浮かれていたレネも理解して、肩を落としてから座卓に突っ伏した。

『ふふふふふ、俺が試験のときに、どれだけ頑張ってレネを引っ張ったのか少しは理解できただろうか。盛大に褒めてくれて構わんのだよ?』

「……うん、とてもよく分かった」

 座卓の上で回転し斜め四十五度に構える杜人を見たレネは、少しだけ笑いながら身を起こした。最初の絶望から立ち直らせ、不安を抱かないように自信を持って引っ張り続け、折れたときは担いででも先に進み続けてくれたからこそ今がある。さすがにそこまでできる自信はないが、できるだけ頑張ってみようと決めた。

『分かってもらえたところで小細工を考えようか。何気ない地味なことのほうが心に残るものだからな。レネはどのように戦うつもりだった?』

「普通に彼らを前衛の抑えに使って、そのうちに後ろから攻撃するつもりだったけど……駄目?」

 この方法は魔法使いがひとり加わっている組合わせで普通に運用されている方法である。魔法使いの攻撃力を十全に発揮するために、発動まで耐えるのが前衛の役割となる。

 なぜこれが主流かというと、攻撃力が魔法使いの花形のためそちらを磨いている者の割合が多いからである。そのため支援系のほうが得意な魔法使いと組む機会は多くなく、運用法の蓄積も少ないのだ。

 レネとしても今までは自分が攻撃の主体だったため、主流の運用で行こうと思っていた。だが、わざわざ確認されたため、少し不安げに首を傾げて聞いてみた。

『彼らは騎士だから普通ならそれで問題無い。だが、彼らは無意識に成長させてくれることを求めているはずだ。だからここで工夫すれば、ぐっと心に響くわけだな。だからこその小細工というわけだ』

「なるほどぉ」

 杜人はレネの意見を否定せずに肯定し、それに付け足す形で話を変えていく。自らの意見を否定されて喜ぶ人はまずいない。そして不快な気分より良い気分のほうが変更意見は通りやすい。レネは気が付いていないが、これも小細工のひとつなのだ。

 感心して頷くレネを見た杜人は、意識が意図したほうに向いたため話を続けた。

『さて、ここで問題をひとつ。今の彼らに必要なものは何だと思う?』

「……ん、やればできるという自信、かな?」

 少し考えて答えたレネに杜人は笑顔で頷いた。

『その通り。今の彼らは希望が出て来たとはいえ、まだ先がよく見えないため不安になっている。だからレネがしなければならないことは、彼らに明るい未来を与えることだ』

「私の目標みたいなものとは違うの?」

 レネのときは大きな目標を設定して道を繋げた。状況は似ているのだが言いかたが違うために、レネは少しだけ混乱する。きちんと考えているレネに良いことだと思いながら杜人は頷く。

『やりかたは色々あるんだ。彼らにも自尊心はあるから、いきなりこうしたほうが良いと説明されても従うとは限らない。だから今回は、自分達で考えて納得させたほうが良いと思う』

「そうか、納得かぁ。うむむむ……」

 レネは過去の自分と今のノバルト達の状態を比較し、縋るものが杜人しかなかった自分と、頼れる仲間がいるノバルト達の違いを把握した。レネにとって杜人の言葉は正しく聞こえたから納得できたが、あのときにエルセリアが友達として存在していれば結果は違うと分かった。

 分かってしまったからレネは悩み始める。人との交流経験が少ないレネにとって思い浮かぶのは自分のこと程度である。だから思い浮かんでも本当に良いのか判断できない。

 杜人はしばらく頭を捻るレネを温かい目で見守り、頃合いを見て声をかけた。

『レネは初めて第三階層に挑戦した日と、次の日の違いを憶えているか? たった一日の違いなのに、だいぶ楽になったと思わなかったか?』

「……うん。憶えているよ?」

 レネはいきなりの話題に瞬きながら律儀に答える。ついでに杜人にからかわれたことも思い出して、ほんのりと頬を染めた。

『それは良かった。実はな、あれはタマの動きを初日は控えめにしていたんだ。そして次の日は少し処理を速くした。実際の実力はたいして上がっていないが、踏破できる自信が付いただろう?』

「そう言われれば……」

 杜人はにやりと笑いながら説明し、心当たりがあり過ぎるレネは引きつり気味に微笑みながら杜人を見つめる。

 その後に杜人はタマが本来持つ能力を見せている。最後の練習からそのときまでは試験があったのだから、急激に力が増すようなことはしていない。つまり、初日の時点で軽く突破できる力を持っていたということに今更ながら気が付いたのだ。

『分かってもらえてなによりだ。言葉以外にも、こういうやり方もあるということさ。俺の苦労をぜひ味わってくれたまえ。むふふふふ』

「ううっ、いじわる……」

 杜人は無意味に回転しながらによによと笑い、レネは実用性を自ら証明してしまっているため文句も言えずに頭を抱えた。

 今回杜人は答えを与えずに考えさせている。レネの成長を願っているからであるのだが、任せることと教えないことは同義ではないと思っているから、きちんと観察して適宜修正を行っている。ついでにからかって楽しんでいるが、深刻に考えさせないためでもある。

 こうして杜人に弄ばれながら、レネはどうすれば良いかを決めていった。

 杜人の言葉をレネは考えながら吸収していく。その成長はゆっくりしたものだが、確実に前に進んでいる。もう少しやさしくしてほしいと思いながらも、レネは杜人を離さないのだった。
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