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黒姫の魔導書 作者:てんてん

第4章 似たもの同士の大行進

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第08話 訓練の成果

 それは、杜人の何気ない一言から生まれた。

『なあレネ。今気が付いたのだが、練習に使う魔法具はごつくて重くても頑丈なら構わなくないか? 力も強いから枷にもならないような気がするのだが……』

「あ……」

 レネは杜人の配慮もむなしく結局噂を知って引きこもりになりかけていたが、教官としての義務感からなんとか現世に留まることに成功していた。そのため忘れようと話し合いを行っていたときに出た一言である。

 今までは高い魔法具をどうやって買おうかと色々してきたわけなのだが、よく考えれば実戦で使わなければ多少邪魔であろうと頑丈でさえあれば良いのではと気が付いたのだ。

「……もっと早く気が付いてよぅ」

『いや、すまん。どうやら意気込みすぎて視野が狭くなっていたようだ』

 もはや手遅れな現状にさめざめとレネは泣き、杜人は自分が悪いことにして慰める。ここで『レネも気が付いてないだろう』と言ってはいけないとさすがの杜人も分かっている。世の平和を保つためには理不尽に耐えなければならないことが多々あるのだ。

『とにかく、これなら貸し出しできる程度に収まるだろう。さっそく依頼しに行かないか?』

「うー……、はぁ、仕方ないよね」

 杜人は誤魔化すように笑いながら無意味にくるくると回転する。それを見ていたレネは諦めたようにため息をつくと、出かける準備をし始める。そしてしっかりと認識阻害を施して、レネはシャンティナを連れて外へ向かったのだった。




 こうして出来上がった魔法具を騎士学校へ持って行き、訓練前に待機しているノバルト達の前に置く。形状は腕輪足輪なのだが、とにかくごつい。レネが装着すれば大幅に動きが制限される重量である。その代わり頑丈で、衝撃吸収を施された内部にある魔力結晶が本体なので、ぶつけて外側がへこんでも支障はない。

 ノバルト達は目の前に置かれた拘束具もどきに微妙な表情になりながらも、沈黙を保っている。今回はレネの指導者としての練習も兼ねていて、そのため杜人は後方支援として随時助言を行うことになっていた。口八丁でその気にさせるのは杜人がよくやる手段なのである。

『ふふふ。まあ、普通はこうなるな。だが、これがあるから逆転時に嬉しさが倍加するものだ。だから今はこれで良い。気にせずに行こうか』

 レネは四人の芳しくない反応に気を落としかける。見た目はごついが、値段と性能の良さを兼ね備えたそれなりの品となっているものなのだ。だから内心ではこの時点で喜んで欲しかった。だが、ちょうどよく入った杜人の『こんなことは予想のうち』という態度に励まされて説明を続ける。

 もちろん杜人はレネを観察しながら言動を調整している。これもレネが成長する訓練のうちと思っているので、失敗したときに助けられるようにしているのだ。

「これは皆さんが行っている訓練を補助する魔法具です。私物ですが、皆さんへ貸し出します。そんなに高価では無いので壊しても気にしなくて良いですが、できれば丁寧に扱うように心がけてください」

 今のところ訓練に変わりはなく、四人は元気に突撃やその他の動作を繰り返している。だが、成果が現れていないので、徐々にやる気が落ちてきているのも確かであった。そのため四人は先程よりは良い表情で魔法具を見始めた。

『くくく、予想通り反応し始めたぞ。慌てずにゆっくりとな』

 杜人は変わらず強気な発言でレネを励ます。それに押されてレネの声にも自信が感じられるようになってきた。

「使い方は簡単で、手足に装着するだけです。後は勝手に魔法具が制御を行います。具体的に言えば現在皆さんは訓練を行っているわけですが、それに合わせて強制的に体内魔力を動かします。要するに、身体に魔力を動かす感覚を憶えさせる魔法具です」

『良い感じだ』

 さすがに杜人のように抑揚まで意識した説明をすることはできないが、それなりに流暢に話せたため杜人はきちんとその場で評価しておいた。そして狙い通り、レネは少しだけ嬉しそうに笑った。

 対象のノバルト達はといえば感嘆の声を漏らしながら、期待を込めて魔法具を見つめていた。もはや四人の視線は釘付けである。レネとしては嬉しいが、こんなに簡単に信じて良いのかと自分のことを思い出して心配してしまった。

 そんなレネの前に杜人は頼もしい笑みを浮かべて漂っていく。

『今回はレネだから信じたんだ。見ず知らずの他人ならもう少し工夫がいる。それに追い詰められた人は普通の判断もできなくなるものだ。なにより、そのおかげで俺と出会えたのだから何も問題は無い!』

 最後はびしりと決めポーズになる。もう反省はしているので何度も振り返る必要は無い。そのため大げさな身振りで表現し、引きずらないように笑い話とした。レネは悪いほうに意識が向きやすいので、杜人はできるだけ明るくなるようにと心がけているのだ。

 レネは淡く微笑むと、一度深呼吸をしてから最後の説明を行った。

「訓練を行う際は、体内の魔力が動いていると認識することを忘れないでください。そうすれば繰り返すうちに身体が魔力の流れを憶えます。何か質問はありますか?」

『上出来だ。後はどんなことを聞かれても研究済みであることとして、自信を持って答えれば良い。不明なことでも不安を見せず、分からないとは言わないようにな。常にゆっくりとした動作を心がけ、推測でも良いから引っ張り続ければ大丈夫だ。ま、練習だから気楽にな』

 ここまでは練習してきたためそれなりにこなせたが、ここからは予想はできても正解が無い領域である。そのため本番に弱いレネは少し顔がこわばり手に汗を掻いてきたが、杜人の助言を反芻しながらゆっくりと呼吸を行って気持ちを落ち着ける。

 ここが一番の難関だが、杜人はあまり心配していない。なんといってもレネは怒涛の説明で聞き手の思考力を漂白できる特技を持っている。そして今回はレネの得意分野の魔法についてである。斜め上の質問が来て受け答えに失敗しても、失うものはほとんど無いため成長の糧になる。

 四人は顔を見合わせて無言のまま会話を行う。レネにとっては心臓が早鐘を打つ時間である。そうした緊張感が漂う無言の時間を破った者は、意外なことに無口なミアシュであった。

「質問、安全と効果は実証済みでしょうか」

 見たことも聞いたことも無い魔法具に対する質問としては、妥当なところである。そして困った質問ではあるものの、想定しやすい内容だ。そのためレネは微笑を浮かべたまま、慌てることなく答えることができた。

「それはシャンティナが訓練したときのものを、更に改良したものです。後で皆さん用に調整しますから、違和感はなくなると思います」

 前半はもちろん嘘である。しかし、安全性はシャンティナが使用して確かめている。それを改良したのだから完全な嘘では無い。ちなみに最初はレネ自身が行おうとしたのだが、身動きができなくなって無理だった。そのときに杜人はここぞとばかりにからかい、後で反撃を受けていた。

 ミアシュは頷いて納得し、レネは小さく息を吐いた。次の質問者はセラルである。

「何故、私物を貸し出して頂けるのでしょうか」

 生真面目なセラルらしい質問である。通常の特別教官は『教えるだけ』の関係で、魔法を使えるようにしようとは考えない。今回に関してはいつもと異なるが、それでもレネの行動は奇妙に感じる。信じるかどうかとは別問題なのだ。

『ふむ? 通常はもっと距離のある乾いた関係なのだろう。ここは同情ではなく、こちらの都合を表明したほうが心に響くぞ』

 質問者と口調から、想定していたものより多少外れた内容を問うていると判断し、杜人が方向性を示唆する。この場合、セラルは騎士なので同情しても哀れみととられて反発されると予想した。そして人は無償の好意をなかなか信じない。そのため、あくまでこちらの都合であることを表明したほうが良いと判断したのだ。

 それを聞いて、レネは少し間をおいて考えを整理してから質問に答える。

「魔法具の使用調査と情報取得のためです。ある程度は確保していますが、まだまだ測定結果が足りません。多くの情報が集まれば、もっと効率が良い術式を組めるかもしれないのです」

 これも半分嘘である。まさか初めての運用実験とは言えない。そのため精度向上のための実験を兼ねていることにしたのだ。上級魔法使いになればこのような実験を行う者が出てくるので違和感は無い。そのためセラルは手助けしてくれる理由に納得し、頷いた。

『なかなか良い回答だった。真実と事実、目的と実益を区別できていたな』

 真実は本当の気持ち、事実は見える行動、目的は目指す場所、実益は結果である。人は得てして真実と目的を至高としてしまう。実際は事実と実益しか他者には見えないので、こちらをおろそかにすると悲惨なことになるのだ。

 レネは褒められて少しだけ恥ずかしそうに身体をよじる。そうしているうちに次の質問が発せられた。

「これを用いた場合、習得にかかる期間はおおよそどの程度でしょうか」

 これはレンティである。問題児達のまとめ役であるので質問も実益を重視したものになった。使用してもあまり変わらないでは、やる気を維持させるのも難しい。そのため具体的なものを求めた。

 これは想定していた質問なので、レネはそのまま答えた。

「身体に憶えさせる魔法具のため、普通に修練を繰り返して癖になる程度の期間は確実にかかります。これは個人差があるので一概には言えませんが、大体の目安がそれになります」

 要するに、同じことをしても習得には個人差があるから分からないということである。だが、魔法具の性質上妥当な理由なため、レンティはそれもそうだと笑って納得した。

 ここまでは順調に来ていたため、レネと杜人はかなり安心していた。そして残ったノバルトがゆっくりと顔をあげた。

「……」

 巨体から来る圧力は、何もしなくても向かい合ったレネの心を圧迫する。しかも今は真剣な表情なので、その強さも普段より大きい。そんな緊張感をかもし出しているため、隣にいるレンティも何を聞くつもりなのかと神経を集中させていた。

 そしてノバルトはそんな重苦しい雰囲気の中で、ついにその口を開いた。

「何回壊しても無料でしょうか」
「大切に使えと言われたでしょ!」

 場を弁えないノバルトの質問に、鎧を強打する鈍い音と共にレンティがすかさず反応した。

 事前に壊しても構わないと言われている以上、支払いを心配するのは失礼なことなのだ。そのため思わずいつもの感覚で反応してしまい、ノバルトは鎧の前面に拳の跡をつけながら後ろに吹き飛ばされることになった。予想以上の威力にその場にいた全員がノバルトを見るが、気絶しているようで身動きひとつしない。

 レンティは思わずやってしまったことに顔を青ざめさせ、セラルとミアシュもその場で硬直している。レネもまさか巨体のノバルトを小柄なレンティが一撃で吹き飛ばせるとは思っていなかったので目を丸くして驚き、杜人は急いで確認に行き生きていることを確かめて胸をなで下ろした。

 訓練場には重苦しい沈黙が落ちたが、そこにジンレイの拍手が大きく響く。何事かと全員が注目する中で、ジンレイは優しく微笑みながらレンティを指し示した。

「今のはかなり中途半端ですが『強撃』という技です。訓練の途上なので条件外でも発動したのでしょうが、続ければ発動を制御できるようになるので心配はいりません。最初の到達おめでとうございます」

 見ればレンティの身体は淡く光を放っていて、やがて消えていった。

「え……、あ、やったぁ!」

 それを確認したレンティは重い鎧を着ているのに飛び跳ねて喜び、セラルとミアシュも手を取り合って喜んだ。もはや気絶したノバルトのことは頭から抜け落ちている。

『あれはどうする? 放置でも良いか?』

「ま、まあ、気心が知れた仲だから大丈夫じゃあ……ない、かなぁ」

 戻ってきた杜人が苦笑しながら白目をむいているノバルトを指差して尋ねる。もちろんレネにそんな判断ができるわけもない。

『しかし、武技が発動するまで慣れたつっこみとは……。いったい普段は何をしているんだ?』

「あ、あははは、はぁ……」

 杜人の呟きにレネは自分のことを思い返して乾いた笑いを浮かべ、最後にはため息をつく。対杜人用の魔法が一番得意になっているような気がしているためだが、考えたら駄目と悟ったのだ。

 そして気を張っていたレネの気持ちが騒動で切れてしまったため、この場は師匠であるジンレイが仕切ることになった。

「喜び終わったら後始末をきちんとしなさい。後で恨まれても知りませんよ」

「す、すみませんでした!」

 ジンレイの声は優しげだったが、なにげに酷いことを言っている。それに対してレンティ達は背筋を伸ばして敬礼し、急いでノバルトの介抱に向かった。その様子をレネは感心して見つめていた。

「慣れているね」

「こういった組織は上位者の命令を聞くように仕込まれますから。毅然とした態度でいれば、不満はあっても大抵は逆らいません」

『威厳の重要さが分かっただろう? 時にははったりも必要なんだ。その点、レネの威厳は抜群だから、面と向かって逆らう者はいないぞ。良かったな』

 杜人のからかいにレネは無言で掴みかかるが、杜人は笑顔のまま器用に避け続ける。不測の事態に備えて、捕まるのは油断したときか安全な場所だけである。レネも理解しているのでこの行為はじゃれあいと同じになっていた。

「ふんだ、ばか」

『ふふふふふ、まだまだよのぅ』

 最後には諦めたレネが頬を膨らまし、杜人は嬉しそうに笑うことになる。これもいつものことである。

 こうしてレネは教官としての面目を保つことに成功し、訓練は次の段階へと順調に進んでいった。もちろん、帰ってから杜人がきちんと捕まってあげたのは言うまでもない。
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