挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
黒姫の魔導書 作者:てんてん

第4章 似たもの同士の大行進

70/155

第04話 狼の試練

 数日が経ち、レネは足繁く騎士学校へ通っていた。四人は素直に瞑想を続けていたが、成果は今のところ出ていない。そして帰って来てから杜人と何かないかと考え続けていた。

『ところでレネ、原初魔法の訓練方法はどんなものだったんだ?』

「んん? 色々あるよ。見て憶えたり、感覚を言葉で教えてもらったり。けれどそれだと個人差があってなかなか習得できなかったんだって。後は師匠が弟子の身体に魔力を流して感覚を掴ませたりしていたみたいだよ。それだけやっても習得できるわけでは無かったんだって」

 レネはおやつのジャンボパフェを食べながら知識を披露する。今では原初魔法を研究して使おうと思う人は皆無なので、閉架書庫にしまわれている本から得たものだ。武器や肉体で戦う者達が使う武技も分類上は原初魔法なのだが、あちらは身体を鍛える訓練法と直結しているので憶えやすく、どちらかというと肉体言語で習うものである。

 それを聞いた杜人は、自らの知識と照らし合わせながら質問を続ける。

『それでは、彼らに原初魔法を憶えさせることは可能なのか?』

「無理だと思う。魔法を発動できるだけの魔力を自力で動かせないからね。……おいしい」

 レネは何度か聞かれたはずの質問にも嫌な顔ひとつせずに答える。目の前にパフェがある現在、この程度で気分を害することはありえないのだ。もちろん杜人はよく分かっている。

『では、勝手に発動している魔法を強化、または弱体化は可能か?』

「強化はできるけれど、弱体化は無理かな。強化は使えば勝手に強まるけれど、意識して使わないようにしても一定の発動はしてしまうからね」

 言うなれば心臓の鼓動のようなものである。たとえ気絶しても発動し続けるのだ。

『後天的に魔力量を増加させることは?』

「できるよ。魔法具とかではなく、無意識でも良いから使い続ければ良いだけ。増加量や限界は個人差があるから必ずとは言えないけれど、強制変換体質の人は魔力量自体は生まれたときより大きくなるんだよ。ただ、生まれ持ったものじゃないから紫瞳にはならないけどね」

 レネの場合は潜在能力が大きく常に身体能力強化を使っているので、魔力量が生まれたときよりかなり大きくなっている。そして上昇の限界は、生まれ持った魔力が小さいほうが早く訪れるのだ。

 ちなみに魔法具で自動的に吸い出しても上がらないので、ほとんどの魔法使いは簡単に継続できる魔法を維持して生活している。ただし、レネは一日中消費しているが普通は起きている間だけしか維持できないし、割り当てている消費量も小さいので上がりかたも緩やかである。一般的な魔法使いの場合、限界が来ていない前提で、一生続けて魔力が少ないほうの紫瞳に追いつく程度の上昇量である。

「何か案が浮かんだの?」

 レネは今までの経験から期待に満ちた目を向ける。杜人は顎に手を当てながら頷いた。

『やってみなければ分からない程度だがな』

 杜人はそう前置きしてから説明を開始する。

『俺が考えたものは、原初魔法の構成魔力を流す魔法具を常時身に付けさせるというものだ。理屈ではなく感覚で憶えれば、魔力を感じられなくても魔法を使うことができるようになるのではないかと思ってな。身体に染み付いた動きは考えなくても一連の動作が出てくるのだから、感覚で憶えれば意識的に魔力を動かせなくても可能だと思うのだがどうだろう』

 この案は以前何かで見た、普通の筋肉を心臓に移植できる筋肉に変える治療法から出ている。それでは電流を使っていたと思ったので、代わりに魔力を長期間流せば多少は変化するのではないかと考えた。

 レネは食べる手を止めて真剣に検討し始めた。今のレネはシャンティナを治療したときの応用で、魔力を個人毎に合わせることができる。そのため体内に流しても反発しないものを作ることができる。鍛えているのと同じ効果があるので既存の能力も強化されるかもしれないが、その辺りは付与する段階で均衡を取ればなんとかなりそうだった。

「魔力を身体に流すこと自体は今までも行われてきたから資料もある。原初魔法の構成魔力を流すのはシャンティナが居るから写せばたぶん大丈夫。一番の問題は費用をどうするかだね。個人毎に調整した専用魔法具を作る必要があるから高くなりそう」

 良さそうな案だったが、解決しなければならない問題がいくつかあった。その中でも金銭問題はどうにもならない。術式はレネが作るので安くできたとしても、それを封入する本体は外注になってしまう。しかも乱暴に扱っても大丈夫なように作らなくてはならない。そうなると確実に高くなるのだ。

 そのためレネは身体を揺らしながら解決方法を考えるが、簡単に見つかるなら苦労はしない。

『そうか、費用か……。うーむ』

 杜人も腕組みをして考えるが、やはり良い案は浮かばない。今のレネなら四人分の費用を負担することは可能なのだが、レネも杜人もそうしようとは思わない。杜人は苦労を伴わない安易な施しは心を腐らせると分かっているし、レネも金が絡むと関係がいびつになると分かっているのだ。

「せめて汎用品にできればなぁ……」

『現状では無理だしな……』

 研究を重ねればできるかもしれないが、理論すら構築していない現状ではそれも難しい。知り合わなければ気にもしなかったことなので、それを絶対に作らなければならない理由がレネと杜人にはない。そしてしなければならないことは手助けであり、おんぶに抱っこになるようなことは駄目なのだ。

 しばらくの間二人で悩んでいたが、いつまで経っても思い浮かばない。そして遂に悩み過ぎてレネは座卓に突っ伏し、杜人も大の字に寝転がった。こうなるともう集中することはできないので、杜人は妥協案を提案する。

『とりあえず、必要になるものを掴むために迷宮で力量を確かめないか? いつかは潜らなければならないのだから、現状の把握もできる』

「そうだね。まだ作れるかどうかも分からないから……。というわけで、おやつにしよう!」

 レネは身体を起こすと元気良く宣言する。悩みながらも手と口は止めなかったため、既にパフェは完食済みであった。杜人は身体を起こすと生暖かい視線を送る。

『食いすぎだ。またこの間のようになりたいなら出すぞ』

「うぐっ……、ち、ちょっとだけは?」

 警告を受けても諦めきれずにいるレネに、杜人はにやりと笑いかけた。

『良いだろう。ジンレイ、あれを』

「はい。どうぞ、今回はチョコ味のパフェです」

「わあい!」

 差し出されたものは先程のジャンボパフェよりも量が多くなっていた。そしてチョコはレネの好物となっているため、レネは満面の笑みを浮かべると早速食べ始める。既にちょっとは過ぎているが手と口が止まる様子は無く、見る間に小さな山が無くなっていく。

 離れて待機しているシャンティナにも出したが、こちらはリボンを嬉しそうに揺らめかせながらすぐに飲み込まずに味わいながらゆっくりと食べている。これは冷たいものを急いで食べてはいけないと学習したからである。

 杜人は同じ経験をしたはずの二人の違いに深々と頷き、何も言わずに放置した。結果、レネは少しの間個室に引きこもることになった。

『己を律することはとても難しい。そして、どうにかなると軽んじると後で大変なことになる。理解して頂けただろうか? ふふふふふ』

「ううっ、いじわる……」

 ふらふらと飛び回る杜人にからかわれても自業自得なので何も言えず、レネは恥ずかしそうに布団へ頭から潜り込んだ。こうしてレネは、とても大切なことを経験から学んだのだった。




 次の日、無事復活したレネは臨時の部下を引き連れて迷宮の第三階層に来ていた。手には彗星の杖を持ち、シャンティナもついてきている。そして今回は戦力調査なので、騎士の力を持っているジンレイもいる。四人からは家令がなぜという視線を向けられているが、説明が面倒なので自己紹介だけで済ませた。

 ちなみに四人の最高到達階層は第七階層と事前に確認済みである。そのため今日の目標は第八階層到達としていた。

 到達階層が浅いのは、編成が騎士だけだからである。第七階層からは群れで襲う灰色狼が出現するため、中級魔法以上の援護が無いと途端に苦しい戦いになる。後は魔法具で穴を埋めるしか方法が無いので、貧乏人はなかなか先に進めないのだ。そして四人は、まごうことなく貧乏人である。

「それではここから四人編成でいきます。力量の把握が目的なので、私からの指示はありません。危なくなったときは手を出しますが、それ以外は皆さんで考えて行動してください。それと私を守る必要はありません。……召喚」

 レネの声に合わせて杜人が白珠粘液のタマを呼び出す。床に発生した魔法陣から白狼形態で飛び出した馬より大きなタマに、騎士見習いの四人は目を見開いて驚いている。

 レネは構わずしゃがんだタマに乗り込み、杜人は落ちないように身体を固定してタマを立ち上がらせた。

「シャンティナは危なくなったら助けてあげてね。ただし、怪我程度なら放置で良いよ」

「はい」

 鎧を着て武器を持った騎士見習いと、学院の制服を着た無手の少女。おとなしそうな見た目とシャンティナの実力を知らないために、聞いていた四人は何を言っているんだという顔になるが口には出さない。

「一応上級の治癒魔法は使えるので安心してください。ただ、欠損の再生は上級では無理なので、その点だけは気を付けてほしいです。それでは出発!」

『おう!』
「おー!」

 いつもどおりに笑顔で掛け声を行い、シャンティナとジンレイが手を振り上げて答える。だがそんな習慣の無い四人は困惑したまま顔を見合わせ、とりあえず良いかと奥へ歩き始めた。レネは笑顔と身体を固まらせたまま、その背中を見ている。

『ふふふ、反応が無い寂しさを理解して頂けただろうか?』

「ごめん、よく分かった。これは心に突き刺さるね……」

 杜人のからかいに、レネは何とも言えない気持ちを胸に抱きながら気落ちしたように呟く。そして後で必ず教えようと変な決意をしながら、移動を開始したのだった。




「ふーん、ここは余裕みたいだね」

『四人も居ればそうだろう。数は力だぞ』

 レネは後ろで観察しながらそれぞれの動きを手帳に記録している。今のところは順調なので、シャンティナの出番は無い。

「居た。あそこ、硬鱗赤蛇三体。どれも離れている」

「ノバルト、右を引き付けて。セラルは中央を片付けてから右!」

「了解!」

「分かりました」

 前方ではかなり遠くにいる硬鱗赤蛇三体を発見したミアシュの報告に対して、レンティが素早く指示を出している。言われたほうもすぐさま動いているので、この戦い方が標準なのだろうと分かる。残ったミアシュはレンティより後ろで待機している。

 ノバルトの持つ武器は両手持ちの大剣で盾は持っていない。風切り音を発生させて振り下ろす一撃の威力は大きいが、当たらなければ意味が無い。そのためもっぱら牽制のみに使われていた。今も素早い硬鱗赤蛇に翻弄されながらも振り回してなんとかしのいでいた。

『うーむ、騎士だから剣、力があるから大剣なのか? どうみても武器の選択間違いだな。これは反応速度を上げるか対人戦闘に特化したほうが良いと思う』

「対人だと力を更に強化して重装備の盾役とかかな。けれど、それだと下層で大きい魔物が出てくると役に立たなくなるんだよね。対魔物の任務が無いわけじゃないし……。やっぱり反応速度かな」

 魔法使いが居ればその一撃にも耐える障壁をかけてもらえるので強力な盾になれるが、居なければ単純に重量の差で吹き飛ばされるだけなのだ。せっかく持っている強力な攻撃を捨てるのは惜しいが、死ぬよりは弱点を克服するほうが良いと判断した。

「私はどちらかというと力を主体として強化するほうを勧めます。おそらく反応速度を中心にしても二流止まりで終わり、死ぬ確率はさほど変わらないでしょう。それならば長所を伸ばしたほうが騎士として働けます」

「でも魔物との戦闘はどうするの?」

 ジンレイの意見にレネは首を傾げる。鈍重なままでは硬鱗赤蛇にすら勝てないのだ。ジンレイはそう言われても微笑んだままである。

「力があるから鈍重になるわけではありませんし、勢いがつけば誰にも止められない突進力を得ることができます。そしてなにより、攻撃には攻撃で返せば良いのです。どのみち、防御魔法無しではどうにもならなくなりますから」

『なるほど、防御と強化を一体化させて己そのものを凶器とするのか。それに加えて重い槌系統の長物を振り回せば停止しているときも近寄れなくなる。そうするか』

「じゃあそれで行こう。武器は後回しだね」

 停止したときが一番の弱点になるが、ひとりで全てをこなせる者はほとんど居ない。それくらいは周囲が援護すれば良いのだ。決まったところで次の観察に移る。

 セラルは片手に盾を持ち、もう片方に細めの長剣を持っていた。そして中央の硬鱗赤蛇に素早く近づき、攻撃される前に一撃で頭を切り飛ばす。そしてすぐさまノバルトのところへ向かい、同じように一撃で倒していた。

『全力を出さなくてもこの程度は大丈夫なのか。となると、耐久力の強化か?』

「だよね。どんなに速く動けても使えないんじゃ、力を持っていても仕方がないしね」

「そうですね。それでよろしいかと思います。剣の才能はあるようなので、全力で戦えるようにするほうが良いでしょう」

 こちらはあっさりと方針が決まり、次に移る。

 レンティは大きな盾を構えると飛び掛かってきた硬鱗赤蛇にそのままぶつけて跳ね飛ばす。そして落ちたところにミアシュが駆け込んで踏み潰した。

『ミアシュはシャンティナに近づければ良くないか?』

「んー、けれど防御膜がないとあの戦い方は真似できないと思うよ? 毒持ちの魔物は結構居るからね」

 無手での戦闘はシャンティナが行っていて、シャンティナもミアシュと同じく基礎しか習っていない。そのため杜人は似ていると思ったのだが、レネは強さの秘密を分かっているので普通の人では無理だと分かる。シャンティナは防御が無いように見えるが、今では竜種の全力攻撃でも受け止められると推測される強度の防御膜で身を守っているのだ。

「感知能力が長所ですので、それを強化するのが良いと思います。例えば端末石を感覚器として認識させて広範囲に索敵させてはどうでしょうか。何も直接戦闘するだけが騎士の能力ではありません」

『初期型なら大丈夫そうだが……。問題は手足と同様の感覚で端末石の操作ができるかということか。特化すれば行けるか?』

「あれかぁ……。作るときに血を混ぜて、完全に同調させれば後は努力でいけるかなぁ」

 レネも不可視念手の練習として初期型を操作したので感覚は分かる。ミアシュが操作するならばレネの感覚を構成魔力として使い魔力を供給できるようにならなければならないが、こればかりは何とも言えなかった。

『やるだけやってみよう。さて、レンティは指揮官向きだな。軽量化の能力を強化して高い位置から指示できるようにするか?』

「けれど下手をすると狙い撃ちされるよ? 防御は魔法具に頼るの? 他の能力を平均で上げたほうが良くないかな」

「重さを自由に操れれば、高い位置に跳躍して上空からの強襲兵になれますね。魔法具の設定しだいで併用可能ではないでしょうか」

 杜人の案にジンレイが戦闘を組み込んで補足する。そのためレネはできるかどうか検討し始めた。

「……うん、外部魔力頼りになるけれど作れなくは無いよ。ただ、全部に必要だから費用が一番かかるかな。それにそれ以外の持ち物は重量を制限しないと駄目だね」

『うん? 各装備を変化させずに、指定範囲内の重量を変化させることはできないのか?』

 レネの答えに杜人は純粋な疑問を投げかけた。杜人は重力をどうにかするのだろうと考えていたのでレネの発想をおかしいと思ったのだ。ちなみに軽量化は物品毎にかけるのが普通なので、レネのほうが通常の発想である。

 レネは瞬きして杜人を見つめると、それもそうだと手を合わせて照れたように微笑んだ。

「そっか、範囲指定すればひとつで済むし組み込みも要らないんだ。それなら制限重量を気にしなくて済むね。すっかり装備を軽くしなくては駄目だと思い込んでいたよ。それならまとまる分安くできるかな」

 そんな話をしているうちに四人が集まってきたので、レネは笑顔で前進を再開した。




 そしてそのまま順調に進み、一行は第七階層まで辿り着くことができた。ここからは灰色狼が出現するので、難易度が一気に上がる。そのためレネは星天の杖を準備して、万が一に備えていた。

「そういえば、ここで灰色狼の群れに襲われたんだっけ。ほんと、あのときは死ぬかと思ったよ」

『そうだったな。おかげでジンレイに出会えたのだから、良いことにしておこう』

 懐かしそうに笑う杜人たちにジンレイは微笑みながら温かい視線を送る。ジンレイとしても、あのまま心を過去に囚われたまま迷宮を彷徨い続けているよりも、今のほうがよほど充実しているので言葉にはしないが心から感謝していた。

 レネ達は和気藹々とした雰囲気だったが、ノバルト達はかなり緊張しながら進んでいる。

「……教官殿は狼共が怖くないらしいな」

「頼もしいとしておきましょう」

 レネの会話は小声なので聞こえないのだが、見ればどう感じているのかは分かる。畏怖を含むノバルトの呟きにセラルが同意するように笑う。

 既に何度か戦闘を行っているが、全員無傷ではいられなかった。その都度レネが治療しているので継続戦闘が可能なのだが、居なければもう誰かが死んでいてもおかしくない。実際以前は一度戦っただけで逃げ帰っている。

 そのため以前に比べて上がっていない実力に、あんなに訓練したのにと全員が悔しい思いを抱いていた。

「灰色狼は集団で襲いかかってくるから仕方が無いよ。欠損だけはしないように気を付けてね」

 小柄なため一番狙われているレンティがため息混じりに言う。重装備で固めていなければもう四肢が無くなっていてもおかしくないくらい噛み付かれていた。その代わり備品の鎧が歪んでしまったので、怒られるのは確実なのだった。

「……来た、四体」

「私は前面で防御、残りは固まって殲滅!」

 ミアシュの索敵にも助けられながら、騎士見習い達は戦いを継続していた。そして戦いにも慣れてきたとき、それは唐突にやってきた。

「……! 警告、大集団!」

 いつもならミアシュの報告の後に方針を決定できる時間があるのだが、今回はそんなに離れていない場所に魔法陣が多数浮かび上がり、そこから次々と灰色狼が飛び出してきた。その数、十五体。

 正確な数を把握したわけではなかったが、レンティ達全員が見ただけで対処不能と判断を下す。しかし、近すぎるのでレネに確認する時間すらなかった。そのため、せめてレネが逃げる時間を稼ぐために特攻しようと、話し合ったわけでもないのに全員が前に一歩踏み出す。

「……炸裂氷結槍」

 同時に落ち着いたレネの声が耳に飛び込んできて、周囲が魔法陣から放たれる青白い光に照らされる。驚いているうちに目の前に居た灰色狼に向けて何本もの光が走り、爆音を響かせて通路を埋め尽くす巨大な氷の華が咲き乱れた。そして氷が消えたときには、大量発生していた灰色狼の群れは消滅していた。

「うん、問題ないね。まだ大丈夫かな?」

 一連の出来事にレンティ達は口を開けて身体を硬直させていたのだが、後ろから明るい声が聞こえたためぎこちなく振り向く。そこにはにこにこと微笑むレネが居て、首を傾げながらレンティ達を見つめていた。




 レネと迷宮の入り口で別れた騎士見習い一行は、疲れた表情で街を歩いていた。あれから続きを行って目標である第八階層まで到達したのだが、喜びなど全くなかった。

「あれが、殲滅の黒姫の実力か……」

「噂以上でしたね」

「……」

「あのね、おかげで助かったのだからもう少し……、分かるけれど」

 全員が同時に重いため息をつく。華奢な見た目なので無意識に守らなければと思っていたことを自覚し、それが思いあがりであったことを実演つきで見せつけられたのだ。

 実際第七階層ではレネが居なければ継続戦闘できなかったと頭では理解しても、心はそう思っていなかったのだ。騎士として、たとえ力が劣っていようとも後ろにいる人を守る存在であることを誇りとしてきた者にとって、今日の出来事は存在理由を否定されたようなものなのだ。

 自分達は絶望したのに、レネは一瞬の迷いもなく魔法を構築し即座に殲滅してしまった。そして、それができて当然という顔だった。

 実際は過去に経験していたことと、ミアシュよりも速くシャンティナが警告を出していて、あらかじめ準備をしていたから瞬時に殲滅できたのだが、そんなことが分かるはずもない。結果だけ見れば、ひとりで十分と言われたようなものだった。

 どんよりとした顔で歩くノバルト達を見た者は、目をそらしてこそこそと歩いていく。後ろには馬車が居るが、追い越さないようにゆっくりと移動していた。

 それらの行動を、レンティは引きつり気味の笑顔でこれはまずいと見つめていた。下手をすると騎士学校に通報されかねないと思ったのだ。

「そろそろ……」

「これは、諦めろという遠まわしの勧告なのか?」

「まさか……。いえ、どうでしょう」

「……ぐすっ」

 レンティがそろそろ愚痴はやめようと言いかけたとき、ノバルトが再び暗い声で呟きセラルとミアシュもそれに追随する。それを聞いたレンティは無言で背後からノバルトに近づくと、ためらいもせずに巨大な盾で前に吹き飛ばした。

「ぐおおおぉぉ……」

「まだ、何か、言いたいのかな?」

 顔面から倒れこんで転げまわるノバルトを放置し、レンティは残ったセラルとミアシュに優しく微笑む。それを見たセラルとミアシュは背筋を伸ばすと明るい声を出した。

「さて、運動後の食事はさぞかしおいしいでしょうね」

「楽しみ」

 どちらも顔に冷や汗を掻いていて見事な棒台詞だったが、レンティは特に追及しなかった。

「それでは帰りましょう」

 レンティの声に転げていたノバルトも急いで立ち上がり、四人は仲良く歩いていった。その光景を周囲の人たちは元気が良いと笑って眺める。辛気臭い場合は八つ当たりされるかもしれないが、面白いなら歓迎する。庶民の心は意外とおおらかなのだった。

「……本当にレネ様の周囲は面白いですね。さて、また忙しくなりそうです」

 別れるときに偶然通りかかり、面白そうだと観察していた馬車の中で、どう見ても善人に見えない悪人顔の壮年男性、レネも大変世話になっているダイル商会の商会長であるダイルが楽しそうにぐふふと笑いながら呟いた。




「くしゅん!」

『むむっ、誰かがレネの噂を……しすぎているから特定できないな』

「うるさい。これを元に今度ダイルさんに見積もりを頼んでみるね」

 にやりと笑う杜人にレネはつんと顔を背ける。こうして、レネにとっては雪辱も果たしたので大変充実した一日が過ぎていった。

 ちなみに騎士見習い四人は全員筋肉痛で次の日に動けなくなり、レネはやり過ぎたと平謝りすることになった。身体能力を強化されている者を動けなくなるまで鍛錬させるとは……と、他の騎士見習い達は恐れおののき、レネの下につかなかったことを喜んだ。

 このような過程で、学院に流れるレネの噂が真実味を帯びて騎士学校にも広まっていくのであった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ