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黒姫の魔導書 作者:てんてん

第1章 言の葉は紙一重

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第07話 考え方とこだわり

 迷宮がなぜ存在しているのかはまったく分かっていない。人の歴史が始まる以前から世界各地に存在しているためだ。人はあるものを利用しているに過ぎない。

 内部構造はさまざまだが、レーンの王都にある迷宮は閉鎖迷宮型と呼ばれるもので、人工的な石作りの通路や広間が連なる迷路である。内部はなぜか明るく、深いところでは罠もあるがレネが潜れる低階層には存在しない。

 魔法使いと言えば本来はひっぱりだこなのだが、初級しか扱えないレネでは少し階層が深くなるだけで通用しなくなり、低階層ではそんなに苦労しないので居る意味がないのだ。そしてレネは無意識の領域で抱いている他者への不信感から、積極的に人の輪に入っていこうとは思わない。そのためいつもひとりで迷宮に潜っていた。

 現在レネが居る場所は、迷宮の入口がある広場である。石畳の広場は周囲の建物より高い壁に囲まれていて、その中央に巨人も入れるであろう巨大な白岩の門がある。守衛はいるが、出入りに制限はない。そのため多様な人が行き来している。

 柱には恐ろしげな魔物の彫刻がされていて、一番上には瞳を模した彫刻があった。決して優美とは言えない、どちらかと言うと禍々しさをかもし出している門だった。

 レネと杜人は改良した魔法と総合試験の訓練を兼ねて、今日から試験日まで迷宮に通うことにしていた。

『いかにもな門構えだな。ここから魔物が外に出てくることは無いのか?』

「出てくるよ。周りがこんなに高い壁で覆われているのは、出て来た魔物を外に出さないようにするためなんだ。伝承の中では大量に出てきた魔物に蹂躙されて滅んだ街もあるんだよ」

 広場にはレネの他に鎧を着た人や、魔法使いと思われる杖を持った人などがたむろしている。この人達は迷宮探索を生業としている人達で、探索者と呼ばれていた。中には馬を連れていたり、攻城兵器のような物を運んでいたりする者も居た。

『弓を持っている者が少ないな』

「深い階層で矢が無くなると困るからじゃないかな。それに遠距離は魔法使いが居るし、重い金属で殴りつけないと傷を付けることすらできない魔物がいるからとか……」

 ちなみにレネの武器は魔法書と護身用の古びた木の棒である。杜人はその棒を見たときに掃除用具の柄に似ていると思ったが、何かを踏み抜きそうな予感がしたため何も言わなかった。

 レネは他の職業がどのように戦うかを詳しく知らないので予想で話している。そんな時に後ろから若い男性の声がレネを呼んだ。

「ねえ君、このハンカチを落とさなかったかい?」

「え?」

 振り向くと、そこには爽やかな笑顔の青年が白いハンカチを差し出していた。十人中八人は格好良いと評価するであろう顔立ちだった。しかし、レネは一顧だにせずハンカチを確認すると首を横に振る。

「いいえ、私のものではありません」

「あれ、そうなの? まいったな……」

 青年は照れたように頭を掻いた。

『ほう、使い古された手だが有効なのも確かだ。話のとっかかりとしては十分だな』

 感心している杜人を放置して、レネは瞬きほどの短い時間で青年を観察する。着ている革鎧は綺麗に磨かれ傷一つ無く、中に着ている服も洗いたてのように清潔感がある。これを見て不愉快になる女性はまずいないと思われる格好だ。差し出された手も周囲にいる探索者と比べてかなり綺麗だった。確認を終えたレネが無言で踵を返して歩き始めると、後ろから少し慌てたような声がかかる。

「あ、ちょっと!」

「……何か?」

 予想もしていないレネの冷たい視線と声音に、青年は少し息をつまらせながらもレネに微笑む。普通の女性なら不快に思うことはまずないであろう優しい微笑みだった。

「これから迷宮に行くようだけど、ひとりでは危ないだろうから一緒に……」

「嫌です」

『一刀両断だな』

 ところがどっこい、レネはある意味普通ではなかった。青年の誘いを背筋が寒くなるくらい冷たい一言で切り捨てると、レネは足早に迷宮へと入っていった。最初から最後まで見ていた杜人は、たいへんすばらしいと頷いている。残された青年は、レネの姿が消えるまで呆然とその背中を眺めていた。




 迷宮の第一階層に入ったレネは、早足で先に進んでいく。魔物が出てくるのはもう少し先のほうからなので、この辺りはまだそんなに警戒しなくても良いのだ。現在いる場所は通路なのだが、長物を三人並んで振り回してもまだ余る広さがある。天井も入口の門以上あるので狭苦しい印象はまったくなかった。

「はぁ、たまに一緒に行かないかって誘われても下心丸出しだし、どうして男の人はああなんだろう……」

『レネがかわいいからに決まっている。俺も普通だったら放っておかないぞ。というか今まで引っかかったことは無いのか?』

 ため息をついているレネに杜人は力強く褒め称えた。さすがに以前はこんなことを簡単に言ったりはしないが、レネとは良好な関係を保ちたいので褒められる時に褒めるように心がけている。

 レネはと言うと、面と向かってかわいいと言われたため、顔をほんのりと赤らめていた。これが先程の青年に言われた場合は逆に不愉快になるが、言ったのが常識外れの変人だろうと受け入れた相手からなら嬉しいと感じる。そのため少しはにかみながら質問に答えた。

「学院で落ちこぼれの私に、用も無くわざわざ声をかける人はひとりしか居ないからね。それにさっきのは分かりやすいよ。迷宮に通っているのにあんな綺麗な格好はありえないよ。中に着ていた服なんておしゃれ用だったし。しかも綺麗な手をしていたから、たぶんお金持ちのお遊びだと思う。問題外だよ」

『ほう、よく見ているな。誰かに教わったのか?』

 杜人はレネにそんなことを教える人物が居たのかと首を傾げる。話を聞いた限りでは、レネは長くひとりぼっちのはずである。

「違うよ。本に書いてあった。読んでから周りの人達を観察すると、実際そのとおりに行動しているんだよね。だから私は知らない人を信用しないんだ」

『良いことだな。俺ならかわいい女の子に誘われたらほいほい付いていくだろうな。それに比べたらたいしたものだ』

 一応杜人は褒めておく。信用しない割にあっさり騙されたりしているが、警戒心が強く疑り深い方が騙されやすいと聞いたことがあるため、レネの中に設定された条件が違うのだろうと推測した。

 こういったことは個人の価値観に直結する事柄なので、親しい者でも指摘すると関係がこじれる可能性がある。そのためわざわざ藪をつつく必要も無いため、あえて指摘はしなかった。

 レネはそれに対して乾いた笑いを浮かべてため息をついた。いったいどうすればこんな変な性格を設定できるのか知りたいところだった。その性格のおかげで深刻にならずにいられるのだから否定もできない。そのためレネの中では最高と最低の評価が入り混じって存在していた。

『ところで、迷宮は全てこんな感じなのか?』

「ううん、色々だよ。洞窟みたいに土がむき出しのところもあるし、明かりを持って行かないと駄目なところもあるよ。ここはほとんどこのままだけれど、深い階層には外と同じような場所もあって、穀物類も採取できるんだよ」

 過去の防衛戦争では迷宮から産出される品物を用いて怒涛の反撃をしたこともある。それ故にレーンでは探索者に対して一定の敬意が払われていて、探索者も自分達が国を支えているという自負を持っているのだ。

 そんなことを話しながらゆっくりと歩いている時、前方で何かが動いたような気がしたレネはその場で立ち止まって前方を注意深く観察した。

「あ、居た……」

『お、……白いクッションか?』

 レネが指差した先にはクッションに最適そうな大きさと形状の、少し透けている白色の塊が動いていた。動く度に震える様子はついつつきたくなる衝動に襲われる。

『実にすばらしい形状だ。つつきたいな……』

「止めといた方が良いよ。ああ見えても中は強酸で金属も溶かしちゃうんだから。低階層ではのしかかって取り込む以外の行動はしてこないけれど、深くなると強酸液を吐き出したり、身体を変形させて襲い掛かったりしてくる種類も居るんだよ。あ、名称は白珠粘液ね。略称は白珠だよ」

 レネは説明しながら鞄に入れた魔法書を取り出すと魔力を流して使用準備に入った。白珠もレネに気が付いて、身体を震わせながら少しずつ近づいてくる。

『歩いても逃げることができるな』

「だから基本的に放置なんだよね。武器も悪くなるし、お金にもあまりならないし。……炸裂氷針」

 話しながらも有効範囲まで移動し構築を終えた魔法を即座に放った。すると白珠は一瞬ゆがみ、次の瞬間には白い粘液を周囲に吹き飛ばしながら爆発した。

「うわ……」

『うまくいかなくてもこうなるか』

 今回のものは集中していないので圧縮率はそれほどでもない。それでも白珠粘液は跡形も無く吹き飛んでいた。飛び散った液体は見る間に消滅し、床には小指の先程度の白い石が転がっていた。

 迷宮で行う訓練では、極度に集中しないで魔法を放つことにしている。これで慣れれば総合の試験でも常時使えるようになり、達成確率の底上げになる。高圧縮の方は帰ってから実習室にて復習がてら練習する予定だ。魔法の発動には魔法名を声に出す必要はないが、こうすることによって発動制御がしやすくなるため、レネは好んで声に出していた。

 ちなみに今までは氷針を何度も使わなくては倒せなかったため時間がかかり、複数一緒に出てくる第二階層ではいつの間にか囲まれそうになることもあった。それを考えると楽になった程度のことではなく、戦いの考え方そのものが変わることだった。

 レネは上機嫌になって落ちている白い石を拾うと杜人に見せる。

「これが魔石。魔物は必ず持っているから、探索者の人達はこれや魔物の素材を売って生活しているんだ」

『素材? 飛び散った液体はすぐに消えたが、どうやって採取するんだ?』

 まさかたまに残っているなんて都合の良いことがあるわけが無いと思ったので聞いてみる。

「普通に倒せばもう少し長く残っているよ。魔石から遠ざかると消えるから、素材を取ってから魔石を回収するのが普通なんだって。かさばるのが分かっている時は、荷物運びを雇う人も居るみたいだよ。どうして袋にしまうと消えないかは知らない」

『ほう、そのうち荷物が多くなりそうだが、内部空間が拡張された入れ物などは無いのか?』

「あるけれど、維持にすごくお金がかかるからお金持ちしか持っていないよ。発動している最中は常に魔力を消費しているから、交換用の魔石や魔力結晶が大量に必要だって書いてあった」

 魔石と聞いて杜人はレネの手にあるものを見るが、レネは笑ってもう片方の手を振った。

「このままじゃないよ。きちんと精製したもの。ちなみにこれもこのままで売るより精製した方が高くなるから、学院にある器具を借りて精製してから売ってお金を工面したんだよ」

『なるほど……。おっと、それを取り込ませてくれ』

 魔石を小物入れの方にしまおうとしたレネを止める。レネはきょとんとしていたが、魔導書が入っている鞄を開いてそちらに入れた。

「はい。どうするの?」

『少し待て……、力が増した感覚があるが、ずいぶん足りない感じもする。あと何個か取り込んでみて判断しよう』

「そうなんだ……。白珠粘液の項目が増えているね。そして魔法書以上に落書きだ」

 取り出した魔導書を杜人に見せる。言うとおり、杜人でも何が書いてあるのか分からない。かろうじて絵からこれがそうだろうと推測できる程度だった。

『現状では複製もできない状態だ。幸いここにはたくさんいる。検証するにはもってこいだな。練習がてら殲滅していこう』

「分かった。もうこの棒はいらないかな……」

 少し前まで大活躍していた棒を撫でる。その表情には嬉しさの中に少しだけ寂しさが混ざっていた。こうしてレネは見つける度に炸裂氷針の練習を行い、徐々に使い方を身体で覚えていった。





「だんだんきちんと書かれて来ているね」

『そうだな。ある程度までいけば劣化した白珠を複製できると思うが、それでは面白くない。それにきちんと完成すれば干渉して改造できるはずなんだ。俺としては粘液生物が最強であると証明するために、もっと頑張ってほしいところだ』

 あれからかなりの数の魔石を取り込んだ結果、魔導書に書かれている白珠粘液の項目はそれなりの形に変化している。杜人の保持魔力量も僅かに上がり、運用にほんの少しだけ余裕が出てきていた。

「それはどうかと思うけれど、魔導書の力が増すのは良いことだから頑張るよ。それだけ私が楽になるんだから」

『うむ、よろしく頼む。必ずや最弱と蔑んだ者達を後悔させてやると約束しよう』

 杜人は魔物を育てるゲームで弱い粘液生物がいた場合は、ゲーム内資産を全てつぎ込んででも最強にしてしまうという変なことをしていた。もちろん最初は他の人と同じことを行って、普通にクリアしてからの楽しみとしてだが。茨の道だったが杜人は最大まで強化してやりきっていた。

 このように、弱いと言われている存在を育てるのが大好きなため、せっかくだから同じような白珠粘液を強化しようと思っている。夢は大きくが信念なので、目標はもちろん最強だ。

「えっと、粘液系の魔物は決して弱くないよ? それに白珠は逃げやすいだけで、油断して取りつかれたら強い人でも簡単に死んじゃうからね?」

 腕を組んで重々しく頷く杜人に苦笑し、レネは魔導書をしまうと殲滅を続けるためにゆっくりと歩き出した。

『それにしても他の人を見かけないな。ここは誰も来ないのか?』

 迷宮に入ってから誰とも出会わないことを疑問に持った杜人は、周囲を見渡しながら質問した。

「この場所自体が最短の通り道から外れているところだし、お金にならないからほとんどの人は通過だけだね。居るとすれば、実験とか、初めての肩慣らしとか、そんなところじゃないかな。第二階層も白珠が複数出てくるだけだから状況は変わらないよ。だいぶ慣れたから、明日は第二階層で訓練してみない?」

『それは良いな。早く集めて実験もしたい。うまくすれば、試験前に第三階層にいけるぞ』

 杜人もこの殲滅速度なら問題ないと判断して笑顔で賛成した。もちろんそこには白珠への愛が大量に含まれている。

「うん、頑張るよ!」

 それを知ってか知らずか、レネも明るい笑顔で手を振り上げて気合いを入れていた。こうして迷宮初日は大成功となり、レネは意気揚々と帰宅したのであった。



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