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黒姫の魔導書 作者:てんてん

第4章 似たもの同士の大行進

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第03話 類が呼ぶのは

 数日後、指導教官を務めることになった学院生達は、職員に引率されて騎士学校の講堂に集合していた。対面には指導を受ける騎士見習い達が重そうな金属鎧を着て、身動き一つせずに整列している。

 魔法学院側は特に指示されていないため服装や持ち物は統一されておらず、小声で話をしている者もいる。レネはいつもの制服で、彗星の杖を握っていた。その後ろにいるシャンティナは制服だけで何も持っていない。見た目も態度も実に対照的な集団であった。

『まずは騎士側の勝利だな』

「賛成だけど、わざとだと思うよ?」

 杜人は両者を比べて勝手に判定を下す。レネもそう思っているので小さく微笑むと、周囲に気付かれないように小声で返した。

 毎年のことなので競っているなら指示があるはずなのだが、細かい指示は全く無かった。そのためレネは、意図までは分からないがそう判断した。

『まさか、この程度のことに真剣になるなんて馬鹿らしいという意思表示とかか?』

「ありえそうだね……」

 斜に構えた子供のような返しだが、今回は魔法学院側の立場のほうが上なので嫌がらせとして有効に働く。その態度に不愉快になったとしても、騒いで困るのは騎士学校側なのだ。

 腕組みをして浮かぶ杜人を見ながら、レネはどちらも困った人達だとため息をつく。レネはやる気があるならきちんと教えるつもりなので、いらぬ波風を立てて欲しくないと思っている。

 今は騎士学校側から説明が行われているのだが、学院生達のだらけ具合に騎士見習い達の中には不愉快そうに眉を寄せている者も見受けられた。そして何人かはレネを見て『期待外れ』の表情をしている。

 学院の外に流れる『殲滅の黒姫』の評価は意外に高い。だが、その実物であるレネは吹けば飛びそうな華奢な少女である。噂から思い描く姿と実物との差に落胆しているのだ。

『意外と見た目で判断する者が多いな。ふふふ、愚かなり。いつか必ず目にものをみせてくれよう。そのときまで、つかの間の愉悦を味わうが良い……』

「いったいどこの悪役なのよ。私は見かけ通りだってば。むしろ、もっと落胆してほしい」

 レネは杜人の冗談にくすりと笑う。レネとしては噂がひとり歩きしている現状より、真実が広まったほうが良いと思っている。そんな淡い希望にすがるレネを、杜人は無駄な足掻きだがなと思いながらも追い討ちはせずに温かい心で見守っていた。

 説明はまだ続いている。学院生の中には聞かずに話をしている者も出始めている。だが、そのだらけた雰囲気が、次に行われた説明で吹き飛ぶことになった。

「最終週には、班毎にどれだけ向上したかを確かめるため、教官を指揮官とした部隊を編成し模擬戦を行います。この模擬戦をもって、今回の全日程が終了となります」

 それまでは話半分に聞いていた学院生達だったが、事前説明には無かった内容に一斉に驚いた表情で説明している者に顔を向ける。その視線を受けた説明者は、してやったりという声が聞こえそうな満面の笑みで答えた。

 引率してきた職員は苦虫を噛み潰したような顔になっていたが、ここでそんなものは知らないと異を唱えても魔法学院側の狭量さが目立つだけと分かっているので沈黙している。

 今までは結果を比較していなかったため、学院生の指導者としての力量が表に出ることはなかった。だがこれで順位が明らかになれば、学院生同士での評価に影響が出るのは確実である。騎士見習い側には利益しかなく、学院生側には不利益が生じる内容であった。

『地味な嫌がらせだが、効果的ではある。しかも表立って反対できる理由も無い。見習わねばな』

「私には無理だから任せるよ。変なときに当たっちゃったなぁ……」

 杜人は感心しているが、最初から学院内の評価を気にしていないレネにとってはどうでも良いことである。そのため学院生達が混乱してざわめいている中で、レネだけが困ったように小さく微笑む。

 それだけなら良かったのだが、姿勢を変えようと腕を動かした拍子に金属で補強されている杖の先端を床石に強く打ちつけてしまった。音自体はそんなに大きくなかったのだが、高く乾いた音だったためにその場の注目を一瞬で集めてしまうことになった。

『ぐふふ、そんなに目立ちたかったのか。協力は必要かな?』

 レネは注目されてしまったので杜人のからかいに反応できず、背中には冷や汗が流れて止まらない。そのため後で憶えていなさいと思いながら、誤魔化すために固まった笑みを説明者に向ける。

「次へ進んでください」

「ひ、ひゃい」

 レネ自身は気が付いていなかったが、羞恥のため無意識に『見るな』という威圧の原初魔法を発動していた。そのため視線に射抜かれた説明者は身体が硬直し、舌をかんでしまう。無意識による発動なのでそれほど強くないのだが、ちょうど意識の隙間に入り込んだため効果が高くなっていた。そして効果は全体に向けられているので、その場に居た全員が冷や汗を流すことになった。

『八つ当たりは良くないぞ? うぷぷ……ぐぇ』

 そんなことになっているとは思っていないレネは、顔が熱くなったことを自覚しながら目の前でにやけている杜人を一瞥する。そして杜人から教えられた『不可視念手』の対杜人用改良版を発動し、素早く振るって床に叩き落とす。そして流れるように杖の先端に魔法陣を構築すると、ぐりぐりと床に押さえつけた。

 ちなみに魔法陣は、これ以上目立たないようにと不可視型にしていた。しかし、願いに反してレネの動きは苛立ちを抑えるための行動に見えたため、恐れは加速していく。

 そしてこのときも羞恥による威圧は発動中のため、講堂に居た全員が冷や汗を掻きながら無意識に背筋を振るわせていた。平気なのはシャンティナだけである。

『ごめんなさい、もう許してください。中身が出そうです』

 周囲の状況を把握していないレネは、笑顔で許しを乞う杜人を解放してから顔を上げ、熱い顔を誤魔化すようにぎこちなく微笑むと、同じことを繰り返した。

「次へ、進んでください」

「はいぃ!」

 説明者は恐怖で引きつり気味の顔になりながらも、しどろもどろに続きを話し始める。顔は青ざめ、身体が震えているようにレネには見えたが、そんな馬鹿なことはありえないと無視することにした。もちろん本当は何かをやらかしてしまったと理解しているが、心の平穏のために知りたくなかったのだ。

 そして騎士見習い達はかわいらしい小動物だと思っていた存在が、実は獰猛な肉食獣であることをようやく理解した。そのためそんな存在の機嫌を損ねたと思ってしまい、恐れで身体が小刻みに震え金属鎧が擦れる音が僅かに響く。

『ふむふむ、魔導書の力に馴染んだせいか? ま、そのうち落ち着くだろうから良いか』

 以前のレネは体内に魔力がこもってしまうために、魔力の自己発生量を無意識に抑制している状態だった。現在のレネは魔導書と専用経路で繋がっているため、体内で生み出される魔力の余剰分を魔導書に逃すことができる。

 そして短い間に魔力を枯渇寸前まで使ったり、身体に過大な負荷をかけたりと大きな刺激が連続で加えられていた。その結果、無意識の抑制は完全に外れたのだが、今度は過大な負荷に対応しようとして過剰ともいえる魔力を発生できるようにしてしまったのだ。

 普段は危険が無いように調整されているが、レネの精神が乱れれば無意識の領域で魔力発生量を一時的に増大させてしまう。それが感情に引きずられて原初魔法となってしまうのだ。当然慌てているので制御できるわけがなく、消費が追い付かず身体に支障が出る分は魔導書に流れるので体調の変化も無い。

 杜人は引き起こされた光景を見ながら、杜人基準では欠点とは言えないため、これなら侮る者はいなくなるだろうと、笑顔でレネの安全を優先することにしたのだった。




 静まり返った説明会が終わり、ようやく各班に分かれて行動できるようになった。レネに割り当てられた訓練場は学院の実習室より広かったが、他の班と共同で使用するため使える範囲は思ったより小さかった。

『狭いが、こんなものか』

「使うのは最大で中級だから、今のところはこの程度で十分だよ」

 レネはようやく落ち着けたことでほっとしながら微笑む。後ろには騎士見習いが四人居て、彼らから実に微妙な視線を向けられている。だが、レネにとっては『たった四人』なので、気にするほどのことではない。

 杜人はレネの感覚がかなりおかしくなってきていることに気が付いているが、引きこもられても困るので指摘はしなかった。強く生きろと温かく見守るのみである。

 レネは回れ右をすると、しっかりとした視線で名目上の部下を見回す。現在は指導に強制力を持たせるために、一時的な上司となっているのだ。

 もちろん権利には責任が伴うので無茶はできない。勘違いした者には相応の処罰が行われることは通知済みである。そして半年間は指導教官が部下の練習を全て組むことになる。もちろん部下に丸投げしても良い。そのため門外漢の学院生は、魔法の教習以外は任せるのが通例であった。

 その部下達はにやけることなく真剣な表情でレネを見つめている。レネはその真面目な様子に微笑むと満足そうに頷いた。

「さて、改めて自己紹介をしましょう。私はレネ。フィーレ魔法学院所属の上級魔法使いです。これから半年の間、皆さんへ魔法の手ほどきをします。短い間ですが、よろしくお願いします」

「シャンティナ。護衛です」

『杜人、いずれは歴史に名を残すことになる伝説未満の魔導書である。頭が高い、控えおろう!』

 レネはにこにことしながら挨拶を行い、横に居るシャンティナはいつも通りの無表情で一言だけである。杜人は笑顔で宙を舞っているが、もちろん聞こえるはずがない。レネも相手をせずに鞄から四人の資料を取り出すと、四人に向けてお次をどうぞと続きを促す。

 一方、四人は緊張しているので、促されてもすぐに行動できずにいた。

『ふふふ、偉大なる殲滅の黒姫様が放つ威光に恐れをなしたか。さすがレネ、つかみは上々だな』

 杜人は機会を逃さず、からかい気味にレネの前を通過する。もちろん捕まることを前提とした行動だ。

 読み通り、レネは微笑んだまま『不可視念手』で杜人を掴んで振り回し、遠くに投げ捨てた。その顔は羞恥で多少赤らんでいる。杜人はといえば、そんな扱いをされても恥ずかしがるレネを見られたので大満足であった。

 そんな漫才もどきが目の前で行われているとは知らない四人は、無言のまま互いに視線で先手を押し付け合っていた。そしてようやく生贄が決定し、一人ずつ前に出て挨拶をし始めた。

「ラウレス騎士学校所属の騎士見習い、ノバルトです」

「同じく、セラルです」

「同じく、ミアシュです」

「同じく、レンティです。以上四名、半年間レネ教官の指揮下に入ります。ご指導よろしくお願いいたします」

 最後は声を揃えて四人とも頭を下げる。レネはそのきちんとした挨拶から、全員良さそうだと安堵して頷く。そして、四人はレネの反応が好意的だったので、ようやく緊張を解くことができたのだった。




 夜になり、部屋に戻ったレネは机に資料を広げてこれからの指導方法に頭を悩ませていた。

「ううーん、普通なら不感体質でも基礎魔法程度は何とかなるんだけどなぁ。まさか全員その程度の魔力も感知できないなんて……、困った」

 挨拶を終えてからレネは各自に聞き取り及び簡易的な診断を行って、資料に書かれていない細かいことをはっきりさせた。その結果、全員現在の魔法体系を扱う才能が全くないことが判明していた。

 レネも意外だったが、対象の四人のほうがもっと驚いていた。その様子を見て、欠点を補えるかもと希望を持っていたらしいと分かった。そしてその絶望と渇望が理解できるため、何とかしてやりたいと思っているのだ。

『しかも、せっかくの強制変換体質も力が偏っているから使えないものになっていたな。あれは直せないのか? それか魔導書を使うとかはどうだ?』

 頭をひねるレネに杜人が単純な疑問をぶつける。レネは淡く笑うと力なく首を振った。

「どちらも難しいかな。今の魔法が体系化される前にあった原初魔法の訓練法を試しても良いけれど、そっちのほうが難しいんだよね。あと魔導書は高くて買えないと思うよ」

 そもそも魔法が現在のように広く浸透したのは、現在の術式理論が体系化されてからである。それまでは個人の才能と感覚で継承されてきたことを、学べば誰にでも理解できる形にしたのが今の体系だ。その結果、感覚ではなく理論で魔法を使えるようになったため、一気に使用者が増加したのである。

 レネにとって魔法は術式を用いるものなので、無意識で発動している身体能力強化を誰かに教えることは難しい。どちらかというと、全部感覚で魔法を使っているシャンティナのほうが優秀な先生になれるかもしれない。ただし、シャンティナは自身の力を理解可能な言葉にできないので、説明は無理である。

『確かに無理そうだな……。まあ、今回は簡易診断だから、しばらく様子見するしかないか。俺も何かないか考えてみよう』

「お願い。はぁ、本当にどうしよう……」

 いきなりの難題に、これも嫌がらせの一環かと、レネと杜人は揃ってため息をついたのだった。




 夜の騎士学校の訓練場。もう訓練する者はおらず、明かりも一部分だけになっている。そんな寂しい場所に、レネの指導を受けることになった四人組はいた。全員鎧は脱いでいて、内着姿になっている。

「……」
「……」
「……」

「ね、ねえ、そろそろ帰らない?」

 ノバルト、セラル、ミアシュは、膝を抱えて暗い表情のまま虚空を見つめている。明かりがあるはずなのに、そこだけ暗くなっている錯覚に陥りそうな雰囲気である。

 唯一正気を保っているレンティが明るめに声をかけても全く反応しない。三人はレネと別れてから、ずっとこの調子であった。

「ほら、簡易診断だから間違いがあるかもって言っていたじゃない。とりあえず、教えられた訓練をしてみようよ」

 レンティの欠点は物理的手段で解決可能なため、立ち直りも一番早かった。そして今は、もう少し絶望していたかったと変な後悔をしている最中である。ちなみに鎧を脱いでいるときは重めの靴や腕輪をしている。

 レンティは笑顔のまま楽な体勢になる。そして貸し出された魔力結晶を胸元で抱きしめるように持って心を静めると、周囲と一体化するように呼吸をゆっくり行う。

 レネ曰く、本当は体内の魔力を感じるほうが良いのだが、不感体質のため他の生命活動に紛れてしまいやすい。そのため、まずは魔力結晶が放つ濃密な魔力を感じるところから始め、感覚を掴むのが近道とのことだった。

 だが、これを行って外部の魔力を感じることができても、自らの魔力を感じ取れるかは不明とも言っていた。実際レンティは魔力結晶の魔力すら感じ取ることができず、離して同じように体内の魔力を感じようとしても全く分からなかった。

 それでも繰り返せば、慣れて感じられるかもとのことなので、やってみようと言ったのだ。

 レンティが瞑想を始めたので静かになった訓練場だったが、瞑想中の耳には小声だが辛気臭い声が聞こえてくる。

「訓練をしても、取っ掛かりすら掴めなかったんだよな……」
「先が見えないということは、こんなに絶望を与えるものなのですね……」
「……ぐすっ」

 レネが教えた訓練法は、魔法を使う上で必要な魔法陣を構築する方法の前段階、魔力を集める方法の更に前の前の前の前、魔力という存在を把握する訓練である。つまり魔法を使う以前の、優秀な魔法使いなら生まれながらに把握していることであった。

 訓練していない普通の人は血流を感じられないように、魔力も感じることはできない。そして魔法を能動的に使うためには体内の魔力を把握し、動かし、練り上げ、集めることが必要であり、そこまでできて初めて魔法陣を構築できるのだ。

 そしてある程度の魔力量が無いと魔力を把握することは難しい。四人とも強制変換で自由に使える魔力量が減少していて、更に魔力不感体質のため、余計に把握することが困難なのである。

 レンティは瞑想を止めると、無言で立ち上がる。その顔には慈愛に満ちた微笑みが浮かんでいたが、瞳に宿る光は笑ってなどいなかった。そしてたそがれている三人へ正面から音も無く近寄ると、手始めにノバルトの肩を掴んだ。そして、ためらうことなく拳を振るい、脇腹にめり込ませる。

「ぬごぉぉぉ」
「な、なにを」

 それ以上言わせず、セラルにも同様の処置を行う。鈍い音が意外と大きく響いた結果、二人はのた打ち回りながらうめくことになった。それを放置して、レンティは残ったミアシュの肩に両手を軽く置く。それだけでミアシュは背筋を伸ばし、顔には嫌な汗を掻き始めた。

「さ、一緒にやろうね?」

「は、はぃ」

 何故かミアシュは畏まった言葉づかいになったが、レンティは気にしない。そしてまだ転がっているノバルトとセラルを一瞥してから離れ、先程と同じように瞑想を始めた。

 もちろん残った三人も我先にと瞑想を始める。だが三人の顔には冷や汗が流れていて、どう見ても心静かに行っているようには見えなかった。それでも口を開くことなく瞑想は続いたのだった。




 この集団、傍から見れば大柄で率先して動くノバルトがリーダーに見えるし、実際四人の認識もそうである。だがしかし、真の支配者はいつも調整に奔走しているレンティなのかもしれない。

 男二人を情けないと言うことなかれ。世の中には、男が逆らってはいけない存在が必ず居るものなのだから。
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