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黒姫の魔導書 作者:てんてん

第4章 似たもの同士の大行進

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第02話 初めての上級

 特例制度によって上級魔法使いとなったレネは、年二回開催される昇級試験が終わるまでは普段通りの生活を続けていた。そして昇級試験が終わってから、久しぶりに講義へ出席することになった。

 服装はいつも通り、フィーレ魔法学院の制服である白のブラウスに紺色のフレアスカート、深藍色の上着を着ていて、胸元には上級魔法使いを示す徽章と赤いリボンを付けている。腰まである長い黒髪を後頭部の上で白いリボンにて結んでいるのも変わらない。

 その横で浮遊している半透明の杜人も、変わらず白系の狩衣と黒の烏帽子を着用していた。後ろを付いてきている護衛のシャンティナもレネと同じ制服を着て、長い黒髪を三つ編みにしている。

 レネとシャンティナは大きな魔力を持つ『紫瞳』であり、髪も黒髪と似通った特徴を持っているが、姉妹と間違われることはない。顔立ちもそうだが、明るめでかわいらしいレネと無表情で人形のようなシャンティナでは、印象がまるで違うためだ。

 服装に無頓着な三人のため、同じ格好をしていても全く気にしていない。といってもレネとシャンティナの制服は強固な防御力を持つ魔法具であるし、杜人に至っては魔導書が本体なので替える理由もないのだ。

 レネとシャンティナは講義室に入ると周囲の注目を浴びたが無視し、そのまま階段状になっている席を上り後ろの隅に座る。

『なんだか、いつもとは違う注目を集めていたような気がするな』

「中級と違って、人数がかなり少なくなるからね。昇級試験を受けていないのにどうしてって思った人が居たのかも」

 レネの名前は中級認定試験でやらかした出来事によって、学院生で知らない者は新入生以外居なくなっている。学院生にとって『殲滅の黒姫』といえば、敵対した者を容赦なく排除する恐ろしい存在なのだ。もちろんレネは愛想笑いをしただけで何もしていない。レネと敵対することを選んでいた何名かが、ちょっぴり気に病んで学院を辞めただけである。

 そのため普段から避けられる傾向にあったが、今では慣れたのでその程度は気にしなくなっていた。それでも積極的に注目を浴びたいわけではないので、今日は後ろに座ったのだ。

 今日の講義には、新たに上級魔法使いとして認定された者が集められている。そしてここから正式に特級魔法使いになるための講義が始まるのだ。ちなみに、レネは既に特級の筆記試験を合格している。そのため今回のような特別な講義以外には出なくても良いのだ。

 ここに居る人達は全員レネより年上である。レネは長い間初級のままくすぶっていたわけだが、大部分は中級で同じ状態になり、多くの者が挫折する。つまり、それだけ半人前と一人前に差があるということだ。そこをレネは最短の半年で通過してきた。だから今では噂も相まって、レネを蔑む者は少なくとも学院には居なくなっていた。

 このように、掲げた夢に対して順調に近づいているはずなのに、なぜか望みもしていない覇道を突き進んでいるレネであった。

 しばらくして、期待と不安とで騒がしくなっていた講義室に、講師であるレゴルが入室してきた。そして無言のまま教壇に立つと、厳つい顔を上げ鋭い視線で受講者を見渡す。たったそれだけで、騒がしかった室内は物音ひとつしなくなった。

『相変わらずすごい迫力だな』

 杜人の感想にレネは無言で頷く。レネにとっては昔から世話になっている講師なので怖いとは思わないが、迫力があるのは否定できない事実である。

 そうしてその場に居る学院生全員の注目を一瞬で集めたレゴルは、静かな口調で話し始めた。

「諸君、ようこそ上級魔法使いの世界へ。だが、油断すればすぐに中級に落とされると今のうちに言っておこう。諸君達にとってはここから更に長い道のりが始まるわけだが、今まで通り努力することを怠らず、特級認定目指して頑張るように。それでは説明を開始する」

 こうして、レネの上級魔法使いとしての第一歩は始まった。





「むー、騎士学校にて魔法の指導教官を半年間か。面倒くさそう」

「誰も真剣に聞かないらしいし、そもそも半年では短すぎるから、使えるようにならなくても認定は出るよ」

「それでも、仲が良いとはお世辞にも言えませんから大変そうですね」

 夜、ジンレイが作りだした畳部屋にて、レネとエルセリアとセリエナは広げられた資料を見ながらくつろいでいた。今日はレネの上級魔法使い開始のお祝いという名目の、いつもと同じ単なるお泊まり会なのだ。

 風呂上りなのでレネは髪を下ろしているし、エルセリアも普段銀髪を肩口で二つに結わえているのだが今はそのままにしている。セリエナはいつも通り、長い金髪を後ろに流している状態である。

 そして全員パジャマを着ているが、眠る気配は全くない。ちなみに、シャンティナは少し離れた座卓でソフトクリームを食べていた。当然レネ達の手にもひとつずつ握られている。全員が『紫瞳』ではあるが、それだけの関係ではないと一目で分かる光景であった。

「こんなことなら、無理矢理セリエナにも上級認定試験を受けてもらえば良かった……」

「まだ生活で手一杯です。余裕が無いので受けても落ちてしまいますよ」

 レネは新しいことに不安があるので仲間が欲しかったわけだが、セリエナも生活があるのでそう言われても無理なのだ。

 セリエナは学院に所属する中級魔法使いではあるが、同時にレゴルの講師補助員でもあるので、とにかく色々な場所に動き回らなければならない。以前のように一ヶ月も学院から居なくなることは無いが、三日程度なら何度かあった。そのため講義に穴が開いていて、いま試験を受けても勉強不足で落ちてしまう。

 凡人であるセリエナを、一度聞けば内容を忘れないレネや、何度も講義を受けて暗記しているエルセリアと一緒にしてはいけない。杜人もセリエナに賛成するように腕組みをして頷いている。

『無理なものは仕方がない。ここは経験者に語ってもらおう。先生、どうぞ』

「ふふっ、残念ながら私のときは全員ルトリスの関係者だったから参考にならないよ。みんな真剣に授業を受けてくれたから、初級はそれなりに使えるようになったかな?」

 少しふざけた杜人にエルセリアはおかしそうに笑って自分のときのことを話した。エルセリアは上級魔法使いになってから結構な時間を過しているので、それなりに経験も豊富である。そのため杜人が水を向けたわけだが、世の中には例外が多いということが分かっただけであった。

「本家のお嬢様を前にして、不真面目になれる分家はいませんからね……」

「そうだよねぇ」

 説明を聞いたセリエナは当たり前な話に苦笑し、レネもそれもそうだと賛成する。

 エルセリアは庶子ではあるが、ルトリス侯爵家に名を連ねるれっきとした貴族である。干渉するなという密約を実家と交わしているとはいえ、対外的には分からない。そんなお嬢様に、どこの誰とも分からない者を近づけて恥をかかせるわけには行かないとなるのは当たり前のことである。

「一応身分とかはそれなりに考慮していると思うよ? ……ほら、全員平民だから安心だね」

「本当だ。……んん? 全員が魔力強制変換体質と魔力不感体質?」

 エルセリアが指差した部分を読んだレネは、おかしな記述を見つけて眉をよせた。

『何だそれは?』

「強制変換は体内の魔力を意識せずに身体能力強化などで消費してしまう体質のことです。魔力不感体質は魔力を感じることができない体質で、魔力を己の意思で運用しにくいので魔法使いには向きません」

 杜人はセリエナの簡単な説明に納得して頷く。

『レネの身体能力強化は違うのか?』

「私は過剰な魔力を無意識に消費しているだけだから違うよ。えっと、この強制変換は本能に組み込まれた不干渉常時発動型だから、魔法封じでも封印できないんだよ。心臓の鼓動を意図的に止めたりできないし、全力で走っても生きるための力までは消費しないように身体で制限しているでしょ? 同じように、普通の魔法を使って魔力が足りなくなっても、この消費分は使えないの。魔力の器の中に仕切りがある感じかな?」

 レネも無意識に身体能力を強化しているが、これは大きい魔力の放出ができない体質のため、身体が壊れないように過剰な魔力を無意識のうちに消費しようとしているからである。そのため魔力が少なくなれば発動しなくなるし、魔法封じの影響も受ける。似ているが別物なのだ。

 レネは軽く図解して説明してから、小さくため息をついた。

「そっちはまだ良いけど、問題はこっちだね。不感体質ってことは、初級すら発動できるか怪しいのにな。何を求められているんだろう……」

「受講生の振り分けは騎士学校側がするから……、最近評判の魔法使いに対する嫌がらせ?」

 エルセリアはありそうな理由を言いながら微笑む。この程度なら嫌がらせとしては可愛いものなので、レネのことであっても不快に思うほどではない。そしてこの程度で済むなら、貴族としての権力を使う必要も無く、干渉する気もない。

『あれか、ちょっと名が売れたから懲らしめてやろうとかか?』

「ありえますね。レネは平民で後ろ盾もありませんから。本気になればどうとでもなる程度の認識でしょう」

 元貴族であるセリエナも事情を理解できるので、その予想を肯定する。

 知らない人は、レネが情報機関から直接護衛されるほどの重要人物とは思わない。レネはいくつもの有用な論文を提出しているので国として放置できる存在ではないのだが、機密に関わることなのであまり知られていないのだ。

 平民はともかく貴族なら情報はそれなりに公開されているので推測できるはずなのだが、宣伝しているわけではないので、知ろうとしなければ単なるちょっと運の良い小娘程度の認識となる。

 そしてたとえ知っていたとしても、やめるとは限らない。権力を持つ者にとって恐れる者は同じ権力を持つ者であり、単なる学院生であるレネを将来の禍根として排除しないとは限らない。

 今回は魔法師団と騎士団との軋轢に巻き込まれただけだが、考えればきりが無いくらい可能性は存在する。将来は騎士団ではなく魔法師団の権力闘争に巻き込まれるかもしれないのだ。それを理解した杜人は、面倒くささにため息をついた。

『これは早めにそれなりの影響力を持ったほうが良いのかもしれないな』

「ええ、まあ、そのほうが楽ですね。表立ったという但し書きが付きますが」

 セリエナも少し考えて賛成する。たいしたことは無いと思われているうちは良いのだが、脅威を感じるようになって本気で動かれたら面倒どころの騒ぎでは無くなる。

 レネは商品開発や術式の開発などで、目立たない部分ではかなり影響力を持っている。しかし、これは見えないので厄介事が減るわけではない。そのため目に見える形での抑止力として持つ必要があるのだ。

 実際は動く前に情報機関によって対処されるのだが、さすがにそこまでの重要人物扱いとは思っていないので、最悪の想定はかなり悪いものになる。そのためセリエナの表情は結構真剣である。

「ええー、変に注目されるのはちょっと……」

「大丈夫だよ。普通に功績をあげれば良いだけなんだから」

 今でも変な注目を集めているのに、もっと必要と言われたレネは困り顔になる。恥ずかしさで引きこもりになった実績があるレネにとって、これ以上は大変困るのだ。

 エルセリアは慰めているのだが、慰めになっていない。なんといっても羞恥の一番である『殲滅の黒姫』の名は、発祥元はともかくとして功績を讃えているからこそ広まっているのだ。

『そっちは後で考えるとして、一応今回は裏を考えなくても大丈夫ということか。後は実際見てからだな』

「そうだね。騎士見習いとしては優秀だろうから、あまり気にしなくて良いかな」

 レネも影響力に関しては棚上げすることにして、おやつを食べ終えて何故か手を見つめているシャンティナに視線を向け、一般的な見解で結論を出した。

 魔力強制変換体質ならば、鍛え上げれば瞬きの間に距離をつめて強烈な攻撃を繰り出せる。そのため能動的な魔法を戦闘に組み込む必要が無いのだ。

 シャンティナの振るう力は違うものだがよく似ている。そしてもし敵対したならば簡単に殺されるとレネは確信している。その実力を目の当たりにしているレネにとって、絶対に敵対したくない筆頭であった。

 いつも無表情で性格に多少難があるが、シャンティナは護衛として最優秀の実力者である。色々あって今では杜人に従っているが、名目上の所属はまだ情報機関のままだ。最近は目立った騒ぎも起きていないので、とある組織の責任者は抜け毛が減って喜んでいたりする。

 シャンティナのように、突き抜ければ魔法を能動的に使えなくても強くなれるのである。そのため気楽に行くことにした。

「それじゃあ、難しい話はこの辺にしておやつにしよう!」

『まだ食べるのか……』

「どうぞ、苺のショートケーキです」

 いつの間にか出現していたジンレイが各自におやつを配布していく。屋敷内は言うなればジンレイの体内なので、どこにでも出現することができるのだ。そしてその格好はいつも通りいぶし銀であり家令として一分の隙もない。よく気が付くので一家にひとりは欲しい逸材であった。

 ソフトクリームはとっくの昔になくなっている。出されているものはジンレイが魔力で作っているので食べても栄養にならない。そして杜人の知識からジンレイが作っているので、ここでしか味わえないおやつが大量にある。

 それを知っているから、甘い物好きのレネは暇があれば遠慮なく食べるのだ。そしてその他も同様である。杜人としては、腹は膨れるはずなのにと笑うしかない。

「えへへ、おいしい。これ、アイスで作ったらどうなるかな」

『あるぞ。さすがに多少硬いが、ソフトクリームを使えば近い味わいになる。溶けるのが早いから急いで食べなくてはならないのが欠点か』

 通常であれば作るのが困難な組み合わせも、ジンレイならば最初から完成品で作ることができる。そのため作っている最中に溶けてしまうことも無いのだ。

 レネの呟きに杜人は意識せずに答える。それを聞きつけた四人全員が物欲しそうな瞳を杜人に向けた。おやつを出されたばかりなので欲しいとは言わないあたり、よく似た思考を持っていると言える。

 杜人は食べすぎだと思っているため最初気が付かない振りをしていたのだが、終わらない視線の圧力に負けて降参することになった。

『食べすぎで腹を壊しても知らないからな』

「わあい!」

「どうぞ、今回はチョコレート風味です」

 杜人は喜ぶ四人を見ながら、どこに入っているのかと呆れ顔である。それでも四人に向ける視線は優しかった。そして更におかわりまでした人物は、杜人の忠告通り後で個室にこもりきりになったのは言うまでもない。

 杜人はそれを見ながら、簡単に増設できるから良いかと多少呆れ気味に頬を掻いたのだった。
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