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黒姫の魔導書 作者:てんてん

第4章 似たもの同士の大行進

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第01話 騎士学校にて

 大国であるレーンの成り立ちは、歴史に埋もれるほど古い。そして最初は小さかった国土も火の粉を振り払っているうちに、今では旅行するのも一苦労する広さになっていた。

 その広い国土を守るために編成されている組織は、大きく分けて二つ存在している。ひとつは国王直属の、裏から国を守る情報機関。彼らは人知れず活動し、その名が表に現れることはない。

 そしてもうひとつが国軍である。これも大きく分けて二つの組織がある。ひとつは魔法使いを主戦力とした魔法師団。もうひとつが鋼の鎧に身を包んだ騎士団である。どちらも国を自分達が守っているという自負があるため、仲が良いとはお世辞にも言えない間柄であった。

 魔法使いは騎士を『ちまちまとした攻撃しかできず、魔法の補助が無ければ魔物も倒せない』と言い、騎士は魔法使いを『後ろに隠れなければ何もできない臆病者』と言っている。逆に考えれば解決するのだが、感情を理性で完全に制御できるならば争いごとは起こらない。争いは理性より感情によって引き起こされたもののほうがずっと多いと歴史が証明している。

 と言っても有事の際にはひとつの生き物のように連携できるのだから、互いの実力を認め合っているのは間違いない。要するに、素直になれないひねくれ者が多いのだ。

 レーンには魔法使いを育てるための『フィーレ魔法学院』があるが、騎士を育てるための学校も存在している。それが『ラウレス騎士学校』である。

 こちらは国民しか学ぶことはできない。その代わり魔力が無くても学べ学費も安いので、王都に住む平民達の大部分が子供を幼年の部に通わせている。そして子供が集まる施設であるため、捨て子や孤児の受け入れ先でもあった。

 才能があれば国から援助を受けて更に学んでいく者も居るが、ほとんどは幼年の部で止めて働き始める。そのため本来の意味での騎士学校では、余裕がある裕福な家の者か貴族が大部分となり、平民は一気に少なくなる。

 それでも人数はそれなりにいて、叙勲され正式な騎士になるために日夜努力する声が響いていた。





「おい、聞いたか!? ついに俺達にも魔法の指導教官が付くらしいぞ!」

 日も暮れた時間、騎士学校にある訓練場の一室に、騎士見習いのノバルトは大きな声をあげて嬉しそうに飛び込んできた。平均的な男性より頭二つは大きい身長と見事な筋肉が付いた大柄な身体の登場によって、室内は一気に暑苦しくなる。

 ノバルトは顔だけ見ればそこそこであり、濃茶色の髪と瞳は落ち着いた雰囲気を見た者に与える。しかし、残念なことに誰もそんなところに注目はしない。初めに見るのはその巨体である。それ故に『むさくるしい』。それが、何もしていなくても周囲に与える印象であった。つまり、筋肉である。

「知っていますよ。……はぁ」

 ノバルトの声に室内で訓練をしていたセラルは静かに答えると小さくため息をついた。二人は同じ寮に住む同期の騎士見習いである。それ故に気心も知れているので遠慮がない。

 セラルの見た目は細身だが軟弱な印象は無く、しっかりと引き締まった身体をしている。少しだけ長い金髪を少々乱して俯きがちに青い瞳を細めれば、女性が勝手に心配して寄って来る程度の顔立ちである。それ故に居るだけで爽やかな印象を周囲に与える。

 そんなセラルであったが、現在その手の中には自身の体重より重そうな訓練用戦斧が握られ、決められた型をなぞりながらゆっくりと動かしている。通常であればゆっくりであっても重みに芯が揺れるはずなのだが、鍛えられた筋肉に支えられた身体は揺らがない。見た目の印象とは異なり、しっかりとした筋肉を所有しているのだ。

 予想外の反応であったため、ノバルトは少しだけ首を傾けた。

「何かまずいことでもあるのか? これで俺達も魔法がまともに使えるようになるかもしれないから、かなり良い知らせと思ったのだが」

 魔力を全く持っていない人は稀であり、レーンでは魔法使いと呼ばれる者は上級魔法を使えることが最低条件である。そのため中級魔法を使える魔力を持っていても、諦めて違う道に進む者も居る。そして魔力があれば肉体強化の魔法などを使うことによって強くなれるので、結局魔力の多さが騎士の強さになりやすい傾向にあった。

 かといって、独学で学んだので使えますとなるほど魔法は甘いものではない。そのため交流と実益を兼ねて、フィーレ魔法学院の上級魔法使いに認定された者が、講義の一環として騎士見習いに魔法の基礎を教えることになっていた。

 互いに仲がよろしくないので魔法師団に頭を下げるわけにも行かず、かといって意地を張って弱いままでいるわけにもいかない。魔法師団としても放置すれば有事の際に困ることになるので、双方の妥協が生み出したものがこの制度であった。

 そうは言っても上級認定まで到達できる学院生は、少なくはないが多くもない。そのため講義として教えに行ける人数も限られてしまう。そして名目上はあくまで授業の一環なので、ひとりで何度もというわけにもいかない。結果、貴族や金持ちの子息が優先され、平民は後回しにされてしまう。そんな後回し組にやっと巡って来た機会である。だからノバルトは単純に喜んだのだ。

 そんなノバルトの立つ近くを、支給品の金属鎧を着て走り込みをしていた少女、ミアシュが通りかかった。

「色々ある」

 それだけ呟くと、訓練を続けるためそのまま走っていった。その背に燃えるような赤い髪をなびかせ、同じく赤く輝く瞳によって居るだけで華やかな印象を与えている。

 着ている鎧は重量がかなりあるため、訓練を受けていない男なら動くだけでも苦労するのだが、ミアシュは鎧など着ていないかのように更に速度をあげて走り続ける。これを見れば決して見た目通りの印象に収まらない人物であることは誰でも分かる。もちろんその身体は鍛えられていて引き締まっていた。これもまた、筋肉の一種である。

「……よく分からん」

 ノバルトは言うだけ言って走り去ったミアシュを、何が気に入らないのだろうと思いながら見送った。セラルも相手にせずに訓練を続けている。そのため訓練場にいた最後のひとり、レンティが困り顔で説明する。

「私達のような平民に回ってくる教官は、上級魔法使いの中でも下のほうだから二人とも……ね?」

 レンティは小柄な身体が隠れてしまうほど巨大な金属盾を磨きながら小首を傾げた。ほんわりとした口調、実にかわいらしい顔立ち、三つ編みにしている栗色の髪と優しい光を持つ同色の瞳、男なら放っておけなくなる印象を、何もしなくても放っている少女である。

 そんなレンティは視線を盾に戻して続きを行う。そして表面を磨き終えると、重量がある大盾を片手で軽々と持ち上げてひっくり返し、また磨き始めた。見た目だけなら鍛えられているようには見えないので、違う意味で男を手玉に取る魔性の女である。

 そして、実はこの場に居る四人の中で、レンティが一番の力持ちであった。つまり、秘められた魔性の筋肉である。

 この四人は騎士学校の同期であり、同じ班に所属する一蓮托生の仲間である。そして全員平民のため身分による心の壁も無く、全員同じ体質を持っているので、大変仲が良いのだ。

「言いたいことは分かるが、えり好みできる立場ではないだろう? 少なくとも指導を受けなければ資格も得られないのだから、誰であろうと気にする必要は無いと思うが」

 資格というのは騎士になるために必要となるもので、魔法学院でいうところの昇級試験のようなものである。能力はあるのに試験官や上司の気分で認められないという事態を少なくするために導入されている。

 今回の分は『魔法の基礎を理解した』という認定資格となり、使えるようにならなくても問題はない。誰もたった半年で魔法を使えるようになるとは思っておらず、多少得意な者が使えるようになれば儲けもの程度の認識である。

 ノバルトは頭を掻きながらレンティの横に座る。そこに自主訓練を終えたセラルとミアシュも合流した。

「確かにそうですが、やはり習うなら使えるようになる可能性が高い人のほうが……」

「同じく」

 あまり複雑に考えないノバルトと意外と現実的なレンティは、魔法を上手に運用できるようになるよりも最低限であろうとも資格を得ることを第一として考えている。しかし、それなりに真面目なセラルと一本気なミアシュは、せっかくの機会を逃すことに難色を示しているのだ。

「困ったね。けれど、私達では優秀な人に習っても同じ結果になると思うよ?」

 身も蓋もないレンティに、セラルとミアシュはそんなことは分かっていると言いたげに眉を寄せた。二人とも理性ではその通りと思っていても、感情が納得できないのだ。

 なぜ同じ結果になるかというと、四人が共通して持つ困った体質に起因する。その名も『魔力強制変換体質』と『魔力不感体質』。前者は体内の魔力を強制的に筋力や骨格などの身体能力強化に使われてしまう体質であり、後者は魔力を感じることができない体質である。

 強制変換は強弱はあれど珍しいというほどの体質ではなく、騎士学校には四人の他にも何人も同様の体質保持者が在籍している。そしてその者達は普通に習って覚えることができる。

 ではなぜこの四人は例外なのかというと、それに加えて魔力を感じ取ることができないからである。強制的に魔力が使われているので使える量が少なくなっているのに加え、魔法を使おうにも魔力を感じ取れないので動かせない。それ故に、現状では『習っても魔法を発動させることができない』となる。

「それに俺達には後がない。このままでは適性無しとして放校になるかもしれない」

「それは……」

「確かに……」

 ノバルトは深刻な表情で言い、セラルとミアシュも否定できずにため息をつく。

 騎士学校では幼年を終え上級に進めば軍属となり、見習いとしての給金が出る。そのため役に立たないと判断されれば容赦なく放逐される。もちろん明確な理由が必要なのだが、その中には騎士としての最低水準を満たさない場合というのもしっかりとある。

 強制変換の体質は普通ならば魔法が使えなくても優秀な騎士として活躍できる良いものなのだ。しかし、それも均衡が取れていればこそだ。ここに居る全員、強化されている部分が偏っているため総合的に見ると弱くなっていた。

 ノバルトはその巨体から繰り出される攻撃自体は随一と言っても良い。だが、それも当たらなければ意味が無い。爆発力と引き換えに反応速度が犠牲になっているため、とっさの行動ができないのである。そのため少し頭の良い者と戦うと、分かりやすい大きな隙を突かれて必ず負けてしまう。

 セラルは逆に器用さや反応速度は誰にも負けないのだが、その速度と精密な動きに肉体が耐えられない。少し油断しただけで筋肉がちぎれ、下手をすれば骨が砕ける。それ故に普通の速度でしか動けないのだ。結果、集中力を肉体制御に割かなければならないので、同程度の者より弱くなっている。

 ミアシュは感知能力だけは誰にも負けない。ただし、魔法にも同様のものがあり、それよりはだいぶ劣っている。そして武器を持って攻撃しても、なかなか当てることができない不器用さも発揮している。たまに手足を傷つけてしまうので現在は無手の技を習っているが、それも基本形しか使えない。そのため戦闘行動自体が苦手である。

 レンティは欠点らしい欠点は無いのだが、重量軽減の魔法効果が身体に対して常時発動しているのでとても軽い。その珍しい特性故に身体が成長せず、小柄なままなのだ。そして体重がほとんど無いため短剣程度の重量でも振り回されてしまう。そのため普段は金属鎧の他に大きな金属盾を背負って重石にしているのだ。そこまでして、やっと人並み以下に戦えるようになる。

 騎士学校としても人材が豊富というわけでもないので、使えるならば使いたい。そのためある程度の矯正は行われている。だが、どうしてもと言える才能を持っているわけでもないので、使うにも限度があるのだ。

「それに、できればあいつらの澄ました顔をどうにかしてやりたいのは一緒だ」

「ええ、分かっています」

「うん」

「そうだね」

 ノバルトは悔しそうに拳を握り、他の三人も同様の思いで唇をかんだ。ノバルト達の班は他の騎士見習いからは『役立たず』と言われ馬鹿にされている。そして当然のことながら、ただ在籍していれば騎士になれるわけではなく、上から取り上げられていき下は切り捨てられる厳しい競争の世界でもある。

 つまり、最初に切り捨てられるのは底辺であるノバルト達であり、その上に居る者達からすれば安心できる目安なのだ。そしてそんな者と仲良くする理由も無い。そのため四人は騎士学校内で孤立している存在であった。

 もちろん四人とも上級に進める程度には強い。だが、騎士として運用するには困る欠点を持つ者達なのだ。このように、中途半端で扱いにくい見習いを集めたのがこの班である。騎士学校側でも個別に孤立するよりは可能性があるだろうと配慮した結果だ。そして全員が孤児であるが故に仲間意識が他の班より強くなっている。

 ノバルト達も集められた当初は思うところがない訳ではなかったが、下手に他の班に居て厄介者扱いされるよりは良いと前向きに考えていた。

「おとぎ話にあることが本当ならな……」

「調べても手掛かりすら見つかりませんでしたね」

 ノバルトの残念そうな呟きにセラルも同意する。おとぎ話の中にはノバルト達と同じ体質の主人公が修行の果てに覚醒するものがある。そのため四人は記述されている練習を試したり、何か無いかと調べたりしていた。しかし、今のところ成果は全くない。そのため娯楽用の創作だったと結論を出していた。

「もし諦めて探索者になっても、俺だけなら魔物に囲まれて死ぬだけだ。後は力仕事程度か」

 動きが鈍いノバルトでは素早い魔物に対処できないので、複数で潜らなければ確実に死ぬし足手まといになる。後は単純な力仕事に就く程度しか能力を活かす働き口は無い。

「私もそうでしょうね。他の仕事が見つからないときは路頭に迷うかもしれません」

 本気を出せないセラルでは、なれて二流の探索者である。そして命がかかっているため、油断すると戦力外になってしまう者を仲間にはしない。顔で貢がせることができる性格でもないので、いわゆる接客業は確実に無理である。そのため先が全く見えないでいた。

「……」

 無口なミアシュの場合、まず理解を得ること自体が難しい。見た目は華やかで強そうに見えるので、親しくない者なら戦えないことに対してふざけていると言いかねない。

「私は装備がないから無理ね。どこかで雇ってくれるかなぁ」

 体重の軽いレンティでは装備を調えないとまともに戦えない。そしてその装備は簡単に揃えられる金額ではない。そうなると働かなくてはならないのだが、伝も何も持っていないのでそれもすぐには難しい。

 ミアシュとレンティには結婚という最後の手段が残されているが、どちらも最初からそれを当てにするような性格ではない。

 いつのまにか話の流れがおかしくなり、四人は先が見えないことから来る不安のため押し黙った。

「……とにかく! 放校される理由をつくらないために、今回は我慢して資格を得ることを優先したほうが良いということでしょ。後はそこから独学で努力して這い上がる。分かった?」

「ああ」

「仕方がありません」

「分かった」

 その沈黙をいきなりレンティが手を叩いて破り、強めの口調で結論を出した。それに残りの三人も賛成し、やっと班内の意見が一致した。

「それでは練習の続きを始めるか。セラル、相手をしてくれ」

「分かりました。今日は何回殺せますかね」

「ぬかせ。今日こそは当ててみせる!」

 お互いに火花を散らして、しかし笑い合いながら立ち上がると離れた場所に移動していく。レンティはその様子を困った顔で見送った。

「私達はどうする? 組み手でもやる?」

「うん。武器は持って」

「了解。ちょっと待ってね」

 レンティは立ち上がると盾を背中に固定し、練習用の長剣を持ってくる。その間にミアシュは屈伸などの準備運動をしていた。

 このように、最後にはいつも通りの日常が繰り返されていた。練習熱心な四人はそれぞれ、教えに来る教官の姿を想像しながら、熱心に汗を流していた。
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