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黒姫の魔導書 作者:てんてん

第3章 活躍と暗躍は大親友

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小話 求めるものは

 杜人の作った端末石は、元々『不可視念手』の練習用に作った魔法具である。しかし、使用者の魔力を端末石まで通せる特性上、使いこなせればとても便利な魔法具でもある。そのため杜人は汎用性を高めるために、日々制御方法を改良しながら実験を行っていた。

『……うむむ、これでは少し鈍くなるのか』

 杜人は動かしては変更し、変更しては動かすことを繰り返している。その脇ではチーズケーキを食べているレネが、瞳を輝かせながら杜人を見つめ続けていた。

 杜人はしばらくの間気付かない振りをしていたが、ついに視線の圧力に負けてレネに顔を向けた。

『何か用か?』

「……」

 杜人の問いに、レネは笑顔のまま無言で見つめ続ける。これは相手から言わせようとしているためであると杜人には分かっている。そして目的が『不可視念手』の習得であることも承知していた。レネとしてはまだまだ習っていることが多くあり、増幅の術式も残っているのでそれも教えてとは言えないのだ。そのための無言の圧力である。

 杜人は今までの経験からこのまま諦めることは無いだろうと判断し、諦めて深々とため息をついた。

『レネもやるか?』

「やる!」

 ここで『どうしようかな』とか言わないのがレネである。ちなみにそんなことをしたら『そうか』と言って会話を終わらせて遊ぶつもりであった。

 しかし、迷わず満面の笑みで即答されたため杜人はどうにでもなれと力なく笑い、予備の端末石と術式を封入した魔力結晶を取り出すと、意地悪することなく説明を開始した。

『まず、俺は魔導書を中枢として制御しているから、レネが扱う場合はそこから作る必要がある。とりあえず、これが制御術式だ。ふたつあるが、ひとつは自在に動かせるようになるために作った感覚制御用術式で、もうひとつが誰でも端末石を使えるようにと考えた汎用制御術式だ。好きなほうを改良してくれ』

 杜人はあえて目的に触れずに説明する。一応遠慮していることになっているので、つつくのは止めておいた。結構レネには甘い杜人であった。

「分かった。ありがとう!」

 レネは迷わず感覚制御の魔力結晶を手に取ると、封入された術式を解析し始める。

「ふむふむ、魔力伝達がこうで、方向が……」

『これでしばらくは持つな』

 目の前に開発者が居るのに聞かないのはいつものことである。感覚への接続部分でつまづくまでは静かになると杜人は頷くと、今までどおり汎用制御術式の開発を再開したのであった。

「ねえ、ここはどういう意味なの?」

『ここか、これはな……』

「ここは?」

『ここはな……』

 しばらくしてから予想どおり質問の嵐が吹き荒れた。レネはとても良い笑顔のまま聞いてくるので、杜人は諦めの顔で説明を続ける。ここを通り過ぎれば静かになると分かっているからである。嵐は静かにやり過ごす。珍しくレネから学んだ教訓である。

 そしてレネにとっては瞬く間に時間が過ぎ、ついに改良された制御術式が完成した。

「できた!」

『良かったな……』

 喜ぶレネの横では、長時間の質問攻めで真っ白に燃え尽きた杜人が力なく横たわっていた。

 そんな杜人を尻目にレネはいそいそと魔法具を起動する。そしてそのままパタリと畳に倒れ込んで動かなくなった。笑みを浮かべたままなので、それなりに不気味である。

『まったく、予想通りのことを……』

 杜人は頭を掻きながら起き上がると、冷静に不可視念手を発動して制御用の魔法具をレネから取り上げる。するとレネは身体を一瞬痙攣させてから、慌てて起き上がった。

『感覚への接続制御をきちんと主従になるようにしないからそうなる。一体化のほうが楽だと思って変えたのだろうが、一歩間違えると死ぬからな』

「分かっていたなら教えてよぅ……」

 術式を見ていた杜人はもちろん分かっていて放置している。杜人も同じ失敗をしているが、無事なのは中枢を魔導書内部に構築したため干渉が可能だったからであり、生身ならレネのようになって終わりである。これからも類似の術式を開発する可能性があるため、感覚接続の危険性を言葉ではなく身体で分からせるため黙っていたのだ。

 レネは動けないとき、自分の身体がバラバラになったような感覚を味わい混乱の極致にあった。その状態が長く続けば精神がおかしくなっていたかもしれないと理解し、身体を震わせながら杜人に愚痴をこぼすが声に力はない。もちろん自業自得と分かっているからである。

『教えて理解し、やらないならそうする。だが、レネは必ず一度は試すだろう? むしろ安全に体験できたのだから、感謝してほしいところだ。外部から身体に作用する術式には、こういう予想外の危険もあるから十分に注意してくれよ』

「う……、分かった。気を付ける」

 レネも好奇心に負けて試す自分の姿を明確に想像できたため、しょんぼりしながら素直に謝った。杜人もこれなら大丈夫だろうと判断し、真面目なことを言うのはここまでにした。

『ふふふふふ、分かってくれて何よりだ。さて、できあがってもすぐには動かせないと思うから、使う前の練習法を教えよう。慣れるまではこれで我慢な』

「いじわる……」

 やらかした後なので、言うことを聞かないという選択肢は無くなってしまっている。そのためレネは楽しみがおあずけになって、ちょっぴり涙目になったのだった。




 事前準備の練習方法は両手の動きを別々に行ったり、左右で別の文字を書いたりなど、簡単にできるものを用いた。そのため見ただけのときは余裕そうに笑っていたレネだったが、実際にやってみると慣れない感覚に戸惑い、余裕は簡単に吹き飛んでいた。

『両方同じ動きになっているぞ』

「あ、本当だ……」

『手を組んでから腕をくるりと手前に捻る。良し、この指を立ててみよう。……ふふふ、それは逆の指だぞ』

「うぐ……」

 レネが苦労している横では同じことをシャンティナも行っているが、こちらは簡単に成功させていた。身体の制御を完全に把握していることの証明であった。

『シャンティナは上手だな。全部一回で成功させているぞ』

「得意」

『レネ、この指。……残念、逆だ。ぬふふ』

「むぅ……」

 こうして杜人に弄ばれながらもレネは頑張り、意識しなくても両手を使って別な動きをさせたり、指をばらばらに動かせるようになるまで練習を重ねた。これに関しては並列思考ができるので感覚を掴むこと自体は難しくなかったが、普段使わない感覚なので慣れるまで時間がかかった。

「どうだ!」

 レネは指を自在に動かしながら腕も別々に動かし得意げに胸を張る。実に間抜けな姿だが、見られて恥ずかしい人はここには居ないので遠慮はしない。杜人にはさんざん弄ばれたので今更であるし、シャンティナやジンレイには温かく見守られていたので問題はないのだ。

『良いだろう。では端末石の練習に入ろうか』

「やったぁ!」

 お許しが出たところで改良した魔法具をいそいそと身に付け、恐れることなく起動する。そして期待を込めて端末石を見つめるが、動く様子はまったくない。

「あれ?」

『それは魔力を通さないと動かないぞ』

 きょとんとするレネに杜人は予想通りと頷きながら説明する。

「あ、そっか」

『ちなみに端末石から魔法を使わないか、決められたものしか使わないなら接続を自動化できるがどうする?』

「それは嫌」

 レネの脳裏に浮かぶのは杜人が動かす端末石から放たれる無数の霊気槍である。大魔法を自由自在に放つのは魔法使いにとって夢であり、杜人はある程度それを実現しているのだ。そのためそれを逃す選択肢はレネには無い。ちなみに星天の杖は強制発動なので問題外である。

「ぬぬぬ……、動け、動け」

『練習用だから魔力が通れば光る。しばらく頑張れ』

 端末石を懸命に見つめるレネをそのままにして、杜人は慰めるおやつは何が良いかと考え始めた。




「……動かないよぅ」

『接続すら出来ていないのだから仕方がないだろう』

「う……、そうだ。モリヒトはどうやって接続しているの?」

『ん? 俺は接続術式を追加すれば良いだけだからな。生身では練習して習熟するしか方法はないぞ』

「ずるい……」

『練習すればできるのだから、練習あるのみだ』

 涙目のレネを杜人は慰める。魔導書である杜人とは異なり、レネは自分の感覚で制御しなくてはならないので、ここは言葉で説明できるところではない。そのためこうなるだろうと予想しておやつを準備したのだ。

『ところで、根を詰めてもはかどらない。おやつを準備したから休憩しよう。今日はなんとチョコレートジャンボパフェだ!』

「うん、ありがとう」

 回転して踊る杜人にレネは微笑んだ。もちろん慰めてくれていると分かっている。そのため素直に感謝したと同時に青白い流星が杜人に殺到した。

『んなぁ! ……お、踊っていなければ直撃していた。さすが俺、なんてすばらしい身のこなしだ……』

 杜人は動いている最中だったために顔を引きつらせながらもかろうじて回避に成功し、がっくりと座卓に手をついた。それでも冗談を言う余裕はまだあった。

 レネは驚いていたが、光が飛び去った後の座卓が抉れているのを見て、その先の壁に端末石がめり込んでいるのを確認し、何が起きたのかを悟った。

「もしかして、暴走?」

『もしかしなくてもそうだろう。しまったな、その辺りは考えていなかったぞ。下手に制御すると不可視念手の練習にならなくなる。さて、どうするか……』

「え、そうなの?」

 杜人は魔導書のため魔力を完全に制御できる。そのため暴走のことをすっかり忘れていた。ところが普通の人には無意識という一番厄介な暴走領域が存在している。そして不可視念手は手足のように自在に動かせなければ使い道が限定されるため、普通の人が使う場合は無意識の領域が大切になるのだ。

 レネと杜人は無言で見つめ合い、次に端末石がめり込んだ壁を見て、抉れた座卓を確認してからもう一度見つめ合う。そして双方にっこりと微笑んだ。

『諦めないか?』

「そんなこと言わないで。練習中は移動速度に制限をかければ大丈夫だよね? ね?」

『ぬぅ……、それしかないか』

 レネは手を合わせながら懇願する。杜人は嫌な予感に襲われたが、それなら大丈夫かとしぶしぶ了承した。注意などをきちんと行いながらも、レネには甘い杜人であった。

 そしてしばらくの間、ジンレイの主な仕事に屋敷の補修が加わった。そして杜人は回避技術が劇的に向上したのだった。




 その後、レネは不可視念手も憶えて使いやすいように改良し、杜人に了承を受けてからエルセリアとセリエナにも教えた。もちろんレネと杜人は暴走しないように細心の注意をもって術式を改良し、幾たびも実験を繰り返して使い勝手と制限の両立を目指した。だからどちらも完璧だと思っていた。

「きゃあぁぁ!?」

「ご、ごめんなさい。……あ、あれ? 止められない?」

「……私には無理そうです」

『何故だ。術式は完璧なはずなのに……』

 しかし、エルセリアの不可視念手は簡単に暴走してレネを捕まえて離さず、セリエナは逆に動かすことすらできなかった。その惨状に杜人は頭を抱える。助けようにもエルセリアの構築する不可視念手のほうが強くて杜人のものは弾かれてしまうのだ。

 そのため騒ぎはしばらくの間続き、結局最後はシャンティナが魔法陣を破壊することでようやく収まった。

「おかしいなぁ、他にも似たような魔法はあるのに……」

「……どうしてなんだろうね?」

 騒ぎの後、レネは原因が分からずに首を傾げる。エルセリアは吹き出る汗をごまかしながら、素知らぬ振りをした。

「どうにかなるのですか?」

『無理かもしれん』

 何となく原因を悟ったセリエナと杜人は、乾いた笑みを浮かべながら二人を観察している。そして一緒に居たシャンティナは、危険はないと本能で理解しているので出されたおやつをゆっくりと食べ、嬉しそうにリボンを揺らしていた。

 結局、エルセリアがきちんと制御できるようになるまで、ジンレイの屋敷にはレネの悲鳴が鳴り響くことになった。

 そしてシャンティナは救出の都度おやつにあり付けていたので、制御できるようになったときに少しだけリボンを寂しそうに揺らしたのであった。
これで第三章は終了です。
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