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黒姫の魔導書 作者:てんてん

第3章 活躍と暗躍は大親友

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第20話 食らい食らわれるもの

『シャンティナ、そいつをそこから動かさないようにしてくれ。多少の死霊はこちらで片付ける』

 杜人の呼びかけにシャンティナは無言で頷くと、攻撃の対象を角骸骨に絞ってその場から動けなくする。杜人は端末石に霊気系障壁をまとわせると、レネの周囲を飛び回らせた。

 レネは敵の対処を二人に任せて、やるべきことを遂行していく。角骸骨から一定距離の場所まで移動し、手に持った結晶を置いて起動させた。

「目覚めよ」

 レネが合言葉を唱えると、結晶から白い光の柱が発生する。それを確認してから次の場所へと移動していく。当然そんな怪しい挙動を角骸骨が見逃すはずもなく、己が動けないのでローブの闇から生み出した新たな死霊をレネの元へと送り出していた。

 それを杜人が端末石を網の目のように動かして倒していくのだが、見えないのであてずっぽうで動かすしかない。

『いやあ、思ったより来るな。漏れも多いし、これは後で練習だな』

「あっさり言うなぁ!!」

 わははと明るく笑う杜人にレネは涙目になりながら叫んだ。

 大部分は高速で動かしている端末石で撃退しているのだが、稀に警戒網をすり抜けた死霊がレネまで到達していた。もちろん触れた途端に障壁の力で凍り付いて粉々に砕かれているのだが、幽霊嫌いのレネにとっては悪夢である。

 時間を掛けて覚悟を決め、戦闘の興奮と直接触れられないからこそ我慢できるのであって、落ち着いたら確実に夢に出てきそうな状態である。それでもレネは足を止めずに動き続けた。

 その様子にこれではらちが明かないと悟った角骸骨は、巨大な八本の腕を縦横無尽に動かして邪魔なシャンティナを攻撃するが、シャンティナはそれ以上の速さで手足を動かしてそれをいなす。

 武術としての技は学んでいなくても体さばきや基礎修練は学んでいる。そしてそれを飽きることなく繰り返してきた結果、小手先の技が必要ないほどの独自の動きを習得していた。

 すなわち、優れた動体視力で攻撃動作を見切って素早く回避し、打たれても硬い防御膜があるので無視して行動する。掴まれたらこれ幸いと触れることで動かせなくなった部分を粉砕し、逃げようとすれば回りこんでそれを阻む。レネの手によって十全の力を発揮できるようになった、一騎当千の戦術兵器がそこに降臨していた。

 角骸骨の、最初はどんなに強くても所詮はひとりと余裕に見えた眼窩の奥の揺らめきも、徐々にいつまで続くのかと戸惑うように揺れ始め、動きを封じられた今では全力を振り絞っているかのように爛々と輝いている。それでもシャンティナは変わらぬ無表情で、リボンを楽しげに揺らしながら指示された通り角骸骨をその場に留めていた。

「良し、あと半分!」

『お、叫びが来るぞ!』

 杜人は死霊を滅ぼしながら角骸骨を観察していて、閉じていた口が大きく開かれたのを見てレネに警告を出した。それを聞いたレネはその場にしゃがみこむと耳を両手で塞いだ。やがて恐怖を引き起こす絶叫が響き渡り、障壁が対抗して輝きを放つ。レネは身体に力を入れて息を止め、脳裏に響く絶叫が通り過ぎるのを待った。

「くうぅ、分かっていてもこれはつらい」

 通り過ぎてから、レネはがっくりと両手をついて息を整えながら頭を振る。先程のように不意打ちではないのでそれほどでもないが、だからといって楽になるわけでもない。

『大変だな。俺は耐性がついたからただの叫びにしか聞こえなくなった。これがその術式だ。持続時間は短時間だが十分持つだろう。……そんなに見つめられたら恥ずかしいじゃないか』

 もう平気になった杜人は精霊結晶に得た耐性の術式を封入するとレネに渡す。レネはもっと早く渡して欲しかったという目で杜人をじとっと見たが、杜人が言葉とは裏腹に胸を張ったので、そっとため息をつくと黙って魔法を発動させる。そして白い光が周囲に張り巡らされたのを確認してから、立ち上がって再び動き始めた。

 それを見た角骸骨は大量の死霊を向かわせ、効果がそれなりにあった叫びも連続で放つが、耐性障壁をまとっているレネの脳裏には聞こえなくなっている。

『かなり焦っているな。必殺の攻撃が無効化され、単なる攻撃で動きを封じられているのだから当たり前か』

「これで広域の攻撃魔法を使えたら違ったんだろうけどね。……目覚めよ。良し、あとひとつ!」

 群れ集う死霊の王が通常の魔法を使うという伝承は存在しない。そもそも閉鎖空間や無数の死霊を操り、無限に再生する時点で強力な魔法を使っているとも言える。そして普通の人なら死霊に囲まれた時点で防御する術を持たないので終わりなのだ。

 杜人が作り上げた魔法とレネの膨大な魔力が合わさることによって、今の余裕が生まれている。だが二人とも巨大な角骸骨相手に一歩も引かずに舞い踊るシャンティナが凄すぎて、自分達も凄いという実感が無いのだ。

 レネは纏わりつく死霊を意識の外に締め出して最後の地点に走りこむと、慌てずに結晶を置いて起動させた。

「目覚めよ。……できた!」

 最後のひとつから光の柱が発生すると、周囲の柱が呼応するように光を増して互いを結びあい、光の八角柱を形成する。それを確認したレネは、大きな声でシャンティナに呼びかけた。

「外に退避してー!」

 その声を聞きつけた角骸骨がシャンティナを無視して逃げ出そうとするが、そんな行動をシャンティナが許すはずも無く、肋骨を両手で掴み取るとそのまま強引に縦回転を行い、巨大な槌を叩き付けるように勢い良く頭から床に叩き付けた。

 実体を持たない角骸骨だったが、さすがに自ら生み出した空間の制約には縛られる。そのためすり抜けることなく床に激突し、頭部を胴体にめり込ませて少しの間動かなくなった。

 その隙にシャンティナは飛び上がって一気にその場から離脱し、回転しながらレネの横にふわりと着地する。そこまで大きな動きをしても、鉄壁の守りは仕事を全うしている。長時間の戦闘をこなしたはずなのに、その顔には汗も無く息の乱れもまったく無かった。

『良し、発動!』

「行くよ。八極星天陣!」

 レネは手を勢い良く振り上げて、次に光の八角柱を指差しながらはっきりと合言葉を唱えた。すると八角柱の内部に幾何学模様の魔法陣が浮かび上がり、柱面にも床から模様が立ち上がっていく。そして最後に天井面を塞いで内部と外部を完全に切り離した。

 角骸骨はようやく動けるようになってから脱出しようと境界面に攻撃を繰り出したが、光の八角柱は揺らぐことさえない。

 観察していたレネは、八角柱から発生している恐ろしいほどの魔力量に目を見開いて驚いていた。発生規模は小さいが、感じられる魔力量は天級を超えているような気がしたのだ。そして巨体が体当たりしても小揺るぎもしない様子から、これなら精霊結晶を使い捨てにするのも頷けると、普通の魔法使いならしない杜人の規格外な発想にくすりと笑った。

「良し、汝の主たる我が命じる。転変の力を記述せし章の封印を解放せよ!」

『主からの封印解除命令を受諾、第三章【転変】、封印解放!』

 杜人の宣言と同時にレネは身体の中で魔力が強烈に渦巻き始めたのを感じ、思わずしゃがみこむと両手で身体を抱きしめる。こうしていないと身体が引き裂かれそうだった。

 うめきながら額に脂汗を流し始めたレネをシャンティナが抱き上げ後ろに下がる。それを確認した杜人は長引かせないためにすぐさま行動に移った。

『では仕上げだ。効果がまだ不安定だから倒せるとは限らない。絶対に油断するなよ。シャンティナはレネを頼む。同調率最大化、優先処理設定変更、構築開始』

 杜人は集中してレネとの同調を最大にし、魔法陣を構築し始めた。八角柱の床面には青白い魔法陣が展開され、眩い光の柱が立ち上がる。

『……発動、滅霊天域!』

 そして最後に角骸骨を指差すと、現状における霊気系最大の広域魔法を発動した。同時に八極星天陣が力を発揮し始め、周囲の魔力を取り込みながら滅霊天域を右肩上がりに増幅していく。

 普通の魔物であれば一瞬で消し飛ぶ濃密な光の奔流に呑まれながらも、角骸骨は叫びながら抗い続けた。だが、それも長くは続かず、いつしか身体は光にかき消されるように端から消滅していき、漆黒の空間がひび割れながら崩壊していく。

 そして光の柱が消え去った後には、角が生えた黒い髑髏が残されているだけとなり、杜人達は無事に通常空間に復帰できたのだった。





 杜人は即座に第三章の再封印を行うと、タマとジンレイを呼び出しシャンティナからレネを受け取った。身体を苛んでいた負荷から解放されたレネは、タマの上に寝そべりながら弱々しく杜人に抗議する。

「し、死ぬかと思ったよ。杜人の嘘つきぃ」

『それだけ言えるなら、十分元気のうちに入るだろう』

 閉鎖空間から解放されて安心しきったレネとは裏腹に、杜人とシャンティナは警戒を解くことなく床に落ちた髑髏を見ていた。その様子にレネも再度緊張して髑髏を観察したが、しばらく待っても髑髏が動き出す様子はないため、力を抜いてからほっと息をはいた。

「大丈夫そうだね。魔法具の変化だったんだ……。この間の残りなのかな?」

『そうかもな。……ジンレイ、滅ぼせ』

「承りました」

 杜人は警戒を解くことなく手短に答えると、ジンレイに髑髏の破壊を命じた。意外な杜人の言葉にレネが目を瞬かせているうちに、控えていたジンレイがレネ達の前に進み出る。

 ジンレイは両手を胸の前で合わせ、素早く広げると両手の間に稲妻のような黒い光が現れた。そして次の瞬間には、白い模様が刻まれた黒槍が右手に握られていた。

「おおー、お!?」

 レネは現れた槍を見て目を丸くして驚き、次にそれまで動かなかった髑髏が突如宙に浮かび上がったために再度驚いて手を握りしめた。

 浮かび上がった髑髏はこれから何が起きるかを理解しているかのように、ふらつきながら奥へと逃げ始める。

 その様子にジンレイは目を細め、足を前後に広げて槍を投擲するために振りかぶる。槍から放たれ始めた白と黒の輝きは、生きているかのように脈動していた。

「穿て」

 ジンレイは一言呟き、全身の力を込めて槍を放った。槍は白と黒の光を放ちながら渦巻いて飛翔し、瞬く間もなく逃げていた髑髏に追いついた。





 『それ』はいつから存在していたのかを憶えていない。ただ憎しみの炎は最初からあった。だから、心の深淵から来る欲望のままに、迷宮に来る人の命を啜っていった。やがて力をつけた『それ』は、機会を得たときに迷宮を飛び出して近くにあった街に行き、そこで生活していた人々の命を貪り、その力と知恵を増していった。

 賢くなった『それ』は、力を増すために移動しながら効率的に命を貪り続けていた。そうしているうちに滅ぼせないが力を削り取ることができる存在と出会い、せっかく溜めこんだ力を失ってしまった。

 この体験によって、賢くなった『それ』は己を二つに分割すると、片方を魂の器物に封じると迷宮にて眠りにつかせることにした。そして分身が滅ぼされたら目覚め、力を溜めた後に再度分裂し、眠りにつくことを繰り返すようになった。

 何度倒しても現れるので人々は『それ』を恐れた。やがて眠っていた器物が偶然発見されたが、破壊することができないと分かっていたので気にしなかった。魂の器物は物質のように見えるが実際はまったく違うものであり、砕かれても滅びないのである。滅ぼせるのは己と同種の存在のみ。そんな存在には出会ったことがなく、だから安心していた。

 外界と干渉できないように封印されるという誤算はあったが、時間を気にしなくなっていた『それ』にとっては大したことではなかった。『それ』は存在が忘れられる程の歳月を器物の中でおとなしく過ごし、やがて年月によって緩くなった封印の隙間から外界へと干渉し、装着者の命と記憶を食らいながら力を回復していった。

 そして遂に封印を完全に解放し、外に出ようとしたところで記憶に引っかかる小さな存在に出会った。無視しても良かったのだが、なかなか良い力が揃っていたので己の内側に取り込み命を啜ることにした。

 まさかその小さな存在が己より強いとは思わない。気がつけば攻撃は一切効かず、それまでほとんど触れられたことの無かった身体まで干渉された。そして最後には、溜めこんだ力を残らず消し飛ばされることになってしまった。

 全ての力を失っても、『それ』はまだ滅んでいなかった。滅ぼせるのは同種のみなので、安心して器物に潜みながら機を待った。だが、そこで『それ』は初めて己と同種の、だが決定的に何かが違う存在が出現したことを知覚し、初めて感じた滅びの恐怖に震えながら逃げようとした。

 しかし、現れた存在は『それ』を逃がすことなく食らいついた。力を失っていた『それ』は、侵食してくる強い意思に対抗できず、己の意識を消し飛ばされていく。

 こうして太古の昔に生まれ、『群れ集う死霊の王』と呼ばれ恐れられた存在は、滅びの恐怖に泣き叫びながら、欠片も残さず消滅していった。




 白と黒の光が髑髏に接触したその瞬間に空間全体を震わす絶叫が響き渡り、レネは思わず耳を押さえてしゃがみ込む。突き立った槍は髑髏を粉砕しながら渦に飲み込み、そのまま飛び去っていった。

「完了致しました」

「さ、最後の最後で油断したぁ」

『いや、これは予想外だったな』

 ジンレイは優雅に頭を下げると後ろに下がり、レネと杜人は耳を押さえた手を下ろして頭を振った。最後の絶叫は何の効果も無いものだったので、獲得した耐性が働かなかったのだ。ちなみにシャンティナは平然としている。

「ふぅ……。けど、どうしてまだ生きているって分かったの?」

『そんなこと分かるわけがないだろ。最初に決めた通り、放置は問題外だから力を失っているうちに処置しただけだ。それに物語などで最後に油断して逆転される展開はよくあることだからな。といっても、その辺りは俺達が居るから、そんなに気にしなくて良いぞ』

 不思議そうなレネに杜人は普通に答える。取り込んでも良かったが、あれだけしぶといと中から食い破られそうで嫌だったのだ。力も順調に回復しているし、わざわざ心配の種を抱える必要はないと理由も考え付いたので迷わなかった。もちろんレネにそんな情けない理由を言うつもりは無い。

 そして油断したことを真面目に指摘するとレネは確実に落ち込むので、注意喚起程度に留めていた。レネは言われたことを気にするほうなので、こう言っておけば次回はきちんと注意すると短い付き合いだが分かっているのだ。

 それに明日は、確実に封印解放の反動で苦しむことになる。そのため今回くらいは良いだろうと情けがたっぷりと含まれていた。

 そんな配慮を知らないレネは、納得して微笑みながら頷く。

「そうなんだ……。あれは似たような魔法具を誰かが作って、それが魔物化したで良いんだよね?」

『当たり前だろう。伝承通りならあんなに弱くないだろうし、伝説級の魔法具がないと倒せるわけが無い。誰が作ったのかは知らないが、所詮は伝承を基に作られた劣化品だ』

 そうだよねとレネは笑い、杜人も同じように笑う。一応常識的な世界に生きているので、判断もそれなりとなる。自分の立ち位置は意外と見えないものなのだ。

『さて、帰るか』

「そうだね。……結局使い物にはならなかったなぁ」

 影供の粉末を効果的に使えるのは見えない敵の姿をあぶりだすときで、効果を発揮させるためには広範囲に撒かないと駄目ということが分かった。そしてそれにはかなりの魔力と制御力が必要であり、普通の魔法使いでは使う利点がないとレネは結論を出していた。

『役に立たないものが出るのが普通なのだから気にするな。余っているなら、試しに学院に幽霊が居ないか確認したらどうだ?』

「そんな怖いことできるわけ無いでしょ!」

 杜人のからかいにレネは頬を膨らませて抗議する。実行して、万が一いたら排除しても怖くて歩けなくなるのは確実である。それなら見えないのだから知らないほうが良い。

 ジンレイはレネと杜人のじゃれあいを聞きながら何も言わずに温かい笑みを浮かべ、シャンティナはリボンを楽しげに動かしていた。
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