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黒姫の魔導書 作者:てんてん

第3章 活躍と暗躍は大親友

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第19話 迫り来る恐怖

 膨れ上がった結界は群れる死霊を白い光で吹き飛ばしながら拡散し、役割を終え消え去った。

『駄目か。きちんと完成していれば、あれで滅ぼせるはずなんだがな』

「これでも十分だよ」

 杜人は残念そうに言うが、かなり遠くまで吹き飛ばしたので空間に余裕ができ、楽に動くことができる。そのためレネは落ち着いた手つきで粉末を鞄から取り出せ、簡単に流砂雲の領域を大きくすることができた。

 やがて雲の領域に入った死霊が粉末を付着させ、輪郭をおぼろげに現しながら駆け足より速く向かって来る。それを確認したレネは杖を握り締めて睨み付けると、腹に力を入れて叫んだ。

「やっちゃえ!」

『任せろ、霊気槍!』

「お任せ」

 杜人が端末石を操って霊気槍を連射し、シャンティナが素早く動いて撃ち漏らしを片付けていく。霊気槍の直撃を受けた死霊は悲鳴をあげることなく青白い光に包まれて消滅し、シャンティナの攻撃を受けた死霊は青白い炎に燃やされて消滅していく。

『ふはははは。見ろ、我が霊気槍の威力を。効果は抜群だ!』

「抜群だー?」

 杜人の真似をしながらシャンティナも縦横無尽に走り回って死霊を一撃で駆逐していく。よほど楽しいのか、リボンははちきれんばかりに振られていた。

「モリヒトは光でシャンティナは炎なんだね。そして私は氷。思い描くものが違うからかな」

 レネは空いている手を見つめて、同系統の魔法なのに現れ方が違うことに首を傾げた。ここまで一方的になると、さすがにおどろおどろしい姿を見ても怖いとは思わない。

『明確な理論がまだ無いものだからな。厳密に言えば違う系統なのだと思うが、必要な効果は一緒だからとりあえず気にしなくても良いだろう。さて、終わりか?』

 シャンティナが滅ぼした死霊を最後に、勢い良く押し寄せていた死霊の姿は無くなっている。だが、未だに周囲の空間は元に戻らないため、三人とも警戒は解いていない。レネは今のうちにと魔法薬を飲んでおき、シャンティナにも渡しておいた。

「もしかすると、大元を倒さないと駄目なやつかな。お話とかだとよくあるよね」

『あれか、苦心して倒したのに今までのは単なる雑魚で、大物が出て来ましたさあどうしましょうと盛り上げる……。そんなものは物語の中だけにしてほしいところだ。しかし、もしそうなら後のために少し実験すれば良かったな』

 レネは流砂雲の範囲を更に広げながら不安そうに聞いてきたので、杜人は肩を竦めると笑って軽めに答えておく。

 もっと深い階層を探索できる実力者でも、有効な対抗手段が無ければあの死霊の集団だけで何もできずに終わってしまった可能性が高かった。そのため幽霊を苦手とするレネのこともあり、杜人は遊ぶ余裕なしと判断して殲滅を優先し、他の攻撃が効くかを試さなかった。結果的にはレネが予想以上に持ち直したので余裕があったわけで、今だから言える軽口である。

「やめておいて正解かも。あれだけ倒したのに魔石がひとつもないから、知られている幽霊系の魔物とは違うような気がする。隙を見せたら困ったことになったかも知れないよ」

 そう言うとレネは背筋を震わせて身体を抱きしめる。

 迷宮には魂魄珠のように実体を持たない魔物もいるし、人の姿をとる魔物も確認されている。どれも剣などの攻撃が効かず、特化魔法が開発されるくらい魔法も効きにくい。但し、倒せば魔石を残すことだけは共通している。

 レネはそれらの魔物については、調べて知っているので怖がりはしない。怖いのは得体の知れない幽霊であって、幽霊のような魔物ではないのだ。そのため魔石を残さなかった死霊達はやっぱり幽霊ではないかと思ったのだ。

 そんなレネの前に無言でシャンティナが移動し、暗闇の先を見つめた。リボンは警戒するように逆立っている。それを見た杜人はやっぱりかと力なく笑った。

『来たか?』

「来ました」

「あうう、そんなお約束は要らないのにぃ……」

 レネは涙目になりながら流砂雲に粉末を更に追加し、どこから来ても良いように密度を均一に配置する。杜人も端末石を動かして即座に結界を張れるようにしておいた。そして遂に、シャンティナが見つめる方向の流砂雲に変化が訪れ、近づいてきていた存在の姿が露になる。

 八本の腕を持つ黒い骸骨の上半身に端が闇に溶け込んでいるローブをまとい、腰から下は闇と同化している。眼窩には赤黒い光が灯っていて、額には一本の角が生えていた。そして何より上半身の大きさだけでもレネの三倍はあった。

「うわぁ、けどさっきの死霊より良いかな。あれ? どこかで見た覚えが……」

 現れた姿を確認したレネは、あまり怖くない外見に安堵した。そしてどこかで見覚えがあると首を傾げる。

『わざと姿を現したのか? なんにしても先手必勝!』

 色彩が認識できたことから杜人はそう判断し、迷うことなく端末石から霊気槍を一斉に放つ。その連撃によって一気に身体に穴を開けたのを見て、レネは効いていると笑顔になった。

「やった!?」

『……いや、駄目だな』

 確かに穴が開いて効果はあるとは分かったが、その穴は攻撃が止むと巻き戻されたかのように瞬時に修復されていた。その後も何度か攻撃するも、結果は同じだった。そしてその攻撃を気にするそぶりすら見せずにゆっくりと近づいてくるので、本当に効いていたかが疑わしくなった。

 そんな時に、初めて角骸骨が動きを見せる。一度レネ達を見つめると口を大きく開き、音無き叫びを周囲に放ったのだ。

「きゃあ!?」

『のわっ』

 レネと杜人は耳を押さえたが、シャンティナは平然としている。同時にレネとシャンティナの障壁が光を放ち、何らかの干渉があったことを知らせた。そして集中が途切れることによって操作していた流砂雲の魔法が解除され、周囲の床に粉末が飛び散った。障壁のほうは時間継続型なので無事である。

 そんな隙だらけのレネに叫び終えた角骸骨が速度を上げて突進してきたため、即座にシャンティナも突撃して拳から白い炎を広範囲に放ってレネへの接近を阻む。そしてそのまま近接して攻撃を始めた。しかし、シャンティナが触れるとその部分が白く燃え上がって消滅するが、即座に再生してしまう。触れても感触がないので、リボンは不満げに揺れていた。

 次にシャンティナは連続攻撃で一気に削り取ってみるが、とにかく大きいので削る端から再生しているのを確認した。そのため更に魔力を活性化させると、とりあえず遠くに引き離すために以前に覚えていた杜人を触る感覚を呼び起こす。するとそれまですり抜けていた角骸骨の身体に触れることができるようになったため、おもむろに腕を掴み取ると力任せに放り投げた。

「邪魔」

 ここで初めて角骸骨が驚いたように目の光を揺らめかせるが、シャンティナは一切気にせずに攻撃を再開した。



 一方、ようやく脳裏に響いた叫びから回復した杜人は、何があったかを調べ始めた。レネも頭を振りながらなんとか立ち上がる。

『……げ、今のは精神干渉攻撃だ。まともに聞くと、恐怖で何もできなくなるぞ』

 杜人は魔導書の記録を読んで今の攻撃が何であったかを悟り、顔を青ざめさせる。杜人には影響はないが、生身のレネとシャンティナが防御無しに受ければ強烈な恐怖を植えつけられて恐慌を起こす性質のものだった。直接精神に干渉するので、対応した防御手段を行っていなければこれだけで終わりである。

 杜人の説明にレネはやっと記憶にある知識が結びつき、近づいてきている角骸骨の正体に思い至った。

「ああっ、分かった! あれ、『群れ集う死霊の王』にそっくりなんだ! 角を持った八本腕の黒い骸骨。漆黒の闇と無数の死霊を引き連れて現れ、その声を聞いた者は正気を失い、触れられた者は闇に飲まれて消滅するその日まで安息を得ることはない。……まずいよ、本物なら剣も魔法も無効化されちゃうよ!」

 図書館で見た伝承通りの力に、レネも顔を青ざめさせる。そして杜人と共に急いでシャンティナに目を向けると、問題なく戦っている様子に安堵した。

『障壁の効果は発揮されているようだし、一応戦えているな』

「だね。……似ているだけなのかな。でも、油断はできないみたいだよ」

 見れば、攻撃してもすぐに再生されてしまっていた。そのため杜人は、まずは対策を考えねばと腕組みをする。

 現時点でこちらから攻撃をして確認をするわけにはいかない。もし本物だった場合、せっかくシャンティナが引き付けているのに無駄にしてしまうからだ。だから杜人は、少なくとも霊気系の魔法は効くと分かっているので、最悪を想定し本物として考えることにした。

『伝承ではどうやって退治したんだ?』

「普通に英雄が現れて聖剣で倒しているのがほとんどだよ。ただ、うちの国では出現していないから、記録の信憑性は分からないんだよね。最後の出現記録も二千年以上前だし、そもそも強大な力を持っているのに被害が局地的だから、存在自体が怪しいと考えられているんだよ。だから、今では強力な疫病を魔物として表現したものではないかって言われているみたい」

 レネは力なく微笑んで杜人を見つめた。レネは実際に居たとは思っていなかったが、もし居たのならば、迷宮から稀に発見される国家で管理をしなければならないほどの魔法具を使わなければ無理と結論を出していた。つまり、本物なら打つ手がないことになる。

 けれど、杜人は今までもレネが無理と思っていたことを、いとも簡単に達成してきた。実際はかなり無理をしていたのだが、杜人はそれを表には出していない。だから見つめる瞳には不安と大丈夫だよねという願いが込められていた。

 シャンティナの戦闘を観察していた杜人は、そんな風に見つめられているとは知らずにいつも通りふらふらしながら腕組みをして考えていた。

 魔導書の記録からここが閉鎖された空間であることは分かっていて、そんな空間を維持するには莫大な力が要ることはジンレイが居るので簡単に推測できる。そしてその発生基点が角骸骨であることは、いつまでも再生を繰り返す様子から間違いないと結論を出した。

 方針を決めた杜人はいつも通り回転して無意味な決めポーズをすると、自信ありげに話し始めた。もちろん本心では情報が足りないので成功するかは賭けだと思っているが、ここで不安を与えても成功率が落ちるだけなので言わない。

『良し、逃げる分には倒す必要はない。この空間自体はジンレイと同質のものだろうから、核となる本体を強制的に切り離してから強引に削り取れば空間を維持できなくなる。それで倒せれば良し、生き残った場合は空間が解除されたら一目散に逃げる。これで行くぞ』

 ここではあえて解除されない場合は言わない。言っても不安を煽るばかりであり、そもそも失敗したら打つ手が無くなるので遠からず死ぬことになるからだ。だから今回は出し惜しみしないことに決めた。

「分かった。それで、私はどうすれば良いの?」

 レネはいつも通りの杜人に安堵し、目を輝かせて答える。自分なりに何ができるかを考えていたのだが、今の障壁を組み直して攻撃用に改造しても、使えるのは上級魔法までなのであの再生力を突破できるとは思えなかった。そしていつも杜人は変な発想と奥の手を隠しているので、それに従うのにためらいは無かった。

『まずはこれを渡しておく』

 杜人は透明な拳大の精霊結晶を魔導書から八つ取り出しレネに渡した。レネはこれが既に魔法具となっていることに気がついて術式を解析してみるが、暗号だらけでさっぱり分からなかった。

『それは広域増幅の検討用に作っていた術式を封入したもので、八個一組で動作する。未完成だから消費魔力も恐ろしく大きくて、外部の力に頼らないと発動できないんだ。精霊結晶を使い捨てにするのはもったいないが、術式を改良する暇もない』

「それは仕方がないね。また取りに行けば良いから気にせずに使おう」

 レネは頷くと結晶を鞄にしまい、使わない彗星の杖を魔導書に戻した。ここで惜しんでも死んだら意味がないのだ。角骸骨の限界が見えない現状では、持ちうる最大の札を使うのは当然のことだとも思っている。そのため使うこと自体にためらいはない。

『手順はこうだ。まずシャンティナが抑えているうちに、囲むようにそれを配置していく。起動の言葉は【目覚めよ】だ。置いていく都度個別に起動させてくれ。後は八つ定位置に配置された時点で連結されて待機状態となるから、【八極星天陣】と言えば魔法が発動する。結界も兼用しているから、シャンティナを逃がすのを忘れないでくれよ』

「分かった。気をつける」

 レネは今も戦い続けているシャンティナに目を向けて頷く。見捨てる選択肢はないので、見誤らないようにと心に刻み込んだ。

『次に第三章の封印を解除する。これによって消費魔力が強制的に削減されるから、力を削るために使う魔法に上級を超えるものを使えるようになる。強制解除のため、おそらくレネの身体にはかなりの負荷がかかるが我慢してくれ。文言は【汝の主たる我が命じる。転変の力を記述せし章の封印を解放せよ】だ』

「それは良いけど、明日起きられるかな」

 身体に反動があると聞いていたので、レネはどの程度なのだろうと困ったような笑みを浮かべた。こんなことなら一度経験しておけば良かったと思っても後の祭りである。杜人は肩を竦めると同じように笑った。

『それは何とも言えない。あれからそれなりに力も増えたから、死ぬことはないとしか今は言えないな』

「死なないなら良いや。続けて」

 杜人はにやりとわざとらしく笑い、レネは微笑むと話がずれたので続きを促す。

 シャンティナを見ると、角骸骨を攻撃しながらたまに何も無い空間に手を振って、そこに居た死霊を焼き尽くしていた。レネのところに来ないようにかなり大きく動き回っているので、限界が来る前に実行に移らねばならないのだ。杜人も分かっているので、多少早口になって説明を続けた。

『封印を解放した後は俺が開発中の霊気系広域魔法を発動する。また限界まで魔力を使うから、倒れる前に魔法薬を飲んでくれ。これでかなりの力を削れるだろうから、この空間を維持できなくなるはずだ。後はおとなしくなればジンレイを呼び出して止めをさし、まだ動けるようならタマを使って急いでその場を離れる。以上だ』

 レネの魔力が無くなれば今の障壁も維持できなくなる。それは角骸骨相手には致命的な弱点となる。欲張ってもろくなことにはならないので、倒しきれない場合は止めをさすのを最初から除外していた。

 そして魔力効率で言えば霊気槍を増幅したほうが良いのだが、霊気槍は単体に対する魔法なので万が一中核を撃ちもらして再生されては元も子もない。そのため開発中だが広域に作用する魔法を使うのだ。

「分かった。……最初の頃より確実に危ないはずなのに、全然そう感じないね。どうしてかな」

 説明を聞き終えて微笑むレネに杜人も笑顔で答える。

『今回はひとりで敵を引き付けることができるシャンティナがいるし、持ち込んだ道具にも余裕がある。何より弱らせれば良いだけで、敵を倒す必要がない。要するに、面倒なだけで命をかける必要がないからだろうな。まあ、その中でも一番はシャンティナだろうな。居なければ、こうやって悠長なことをしている余裕はなかっただろう』

「そっか、それもそうだね。それじゃあ、終わったらお祝いに少し良い物を一緒に食べようかな」

 最初はどうなるかと思ったが、今では立派な護衛である。そのお礼を兼ねて無事に帰れたお祝いをするのも良いとレネは考えた。

『それは良いな。ではいつか行くと言ったあの店に行ってみるか。今の稼ぎならお祝いに使っても背伸びにならないからな。そしていつかは常連を目指そうか』

 杜人も笑顔で賛成する。そして互いに笑いあうと頷き、表情を引き締めて敵を見る。

『さて、行くか』

「うん、行こう」

 杜人の静かな呼びかけにレネも気負うことなく静かに答えると、この状況を終わらせるために一つ目の結晶を握り締めて走り始めたのだった。
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