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黒姫の魔導書 作者:てんてん

第3章 活躍と暗躍は大親友

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第18話 蠢く闇

 闇に飲み込まれた杜人は、結界内に闇が侵入してこないことを確認して安堵する。

 霊域結界は霊気系魔法を開発していたときに副産物として生まれたものなのでまだ安定しておらず、端末石の補助がないときは長時間維持できない魔法であった。

 実体を持たない霊的な存在の侵入を防ぐ効果があるはずなのだが、実際に使ったのは今回が初めてなので本当に効果があるかはまだ分からない。それでも普通の攻撃や魔法なら魔法具の斥力障壁で何とかなるので、万が一を考えて杜人はこの結界を使用していた。

 結界の外には闇が広がり何も見えなくなっているが、結界内の床も周囲と同様に見えなくなっている。そのため杜人は、闇というより別空間に取り込まれたようなものと判断していた。

「ね、ねえ、何がどうなったの?」

『分からないが、良いことではないだろうな』

 杜人は念のためにタマを呼び出そうとしたが出来ず、ジンレイも呼んでみたができなかった。訝しみながら思考の中で記録を確認すると、特殊閉鎖空間のため構築不可、現在解析中とあった。そのためレネが持つ鞄に近づいて試しに魔導書から取り込んでいた魔石を取り出してみると、そちらは問題なく取り出せた。変な制限だが、何にしても盾にできるタマを出せないため、気をつけねばと気を引き締める。

 レネは不安そうに彗星の杖を抱きしめながら周囲を見回している。こんな闇に閉ざされた雰囲気は嫌いなので背筋が寒くなって震えそうになっているが、杜人とシャンティナが一緒にいるので堪えることができていた。ひとりならこの時点でへたり込み、声も出ないくらい怯えて泣いている。

 そんなレネの耳に、なにやら唸り声のような変な音が聞こえたような気がした。そのため怯えながら周囲に視線を巡らせるが何も見えない。杜人とシャンティナの様子は変わらないので最初は気のせいと思ったが、再び聞こえて来たので思わず前に居る杜人を掴んで胸元に引き寄せてしまった。

『のわっ! こ、こら』

「な、何か変な声が聞こえない?」

 いきなりのことに杜人は驚いたが、レネの怯えようを見て注意するのを後回しにして耳を澄ました。

『……どこかで風が唸りをあげているような音が聞こえるな』

「あれです」

「え?」

 杜人が小さな音を認識したところで、静かにしていたシャンティナが右手をあげて正面右側を指差した。つられてレネがそちらに視線を向けたと同時にその部分の結界が強く輝き、一瞬だけへばりついた、血の涙を流して怨嗟の視線を向ける存在を弾き飛ばす。それと同時に、それまで小さかった唸り声が大きなうめき声として聞こえるようになった。

「ひぅ……」

 レネはか細い声を漏らすと腰が砕けたようにへたり込み、目をしっかり瞑って掴んでいる杜人を逃さないと言わんばかりにより強く握り込む。

『レ、レネ、潰れる、潰れてしまうから力を緩めてくれ』

 杜人は手足を動かして気を引こうとしたが、涙を浮かべながら震えるレネは気が付かない。そのためこれはしばらく駄目だと考え、ある程度恐慌が過ぎるまで待つことにした。

『シャンティナ、内部に侵入するものがいたら迎撃してくれ』

「はい」

 最初の接触があってから結界に何度もぶつかる存在が居て、その都度結界に弾かれている。一瞬見える見た目と、霊域結界に弾かれていることから、杜人はその存在を便宜上死霊の類と定義した。レネに掴まれているため視界が制限されているが、今では全方向からぶつかってくるので観察は容易にできる。

『十体は居そうな気がするな。何にしても直接接触は禁止だ。この手のやつは触っただけで命を吸われる可能性が高い』

 もちろん単なる魔物かもしれないが、気を付けるに越したことはないのでシャンティナに注意を促しておく。

 言われたシャンティナは小首を傾げ、白く光る結界を見ながら手を開けたり閉めたりを繰り返す。そして過去に杜人から受けた同じ色の魔法を思い出しながら、それを身にまとうように想像し魔力を活性化させていく。最初は僅かに、徐々に明滅しながら、最後は継続して白い炎に包まれた状態となったシャンティナは、リボンを得意そうに動かしながら杜人を見る。

 その様子からその身にまとう炎が結界と同質のものだと杜人は理解した。そして、それなりに安定した術式を構築するのにかなり苦労したのだがなと思いながらも、これが才能かと笑ってしまった。

『器用だな。それなら大丈夫だろう。無理はするなよ』

「はい」

 褒められたシャンティナは少しだけ胸を張ると、再び警戒するために視線を結界に戻した。シャンティナが行ったことは、術式が発見される前の原始的な魔法の構築方法である。目で見た現象と過去の体験から感覚で魔法を構築したのだ。

 杜人は器用の一言で済ませたが、昔なら崇められるようなことである。今は術式を使う方法が効率や運用面も優れているので廃れ、武技も効率的な修練方法が編み出されてきたため似たような状況である。そのため、こうやって感覚のみで新しい魔法を即座に構築できる人は、もはや居ないと言っても間違いでは無い。シャンティナは、決して運良く生き残ったわけでは無いのだ。

 そうして静かにしているとやっとレネの力が抜けて来たので、状況を動かすために杜人は考えをまとめて何とかすることにした。

『レネ、とりあえず下を向いたまま目を静かに開けてくれ。何も見えないほうが、恐怖は増幅されるものだぞ』

「……もうやだ」

 レネは薄く目を開き、涙に濡れた瞳で掴んでいる杜人を見ながら震える声で呟いた。周囲からうめき声が聞こえているが、ずっと聞こえているので慣れれば恐怖も薄れる。結界にへばりついているものを見れば元に戻るだろうが、とりあえず話を聞ける状態にはなっている。

 生理的に嫌いなものを、ただ耐えろと言ったところで出来るわけがないので、杜人は別方向から恐怖を切り崩すことにした。

『落ち着いたところで現状を把握しようか。レネ、なぜ人は恐怖するか知っているか?』

「……こわいから」

 答えになっていないが、今のレネにとっては本気の答えである。なので杜人はそれを笑顔で肯定する。

『その通りだ。付け足すと、正体が分からず、自分に対して危害を加える可能性がある存在に対して人は恐怖する。例えばレネは最初俺と出会ったときに酷く怖がったが、今ではこうして普通にしていられる。それは、俺がレネに危害を加える存在ではないと理解したからだ。だからレネにとって、俺はもう怖くない。これは良いな?』

 普通のときならここで付け足してからかうのだが、今は駄目なので自重する。確認に対してレネがしばらく考えてから頷いたので、そのまま進める。

『では次だ。レネが幽霊を怖がるのは、対抗する方法を知らないからだ。攻撃は効かず、結界もすり抜けて殺そうとやってくる。だから怖い。それを踏まえて言うが、今現在俺達は死霊らしき者達に囲まれている。だが、そいつらは俺が張った結界を超えることができずにいる。つまり、ここは安全である。これは良いか?』

「……でも、結界を壊されたら入ってくるよ? それに永遠にここに居られるわけじゃないし」

 レネは悪いほうに考え、杜人を掴む手の力を強める。しかし杜人は圧迫されながらも笑顔を保ち続けている。ここで不安を助長させることをしては元の木阿弥だからだ。そして、レネがこういう場合に悪いほうへ考えるのはいつものことなので、予定通りに誘導していく。

『その通り。だからこいつらを排除する必要があるわけだ。この結界は霊気系の結界だ。つまり、中に入れないこいつらには確実に霊気槍が効く。そしてレネ、今こうして俺を掴んでいるが、これも分類的には霊気系の魔法になる。もう幽霊に対する対抗手段を自分で作りだしていたことに気づいていたか?』

 杜人の指摘にレネは瞬き、思案する表情になり無意識に指を動かして杜人を揉みこむ。ここで変な声を出しては駄目なので、杜人は笑顔のまま耐えた。

 杜人の行ったことは、恐怖の元をすり替えるごまかしである。たとえ幽霊が怖くても、絶対に身体に触れられない状態なら耐えられる。また、それを排除できる手段があるなら、内側に向かう恐怖は反転して攻撃的な感情に変化する。急激な変化はあまりよろしくないが、この状況では恐怖で使い物にならないよりは生還確率が確実に上がる。

 安全地帯を設定できることを示し、早目に排除することが望ましく、対抗できる手段が既にあることを教える。これによって眠っていた攻撃性を呼び覚まし、後は感情が反転すれば短時間ではあるが興奮状態となって恐怖を抑え込むことができる。

 レネの顔から恐怖が薄れたのを見た杜人は、ここぞとばかりに考えていた排除計画を話し始めた。

『この結界は上級魔法だから中から攻撃できない。だからレネがシャンティナのように個別に防げる障壁を構築できれば、最悪俺が霊気槍を全方位に放てば終わる。最初に触られるかもしれないが、すぐに排除するし影響がなければ問題ないだろ?』

 杜人はわざと嫌がることを言い、可能性を示唆しておく。こうしておけば、レネは確実に触れることすらできない障壁を構築するだろうし、触られても可能性を認識しているからいきなり恐慌に陥ることもない。

「ありまくりだよ……」

 それを聞いたレネは予想通り嫌そうに口を歪め、視線だけ動かして白い炎に包まれたシャンティナの足を見る。その様子を確認してから彗星の杖を握りなおすと、目を瞑って真剣な顔で術式を構築し始めた。その様子に杜人はうまく誘導できたと安堵する。そしてそんなに時間をかけずに術式を作り終えたレネは、杖の先に魔法陣を構築すると小さな声で呟いた。

「……霊破障壁」

 発動した魔法陣から青白い光がレネに照射され、当たった部分から薄い氷のように広がって行き、ゆっくりと包み込んでいく。魔法の発現を確認した杜人は、レネに掴まれたままこれで良しと頷いていた。そしてその青白い氷が杜人まで到達したとき、接触した部分が眩く輝き、いつものお遊びとは違う、冷たいのに熱いと感じる痛みが杜人を襲った。

『ぬごぅわぁぁぁぁ!?』

「あ」

 レネはその叫び声に、杜人をまだ掴んでいたことを思い出して慌てて解放した。杜人はそのままぽてりと床に落ちると、身体に青白い氷の残滓をまとわせながら痙攣している。声に反応したシャンティナは顔を動かして状況を確認すると、いつもと同じだったので心配せずに警戒に戻った。

 レネが構築した魔法は杜人が意図した通り、接触しようとすると攻撃して弾き飛ばす障壁である。元が似たような魔法なので範囲を全身に広げただけでも十分なところを、触れたものはそのまま滅べと言わんばかりに威力をあげていた。

 それを分かっているレネは、一時的に恐怖を忘れ心配で泣きそうになりながら、どうしようと杜人を見ていた。

「ね、ねえ、大丈夫?」

『ふっ、見事だ。我、道半ばで果てる。もっとレネの、あんなところやそんなところを、色々じっくり堪能したかった。がくり』

 杜人はレネに向けて親指を立てると実に良い笑顔で答え、わざとらしく擬音を声に出しながら、そのまま力尽きたように横たわる。そのふざけた様子に涙が引っ込んだレネは、無言で杖の先をいつもの魔法で覆い、杜人にぐりぐりと押し付けた。

『嘘ですごめんなさい許してください』

「ふんだ、ばか」

 レネが解放すると杜人は普通に立上り、顎に手を当てて笑顔を向ける。

『もう大丈夫だな。説明を続けるぞ』

「ばか」

 レネは微笑むと杜人の声に耳を傾ける。うめき声は聞こえているが、自ら構築した防御手段を手に入れた今は嫌悪感はあっても怖くは無かった。

 杜人は未だに痛みが残っていたが、それを表に出さずにいる。守ると決めた笑顔のためなら、男は黙ってやせ我慢。これが杜人の意地である。

『手順はこうだ。まずレネはあの粉末を散布する準備を行う。できたら俺が結界を解除するから、粉末を周囲にまき散らす。姿が現れたところで俺とシャンティナが攻撃して殲滅する。基本はこれの繰り返しだ。もしそれで対処できないものが出て来た場合は再度結界を張って観察する。それでは、覚悟を決めて顔をあげてみようか。物凄いからゆっくりとな』

 杜人は手をひらひらと振ってから、大げさな動作で回転すると結界をびしりと指差す。レネは唾を飲み込むとほんの少しだけ視線を向け、即座に元に戻す。結界全域で怨嗟に歪んだ顔がべったりと張り付いては弾かれているので、慣れないと杜人でもきつい光景である。防御できるとは言っても視覚効果は抜群である。だから杜人は向き直ると次善の策を教えてみた。

『見ているより怖いような気がするのだが、目を瞑ったままやるか? 俺は構わないが』

「……がんばる」

 短い葛藤の末、レネは再度気合いを入れると、全身に力を込めてゆっくり顔を上げた。

『大丈夫かー?』

 正面を見たまま固まっているレネに、杜人は軽めに声をかける。レネの視界には死霊の他にシャンティナの後姿も入っている。その頭のリボンがゆったりと動いているのを見て、あれなら心配いらないと自分に言い聞かせていた。

 やがて止めていた息を大きくはき出したレネは、深呼吸をして立ち上がった。少し涙目で背筋に鳥肌がたっているが、恐怖で混乱はしていない。杜人はこれなら不意を打たれなければ大丈夫と判断し、意図した通りでは無いがうまくいったことに安堵した。そして浮き上がるとレネを正面から笑顔で見つめる。

『よしよし、帰ったら好きなものを何か出そう。何が良い?』

「それは楽しみにとっておくよ。だからさっさと片付けて早く帰ろう。……流砂雲」

 レネは震えそうになる身体に力を入れながら粉末の瓶を取り出して床に置くと、魔法を発動して準備を行った。淡く輝く雲をレネ達を取り囲む形で配置し、結界が解除されれば勝手に粉末が付着するようにした。

 レネと杜人とシャンティナは互いに目を合わせると小さく頷き、レネを中心に置く形に移動する。シャンティナはいつも通り楽しげにリボンを揺らし、レネは結界の先を見つめながら魔法の維持に意識を割り当てる。

『では結界を解除する。ふっふっふ、ここは派手に行かせてもらおうか。拡大爆滅!』

 杜人の声と同時に結界の壁が一気に外側に膨れ上がり、今まで防御に割り当てられていた力が攻撃に変換され、近寄る死霊を吹き飛ばしながら全方位に放たれる。

 こうして見えない敵に対する戦いの火蓋が、杜人の宣言と共に切られた。
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