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黒姫の魔導書 作者:てんてん

第3章 活躍と暗躍は大親友

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第14話 転がる坂道

 またもやレネの異名が広まってしばらく経った頃、反抗組織の隠れ家にて吉報を待ちわびていたウンジールに、緊急の報告が上がってきた。

「あの毒を無効化するだと……」

 信じられない内容に半ば呆然としながら報告を読み進める。そこには最近売り出された黒姫珠水を飲んだことによって、それまでは少しずつ毒が回り確実に弱り始めていた者が健康を取り戻したとあった。そんなことは有り得ないはずであり、だからこそ驚きも大きかった。

 使用されている毒は門外不出の毒であり、種類を特定すること自体が難しく、対応する解毒薬も存在しない。そして一度体内に入ると全身に染み込み一体化するので、一般的に売られている解毒薬を飲んでも効果が無い。そして魔法薬や解毒魔法では、摂取した直後ならともかく一体化したものは異物と認識しない。そのためこの毒は解毒不可能と言われてきたのだ。

 だが、その不可能と言われてきたことを、単なる小娘があっさりとやってのけた。思い返せば確実な情報ではないが、迷宮にて魔物化した魔法具を大量に納品していたという報告もあった。山賊を使った作戦も、レネが開発に関わったと報告された走甲車によって潰されている。最初は気にも留めずに放置し、次は開発が先行していたため単なる偶然と片付けたものだった。

 そして今度のことがあった。さすがにこれを偶然と片付けるわけには行かなかった。ウンジールの認識では、この毒の特性を知らなければ解毒は不可能であり、たとえ知っていても一朝一夕の研究や偶然でどうにかなることではないのだ。

 むしろ最初から反抗組織の存在を承知していて、秘密裏に計画を潰すために動いていたと言ってもおかしくない動きである。そう考えれば最初の魔法草栽培は最初から捨て石で、組織をおびき寄せ油断させるための狡猾な罠に思えてきた。

 今のところ、国が組織の暗躍に気付いている様子はない。そのためウンジールは、レネが組織に気取られぬよう偶然を装い計画を邪魔していると判断した。国に訴えても雑多な情報として飲み込まれるように情報攪乱も行っているため、国が動かないため個人で復讐しようと動いた者は過去にも居た。そのため、レネも個人的な理由で組織に恨みを持っていると経験から推測したのである。

 もちろん全て事実誤認であり、単なる偶然と欲望のなせる業だったのだが、そんな都合の良い偶然があるわけがないと思うのは特別おかしなことではない。

 ウンジールは己の認識が甘かったことを悟って唇を引き結ぶと、報復のためにレネの殺害を決意した。国に気取られるかもしれないが、このまま放置すれば次に行動を起こしても潰されるという予感もあった。排除するなら国に情報が渡っていない今しかないこともある。そのため速やかに命令を出した。

「小娘がなめた真似をしてくれたな。闇に住まいし者の恐ろしさを思い知らせてやろう……」

 ウンジールは口を歪めて笑うと、小さく笑いだす。部屋の明かりに照らされて映る影もまた、妖しく蠢いていた。





 迷宮に潜っていたレネは順調に階層を進め、ここまで来られれば一人前と言われている第三十階層に足を踏み入れた。落ちこぼれと呼ばれていたレネにとって、この階層に到達するのは以前なら夢物語に過ぎないことだった。そのため喜びもひとしおである。

「とうちゃーく。遂にここまで来ることができました。これで私も一人前だね!」

「おめでとうございます」

『良かったな。ついこの間まで無理無理と泣いていたのが嘘のようだ』

 レネは笑顔のまま無言で掴みかかったが、杜人は紙一重で迫りくる手をかわす。その様子をシャンティナは楽しそうにリボンを動かしながら見守っている。そしてそのまましばらく無言の攻防が続いたが、他の探索者が近づいて来たので揃ってじゃれ合いをやめ、急いで水晶柱がある広間を後にした。

 杜人はあらためて周囲を見回すが、特に今までと変わったようには見えない。石造りの広い通路はいつも通り綺麗であり、強いて言えば通りかかる探索者が何となく頼りになりそうな感じがする程度だ。

 ここまで来ると常時範囲攻撃が飛び交うので、下手に隠れていると巻き込まれてしまう。そのためレネは目立つことより安全を重視して、迷宮内では認識阻害魔法を少し前の階層から解除していた。そういうわけで、なるべく目立たないように今の構成はレネとシャンティナのみである。

 そのため偶にすれ違う探索者達は、レネとシャンティナを見てあまりの場違いさに一旦首を傾げ、その後にレネの色彩と服装から異名を思い出して納得している。さすがにここまで来る者達は遊びと実力の区別はそれなりにつくので、ちょっかいを出そうとする者は居なかった。

『ところで、どうしてここまで来ると一人前なんだ? 特に変化があるようには見えないし、ここまで来るのも結構きついと思うのだが』

 杜人の疑問にレネは待ってましたとばかりに話し始める。

「それはね、この階層から罠が生成されるからだよ。といっても、しばらくはいたずらに毛が生えたようなものだけどね。本当はこの罠を経験してもう少し先に行かないと意味的には駄目なんだけど、半人前ではこの階層に出てくる魔物は対処できないから、いつの間にかそうなったんだって」

『なるほど、俺達の罠対策は地図作製魔法でできるから、後は魔物をどうにかすれば良いわけだ』

 以前セリエナの研修にて使った地図作製魔法は罠の感知もできるようになっている。無駄に失敗を繰り返したわけでは無いのだ。ただ、魔法具にするには調整が難しく、魔法として使う場合は制御が難しいので、まだ術式を公開していない。そのため他の探索者は注意しながら慎重に進まなければならないが、レネは罠のある場所が分かるので速度を落とさずに進んでいる。

 見かけた探索者はその無警戒な様子に、噂は誇張されたものかと落胆してしまう。しかし、レネが気軽に通過した後に残った罠にはまることによって探索における常識の外れ具合に背筋を震わせ、殲滅の黒姫の異名は誇張されたものではないと認識を改めるのであった。

 まさか、ただ歩くだけで噂を補強しているとは思わないレネは、軽い足取りで人の居ないほうに歩いていく。誰かが居たときは迂回して進み、やっと獲物にありつけたのはだいぶ奥まで歩いてからだった。

「いたいた、あれが鏡鱗空魚だよ。基本的に突進してくるだけだけれど、鱗が硬いし速度がものすごく速いから、数が集まると避けきれずに串刺しになるんだって。だから、動き出す前に遠距離から倒すのが基本みたい。無理なときは、誰かが盾を持っておとりになるらしいよ」

 レネが指差す先にはレネの身長と同程度の細長い魚が一体、空中をゆっくりと泳いでいた。表面は鏡面のように光を反射していて、太さも腕程度あるので突き刺さればただでは済まないと分かる。その形状から、杜人には魚というより太目の槍が浮いているように見えた。

『なるほど、確かに半人前は死ぬな。それにしても、ずいぶん生息している数が少ないように感じたが、これが普通なのか?』

 レネが流星の杖を構えて魔法陣を構築している横を漂いながら、杜人は魔物が今まで出てこなかったことに疑問を持った。他の階層ではもっと頻繁に遭遇していたのだ。

 それに対するレネの返答は、実にあっさりとしたものだった。

「そうだよ。そうじゃなきゃ、もっと酷いことになっているよ。だから、ここでしばらく慣れてから先に進むってわけ。……氷結槍」

 距離があったため上級魔法を使用し、二連撃で撃ち落とした。それをシャンティナが素早く回収して来て、杜人が開けた黒い穴に放り込む。この穴はジンレイの内部に繋がっていて、放り込めばジンレイが素材ごとに分類してくれる。

「何だか中級でも大丈夫そうだね。……誰か来た」

 レネは戦闘の結果を分析しながら誰かが近づいて来たのを感知し、シャンティナと共に駆け足でその場を離れた。今はどちらも斥力障壁に包まれているため足音は周囲に響かない。そのため姿を見られなければ、そこに居たとは思われないのだ。

 そういうわけで、検知範囲に人が居なくなるまで走ってから歩き出し、落ち着いたところで杜人は自分の分析を伝える。

『魚だから、もしかしたら単に相性が良かったからだけなのかもしれない。余裕が無いわけではないし、練習も兼ねているから上級魔法で良いと思うぞ』

「それもそうだね。それじゃあ、このまま行くことにする」

 レネは意気揚々と杖を掲げ、シャンティナを引きつれて笑顔で通路を進んでいった。






「おかしい、こちらに向かったのは確かなはずなんだが……」

「別れて探すか?」

 レネが立ち去ってからその場にやってきた探索者達が、周囲を見回しながらレネを探す。彼らは探索者に扮した反抗組織の暗殺者であり、ウンジールの命を受けてレネを殺しに来た者達だった。

 レネは中々姿を現さないので、目撃証言が多い迷宮入口に張り込んで後をつけて来たのだが、移動速度が速く最初に見かけた後に引き離されてからは姿を見ることができずにいた。そのため他の探索者に世間話がてら話を聞いて、ここまで移動して来たのだ。

「……いや、こうなると我らのことを既に感付いていると思ったほうが良い。見た目で判断すると返り討ちに遭うかもしれない」

「確かに。そうでなければ逃げる理由が無い。やはり、見た目通りではないということか」

 暗殺者達は頷くと、慎重にレネが居なくなったであろう方向へ歩き始めた。結局、彼らはこれ以降もレネの姿を見かけることすらできなかった。そのため組織内にてレネは只者ではないという話が流れ、ウンジールが直々に暗殺指令を出したことに誰もが納得したのであった。





「ふむ、やっと尻尾を出しましたか。しかし、どうしてあそこがレネ様を狙うのか……」

 報告を受け取ったダイルは、レネについた害虫の正体を知って首を傾げた。接点は無いが裏側のことも多少は知っているので名前と規模は聞いたことがあった。正直に言えばダイルでも敵わない組織規模を持っているので、知ったからといって動けるわけでは無い。

 なんせ向こうは完全に敵対すれば簡単に殺しに来るので、表の世界に生きる者が正面から立ち向かうのは無理があるのだ。

 そんな大きな組織が、有名になっているとはいえ単なる少女に過ぎないレネを殺そうと暗殺者を差し向けたのだ。ダイルでなくても理由が分からずに首を傾げるだろう。まさか組織がレーンの打倒を掲げていて、レネが組織に対して敵対行動をしていると思い込んでいるなどとは思わない。

 確かに闇に巣食う組織の規模としては手出しできないくらい大きいが、国の裏側を支える情報機関に対して正面から相手取れるほどではない。予算の関係から闇にもある程度の規律は必要として見逃されているだけであり、過ぎた毒と分かれば潰されるのは目に見えているのである。

 ダイルは護衛についているシャンティナが只者ではないことは、その身のこなしから分かっている。それでも闇の組織が本気で動けば敵わないとも思っていた。組織の前に個人の力は、常識から考えれば無力なのである。

「幸いなことに、今のレネ様は捕捉すること自体が難しいですから、しばらくは大丈夫でしょう。現に今も取り逃していますし……」

 報告を思い出してにやりと笑う。普通ならそんなことは絶対に起こらない。狙われても簡単に逃げられるのなら誰も恐れないからだ。それを気付かずに行ったレネに、ダイルは頼もしさを感じていた。

「さて、気付かれないように仕掛ける必要がありますね。それまでは何事もなく逃げおおせて欲しいものです」

 実際のところ、命を危険に晒してまでレネを助けなければならない理由は無い。だが、そんな思考を当然と思うようなら、悪人顔のダイルがここまでの地位に至ることはなかった。危険の傍だからこそ、巨大な利益を掴むことができるのだ。そして今回はダイルが直接狙われているわけでは無いので、今までと比べて気持ち的にも楽であった。

 ダイルはしばらく思案し、最適な相手へ伝わるように手配を行う。その顔はとても楽しそうだった。





「何だか最近、迷宮内で探索者によく会うんだよね。間違って喧嘩になるのも嫌だし、少し早いけれど下の階層にもう移動したほうが良いかなぁ」

『大丈夫じゃないか? 多少魔物の増えた程度なら、近づかれてもシャンティナで対処できる』

「簡単です」

 シャンティナはあっさりと頷く。レネには避けられない速度で飛んでくる鏡鱗空魚も、シャンティナにとっては大した速度ではない。そのため、たまに飛んでくる鏡鱗空魚を簡単に掴み取り、頭だけを潰して質の良い素材を確保していた。

「ん。それじゃあ行こう。出現数が増えるから気をつけてね」

『了解だ』

「はい」

 そういうわけで、迷宮探索中に探索者と出会う回数が増加したため、何となく今居る階層に人が増えたような気がしたレネは、面倒事を避けるために更に下の階層へと向かった。
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